第75話 グラン・ファフニール
「ククク。ついにこの時が来たぜ。Sクラスの称号を得る時が。アルル、これより俺は『巨大な火竜』戦闘に専念する。部隊の指揮は任せたぞ」
「セイちゃん。本当に『巨大な火竜』と戦うの?」
「当然だ。そのために俺達は大同盟を率いてここまで来たんだ。ここに来て後戻りする理由がどこにある?」
「レアメタルはもう十分に採取した。ギルドからの指令は果たしたんだよ。力押しの無茶な行軍で部隊は疲弊している。そろそろここいらで引き上げて……」
「バカを言うな! ここまで来て引き下がれるか。ほら、さっさと行くぞ」
「あ、待ってよ」
セインはアルルの制止も聞かず先へ先へとずんずん進んでしまう。
(ダメか。こうなったらもうセイちゃんは止められない)
アルルはチラリと部隊を振り返る。
セインが発破をかけたことで、一時的に士気を取り戻したかにみえた同盟ギルド達だが、すぐに彼らは消極性をみせ始めた。
なるべく自らは消耗しないようにして、『魔導院の守護者』に戦わせる。
おかげで『魔導院の守護者』の冒険者達はすっかり疲弊していた。
「どうかされましたか?副隊長殿」
『魔導院の守護者』の陽気な者が話しかける。
「いや、このまま戦って大丈夫かなと思ってさ。たとえ『巨大な火竜』との戦闘を乗り切ったとしても、その後の下山もしなきゃいけないし」
「なあに。隊長の『竜頭の籠手』があればなんとかなりますよ。それに、同盟ギルドの連中もいます。彼らとてここまで残った精鋭。下山するくらいどうとでもなりますよ」
(彼らが味方でいてくれればね)
アルルはチラリと下山ルートをかえりみた。
背後を脅かしてくるかに思えた盗賊ギルドの連中は不気味なほど鳴りを潜めていた。
しかし、こちらの動きは掴んでいるはずだった。
ただでさえ、『竜頭の籠手』をやたら撃ちまくっているのだ。
盗賊ギルドはすぐ後ろに潜んでいるに違いない。
セインが灰色の地面(『巨大な火竜』の縄張りを示している)に踏み込んだことで戦端が開かれた。
「行くぜ。『巨大な火竜』!」
セインが『巨大な火竜』に向かって一気に駆け出した。
『巨大な火竜』の方でもセインが近づいてきたのを知覚する。
その長い鎌首を緩慢な動きで持ち上げて、セインの方に向ける。
「遅い!」
セインが『竜頭の籠手』を起動させる。
籠手は砲筒となり、筒の中に張り巡らせた魔法陣が光り輝く。
セインのスキル『爆炎魔法』によって発生した火炎が筒の中で収束され、一気に放たれる。
『巨大な火竜』の方でも火の息を吐き出し、撃ち合いになった。
『巨大な火竜』の火の息はそれまでの『火竜』や『飛竜』の吐くものとは一味違うものだった。
厚みと高さがあるその炎は、津波のように押し寄せてきて、100名以上からなる冒険者の集団を丸呑みしてしまうかのように思われた。
しかし、噴射力では『竜頭の籠手』の方が優っていた。
『竜頭の籠手』から放たれた炎の弾丸は、火炎の津波を切り裂き、『巨大な火竜』の額に直撃する。
「よし、やったぜ」
『巨大な火竜』の放った壁のような炎は、散り散りに千切れ、セインのはるか後ろに控える後詰の部隊に襲いかかった。
「火の息が来るよ。『火弾の盾』を構えて!」
アルルが叫ぶように命じた。
『巨大な火竜』の火の息は、確かに『竜頭の籠手』によってバラバラにされたが、それでもなおその破片は岩石のように大きくて、火炎の玉となり、散り散りになって地面や山の斜面を跳ねながら周囲に甚大な被害を及ぼした。
ただでさえ乏しい植物を焼き尽くし、岩をも溶かして、その火勢を衰えさせることなく冒険者達に向かって襲いかかってくる。
『魔導院の守護者』の隊員達は素早く盾を構える。
同盟ギルドの者達はすかさず『魔導院の守護者』の背後に隠れた。
『火弾の盾』は無数の炎の塊を弾き返す。
「うぐっ」
「うああああ」
何名かの『火弾の盾』に埋め込まれた『炎を弾く鉱石』が破壊される。
炎はそのまま『炎を弾く鉱石』の加護を無くした冒険者達に襲いかかる。
「うわああ盾が壊れた!」
「回復魔法を!」
「水系の魔法もだ」
にわかに消火活動と回復で部隊は忙しくなった。
「みんな、部隊の最前列を20メートルほど下げよう。ここじゃ危険すぎる」
アルルが命じた。
(疲弊しているとはいえ、『竜頭の籠手』によって勢いを弱められた火の息に『火弾の盾』が破壊されるとは。なんて火力。まるで災害だ。これがSクラスモンスター『巨大な火竜』。セイちゃんは大丈夫か?)
