第82話 策動
ロランは早速『暁の盾』にアドバイスをしていた。
「いいかい? 今回の任務はとにかく『アースクラフト』を収集することだ。『アースクラフト』は装備の消耗を一瞬で回復させることができる、つまり冒険者の継戦能力を高めて、ダンジョン内での活動時間を増やすことができる特殊アイテムというわけだ。短期集中で成長するために必要不可欠なものだよ。『アースクラフト』をなるべく多く収集すること。それ以外のことは全て無視だ。モニカ」
「はい」
「これを」
ロランは『火山のダンジョン』内に出現するモンスターのリストを彼女に渡した。
「これが『火山のダンジョン』に出現するモンスター達だ。『鷹の目』を使えば大抵のモンスターとの戦闘は避けられるはずだが、もしどうしても戦わざるを得なくなった場合、Bクラス以上のモンスターには君が当たること。それ以外はレオン達に任せていい」
「分かりました」
「ちょっと!さっきから『暁の盾』ばかり指導して。私達には何もないの?」
『天馬の矢』のアリスが両手を腰に当てて、プンプン怒りながら言った。
「私達も『精霊の工廠』とパートナーシップを結んでるんだから、ちゃんと指導してもらわないと困るんだけど?」
ロランは苦笑した。
以前から比べればずいぶん頼られるようになったものだ。
「ごめんごめん。君達のこと、忘れてたわけじゃないよ」
「ロラン、僕達には何かあるかい?」
ハンスが聞いた。
「『天馬の矢』は以前と同じかな。ヒット&アウェイを繰り返し、俊敏を伸ばすこと。
そうして更にヒット&アウェイに磨きをかけること。
君たちの俊敏なら、『火竜』に遭遇しても三日間、逃げ切れるはずだ。
今のダンジョンでも自身を鍛えながら生き残ることは十分可能。
そうしてできるかぎり『アースクラフト』を集めてくれ」
「オーケー。また、火山の中を走り回るということだね」
「よし。俊敏を伸ばしまくって、私のスキル『速射』に磨きをかけるわよ」
アリスが気合いを入れるように言った。
「白兵戦を避けることも大事よ。私の『遠視』でサポートするわ」
クレアが言った。
「とりあえずこんなところかな。何か質問はあるかい? ないね? よし、それじゃみんな行っておいで。健闘を祈っているよ」
こうして、『暁の盾』と『天馬の矢』は、『精霊の工廠』を離れ、『火山のダンジョン』に向かった。その様子を物陰から見張っている人物が一人いた。
『ロラン被害者の会』に所属する鑑定士ウィリクである。
『暁の盾』と『天馬の矢』のメンバーのステータスを鑑定したウィリクは、アジトにその情報を持ち帰った。
留守番をしていたセバスタはウィリクを見て立ち上がった。
「ウィリクか。どうだった? 『精霊の工廠』の様子は? 何か動きを掴んだのか?」
「『精霊の工廠』から二組の冒険者ギルドがダンジョンに向かいました。ロランの傘下のギルドだと思われます。セバスタ、この情報をギルバートに届けてください」
「ええい。またお使いか。毎日毎日こんなチマチマした作業ばかり延々と。一体いつになったらロランに天誅を下せるんだ!」
「セバスタ、抑えてください。ここが頑張りどころですよ。このような地道な諜報活動がやがて実を結び、我々に勝利をもたらすのです」
「それにしても我々が活動してからもう何ヶ月だ? ロランが『竜の熾火』から締め出されたまではよかったものの、それ以降『精霊の工廠』は着々と勢力を伸ばしているではないか。奴が地道に勢力を伸ばしている間、ワシはずっと粗末なメシと壁の剥がれた部屋でひもじい思いをしながら我慢しているのだぞ? 一体いつになったらワシは『金色の鷹』の第二部隊に復帰できるんだ?」
「今は機会を待つべき時です。大丈夫。ロランに天誅を下すチャンスは必ずやって来ます。それまでの辛抱ですよ。さ、この情報をギルバートに」
セバスタは苦虫を噛み潰したような顔をしながらウィリクのメモを受け取り、変装してギルバートの元に向かった。
『竜の熾火』では会議が開かれていた。
「さて、では会議を始めるぞ」
メデスはカルテットが会議の席に着席したのを見て、口火を切った。
「諸君もすでに知っている通り、我が『竜の熾火』は『三日月の騎士』から正式に武器の製造および整備の依頼を受けた。今回、『三日月の騎士』は三回のダンジョン探索を予定しているそうだ。『三日月の騎士』はSクラスの武器にして魔剣グラニールの整備と火槍の製造を依頼してきた。例のごとく魔剣『グラニール』はラウルに整備してもらい、彼らのスタンダード装備はカルテットでそれぞれ均等に配分するとして、火槍の製造を誰が担当するかだが……、今回はエドガー、お前に担当してもらおうと思う」
「っしゃ、了解しました。任せてください」
エドガーが威勢良く受諾した。
「待って下さい!」
リゼッタが立ち上がって異議を申し立てた。
「火槍の製造には銀細工の技術が必要です。ここはエドガーよりも私が……」
「リゼッタ。お前の言いたいことも分かるがな。お前の火槍では不安を感じるという声がギルド内で上がっているのだ。事実、前回『魔導院の守護者』のダンジョン探索において、火槍は役に立たなかった。この情報が『三日月の騎士』に入れば少々マズイことになる」
「でも、それは……」
「リゼッタ。お前にも言いたいことはあるやもしれんが、結果は結果だ。今回はエドガーに譲ってやってくれ」
「くっ」
「さて、『三日月の騎士』の件はこれでいいな。では次にギルバート殿から依頼が来ている。例の詐欺師の……ええと何と言ったかな? そうロランだ。ロランのギルド『精霊の工廠』について対策して欲しいとのことだ」
(ロラン?)
