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第74話 竜穿穹

 大同盟が『メタル・ライン』に到達した頃、『精霊の工廠』ではハンス達のための武器開発が着々と進んでいた。


 アイナはロランに言われたことを思い出しながら弓矢の『外装強化(コーティング)』に励んでいた。




「軽くて威力の高い弓矢……ですか?」


「ああ。ハンス達はBクラス以上の資質を持つ弓使い(アーチャー)だ。だが、今はまだ発展途上。一撃で敵を倒す力はないし、盾持ちの援護も受けられない。だからヒット&アウェイの戦術を採用しているが、それには俊敏(アジリティ)の消耗を最小限にする必要がある」


 ロランはハンス達のステータスを黒板に書いた。


「このように彼らの腕力(パワー)はおよそ40〜60。Cクラスだ。現在、彼らは重さ40の弓を使っているが、僕達は重さ30の弓を作る」


「重さ30……」


「そうなると相当威力と耐久を削ることになりますね」


「そこでアイナの『外装強化(コーティング)』だ」


 ロランは目指すべき弓矢のスペックを書き出した。


【弓矢】

 威力:60(↑20)

 耐久:60(↑20)

 重さ:30


 ※上昇分は『外装強化(コーティング)』によるもの


「重さ30……ということはDクラスですか」


「それで威力60、耐久60の弓矢とは。Bクラスじゃないですか。また無茶なスペックですね」


 ロディがたまげたように言った。


「だが、裏を返せばDクラスの冒険者でもBクラスの装備を身につけられる可能性を見出すことができるということだ。そして、アイナのユニークスキル『外装強化(コーティング)』なら可能なはず」


「でも、私の『外装強化(コーティング)』で上げられるステータスは一種類だけですよ。青色なら耐久、赤色なら威力」


「確かに通常の武器なら一種類のステータスしか伸ばせない。だが、弓矢は別だ。弓に青色の塗装を、矢に赤色の塗装をすれば?」


「あっ!」


「なるほど。それなら威力・耐久両方強化できそうですね」


「そう。そういうわけで、アイナは再び『外装強化(コーティング)』のスキルアップ。ロディはこの要件を満たす弓矢の『製品設計』だ」


「「はい!」」




 アイナは目の前の赤く塗った矢に支援魔法の杖を向ける。


(いくわよ。『外装強化(コーティング)』!)


 アイナが呪文を唱えると、赤い塗料が膨らみ始める。


 それをアイナは抑え込む。


 そうして威力をたっぷり込めた赤い矢が出来上がる。


(さてとこれで威力は上がったはずだけれど……)


 赤い矢はギラギラと輝いて、その鋭さを見せつけている。


 アイナは硬めの手袋で恐る恐る矢に触れてみた。


「っ」


 手袋は少し触れただけで破けてしまう。


「ダメだ。とても触れない」


(ロランさんに言われてから3日間、どうにか威力上昇の『外装強化(コーティング)』を身に付けたけど、これじゃあ持ち主を傷つけちゃうよね)


「アイナ。調子はどうだい?」


「あ、ロランさん。その……『外装強化(コーティング)』は上手くいったんですけど……」


「ふむ。そうだね」


【矢のステータス】

 威力:20(↑20)


「うん。確かに威力上がってるよ。よくできてる」


「ただ、その……このままじゃ射手も傷つけてしまいそうで」


「なるほど。確かに」


 ロランはしばらく考える。


「『外装強化(コーティング)』するのを矢尻の部分だけにできないかな?そうすれば少なくとも(つが)える方の手は保護できる」


「あっ、そうか。……でも、それだと押し手の、弓を持つ手の方はカバーできませんよ?」


「それは手袋で保護しよう。普通の手袋に青い『外装強化(コーティング)』をするだけで耐久はつくはず」


「な、なるほど」


「早速、取り掛かってくれるかい?」


「はい!」


【アイナのユニークスキル】

外装強化(コーティング)』:B(↑1ランク)


(経験を積んだことにより、『外装強化(コーティング)』がBクラスにまで上がってる。こっちは問題なさそうだな)


 ロランはアイナの作業に問題がないことを確認すると、ロディの方に移った。


 ロディは自らの設計図をもとに作った弓の模型を構えてその使い心地を試している。


「ロディ、どんな感じだい?」


「あ、ロランさん。ロランさんの注文した対空特化。目処がつきそうですよ。これ、構えてみます?」


「ああ。どれどれ。……なるほど。上空に向けて構えた方が撃ちやすいね」


「でしょ?今回は自信ありますよ」


「ロディ。ちょっといい?」


「ん、アイナ?どうかした?」


「ロランさんの指摘で矢の『外装強化(コーティング)』の仕方を変えることになって。設計のこの部分を変えて欲しいんだけど……」


「オッケー。問題ない。やっとくよ」


【ロディのスキル】

 製品設計:B(↑1ランク)


(ロディのスキルもワンランク上がってBに。これならハンス達が帰ってくるまでのうちに完成しそうだな)


