第77話 混迷の中の希望
『巨大な火竜』のテリトリーから離脱することには成功した大同盟だったが、次なる脅威が彼らに降りかかってきた。
『巨大な火竜』の雄叫びに触発された竜族がにわかに活発な動きを見せ、大同盟に襲いかかってきたのだ。
「右から『火竜』が10体来るぞ!」
「くそっ、またかよ」
「チィ、次から次へと」
「右翼に『火弾の盾』を展開させろ!」
『魔導院の守護者』のまだ『火弾の盾』の耐久に余裕のある者達が右翼に展開する。
「チィ。同盟ギルドの連中は何をやっている。戦ってるのは『魔導院の守護者』だけじゃないか」
「落ち着いてセイちゃん。彼らでは火竜の火力に対抗するのは無理だ」
「ええい、役立たずどもが!」
それでも『魔導院の守護者』の者達は、『火竜』に上手く対処して一匹ずつ片付けいく。
「よし。いけるぞ」
「焦るなよ。一匹ずつ仕留めていけ」
『火竜』の脅威を退けられると思い全軍の気が緩んだその時、突然、左翼に矢の雨が降り注がれる。
「なんだ? 一体どうした?」
「弓矢? なぜ、俺達が撃たれている? まさか……」
白い狼の紋章を肩に付けた一隊が岩陰から現れる。
盗賊ギルド『白狼』の弓隊だった。
「あれは盗賊ギルド!?」
「くっ、こんな時に……」
「『魔導院の守護者』は『火竜』で手一杯だ。ここは同盟ギルドで対応して」
アルルはそう指示を出すが、いまだ報酬の不明瞭な同盟ギルドの士気は低く、譲り合うように戦闘を避け、大同盟のために『白狼』を追い払おうという気概を示す者はいなかった。
おかげで『白狼』の弓攻撃によって体力と装備をジワジワ削られていく。
「くそっ、こうなったら俺が行く。どけ!」
セインが剣と盾をとって戦おうとするが、いまの彼の劣化した装備とステータスでは矢の雨を突破して切りかかることはできなかった。
むしろ、肩に矢を受けてしまう。
「ぐっ」
「隊長! 大丈夫ですか?」
「無理です。下がってください」
「くそっ。『竜頭の籠手』さえあれば、あんな奴ら一瞬で蹴散らす事ができるのに」
セインは肩に刺さった矢を自分で抜いて、苛立たしげに地面に叩きつけた。
少し高い場所から戦闘を見ていたジャミルとロドは、セインの消耗を目ざとく察知した。
「見ろよ。あの野郎、すっかりへばってるぜ」
「鑑定してみろよ」
「ああ」
【セインのステータス】
腕力:40−90
耐久:40−90
俊敏:40−90
体力:50−130
魔力:1−130
ジャミルはニヤリと笑った。
「どうだ?」
「魔力の最低値1。あいつ、もう『竜頭の籠手』撃てねえぜ」
「ほお」
「よし。白兵戦部隊を前進させろ。『竜頭の籠手』を恐れる必要はない」
『白狼』による攻撃はますます激しさを増していった。
大同盟は防戦一方になり、一人また一人と捕虜となっていく。
右翼の者達がようやく『火竜』を片付けて、左翼に駆けつけたと思った時には盗賊達は十分な戦果を得てさっさと引き上げていった。
「くそっ、逃げられたか」
「全く逃げ足の速い奴らだな」
「どうします? 追撃しますか?」
『魔導院の守護者』のまだ元気な者達は、『白狼』を追撃する気勢をアルルに対して見せた。
「いや、ここは放っておこう。今はとにかく街へ引き返すのが先決だ。ただし、もし次『白狼』が来た場合は……」
「副隊長! また、『火竜』の群れです」
「くっ、またかっ」
大同盟は(実質的には『魔導院の守護者』は)また忙しく『火竜』に対応することを余儀なくされた。
そして、それを見越したかのように再び『白狼』が襲来してくる。
「くそっ。またか」
「どうしてこうも盗賊どもに都合よく『火竜』が襲ってくるんだ」
(確かにおかしい)
アルルも『火竜』の動向に不審なものを感じた。
(さっきから『火竜』が僕達ばかり襲って、『白狼』の方には一向に行かない。偶然とは思えない。まさか何かのスキルか!?)
