第80話 魔導騎士達の落日
翌日、セインは冒険者及び街の住民を広場に集め、演説を行った。
先日の『巨大な火竜』討伐について重大な発表をするとの触れ込みで。
「諸君。先日の『巨大な火竜』討伐に関する数々の協力感謝している。我々の偉大な戦いはまだまだ始まったばかりだ。私は再度部隊を編成し、今度こそ『巨大な火竜』を討伐するつもりだ。だが、その前に諸君が知っておくべきことがある。諸君はご存知だろうか。『竜の熾火』の抱える闇を。彼らの悪逆非道にして悪辣外道、残忍無比な行いの数々。卑劣にして厚顔無恥、人の道にももとる恥ずべき行いの数々を」
聴衆は息を呑んだ。
『竜の熾火』が一体どんな非道な行為をしたというのか。
「彼らは我々のような由緒正しきギルドに装備を供給して支援する裏で、盗賊ギルドをも支援し、我々がモンスターと戦うのを妨害し、栄冠へと邁進するのを阻止していたのだ。
彼らはまさしく武器と共に不幸をばら撒く死の商人。二枚舌の蝙蝠野郎だ。このような汚れた実態を目の当たりにして、諸君は何を思うのか。島一番の錬金術ギルドが下賎な盗賊どもと繋がりを持っているなど言語道断。この機に彼らの悪事を問い正し、改めるよう迫るべきではないだろうか?」
セインはそのように問題提起した。
しかし、島民達の反応は乏しいものだった。
『竜の熾火』が盗賊達と繋がっていることなど、島の住民達からすれば周知の事実だった。
そうしなければ島の冒険者界隈の経済が成り立たないことも。
セインは静まり返る聴衆に苛立ち始める。
「ええい。何を押し黙っているのだ。お前達はなんとも思わないのか。我々は背後を脅かされて汲々としているのだぞ。君達のために戦っているというのに」
「そんなことよりも!」
聴衆の一人が演台に取り付いて言った。
大同盟に参加していた零細ギルド所属の冒険者だった。
「報酬はいつ支払ってもらえるんだ。あんた言ったよな。報酬は下山してから払うって。ウチはタダでさえ零細なんだ。早く報酬を支払ってもらわないと今月の支払いすらままならなくなる」
「それよりも問題は『巨大な火竜』だ」
別の住民が演台に取り付いた。
「『巨大な火竜』は今後も続くのか? だとしたら暴走はいつまで続くんだ? まさか、市街地まで被害が拡大したりしないよな? あんた責任者だろ。説明してくれよ」
「待てよ。俺だってまだ、報酬をもらってないぞ」
また別の冒険者が演台に取り付いて訴えた。
こうして次々に人々が演台に押しかけ、口々に様々な不安不満を訴えてきたため、広場は騒然として収拾がつかなくなってしまった。
(あーあ。だから演説なんてやめようって言ったのに)
アルルはその顔にどこか諦念を漂わせながらセインの方を見ていた。
(セイちゃんの悪い癖が出てしまったな。追い詰められると周りが見えなくなる悪い癖。完全に空回ってる。こりゃもう今回はダメかな)
結局、セインの演説は不首尾に終わり、むしろ、島民を不安にさせ、『魔導院の守護者』が見くびられる端緒を作ってしまうのであった。
街の広場で演説が行われている頃、『竜の熾火』の工房でも演説が行われていた。
「そうして誠心誠意ギルドに尽くしてきた部下に対してロランの奴はどうしたと思う? なんと奴はそいつを追放処分。文字通り口封じしたというわけさ」
ギルバートは『竜の熾火』の食堂内で演説を打っていた。
昼食中の職員達は固唾を飲んで彼の話に聞き入る。
ギルバートはあの後も『竜の熾火』に頻繁に出入りして、視察や見学と称しては、煽動工作を行っていた。
「そいつは酷い話ですな」
「他にもあるぜ。奴がその輝かしい勲章の数々の影で陥れた男、泣かせた女は数知れず。平気で嘘をつくわ、人を裏切るわ、不正を行うわ」
