第72話 ヒット&アウェイ
第2巻、本日発売です!
よろしくお願いします!
ハンス達が『火山のダンジョン』を探索していると、下の方から『竜頭の籠手』の轟く音が聞こえた。
(今の音は……『竜頭の籠手』の砲音? 『大同盟』の連中が動き出したか)
「今のって『竜頭の籠手』の音だよね」
アリスがその吊り目を凝らして、裾野の方を睨む。
「ああ、大勢の人間が動く気配がする。下山する時は、彼らのルートと被らないように注意しよう」
「ねぇ。本当に良かったの?『巨大な火竜』討伐に参加しなくて」
「もう決めたことだろ? 僕達はロランに、『精霊の工廠』に賭けるってさ」
「それは分かってるけど……」
アリスは側の茂みでモンスターの動く気配を捉えた。
ハンスとクレアもそれを察知し、腰を屈める。
茂みから『岩肌の狼』が飛び出して来た。
ハンス達は一斉に走り出して、その場から離脱する。
「なんで私達逃げてばっかりいるのよー」
ハンスは走りながら、ロランから受けた指導を思い出す。
「装備を外す?」
「ああ、現状君達の装備は君達の潜在能力を封じ込めてしまっている」
ハンス達のメイン武器は弓矢だったが、その他にも鎧に肩盾、短剣、槍まで装備しており、かなりの重装備だった。
「この重装備が弓使い最大の強みである俊敏の枷になっている。なぜそこまでの重装備を?」
「『竜の熾火』に勧められたんだ」
「実際に必要なんです。火竜、飛竜、翼竜といった竜族の火炎攻撃から身を守るにはこれくらいの装備でないと」
「なるほど。火炎攻撃対策というわけか。分かった。それはこっちの方でなんとかしておくよ。その代わり、君達には装備を作っている間、俊敏を鍛えてもらう」
「俊敏?」
「うん。現状君達の俊敏は全開というには程遠い」
【ハンス・ベルガモットのステータス】
俊敏:50-80
【クレア・ベルガモットのステータス】
俊敏:50-70
【アリス・ベルガモットのステータス】
俊敏:60-90
(全員、Bクラス〜Aクラスレベルの俊敏にも関わらず、振れ幅が20から30と非常に不安定だ。重い装備を引きずって、ダンジョンを歩き回っているうちに、鈍ってしまったに違いない)
「今後、君達には俊敏を中心にした戦術をとってもらう。そのためにも俊敏を誤差10以内にまで締めること。それが『精霊の工廠』が支援と引き換えにあなた達に求める条件です」
「でも、それじゃあ、もし、攻撃力の高いモンスターに遭遇したらどうするんですか?」
「そうよ。私達に防具なしの状態で戦えっての?」
「その時は逃げる!」
「逃げる?」
「そう、ヒット&アウェイ。それが君達の目指す戦術だ。俊敏で敵に対して優位な位置を取ること。一撃与えて戦場から離脱すること。この二つだけに集中的に取り組むことで俊敏を引き締めながら、弓使いとして鈍った実戦感覚を取り戻すんだ」
クレアとアリスは顔を見合わせる。
彼女らも生き残るために様々な場所で相談に乗ってもらっていたが、このような指導を受けたことは初めてだった。
本当に彼の言うことを信じていいのだろうか?