「ロランさーん」


「ん? サキか。どうしたんだい?」


「ハンスさん達がお見えになりましたよー」


「お、戻って来たか。今いくよ」




 3日間の探索を終えたハンス達は、すっかりボロボロの姿になって戻ってきた。


 ロランはさっそく彼らのステータスを鑑定する。


【ハンス・ベルガモットのステータス】

 俊敏(アジリティ):70-80


【クレア・ベルガモットのステータス】

 俊敏(アジリティ):60-70


【アリス・ベルガモットのステータス】

 俊敏(アジリティ):80-90


俊敏(アジリティ)全て誤差10以内かつBクラス以上の俊敏(アジリティ)になっている。十分だ)


「どうかなロラン? 僕達の俊敏(アジリティ)は? 新装備を身に付けるに足るものになっているかい?」


「ああ。見違えたよ。数日前とはまるで別人だ。一体どんな魔法を使ったんだい?」


「ふ。大したことじゃないよ。君から言い渡されたトレーニングを淡々とこなしただけさ。魔法をかけたのはむしろ君の方だろ?」


「チマチマダメージを与えるだけでもどうにか狩れるものね。よいしょっ」


 アリスがアイテム袋から『翼竜(プテラ)』の鱗と骨を取り出した。


「『翼竜(プテラ)』を狩ったのか」


 ロランは少し驚いた。


(この3人の攻撃力で竜族を倒すのは至難の業のはず。それを自力でこなしてきたとしたら、予想以上の成果だな)


 ロランは3人のブーツに目を移す。


 3人のブーツはすっかり擦り切れてボロボロになっていた。


(死に物狂いで僕の言い渡した鍛錬をこなしてくれたんだな)


「さあ、私達はちゃんと成果を出したわよ。あんたはちゃんと武器を作っておいたんでしょうね」


「もちろんだ。君達『天馬の矢』のために専用の武器を用意している。もうそろそろ完成している頃だが……」


「ロランさん、新しい装備完成しましたよ」


 工房(アトリエ)の方からアイナが顔を出して言った。


「できたか。よし、それじゃあ、早速装備をつけてもらおう」


 ロランはハンス達を工房(アトリエ)内に通した。


「これが君達専用の装備『赤矢(せきし)』と『竜穿穹(りゅうせんきゅう)』。竜の吐く炎から身を守り、竜の厚い皮膚を貫くための武器だよ」


「これは……」


 ハンス達はそれぞれ弓矢を手に取ってみる。


 弓矢には大粒の『炎を吸収する鉱石(ファイアフルト)』が埋め込まれていた。


赤矢(せきし)竜穿穹(りゅうせんきゅう)のステータス】

 威力:60(↑20)

 耐久:60(↑20)

 重さ:30

 特殊効果:貫通、火炎吸収、対空補正


 ※上昇分は『外装強化(コーティング)』によるもの




 ハンス達が『竜穿穹(りゅうせんきゅう)』を受け取っている頃、大同盟は『メタル・ライン』を進んでいた。


 火竜(ファフニール)二匹に、ロックオーガ、リザードマン10匹が襲いかかってくる。


 いずれもそんじょそこらの冒険者では太刀打ちできないモンスターだったが、『魔導院の守護者』の歴戦の魔装歩兵の敵ではなかった。


竜頭の籠手(ドラグーン)』を使うまでもなく、火槍(ジャベリン)で敵を倒していく。


 とはいえ、零細ギルドの面々は厳しい戦いを強いられた。


 セインがレアメタルを配分しなかったことから、彼らはなるべく『魔導院の守護者』の力を借りず自分達で徒党を組み対応するようにしていたが、いかんせん彼らの攻撃力防御力では『メタル・ライン』のモンスターには敵わなかった。


「来るぞ」


「うわぁ」


「誰か援護してくれ」


 見兼ねたアルルは助け舟を出すことにした。


「5班と6班の手の空いてる者、あそこにいる人達を助けるんだ」


 5班と6班の手の空いてる者達が加勢に入ると、苦戦していた零細ギルドは瞬く間に持ち直した。


(モンスターが強くなってきて、流石に零細ギルドは付いてこれなくなってきたな)


 アルルはセインの顔をちらりと見た。


 先ほどから何を考えているのか、セインは零細ギルドがこれだけの惨状を呈していても、特に何も指示を出さず、見て見ぬフリを貫いていた。


(同盟ギルドにも鉱石を分配するよう進言しようと思ってたけど、これじゃあ聞く耳持たないだろうな。でもこのままじゃ、せっかく呼び集めた同盟ギルドの人達と僕達との間で分断が進んでしまう。いったいどうするつもりなのセイちゃん?)