「まったく。聞けば聞くほど頭に来る。そのロランという奴は相当な悪人ですな」
「そうなんだよ。奴は間違いなく悪魔の子だぜ」
「間違いありませんな」
「皆さん、この話はぜひとも『竜の熾火』の上から下、隅々まで伝わるよう取り計らっていただきたい。決して、ロランのギルドと取引しないようにな」
「無論、この話はなるべくギルド内に行き渡るよう是非とも積極的に周知しておきますよ」
「そうだ。我々は決してロランと取引しないぞ」
「ありがとう。諸君。ありがとう」
人々はギルバートに拍手した。
そうしてみんなで盛り上がっていると、おもむろに扉が開いてリゼッタが食堂に入ってくる。
眦を厳しく釣り上げ、唇をきつく結び、憤懣やる方ないという面持ちだった。
彼女はエドガーとシャルルのいる場所にツカツカとまっすぐ歩いて行った。
彼らのテーブルの前に来ると、皿も引っくり返らん勢いで思い切りテーブルを叩いた。
「ちょっと、あなた達どういうことよ。ジャミル達の、『白狼』のあの装備は?」
「あん? リゼッタじゃねーか」
「どうしたんだよ。そんな風にいきり立って。可愛い顔が台無しだぞ」
「どうしたもこうしたもないわよ。なんで『白狼』の連中に私の火槍を無効化する装備を持たせているのよ。これじゃ私の立場がないじゃないの」
「どうもこうもねーよ。俺達は『白狼』の連中に頼まれたから製造しただけだぜ」
「錬金術ギルドが客の要求に答えるのは当然だろ。ギルド長の許可ももらってるよ」
「あなた達が受けた仕事のことなんてどうでもいいのよ。私が言ってるのは、なぜ私の作品を潰したのかってことよ」
食堂はしんと静まりかえる。
誰もがリゼッタの剣幕に食事を口に運ぶ手を止めていた。
「これ以上私の足を引っ張ったりしたら、ただじゃおかないわよ」
「ったくゴチャゴチャうるせーな」
エドガーがメンドくさそうに椅子から立ち上がる。
「そんなに文句があるなら、俺達より強い武器を作ればいい。それだけだろ?」
「うちのギルドの理念を忘れたか? 競争が全てだ」
「私の火槍は対『火竜』用の装備よ。『銀砕石』なんて持ち出されたら、敵わないに決まってるじゃないの」
「だったら、この仕事から降りればいいじゃねえか」
「君が『魔導院の守護者』の火槍製造から降りたがってるって、ギルド長に伝えておいてあげるよ」
「……もういいわ。あなた達に少しでも期待した私がバカだった。もうあなた達には何も頼みません。失礼しますわ」
リゼッタは不機嫌そうに身を翻すと、食堂から出て行く。
食堂にはホッとした雰囲気が流れた。
皆、食事を再開する。
ギルバートはその様を注意深く観察していた。
(なるほど。このギルドはこうやって稼いでいるのか。つまりは死の商人。外部ギルドに頼ると見せかけて、盗賊ギルドと争わせ、いつまでも決着が付かないようにする、と。しかもおそらくコイツらは自分が何をやっているのか気づいていない)
ギルバートはニヤリと笑った。
(こいつは使えるぜ)
一週間で装備の整備及び製造を済ませるよう『魔導院の守護者』と約束した『竜の熾火』だったが、『魔導院の守護者』は3日と待たず再びダンジョンに潜りこむ羽目になった。
報酬をもらいたい零細冒険者ギルドと『巨大な火竜』への対処を求める町の有力者達が、『魔導院の守護者』の宿泊施設に詰めかけたためだ。
アルルは終始、不貞腐れたセインに代わって対応に追われた。
隊長が直接現れて説明しないことに零細冒険者ギルドや街の住民達は不信感を抱いた。
これを聞いた『竜の熾火』も『魔導院の守護者』の財政に不安を感じ始める。
