第8話 銀細工の品評会
「しみったれた工房ね」
ディアンナは左右に目配せしながら、小馬鹿にするように言った。
ロランは彼女のそんな態度に接するだけで、『金色の鷹』に居た頃のことを思い出して、萎縮しそうになってしまう。
「ディアンナさん。一体なんの用事で……」
「あら、なんなのその態度は。この工房はせっかく来た客に対して、まともなもてなしも出来ないのかしら?」
ロランはぐっと詰まる。
反論できない。
「どうしたんですかロランさん。何かあったんですか?」
ランジュがひょこっと顔を出す。
ディアンナはそんなランジュに冷たい視線を注いだ。
「ランジュ。お客さんだ。僕は彼女と話があるから。君はお茶を」
ロランはディアンナを応接間に通した。
彼女は応接間を見て、また小馬鹿にしたような態度をとった。
部屋をきょろきょろと見回した後、膝と腕を組み、口元に冷ややかな笑みを浮かべる。
ランジュはお茶を出しながらもディアンナを見て嫌な気分になった。
(なんだコイツ。ずいぶん居丈高だな。ロランさんの知り合いのようだが、一体どういう奴なんだ?)
ランジュはロランの隣に座って、彼女をジロリと睨んだ。
ロランはランジュまで彼女の被害にあうことを避けたかったので、下がるように言ったが、ランジュは聞き入れなかった。
それどころかランジュは彼女に話しかける。
「それで? 『金色の鷹』の上級会員ともあろう方が、一体ウチの工房にどういう御用向きで?」
ランジュはそのギラリとした目の鋭さを隠そうともせず、喧嘩腰に尋ねた。
彼女はそれには答えず、フンと鼻を鳴らすだけで歯牙にもかけない。
ランジュはますますイライラして彼女を睨みつける。
「ディアンナさん。一体何の用ですか?」
今度はロランが聞くが、ディアンナはそれにも答えず、部屋の隅に置いてある精錬済みの鉄を見た。
(鉄D。粗悪品といったところかしら? まあロランの工房ならそんなところよね)
ディアンナはこれがこの工房の限界と決めつけた。
(大手の店は引き取ってくれないから、零細冒険ギルド相手に細々と粗悪品を売ってやり繰りしているのね。可哀想に。これじゃ今月中にもこの工房は潰れるでしょう)
彼女はそう結論づけると、妙に満足気な笑みをロラン達に向ける。
「率直に言いましょう。あなた達を私達、『金色の鷹』の傘下に入れてあげてもいいわよ」
「何ですって?」
「こんなしみったれた工房じゃ日々の生活も大変でしょう? だから私達があなたを助けてあげようと思ってね」
「あんたらに同情されるほど困っちゃいねーよ」
ランジュが闘争心をむき出しにして言った。
ディアンナはまた相手にせずに無視する。
(フフ。全く、威勢のいいこと。どうせ私達には逆らえないクセに)
「どうかしら。ロランさん。私達と取引する気はあって?」
「それは……もちろん、条件にもよりますが……」
ランジュはそれを聞いて苦虫を噛み潰したような顔になる。
納得いかないとでも言いたげだった。
「よろしいわ。ではこういうのでどうでしょう。鉄Aを100ゴールドで」
「鉄Aを100ゴールド……」
「他のギルドの方々はそれで鉄を卸してくれるんだもの。あなた達もやってくれるわよね?」
彼女はここぞとばかりに威圧的な表情になる。
(ふふ。どう? こんな売値あなたの工房では、逆立ちしても達成できないでしょう?)
彼女はロラン達が必死で「そんなの無理です」と言ってくるところを想像した。
どうにかもう少し高い値段で買ってください、と懇願してくる。
最後には土下座までして。
そうして散々弄んだ挙句、ロランの工房を崖から突き落とす。
常に彼女とルキウスはそうやってのし上がってきたのだ。
「どうかしら? ロランさん? 鉄Aを100ゴールドで売ることはできるのかしら?」
「ええ、いいですよ」
ロランはあっさりと承諾した。
「そうでしょうね。無理だと言うのはわかっていたわ。けれどもまあ、あなた達がどうしてもっていうならもう少し高い値段で……、って、えっ? い、いいの?」
「ええ、構いませんよ」
ロランはにこやかに答えた。
正直なところ、『精霊の工廠』は鉄で勝負する気は無かった。
『精霊の工廠』の主力製品は『アースクラフト』なので、むしろ鉄は置き場に困る邪魔なものになりつつあった。
せっかく作ったのに捨てるというのも勿体無いので、倉庫に溜めているが、ランジュからも「早くこれどうするか決めてくださいよ」とせっつかれているところだった。
そこに渡りに舟とばかりにディアンナがやってきたのである。
「いや、100ゴールドで買い取ってくれるなら助かります」
ロランが満面の笑みで言った。
「受け取り方法はどうします? ウチは今、人手が足りないんで。そっちから取りに来てくれるとありがたいんですけど」
ランジュがぶっきらぼうな感じで言った。
ディアンナは動揺する。
(な、なんなの、こいつら。買い叩かれてるって言うのになんでこんなに自信ありげなの? 立場分かってるの?)