「何か、不安があるようだね」
「ロランさんの育成方針については理解しました。戦術についても」
クレアが言った。
「ただ、そんなに悠長なことで大丈夫なのでしょうか? 俊敏を鍛えて、向上させたとしてもその後は? このダンジョンでは鉱石を採掘するか、竜族を倒さないと収入になりません。もし、あなたの言う通り弓使いとしての能力を伸ばしたとしても、収入が入ってこないようじゃ……。私達は零細ギルド。脆弱なスキルと人員でやり繰りして、ただでさえ外部ギルドや盗賊ギルドに押されているのに……」
「それについても考えがあるんだ」
ロランは地図を取り出した。
彼が独自に行っていた『火山のダンジョン』の研究成果だ。
「さっきも言ったように今回の『魔導院の守護者』による大同盟は十中八九失敗すると僕は思っている。おそらくその際、広大な『火山のダンジョン』とクエストに空白ができるだろう。それに備えて……」
「あの、ちょっといいですか?」
アリスがロランの話を遮った。
「さっきから『魔導院の守護者』が失敗するって前提で妙に自信満々に話していらっしゃいますけれど、どうしてそんなことわかるんですか?」
「それは……」
「アリス。彼が失敗すると言っているんだ。S級鑑定士がそう言っているんだから、そうなるんだろう。将来の見立ては彼に任せて、僕達は自分達の鍛錬に集中しよう」
ハンスがそう言うと、アリスは不承不承ながらもそれ以上追及するのをやめる。
ロランは少し面食らう。
(初対面でここまで信用されたのは初めてだな)
「さ、ロラン続きを話してくれたまえ」
ハンスは曇りのない微笑を浮かべながらそう言った。
(根っから人を疑うことができない性格ってとこか。人が良くて楽天的すぎる長男をしっかりものの姉妹が支えてる。そんなとこか。いいパーティーだな)
適切なサポートさえ受けられれば、この3人組は伸びる。
ロランはそう確信した。
「分かった。それじゃあ、将来のことは一旦棚においておこう。とにかくダンジョンに入ったところで生き残れなければ話にならないんだ。泥臭く生き残る! そのためには俊敏を伸ばし、ヒット&アウェイ戦法を身につける。それが君達のスキルと実力、そして収益を伸ばす最も有効な方策だ」
「だからって、なんで防具を外した状態でひたすらモンスターから逃げ回ってるのよ。えーん」
アリスが泣きべそをかきながら言った。
彼らは弓矢以外、特別装備らしい装備を身に付けていなかった。
「重い防具を外した状態の動きを思い出す必要がある。実戦を兼ねた方が向上は早い。理屈は分かるんですけれど」
「アリス、クレア。どうにか走り切れ。ロランによるとここら一帯には俊敏50以上のモンスターは出ないらしい。僕らの俊敏なら、十分に優位を取れるし、逃げ切れるはずだ」
一撃放っては逃げる。
それをダンジョンで三日間続ける。
それがロランが彼らに与えた訓練法だった。
三人はどうにかその場から離脱して、『岩肌の狼』から逃げ切った。
モンスターの気配が感じなくなったところで、彼らは休憩をとった。
ただし、警戒だけは怠らず、一人ずつ交代でポーションを取り、残りの二人は油断せずモンスターや盗賊ギルドの気配がないか周囲に目を配る。
ハンスは慣れない訓練に戸惑いを感じながらも体の調子が良くなっているのを感じた。
(体が軽い。俊敏だけじゃない。視野も上がっている。こうしてみるとやはりロランの言う通り、僕達は不適切な装備を身に付けて、自分で自分の首を絞めていたのか)
「あー、もう。今頃、大同盟について行った奴らは、レアメタルにありついているのかしら。それか『火竜』のような大物を討伐してたり。やっぱり私達も大同盟についていった方がよかったんじゃないの?」
アリスがパンパンに腫れ上がった脚をケアしながら言った。
「アリス。それはもう決めたことだろう? 今回、僕達はロランのプランに賭けたんだ。今さらどうこういっても始まらないさ」
「うう、でもぉ」
「ねぇ、ハンス」
クレアが話しかけてきた。
「なんだい?」
