第79話 癒えない傷
『巨大な火竜』の崩した山の一部は街の外れの一部を侵食した。
街とダンジョンの境界は変わり、モンスターの勢力圏が広がった。
カルラは接ぎ木で固定した腕をかばいながら、病室の窓からその様子を見守っていた。
(『巨大な火竜』が雄叫びを上げている。『魔導院の守護者』の奴らは討伐に失敗したのか)
カルラは折れていない方の手で壁を叩いた。
「くそっ!」
(また、守れなかった。私は……)
どうにか『白狼』の追撃を振り切って、街まで落ち延びたセインは、その足で『竜の熾火』に向かった。
殴りこむようにギルド長室の部屋の扉を開けた。
「いるか、ギルド長!」
「これはこれはセイン殿。一体どうされたのですか。そんな風に血相を変えて」
「どうしたもこうしたもないっ!」
セインはズカズカと部屋に踏み込むと、机をバンと叩いた。
「盗賊ギルドのあの装備。あれは一体どういうことだ? まるで我々が『火槍』を使うことを見越して準備していたかのようではないか。顧客の情報を売り渡すとはどういう了見だ? え? 事と次第によっては、貴様ただではおかんぞ!」
「そう耳元でワーワー喚きたてんでください。騒々しい」
メデスは顔をしかめながら言った。
「順を追って説明してくださらんと。盗賊ギルドがなんですって?」
「『白狼』の奴らが『銀砕石』の盾を装備していたんだよ。それで我々の計画はオジャンだ。貴様らの作った『火槍』はクソの役にも立たなかった。この件について一体どう申しひらきするつもりだ?」
「ふむ。『白狼』が我々の作った『銀砕石』の盾を。そうなのか?」
メデスは傍の秘書に尋ねた。
「はい。たしかに先日、当ギルドは『白狼』から『銀砕石』の盾を20本受注して、製造しております。すでに一週間前に納品済みですね」
「なるほど。確かに我々は『白狼』のために『銀砕石』を20本製作したようですな。それで? それが一体どうしたというのですかな?」
「それが……どうしただと?」
セインは肩をワナワナと震わせた。
「我々は『巨大な火竜』と戦ってきたのだぞ。この街のために! この街を救うために必死で戦ってきたのだぞ。なのに! 俺達は保有していたレアメタルのほとんどを失ったんだ。負傷者だって出ている。貴様らが卑怯な手を使って、コソコソ後ろから刺すような真似しやがったからだ。それがこのギルドのやり方か? 協力者のフリしてハシゴを外すこのやり方が? 腐れ外道が! 上等だ! 表へ出ろ! その首ふん縛って市中引き回してくれようか?」
メデスは閉口した。
「先程から一体なんなのですかな? 見当外れのクレームばかり言ってきて。我々はあなた方の要求通り武器の整備と『火槍』の製造をきっちりこなしたではありませんか。何か文句があるというのなら、我々が不備を行なったという確かな証拠を示していただきたい」
「だから! 俺が言っているのはそういうことじゃなくて……」
「おい、いい加減にしろよ。さっきから黙って聞いてりゃ甘えたことばかり言いやがって」
先ほどからメデスの側に立って腕を組んで聞いていたラウルが口を挟んだ。
「なんだと?」
「甘えたことだって言ったんだよ。『白狼』が『銀砕石』の盾を装備していたからって、なんだってんだ? 俺の作った『竜頭の籠手』はどうした? 『白狼』ごとき『竜頭の籠手』をぶっ放せばイチコロだろ」
「それは……」
「それに。てめーら『巨大な火竜』と戦っただ、どうだと抜かしてやがるが、討伐できてねーじゃねーか。今、街がどういう状態になってるのか分かってんのか? 『巨大な火竜』が山を崩したせいで災害が起きてるんだぞ」
「……」
「てめーらが『巨大な火竜』を刺激したせいで街中大わらわなんだよ! それに加えて、『白狼』にやられたのは武器のせいだぁ? 甘えんのも大概にしろってんだ! 第一、『白狼』にウチが武器を供給することについてはすでに話がついていて、お前らも納得してただろーが。今さら蒸し返してんじゃねーよ」
「それは……まさか『白狼』に『銀砕石』の盾を供給するなどとは思わないだろうが」
「男なら一度言ったことに対してグダグダ後付けで言い訳すんな。どっちにしろ敗因はテメーらが『竜頭の籠手』を使いこなせなかったことだろうが」
「くっ……」
「これ以上文句を言うようなら契約打ち切りだ。どこか別の錬金術ギルドで武器の整備と製造をしてもらいな。まあ、俺以外に『竜頭の籠手』の整備と製造のできる錬金術師がこの街にいるとは思えないがな」
「セイちゃん。落ち着いて」
セインを追って来て、今しがたようやくこの部屋に辿り着いたアルルが言った。