ディアンナの当初のプランではロランがみっともなく食い下がり、こちらがもう少し上の値段で買ってあげるという寸法だった。
そうしてすっかり手懐けた後、ギルドにやって来たところをまた難癖をつけてイジメ、契約を破棄する。
彼が惨めに「どうか買ってください」と懇願している姿を見れば、流石のジルも彼に見切りをつけるだろう。
そのような筋書きだったので、彼女はすっかり混乱してしまった。
「どうしたんですか? ディアンナさん」
「なんか顔色悪いっすよ。大丈夫ですか?」
ロランとランジュはディアンナが黙りこくって青ざめているのを見て、心配そうに顔色を覗き込む。
二人の態度はますますディアンナを動揺させた。
「えっ、ええ。大丈夫。大丈夫ですよ」
「そうですか。よかった」
「で、受け取りどうします? ウチから鉄を買いたいんでしょ?」
ランジュのその言葉を聞いて、ディアンナは頭に血が上った。
「なっ。バッカじゃないの? 買うわけないでしょう? 誰がこんなショボい工房と取り引きするもんですか。こっちから願い下げよ。100ゴールドだってもったい無いわ。ちょっとからかいに来ただけなんだから。勘違いしないでよねっ」
そう言うと彼女は逃げるように工房を立ち去って行った。
ロランとランジュはしばらく黙り込んだまま、神妙な顔をして彼女の座っていた場所を見続けた。
「あの、ロランさん」
「なんだい?」
「あの人、なにしに来たんすか? 自分から買うって言っときながら、買わないとか、願い下げとか。意味不明なんすけど」
「……ごめん。僕も分からない」
ロランは部屋の隅に積まれている鉄に目を移した。
粗悪品であるそれらは、どこか寂しげな鈍い光を放っていた。
ディアンナは店を出た後、どうにか動転した気を静めて、今しがた起こったことについて整理しようとする。
(全くなんなのよ。あの態度は。余裕を見せつけちゃって)
彼女はプンスカしながら道を歩いて行く。
時間が経てば経つほど、腹が立ってきた。
何よりもあの程度の連中に取り乱した自分が腹立たしかった。
(鉄を100ゴールドなんて採算がとれるわけないじゃない。
さては商売する気なんてはなからないのね。きっと錬金術ギルドなんて隠れ蓑で、ロランはリリアンヌのヒモなんだわ。相当リリアンヌから貢がれてるから、道楽でギルドをやっているというわけね。あーヤダヤダ。これだから男に貢ぐ女ってやつは)
ディアンヌはそう考えてどうにか自分の心の安定を保とうとするのであった。
エルセン伯との会食の帰り、ルキウスは憮然とした顔で、馬車に乗っていた。
ルキウスは先ほど交わしたエルセン伯との会話を思い出す。
二人は既に何度か一緒に食事をしていて、差し障りのない会話と交際を続けていたが、今日、ついにエルセン伯は本題に入った。
「実はもうすぐ娘が結婚するのだ」
エルセン伯は言った。
「おお、それはおめでたいことですね」
「そこで輿入れ道具にとっておきの銀細工の品を用意したくてね。良い錬金術師を探しているのだが、なかなか見つからない。そうしている折、君が街の錬金術ギルドで指導的立場にあると聞いたのだ」
「そんな。指導的立場だなんて。皆に頼まれてまとめ役をやっているに過ぎません」
「君を呼び出したのは他でもない。私の主催する銀細工品評会に君の傘下にあるギルドも参加させて欲しいのだ」
「品評会……でございますか?」
「うむ。それも今回、一回限りではない。毎年、開くこの土地きっての一大イベントにするつもりなのだ。素晴らしいと思わないかね。街中の錬金術師達が一堂に会し、腕によりをかけて各々の作品を披露し合う。これで街の錬金術師達が競い合うようになれば、我が領土内の錬金術師の技術は格段に飛躍するはずだ。品評会そのものが街の観光資源になるかもしれん。そうなれば私の領地は錬金術師の一大都市となるだろう」
エルセン伯はまるでビジョンを描くように大げさに手を広げるジェスチャーをとった。
彼の頭の中には既に輝かしい未来図が描かれているようだった。
「はあ……」
「品評会には身分や出自、実力を問わず、どんな錬金術師でもエントリーできるようにするつもりだ。賞も沢山種類を用意して、実力の低い錬金術師やギルドにもチャンスを与える。今、現在陽の目を見ない錬金術師でも名声を得られるチャンスがあると分かれば、奮って参加してくるはずだ。イベントは盛り上がるだろう。これまでにない自由な発想が生まれるかもしれん。素晴らしいと思わないかね? そういうわけで君の傘下のギルドにも参加させたまえ。もちろん優勝賞金は弾むつもりだ。気合の入った作品、期待してるよ」
『金色の鷹』に貴族のお墨付きをもらえると考えていたルキウスはガッカリした。
(全く。これだから貴族というやつは。道楽にかまけて余計な事ばかりしやがる。折角、街の錬金術ギルドを一つにまとめたというのに。自由な競争なんてものが起きたら大損害じゃないか)
ルキウスはエルセン伯の自分への評価が低いことも気に入らなかった。
彼や彼のギルドを特別扱いしようとするのではなく、参加者の一人として扱われるとは。
ルキウスは馬車の中にいる間中、不機嫌にしていたが、『金色の鷹』本部の前に来る頃には既にいつもの余裕を取り戻していた。
(まあいいさ。私の力を見せるチャンスだ。この街に『金色の鷹』傘下のギルド以外は必要ないということ、我が支配下のギルド以外はザコばかりだという事を知らしめてやる。そうやって地道にエルセン伯に売り込んで行けば、やがてエルセン伯とて『金色の鷹』にお墨付きを与えざるを得なくなるだろう。貴族のお墨付きさえもらえば、『魔法樹の守人』だって潰すのは容易い。あともう少しで街を完全に支配できるぞ)
ルキウスは『金色の鷹』本部に帰還するや否や、すぐに傘下の錬金術ギルドに対して、エルセン伯主催の品評会に向けて銀細工の作品を作るよう命令した。
また、いかなるギルドも『金色の鷹』名義以外で品評会に出場してはならない、という命令も同時に下すことも忘れなかった。