『竜の熾火』は『魔導院の守護者』に料金を先払いするか、資源を収めるか、あるいは武器に抵当権を設定するように要求した。
結局、『魔導院の守護者』は新たに資源を獲得するため、まともに整備すらされていない装備でダンジョンに潜ることになった。
結果は惨憺たるものだった。
『竜頭の籠手』と『火槍』のない状態では『火竜』には全く歯が立たず、ダンジョン内を散々に逃げ回ったあげく、『白狼』に追い打ちをかけられ、またもや街に落ち延びることになる。
そうこうしているうちに、定期便に乗って新たな船が港に到着した。
船には三日月と剣を象った旗章が掲げられている。
南の大陸屈指のギルド、『三日月の騎士』の紋章である。
『三日月の騎士』着港の報せを聞いた『竜の熾火』は、すぐにカルテットを招集して会議を開いた。
「もうすぐ、『三日月の騎士』がこの島にやって来るようだ。『魔導院の守護者』と『三日月の騎士』、両方のギルドの注文を全て満たすことは難しい。この件について、お前達の意見を聞きたい。どう思う?」
「『魔導院の守護者』の親玉、セインは公衆の面前で俺たちのことを非難する演説を打ちやがった。これはもはや敵対行動と捉えて差し支えないと思う」
ラウルが言った。
「アイツらもう金欠なんでしょ。深く関わったら危ないんじゃね?」
エドガーが言った。
「所詮、島の外の方々ですからねー。差し押さえる資産も武具装備以外特にありませんし」
シャルルが言った。
「これ以上支援しても期待薄じゃありませんかねー。『巨大な火竜』を倒せるならともかく、『白狼』にすら敵わない奴らだし」
「火槍も役に立たなかったっすからねー」
エドガーがさりげなく言った。
「これだけは言わせていただきますけれどね。私の火槍が力を発揮できなかったのは、それは装備自体に不備があったわけではなく、『白狼』が『銀砕石』の盾を装備していたせいで……」
「おい、あんまり議題と関係のない話をするな」
まくし立てるように喋るリゼッタに対して、ラウルが咎めた。
「くっ」
「まあ、とにかくだ。『三日月の騎士』よりも『魔導院の守護者』を優先すべき、と考える者はいない。そういうことだな?」
メデスが4人の顔を見回すが、誰も異を唱える者は居なかった。
(切りどき……ということだな)
「うむ。お前達の考えはよく分かった。『魔導院の守護者』との契約はこれをもって打ち切りとする」
港では『三日月の騎士』が島民達から歓呼の声をもって迎えられていた。
「『三日月の騎士』だ」
「二つの大陸でSクラスモンスターを倒した、ダブルSのユガンがいるぞ」
「待ってました。ユガン様。我々をお救いください」
入れ違いにボロボロの装備を身に纏いながら港から退散しようとする『魔導院の守護者』には野次が飛ばされていた。
「期待させやがって口だけ野郎」
「『巨大な火竜』を怒らせただけじゃねーか」
「責任を取らずに逃げるのか? それが騎士のやることか?」
「二度と来んなバカヤロー」
「ああ、来ねーよ。二度と来るかこんな島。浮気性の島民どもが! 三日月に呪われちまえバカヤロー」
「セイちゃん。レスバトルはその辺にして。そろそろ逃げないと、船に乗り遅れちゃうよ」
「海の神よ。彼らの船を沈めたまえ」
「神よ。あのポンコツを海の藻屑にしたまえ」
「んだと、コラァ。誰がポンコツだ。今、言った奴、前に出て来いや」
「うわぁ。こいつキレたぞ」
「逃げろー」
「セイちゃん。船出ちゃうよ」
やがて艫綱が解かれ、魔導騎士達を乗せた船は岸から離れていく。
「くっそ。納得いかねぇ」
「また来年、挑戦しよ」
アルルはにこやかに言った。
街一番の宿泊施設に翻っていた『魔導院の守護者』の旗は撤去され、代わりに『三日月の騎士』の旗が掲げられる。