「今、『竜の熾火』を敵に回すのは得策じゃない。彼らの協力なしではまともに武器を整備することもできないんだから。ここは一旦引き下がろう。もう一度武器を整備して部隊を再編した上で、またダンジョンに挑戦すればいい話じゃないか」
「ぐ、ぬぬ」
セインは自分を抑えるかのように一つ息を吐き出すと、『竜頭の籠手』を外して床に投げ捨てた。
「『竜頭の籠手』と我々の装備を整備しておけ! 一週間以内にだ」
「寝言言ってんじゃねえよ。三日で終わらせてやるよ」
「言ったな。三日だぞ。1秒でも遅れたらタダじゃおかないからな!」
セインはそれだけ言ってギルド長室を退室すると、廊下を足早に歩いて行く。
「待ってよ。セイちゃん。ねぇ。セイちゃんったら、あっ……」
アルルは向こうからやって来る人物を見て足を止めた。
『白狼』のジャミルとロドだった。
「おやぁ? 誰かと思えば『魔導院の守護者』の隊長さんじゃありませんか」
「奇遇だなぁ。まさか同じ錬金術ギルドを利用していたとは」
「貴様ら」
セインはジャミルの胸ぐらに掴みかかる。
「よくもノコノコ顔を出せたもんだな。この俺の前に。ええ?」
「おいおい。街での私闘はご法度だぜ」
「そうそう。やるならダンジョン内で、だ」
ジャミルはセインの手を振り払う。
「俺達はいつでも挑戦を受け付けるぜ」
「まあ、またダンジョンに潜ることができたら……の話だがな」
「じゃあな。俺達は手に入れたレアメタルの件でギルド長と商談があるんだ。どこぞのマヌケなギルドから奪って手に入れた、な」
「なんだと?」
「セイちゃん」
アルルがセインの袖を引っ張った。
「行こうぜ」
ジャミルとロドはセインとアルルをよそにギルド長室に向かう。
セインは拳を握りしめて、二人を見送る。
(くっそぉ。あいつら、これで勝ったつもりか? 見てろよ。このままじゃ終わらせねえからな)
『魔導院の守護者』が街に落ち延びている頃、『暁の盾』と『天馬の矢』も『精霊の工廠』に帰還していた。
「ハンスさん、お帰りなさい」
アイナが言った。
「やあ、アイナ」
「どうでしたか? 『竜穿穹』の方は?」
「ああ、素晴らしい性能だったよ。『火竜』を二体も倒すことができた」
「『火竜』を二体も? 凄い!」
「大物じゃないですか」
ロディが言った。
「本当、皆さんには感謝してもしきれません」
クレアが言った。
「こんな大漁は久しぶりだわ。今夜は打ち上げよ」
アリスが言った。
「我々『天馬の矢』はこれからも『精霊の工廠』と深く付き合っていくつもりだ。今回、獲得した『火竜』の素材もレアメタルも全て『精霊の工廠』に預けるよ。次の討伐に備えて『竜穿穹』の整備を頼む」
「はい。キッチリ整備しておきます」
「それはそうと、ロランはどこにいるんだい? 彼にもお礼が言いたいんだが」
「ああ、ロランさんは……食堂で『暁の盾』と面会しています」
アイナが気まずそうに言った。
「そうか。彼らと……」
『暁の盾』のメンバーはハンス達とは打って変わって、沈痛な面持ちだった。
彼らは一様に落ち込んでいて、その顔はみるからに暗かった。
ロランは彼らの話を一通り聞いたところだ。
「そうですか。大同盟はそんなに悲惨な崩壊を……」
「ああ。僕達は最後まで彼らに付き従って、奮戦したんだが……」
「今回の遠征で収入はゼロ。ジェフは負傷したし。もうやってられないわよ」
「ロラン。お前の言う通りだった。俺達は大同盟に加わるべきじゃなかったんだ。お前の言うことを素直に聞いてさえいれば……」
レオンが申し訳なさそうに言った。
「済んだことは仕方ないですよ。気を取り直して、これからのことを考えましょう」
「ああ、そうだな」
そうは言うものの、エリオ達の面持ちは暗いままだった。
(これは……立ち直るまでに少し時間がかかりそうだな)
アイナとロディ、ハンス達は物陰からその様子を見守っていた。
「うーむ。相当引きずっているようだな」
ハンスが言った。
「ええ。そうなんですよ」
アイナが相槌を打つ。
「この分ではちょっとこの場で祝勝会というわけにはいかないな」
「はー、ご馳走はお預けか」
アリスがガッカリしたように言った。
「危なかったですね。私達も今頃大同盟に参加していればあんな風になっていたかも」
クレアが言った。
「ハンスの判断もたまには正しいことがあるのね」
「アリス、一言余計だよ」
「彼らも深刻ですが。大丈夫でしょうか『魔導院の守護者』の方々は?」
ロディが言った。
「えっ?」
「あれほど、盛大に『巨大な火竜』を討伐すると宣言したのに。彼らに付き従ったギルドはほとんど収入ゼロですし。むしろ、街に被害を起こしてしまった。今、街は彼らへの怨嗟の念で渦巻いていますよ」
「ふむ」
ハンスは口元に指を当てて考えこむ。
(このままで終わるとは思えない。まだ、もう一波乱起こるのか?)