「見ろ。アイツら川に沿って山を降っていくぜ」
ジャミルが川の方を指差しながら言った。
「川の反対側から『火竜』の火の息を浴びせてやれ」
「よし来た」
ロドは角笛に口を付け、竜にしか聞こえない音色を奏でる。
スキル『竜笛』だった。
空を彷徨っていた『火竜』達はロドからのメッセージを受け取って、翼を翻す。
すぐに『魔導院の守護者』のいる場所から怒号と悲鳴が響き渡る。
「よっしゃ。成功」
「ククク。それじゃまた楽しむとするか。反撃されることのない一方的な狩りを」
『魔導院の守護者』の隊員の一人は、『白狼』の陰湿な攻撃に耐えかねて大声で非難した。
「いい加減にしろよ、貴様ら! これが街のために戦った我々に対する報いか? 自分達でアイテムを採取することもせず、他人の獲得物を掠め取るばかり。あまつさえ、必死で戦い消耗した我々を背後から攻撃するだと? 卑怯な真似ばかりしおって。それが貴様らのやり方か? 恥知らずどもめが! 貴様らに冒険者としての矜持はないのか?」
「あいつ何か言ってるぜ」
ロドが言った。
「ククッ。聞こえねーな。攻撃を続けろ」
ジャミルは嘲笑いながら言った。
その後も『火竜』と『白狼』による挟み撃ちを大同盟は何度も受け続けた。
こうして何度も攻撃を受けているうちに大同盟の体力と装備、士気はいよいよ消耗してくる。
そしてついに同盟ギルドから『白狼』に投降する者達が出始めた。
「助けてくれ。もう俺達は抵抗しない」
「降参するから撃たないでくれ」
セインはそれを見て、ギョッとする。
(なっ、馬鹿野郎。今、お前達が降参したら……)
現状、大同盟の陣容は『魔導院の守護者』の余力ある者達で『火竜』に当たり、『白狼』の攻撃を同盟ギルドを盾にすることでどうにか成り立っていた。
同盟ギルドが投降しようものなら『白狼』からの攻撃を支えきれなくなる。
案の定、『白狼』の白兵戦部隊は同盟ギルドの者達の降伏に応じることなく、むしろ突撃してきた。
同盟ギルドの者達は攻撃に晒されながら追い立てられ、現在、『火竜』と交戦中の『魔導院の守護者』の方に雪崩れ込む。
大同盟は混迷を極めた。
「うわああああああ」
「ぎゃああああああ」
『魔導院の守護者』の者達はなんとか反撃しようとしたが、同盟ギルドの者達が恐慌状態でこちらに逃げてくるために、ろくに武器も構えられないまま、敵の攻撃に晒されてしまった。
そして、ついに魔導騎士の一人が鎧を破壊され、大ダメージを受ける。
あたりに持っていたレアメタルが散らばった。
盗賊達が群がって、レアメタルを拾っていく。
セインは呆然とした。
(せっかく集めたレアメタルが……)
「落ち着け。どうにか立て直すんだ」
同盟ギルドの一角で『白狼』を跳ね返す動きがあった。
(あれは……)
アルルがそちらの方を見ると、青いコーティングを施された盾と鎧で戦っている零細ギルドの戦士の姿が見える。
エリオ達『暁の盾』だった。
エリオは突撃してくる重装備の盗賊達を一人で受け止め、むしろ盛り返していく。
おかげで『魔導院の守護者』に立て直す余裕ができた。
「ほお、あいつらやるじゃねーか」
魔導騎士の一人が感心したように言った。
「見慣れない装備ですな。武器に刻まれたあの意匠は、金槌を持つ精霊でしょうか?」
「とにかく、助かったのは確かだ。副隊長、今のうちに立て直しますぞ」
「ええ、手の空いている者は『火槍』を。青鎧君が持ちこたえているうちに、彼らの背後のスペースを活用しよう。突撃体勢の準備をして!」
アルルが指示を出した。
「魔導騎士の矜持を思い出せ。我々の強みは魔導師であるにもかかわらず、白兵戦もこなせることだったはずだ!白刃でもって敵を薙ぎ倒し、滅多刺しにしろ。押しに押して一歩も引かず、敵を潰走させるんだ」
セインが発破をかけた。
『火槍』は、対『火竜』用の武器だったが、対人用の武器としても十分機能した。
その銀の刃先に宿る精霊から発せられる熱は、鉄を焼き、盾を貫き、鎧を穿つのに十分な威力を持っている。
そうして配置された『火槍』部隊は『白狼』に乾坤一擲の一撃を与えるべく突撃した。
しかし、突き出された『火槍』は『白狼』の持つ盾と交叉した途端あっさりと無力化されてしまう。
(な、なんだ?)