俯いていたリゼッタは俄かに聞き耳を立てた。
「あの男、我々への当てつけに錬金術ギルドなど立ち上げて、どうせ何もできんと思っていたが、小癪なことに意外にも上手く回しているようだ。『精霊の工廠』と契約を結んでいる冒険者ギルドがすでに2組もいるらしい」
「ほう。そいつは大したもんだ」
「口の上手さと虚仮威しだけで錬金術ギルドを経営するとは」
「そこまで来ると一種の才能ですねぇ」
「騙される方も騙される方だ。一体何やってんだか」
「まあまあ。いつの時代にもチャチな詐欺に騙される人はいるものですよ」
「困ったもんだぜ」
カルテットの面々は口々に感想を言い合った。
「まあ、依然として小規模な錬金術ギルドであることに変わりなく、我々からすれば大した脅威でもない。無視しても一向に構わんのだが、『霰の騎士』のギルバート殿がどうしても気になって仕方がない。上への心象にも関わるとおっしゃっていてな」
「アイツか」
ラウルはちょっとゲンナリしたような顔になった。
彼はギルバートのことが少し苦手だった。
「ギルバート殿は我々に『精霊の工廠』を潰して欲しいとのことだ」
「潰す?」
「そう。『精霊の工廠』と契約している冒険者ギルドを叩くことで奴の製造した製品の信用を落とし、間接的に『精霊の工廠』に打撃を与えて欲しいということだ」
「なるほど」
「確かにそうすればロランのギルドの死期を早めることはできそうですね」
「そこでこの任務をカルテットの誰かに担当してもらいたい。どうだ? 誰か我こそはと思う者はおらんか?」
(『精霊の工廠』になら、確実に勝てる!)
リゼッタはそう考えた。
(『魔導院の守護者』のせいで私の評価が落ち始めている。ここは何としても汚名返上しないと)
「その任務、私に担当させて下さい!」
リゼッタは手を挙げた。
「待ってください。ギルド長。ここは俺に任せて下さいよ」
エドガーも手を挙げる。
「エドガー。お前は火槍の製造があるではないか? 二つも案件を抱えて大丈夫か?」
「大丈夫っすよ。たかが、ロランに打撃を与えるくらい片手間で十分です」
「ギルド長。エドガーは火槍を担当するんですからもう十分でしょ? ここは私にやらせてください」
リゼッタも負けじと応じた。
「この任務は冒険者ギルドと連携を取ることになる。リゼッタではまだ経験不足ですよ」
「ギルド長!」
「よし。ここはエドガーに任せよう」
「よっしゃ」
「そんな……」
リゼッタは青ざめた。
エドガーはほくそ笑んだ。
(よし。またリゼッタの仕事を奪えたぜ。このまま、リゼッタの仕事を奪い続ければ、自然とコイツの評価は低くなるはず。いずれすぐにこの女をギルドから追い出せるだろ)
ギルド長から二つの特殊案件を託されたエドガーは、早速仕事に取り掛かった。
しかし、すぐに自分のキャパシティをはるかにオーバーした仕事量であることに気づく。
(火槍と『精霊の工廠』対策を同時にやるとなると流石に時間が足りねーな。自分の担当している顧客の仕事もあるし。どうするか……)
考えた末、エドガーはリゼッタを利用することにした。
「リゼッタ、お前『精霊の工廠』対策やりたがってただろ。手伝わせてやってもいいぜ?」
リゼッタは冷ややかな目でエドガーを見た。
「どうだ? 協力してくれるよな?」
「イヤです! そんなのイヤに決まっているでしょう? どうして私があなたの仕事を手伝わなければならないんですか」
「そんなこと言わずに頼むよ。リゼッタちゃーん。お前最近、ギルド長からの心象悪いだろ? 名誉挽回のチャンスだと思ってさ」
「そんなこと言って。私に協力を求めるだけ求めて、手柄は自分のものにする。どうせそんなところでしょ。あなたの魂胆は」
「……」
「自分の手に負えないなら、まず今回の仕事を辞退して、それから私を正式な担当者に指名する。それが筋というものでしょう?」