 アルルはセインの方に問い詰めるような視線を送ったが、セインは何も答えてはくれない。


 こうして不安を抱えながらも、大同盟はどうにか『メタル・ライン』の2/3まで踏破する。


「よし。今日の探索はここまでだ。モンスターから身を守る防壁を作り、夜営の準備に取り掛かれ」


「隊長殿」


 零細ギルドの代表者複数名がセインの前に進み出てひざまづいた。


「ん? なんだ?」


「零細ギルドを代表して、お聞き願いたいことがあります」


「言ってみろ」


「我々、零細ギルドは大同盟のためにやれることをやり、誠心誠意尽くしてきました。しかし、ここが限界でございます」


「そうか。ならば、山を降りるがいい。夜が明けるとともに、離脱者でまとまって、下山しろ」


「それにつきましてお願いがございます。我々への報酬を先払いして下さいませんか?」


 セインの眉がピクリと不愉快そうに動いた。


「以前も言っただろう? 各ギルドへの報酬については『巨大な火竜(グラン・ファフニール)』を討伐し、下山してからその働きに応じて分配する。離脱するギルドは我々が仕事を終えるまで街で待っているがいい」


「しかしですね。我々、零細ギルドからすれば今回の遠征により懐はすでに素寒貧です。竜族の火炎によって鎧は剥がれ、岩石族の肌によって剣は刃こぼれを起こし、すっかり消耗しています。今すぐ報酬をいただかなければ我々は武器を整備する費用を工面することも、ダンジョンを探索することもできず、破産してしまいます。隊長殿には何卒、寛大な配慮を……」


「くどいぞ! 決定を覆すつもりはない!」


「しかし……」


「るせぇ!」


竜頭の籠手(ドラグーン)』の咆哮が響き渡った。


 弾丸は直訴した者の側を掠め、山の斜面に直撃し、クレーターをつくる。


「ひっ」


「足手まといになるなら、さっさと失せろ! これ以上グダグダ言うようなら、お前達を同盟から除名する! さぁ、分かったら、さっさと山を降りてこの場から消えろ!」


 直訴した零細ギルドの面々は夜営の準備を止め、慌てて山を降り始めた。


 それを見届けると、セインはあらためて全軍を見渡し、演説を行った。


「よく聞け。お前達。今後はさらなる強敵との戦いが予想される。足手纏いを守っている余裕はない。使えないとみなせばその場で切り捨てる。そのつもりで死ぬ気で戦え!」


 指揮官の非情さに全軍の士気は今一度引き締められた。


 彼らは再び『魔導院の守護者』への忠誠を見せるため、あくせくと働き始める。


 セインは全軍の士気が戻るのを確認すると自分のテントへと戻った。


 他のギルドの者が周りにいなくなる場所までくると、愚痴を零し始める。


「ったく、これだから弱い奴らは。いちいち手間かけさせやがって」


 アルルは彼に付き添いながらその様子を見守る。


(かなりカリカリしてるなセイちゃん。同盟ギルドが役に立たないっていうのもあるけれど、直接の原因はあのカルラってだろうな。あのと遭遇してからずっとイライラしてる)


 セインが苛立ちまぎれに地面の土を蹴った。


 砂埃が一瞬立ち上り、消える。


(このまま何も起こらなければいいんだけれど……。大丈夫かな)




 火山から響き渡る砲音は、街の方まで伝わって来た。


 食堂にいる冒険者達はざわめく。


「また、『竜頭の籠手(ドラグーン)』の砲音だ」


 ロディは食堂の窓から火山の方を見る。


「今日はこれでもう三回目だ。『魔導院の守護者』の奴ら暴れてるみたいだな」


 アイナもフォークを置き、食事をする手を止めて、窓の外に目を移す。


「彼らが『火山のダンジョン』に入ってからもう7日。そろそろ『巨大な火竜(グラン・ファフニール)』のいる山頂に辿り着いている頃だ」


「もしかしたら、もう討伐してるかもしれないわよ」


 アイナが言った。


「えっ?」


「だってそうでしょ? あのセインって奴の『竜頭の籠手(ドラグーン)』。火力は相当なものだったわ。ロランさんは今回の討伐失敗すると思っているようだけれど。私は成功しちゃうと思うなぁ」


「果たしてそれはどうかな」


 ロランがお盆を持って、ロディの隣に座る。


「あ、ロランさん」


(やばっ、今の話完全に聞かれてた?)


 アイナは慌てて口をつぐんだ。


「僕にはそうそう上手くいくとは思えないけれどね」


 ロランも窓の外に視線を移す。


(『魔導院の守護者』は一人一人が火槍(ジャベリン)を装備していた。にもかかわらず、ここまで『竜頭の籠手(ドラグーン)』を乱発している。火力任せのダンジョン攻略に加えて、拙い連携による寄り合い所帯の同盟。果たしてそれでどこまでいけるのか)




 しかし、ロランのそのような観測をよそに大同盟は山頂に到達しようとしていた。


 山道の先には岩石の肌に包まれた『巨大な火竜(グラン・ファフニール)』の長い鎌首がもたげているのが見える。


「見ろ。『巨大な火竜(グラン・ファフニール)』だ」


 セインはほくそ笑み、籠手(ガントレット)に包まれた拳を握り締める。


(ついに辿り着いたぜ。『巨大な火竜(グラン・ファフニール)』。お前を倒して、俺はSクラスの称号を『魔導師の街』に持ち帰る!)

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ふーろさんが丹精込めてイラスト描いてくださりました。
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よければチェックしてあげてください。
i632441
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