魔導騎士の一人は自分の『火槍』が上手く火を放たないことに気づいた。
『白狼』の白兵戦部隊の盾には『銀砕石』が仕込まれていた。
銀を砕く『火槍』の天敵とも言える相性最悪の武装である。
魔導騎士達の攻撃は受け流され、あっさりと反撃される。
一人一人、取り囲まれてダメージを受け、保有していたレアメタルを奪われる。
「そんな……バカな」
絶望的な戦況を目の当たりにして、セインはワナワナと震える。
「あーあ、ダメだ。こりゃ」
アルルが匙を投げたように言った。
「セイちゃん、これ以上はいたずらに戦力を消耗するだけだよ。かくなる上はバラバラに逃げて、街まで落ち延びよう」
「くそっ。由緒あるギルドである我々が盗賊ごときに背を向けて落ち延びねばならぬとは。チクショウ! なんたる醜態だ!」
ここに大同盟は崩壊し、敗走を余儀なくされるのであった。
エリオ達『暁の盾』は最後まで踏みとどまって『白狼』と戦っていた。
しかし、それが裏目に出て、すっかり逃げ遅れてしまっていた。
エリオはギルドメンバー全員のために殿に立って退路を確保しながら街への道を急いでいた。
「頑張れ。後少しだぞ」
リーダーのレオンが弓使いのジェフに呼びかける。
彼は息も絶え絶えになりながら、レオンの肩にもたれかかってどうにかヨタヨタと歩いていた。
慣れない混戦に巻き込まれて深手を負ってしまったのだ。
「すまない。俺のせいで」
「何言ってるの。困った時はお互い様でしょ。さ、弱音を吐いている暇があったら歩いて」
盗賊のセシルが、元気付けるように言った。
エリオはジェフの方を心配そうに見ながら、パーティーを護送する。
このメンバーで、この周辺のモンスターとまともに戦えるのは彼をおいて他になかった(彼らはすでに山の裾野、森林地帯まで辿り着いていたが、『火竜』の群れがそこら中で暴れているため、モンスターの分布は著しく変化し、上層『メタル・ライン』の手強いモンスター達があたりをうろついていた
)。
(なんとか街まで逃げ延びることができれば……。頼む。モンスターよ、現れないでくれ)
しかし、そんなエリオの願いも虚しく、耳障りな鳴き声とともに空を大きな影が覆う。
エリオはハッとして、空を見上げた。
「くそっ。『火竜』だ」
(やばい。見つかった)
「くそっ」
エリオは短剣を抜いて楯を構え『火竜』と向き合う。
襲い来る『火竜』の爪を受け止めて反撃する。
『火竜』は「ギャギャギャ」と不快げな声をあげて、再び空に戻る。
「みんな、ここは俺が食い止める。ジェフを連れて逃げるんだ」
エリオがそう言うと3人は悔しそうにしながらもその通りにする。
この場にいても足手纏いになることは重々承知していた。
自らの爪が効かないと踏んだ『火竜』は『火の息』でエリオを攻撃し始める。
しかし、『火の息』でもエリオの鎧を破ることはできない。
ただ、エリオの方でも対空装備は身につけていないため、手を出せなかった。
エリオと『火竜』は間合いを図るように睨み合う。
『火竜』は苛立たしげに羽をバサバサと鳴らした。
(怒れ怒れ。俺の相手をしている間は3人に手を出せない。そうしているうちに疲れてくれれば……)
しかし、そのようなエリオの狙いも虚しく3人の方から悲鳴が上がった。
彼らの前に『火竜』が立ちふさがったのだ。
(なっ、もう一匹いたのか)
セシルが短剣を抜いて構える。
しかし、空を飛び鋼のような鱗を持つ『火竜』に対して、それはあまりにも頼りない武器だった。
「俺のことはいい。見捨てて逃げろ」
ジェフが呻くように言った。
「バカ言わないで。絶対にそんなことしないから」
レオンは苦渋に表情を歪ませる。
ジェフを見捨てるか、パーティーの全滅か。
全ては彼の決断次第だった。
しかし、彼がするにはあまりにも重い決断だった。
『火竜』の口に『火の息』が溜まる。
(くっ、ここまでか)
突如、空を三本の赤い矢が切り裂いた。
それはそのまま『火竜』に直撃して、翼と喉を貫く。
『火竜』はそのままよろめいて、『火の息』は消化不良のままふかして、地面に墜落した。
(な、なんだ? 助かったのか?)
レオンは狐につままれたような気分で地面に横たわる『火竜』を見つめる。
「大丈夫かい?」
ハッとして声の方を振り返ると、そこには遊び人風の青年一人と対照的にしっかりした印象の姉妹がいた。
「今の攻撃、お前達が……?」
「うん。僕達はギルド『天馬の矢』さ。君達も『精霊の工廠』とパートナーシップを結んでるんだろ?」
ハンスは『竜穿穹』をかざして、そこに刻まれた紋章をレオンに見せる。
「その装備は……!!」
レオンは彼らの持っている見慣れない弓矢についた見慣れた紋章に目が止まった。
金槌を持った精霊の紋章に。
「そう、『精霊の工廠』の新装備『竜穿穹』。本当はロランに大同盟には関わるなと言われていたんだけどね。でも、君達の武器についているその紋章が目に入っちゃって。これは同じ『精霊の工廠』ファンとして、助けなきゃと思ってね」
ハンスはにっこりとその人好きのする笑みを見せた。
「僕達が来たからにはもう大丈夫だよ。ここから街までの間、我々『天馬の矢』が『火竜』の脅威から君達を守ろう」