「そんなことしたら、俺の心象が悪くなっちゃうじゃんか。頼むよ。リゼッタ。困ってるんだって」
「知りませんよそんなこと。私は今、自分の仕事をこなすことで精一杯なんです。あなたの手柄のために働いている余裕なんてありません。それじゃ」
リゼッタはそれだけ言うとその場を立ち去った。
「チッ。非協力的なやつだな」
仕方なくエドガーはシャルルに相談することにした。
「もちろん。協力させてもらうよ」
「本当か?」
「持ちつ持たれつってやつだよ。君と僕の仲だしね」
「助かったぜ。リゼッタの奴、非協力的でよー」
「はは。彼女は自分の力でのし上がることに拘りがあるからねー」
「ったく付き合い悪いぜ。なんにしても持つべきものは親友だな。頼むぜ」
「任せてくれ。僕の『製品設計』と『鉱石精錬』はAクラス。まあ、ロランのギルドの奴には負けないでしょ。ただ、僕にも自分の仕事がある。『金属成型』については別の職員に任せる必要があるよ」
「それについてはこっちで手配しておくぜ」
エドガーは自分の部下の下級職員を3名呼び出した。
一人は我が強く勝気な印象の青年ウェイン。
もう一人は内気で気難しそうな印象の青年パト。
最後は気が弱そうだが、優しそうな娘リーナ。
「この三人は全員『金属成型』Bだ」
「なるほど。まあ、『精霊の工廠』対策としては十分じゃない? あとは冒険者ギルドの手配か」
「これがギルバートから渡された『暁の盾』と『天馬の矢』のステータス情報だ」
「敵情視察までしてるのか。ずいぶん用意のいい人だな。ふむ。全員Cクラス冒険者といったところか。いかにも零細ギルドって感じだね。ん? このモニカって子、何か注釈が付けられてる。『鷹の目』を持つAクラス弓使いなので留意せよ。『鷹の目』? なんじゃそりゃ?」
「何かの間違いだろ。弓使いとしては俊敏が低すぎる。こいつもCクラスだな」
「まあ、じゃあこの注釈は気にしなくていいね。これなら『竜騎士の庵』をぶつければいいんじゃないの? あそこにはBクラス戦士のブレダがいるし、何より彼らは『竜の熾火』子飼いのギルド。多少の汚れ仕事は厭わないだろう」
「よし。決まりだな。これで全ての段取りは整った。それじゃあ対『精霊の工廠』装備の製造はウェイン、パト、リーナお前ら三人に任せるぜ」
「「「はい」」」
(こいつらに仕事をやらせて、手柄は俺がもらう。クク。簡単なお仕事だな)
こうして彼らによって『精霊の工廠』対策の装備製造が急ピッチで進められ、翌日には『竜騎士の庵』の冒険者に渡された。
彼らはダンジョンに入り、『暁の盾』と『天馬の矢』の通ったと見られる道を強行軍で進み、両ギルドを急追した。
モニカは『暁の盾』を先導していた。
『鷹の目』を使うことで、なるべくモンスターと遭遇しないように気をつけ、どうしても避けられない場合はなるべく弱いモンスターと戦う道を選ぶ。
ジェフはダンジョン内にいるとは思えない安心感を感じながらモニカについていっていた。
(マジでモンスターとの遭遇をコントロールしてるのか? 信じられねぇ。俺の『遠視』でもモンスターの接近をある程度察知することができるが、この人の『鷹の目』はまるでレベルが違う)
モニカは岐路に差し掛かったところで『鷹の目』を使う。
(右の道の先には『鎧をつけた大鬼』が大勢待ち構えている。左は『小鬼』だけ。左のほうがいいな)
「皆さん、ここは左に進みます。道の先に『小鬼』が待ち構えていますが、恐れることはありません。皆さんの戦闘力なら難なく……えっ?」
「どうした?」
「いえ、なんだろう。これは……、後ろから冒険者の一団が来る?」
「なんだ同業者か」
「なら大丈夫だろ」
「はい。本来ならそうなのですが……、でもこれは」
(この動き、単にダンジョンを探索してるわけじゃない。こちらを追尾している? これじゃまるで……)
