第73話 綻び
セインが『火竜』を撃ち落とし、高らかに勝利を宣言したその直後だった。
(今だ!)
一人の少女が剣を抜き、セインの懐に音もなく走り寄る。
「セイちゃん。危ない!」
「む?」
間一髪。
剣がセインの喉元に届く寸前、アルルが賊を取り押さえた。
突然の修羅場に冒険者達は騒つく。
「くっ」
「あっぶね。なんだぁ、そいつは?」
「分からない。突然、PK行為をしかけてきた。盗賊ギルドかな?」
「くっ、貴様離せ!」
「カルラ! お前、なんてことを」
カルラの所属するギルドの年老いたリーダーがすっかり慌てふためいた様子で彼女の側による。
「お前のギルドの人間か?」
「はい。数日前から家出して行方をくらませていましたが。まさかこんなことをするなんて」
「どうする、セイちゃん? こいつ、殺しとく?」
アルルが羽交い締めにしたカルラの喉元に刃を突き付ける。
「おい、小娘。一体なぜ俺の命を狙った? 誰に頼まれてこんなことをした?」
「私は誰にも頼まれてなどいない。私は自分の意思でお前を殺しに来たんだ。お前達の『巨大な火竜』討伐を阻止するために……」
「『巨大な火竜』討伐を阻止するためだぁ? お前そんな理由で……」
「隊長殿。こやつはまだ物の道理も分からぬ世間知らずの娘です。私の方からキツく言っておくのでどうかお許しを」
「くっ、殺せ!」
「どうかお許しを!」
「チッ。あー、もういい。そいつを解放してやれ。その代わりお前らが街まで責任を持って送り届けろよ」
「は、寛大な処置感謝します」
アルルはカルラの腕を折った。
「う、ぐああ」
「悪いけど念のため、戦闘力を奪わせてもらうよ。加えて……」
アルルは短剣をカルラの二の腕に突き立てる。
(なんだこの剣? 痛みを感じない。それどころか血も出ない?)
「これは『呪い石』で作った呪いの剣。この剣で刺されても血は流れないが、代わりに一週間、刺さり続け、ダメージを保存する。これで回復魔法を使っても数日は治癒不可能だ」
アルルはそれだけ言うと、カルラから離れる。
「おい、アルル。余計なことすんな」
「責務を全うしただけさ」
カルラは腕を襲う鈍い痛みに耐えながら、二人が離れて行くのを感じていた。
他の冒険者達も自分の横を通り過ぎて行く。
(くっそぉ)
「おい、カルラ。立てるか?」
「触るな。自分で、ぐっ、立てる」
「このバカ、自分が何をしたのか分かっているのか?」
「まったく。お前のせいで今回の探索はオジャンだぜ」
「足引っ張りやがって」
カルラのギルドの仲間達が口々に悪態を吐く。
カルラは苦い思いを噛み締めながら、立ち上がる。
(もっと、もっと私に力があれば……)
セインとアルルはカルラがギルドの同僚に連行されて、山を下っていくのを眺めた。
「ったく、なんなんだよあいつは」
「キレた娘だったねー」
「いくらダンジョン内での抗争が認められてるからって、大同盟に潜み、『火竜』を倒して、隙ができたところを奇襲して暗殺かよ……。最初から狙ってたのか? しかもガキ。全くどうなってんだこの島は」
「それよりもいいのセイちゃん? あの子を見逃しちゃって。怪我が治ったらまた命を狙いにくるかもしれないよ?」
「いいんだよ。ガキが粋がって、わけわからんことするのはいつものことだろ。いちいち、殺してちゃキリないぜ」
セインは苦々しげに言った。
(チッ。嫌なこと思い出しちまった)
カルラの未熟ながらも純粋な殺意を秘めた目、それはセインの苦い記憶を呼び覚ました。
まだ、未熟でなんの力も持たず、ただ自分の無力さに歯噛みして、足掻いていた頃の記憶を。
『魔導院の守護者』の主導する大同盟は、道行くところ敵なし、破竹の勢いでダンジョンを進んで行った。
それはメタルラインに入っても変わらなかった。
『火竜』、『飛竜』、『翼竜』、『岩肌の大鬼』、『岩肌の狼』、etc……。
これら強力なモンスター達が徒党を組んで、一行の前に立ちはだかったが、大同盟は行く手を阻むモンスター達を次々と倒していった。
そうしてやがて、一つ目のレアメタル採掘場に辿り着く。
山の斜面の至る所に純度の高いレアメタルがキラキラと輝いて表出している。
これなら『鉱石採掘』のスキルを使うまでもなく、鉱石を切り出すことができるだろう。
一行は歓声を上げた。
「レアメタルだ!」
「すげぇ。いっぱいあるぞ」
冒険者達は先を争ってレアメタルを採取しようとする。
しかし、耳をつんざく轟音が採掘場に鳴り響き、レアメタルに飛びつこうとする冒険者達の足を止めた。
セインが『竜頭の籠手』を放ったのだ。
「勝手なことをするな!」
セインが鋭く叫ぶ。
人々の間にどよめきが起こった。
「ここにあるレアメタルは全て我々が取得、管理する。『魔導院の守護者』以外の者がレアメタルを採取することは許さん!」
「なっ、なんだって?」
「そんな、それじゃあ、我々の取り分は無しだって言うんですか?」
「各ギルドの取り分は後ほど決める。各々の働きぶりによって相応の報酬が配られるだろう。しかし、それを決めるのは我々だ。現時点で勝手な行動は許さん! さもなくば、この『竜頭の籠手』によって灰燼に帰すことになるぞ。さあ、分かったらその手にしたレアメタルを放して側の地面に置け!」
セインが命じると彼らはしぶしぶレアメタルを地面に置いた。
結局、その場にある鉱石のほとんどは『魔導院の守護者』によって採取され、同盟ギルドに配られたのはわずかばかりで、それも『魔導院の守護者』に最も近しい比較的大手のギルドだけに限られた。
(セイちゃんの悪い癖が出ちゃったな。宝物を前にするとついがめつくなってしまう悪い癖)
とはいえ、公の場で隊長と副隊長が対立している姿を見せるわけにはいかない。
アルルは内心セインの方針に反対だったが、この場では黙っていることにした。
あとで二人きりになった時に、それとなく諭すことにしよう。
アルルがそんなことを考えていると、零細ギルドの連中が何やらヒソヒソと話しているのが聞こえた。
「おい、ちょっと……」
「ああ、分かってる」
見ればそこかしこで、零細ギルドの者達が何やらヒソヒソと内緒話を始めていた。
先程までは『魔導院の守護者』を頼りにし、事あるごとにお伺いを立て、自分を売り込もうと躍起になっていた者達が、セインやアルルの与り知らぬところで何事か相談しあっているのだ。
(少し……雲行きが怪しくなってきたな)
レアメタルの採取は、『魔導院の守護者』に近しい者達だけで行われたため、作業をしているうちに日が暮れてしまう。
やむなく、一行はその場で野営することとなった。
『魔導院の守護者』の者達は、地面の最も平らな場所にテントを貼って野営することができたが、零細ギルドの面々は斜面や木々の生い茂る雑木林など劣悪な環境で一夜明かすことを余儀なくされた。