アルルがセインの方を見ると、彼はこの焼け野原の中にいて無傷で『巨大な火竜』と向き合っていた。
(無事か)
アルルはホッと胸を撫で下ろす。
「ふっ。一撃食らった割には妙に大人しいじゃねーか」
セインがそう言って挑発する。
しかし、『巨大な火竜』は錆びた機械のように妙に緩慢な動きをするだけだった。
「しばらく挑戦者もいないうちに覇気もなくなっちまったか? そっちから来ないのならこっちから行くぜ」
セインはさらなる一撃を加えるべく『竜頭の籠手』を起動させる。
『巨大な火竜』はそれを見て、ようやくその重い腰を上げて、億劫そうに口を開け始める。
二人はまたしても炎の弾丸と火の息を撃ち合った。
結果は先ほどと全く同じだった。
『竜頭の籠手』は『巨大な火竜』の岩の体にヒビを入れる。
『巨大な火竜』の火の息は、拡散しながら冒険者達の装備を削る。
「うわぁ」
「盾が壊れた奴は下がれ」
「頼む。こっちにも回復を……」
(くそっ。セイちゃんを援護したいけど、火の息が怖くて近づけない。それにしても妙だな)
アルルは不審げに『巨大な火竜』の方を見る。
(さっきから、セイちゃんがちょっかいをかけてるにもかかわらず、全くこちらを倒そうという意図を感じない。まるでこっちのことなんて一向に気にしていないみたいだ)
セインも歯痒さを感じていた。
(ダメージ自体は与えているはずだが……、どうにも手応えを感じねぇな)
火力では互角だったが、先ほどからセインが撃てば向こうも撃ってくるの繰り返しで、どうにも撃っているというより撃たされている感じだった。
(こっちのガス欠を狙ってるのか? 何れにしても撃ち合いじゃラチがあかねぇ。敵から動く気にさせるには……)
「もっと大ダメージを与えないとダメってか。それならっ!」
セインは『巨大な火竜』の懐に向かって走り込む。
「もっと至近距離から『竜頭の籠手』をぶち込んでやるぜ!」
すると『巨大な火竜』は岩の翼を広げてきた。
空を覆わんばかりの巨大な翼は、広げるだけで纏わり付いた岩を剥がし、岩は礫となり石の雨となって、セインの周辺に降り注ぐ。
「うおっ」
(ぐっ、この礫、威力自体は大したことないが、数が多過ぎる。これ以上進めない)
止むを得ずセインは足を止める。
そのうちに『巨大な火竜』後退して再び距離を取る。
(チッ、こいつまた距離を取りやがった。持久戦のつもりか?)
「セイちゃん、これ使って!」
アルルがセインに向かって盾を投げた。
「おお、助かったぜ」
セインは盾を受け取り『巨大な火竜』に向けて構える。
これで今度は礫の雨が降ろうとも接近することができるだろう。
すると今度は突然、『巨大な火竜』はセインに対し背中を向ける。
すかさず、ゴツゴツの岩に包まれた尻尾を鞭のようにしならせてセインに叩きつける。
「うおっ」
セインは間一髪のところで、後ろに跳びのき事なきを得る。
「はっ、ようやく反撃らしい反撃をしてきたじゃねえか。近づかれるのは嫌か?」
セインはそう言いながら、今度は不用意に近づこうとせず敵との間合いを保ち、ぐるりと円を描きながら、『巨大な火竜』の背後に回り込もうとする。
『巨大な火竜』は緩慢に体の向きを変えるものの、セインの俊敏にはついて行けず、視界から彼の姿を取り逃がしてしまう。
(『巨大な火竜』の体の向きが変わった!今だ!)
「弓使い部隊、前へ。弓矢を浴びせろ。ただし、近づき過ぎるなよ。深追いはせずあくまで援護だけだ」
アルルは『巨大な火竜』が体の向きを変えたのを見て、まだ兵装に余裕のある者達を前に進め攻撃させる。
彼らの放つ矢は『巨大な火竜』に決定的なダメージを与えるには至らなかったが、それでも『巨大な火竜』の注意を逸らし、動きを鈍らせるには十分だった。
そうして作られたわずかな隙は、セインが『巨大な火竜』に近づく好機を作るのに十分過ぎるものだった。
「もらった!」
セインは『巨大な火竜』の懐に潜り込み、両足の隙間に陣取ると(ここなら尻尾攻撃も回避できる)、至近距離から土手っ腹に向かって『竜頭の籠手』を撃ち込んだ。
『巨大な火竜』の体がガクンと揺れる。
セインはほくそ笑んだ。
(手応え……アリ!)
撃ち込まれた弾丸から、亀裂はみるみるうちに広がり、『巨大な火竜』を纏う岩の肌はガラガラと崩れ始める。