「こっちでも確認したぜ」
ジェフが『遠視』で敵を捉える。
「向こうもこっちを認識しているようだ。俺達を追っている。これじゃあ、まるで……、俺達にPKを仕掛けようとしているみたいだ!」
「なんだと?」
「一体どうして?」
「もうすぐ近くだ。武器を構えたぞ!」
「くそっ。どうする?」
「逃げるか……、戦うか?」
「皆さん、落ち着いてください。敵の移動スピードは相当のものです。私達の俊敏では逃げきれません。隠れる場所もない。ここは戦いましょう!」
モニカはそう言ってすぐさま、高低差や風向き、遮蔽物などを考慮した上で自分達にとって有利に働くポジションを『鷹の目』で見つけ出す。
『暁の盾』は高所の防御しやすい場所に陣を敷き、盾持ちのエリオを前に、モニカとジェフは射撃ポジションについて、レオンとセシルは後詰に配置し、迎撃体制を整えた
ギルド『竜騎士の庵』の面々は、『暁の盾』を急襲すべく坂を駆け上がっていた。
「全く、気の進まない仕事だな。同業者を襲う盗賊紛いの行為など」
「だが、止むを得まい。他ならぬ『竜の熾火』からの依頼だ」
「いい武器を優先的に供給してくれる。そう言われれば、依頼を受けざるをえまい」
「この島で冒険者として生き残るには、『竜の熾火』とのコネクションが何よりも大事だからな」
「なぁに。『暁の盾』も『天馬の矢』も所詮零細の弱小ギルド。さっさと片付けて本来の仕事に戻ればいいさ」
「違いない」
「おや? 敵はこちらを迎撃するつもりのようだ。陣形を整えているぞ」
「ずいぶんと思い切りのいいことだな」
「何にしても望むところだ」
「装備もステータスもこちらの方がはるかに上! 鎧袖一触で蹴散らすぞ!」
『竜騎士の庵』の面々は岩陰と雑木林を盾にしながら、弓使いを前に進め、近づけるところまで近づく。
しかし、それらはモニカとジェフの射撃によってすぐに戦闘不能にされた。
彼らは身を隠していたが、『鷹の目』を持つモニカには、彼らの動きが手に取るように分かった。
「くっ、敵の射撃正確だぞ」
「これ以上前に進めない!」
仕方なく、彼らは弓使いを下げ、盾持ちを前に進ませる。
「白兵戦に持ち込むんだ!」
その盾持ちもモニカの射撃によって削られる。
それでも三つに分かれて進むことで、ようやくどうにか、敵の陣地にまで辿り着き、白兵戦に持ち込む。
『竜騎士の庵』はここにきて、Bクラス装備を身に付けたエース、ブレダを投入する。
エリオが迎え撃つ。
戦いの行方は、エリオとブレダとの一騎打ちに委ねられた。
【エリオの『青い鎧』のステータス】
威力:70
耐久:70(『外装強化』により↑20)
重さ:50
特殊効果:反射
適合率:90%
【ブレダの装備のステータス】
威力:70
耐久:70
重さ:70
適合率:50%
二人の重量級戦士がぶつかり合う。
攻撃力・防御力はほぼ互角だったが、エリオの方が高所にいたこと、『外装強化』によって反射の効果が付けられていたこと、エリオの方が適合率が高いため装備の可動域が広く俊敏軽減率が低かったこと、などが影響してブレダの剣は叩き折られ鎧は砕け散り、ブレダは仰け反りながら吹き飛ばされた。
『竜騎士の庵』はにわかに浮き足立つ。
それを見てとったレオンとセシルはすかさず追い討ちをかけた。
『竜騎士の庵』はすぐに戦闘不能となり、『暁の盾』に降参した。
レオンが彼らを尋問したところ、彼らが『暁の盾』を攻撃したのは、『竜の熾火』からの依頼によるものであることが分かった。
S級鑑定士2巻を購入していただいた皆様、本当にありがとうございます!
おかげさまで先日、担当編集様からS級鑑定士3巻発売できるとのお知らせいただけました。
今回は割と早く、夏頃に発売できそうです。
また詳細が決まり次第、活動報告やTwitterにて告知させていただきます。
今後ともS級鑑定士をよろしくお願いします!