「あなた今回、いつにも増して入れ込んでいない?」
クレアが言った。
「そうかな?」
「そうよ。いつも人の言うことすぐに信じては損してるあなただけど、今回はいつも以上に乗り気に見えるわ」
「……」
「一体どうして?」
「うーん。そうだな。クレア、君はロランのことどう思った?」
「そうね。何というか只者じゃない感じはしたわね。まだ私達と大して歳の変わらない若い人だけれどもいくつも修羅場を潜ってきた百戦錬磨の人。そんな感じ」
「そうだね。僕も全く同じ印象だ。つまり、彼は僕らのような零細冒険者ギルドのためにここまでする必要はないんだよ。どこに行っても通用する。彼はそういう人間なんだ。しかし、彼は僕達のような零細ギルドを支援すると言った。もっと大手と組むことが出来たにもかかわらずね」
「……」
「つまり僕は彼の心意気に心底惚れ込んでしまったのさ。ロランの示す未来になら、僕の冒険者人生を賭けてもいい。そう思えたんだ」
「ハンス……」
「もし彼の指導を受けて、破産することになったとしても、僕は何一つ悔やんだりしない。その時は冒険者稼業はすっぱり諦めて、真面目な仕事に精を出すさ」
そう言うとハンスは少し申し訳なさそうにした。
「いつもワガママに付き合わせてすまない。けれども、これが最後だ。もしこれでダメだったら、今まで迷惑かけた分、精一杯姉妹孝行させてもらうよ」
クレアはため息をついた。
「いいわ。あなたの気まぐれは今に始まったことじゃないし。どうせなら最後まで付き合うわよ」
「ありがとう」
そこまで言いかけた時、三人は敵の気配を感じとった。
「クレア、アリス」
「分かってる。あの雑木林。上から来るわよ」
三人は弓矢を構えつつ、いつでも逃げられるように、優位なポジションを取るべく互いの位置に気を配りながら、腰をかがめて、木や岩の影に隠れた。
敵の動きに集中しつつ、周囲への警戒も怠らない。
クレアは自分の感覚が研ぎ澄まされていくのを感じた。
(装備を外して自分の調子が上向きになっているのが分かる。私だけじゃない。ハンスもアリスも。こんなに感覚が鈍っていたなんて。ロランに言われるまで一向に気付かなかった。ハンスにはああ言ったものの、やっぱりロランのアドバイスは的確かも)
雑木林から翼竜が現れた。
三人は迅速に優位なポジションを取る。
敵の火の息が届かない、しかしてこちらの射程内の位置でハンスは弓矢を構える。
そうしながらも、ハンスの耳元には遠くから『竜頭の籠手』の音がこだましているのを聞こえていた。
(チッ、また『竜頭の籠手』か。うるさい奴等だ)
ハンスは内心に焦りと苛立ちを覚えながらも目の前の敵に集中しようとする。
(どうせ、向こうには僕達の弓矢の音など聞こえてはいないだろう。だが、それでも……)
こうして、ハンス達が雑魚モンスターから逃げ回っているうちに、彼らは大物相手に華々しく戦っているのかもしれない。
自分達は何をしているのだろう?
本当にこれでいいのだろうか?
(それでも! 彼らが『巨大な火竜』討伐に浮かれている間、こうしてステータスと戦術に磨きをかける。それがこの島で冒険者として生きる、僕達にできる唯一の抵抗だ!)
翼竜はハンスに急接近して、火の息を浴びせようとする。
しかし、その前にハンスは矢を放ち、『翼竜』に一撃を与え、離脱した。
一方、『魔導院の守護者』を中心とした大同盟は、順調に森林地帯(『火山のダンジョン』の最下層に位置する場所)を進みつつあった。
集まってきたギルドの面々は、セインに自分達の存在を認めてもらおうと躍起になって、道中の露払いに努めた。
「見ろアルル。あいつらが雑魚モンスターを蹴散らした上、道案内してくれる。おかげで、こちらは消耗せずに進むことができるぞ。やはり、島民を味方に付けたのは正解だったな」
「今のところはね」
「案ずることはない。今もこれからもこの旅はずっと順風満帆だ。これではさしもの盗賊どもも我々に手を出せまい。このまま、『巨大な火竜』のいる場所まで一気に行けるだろう」
「だといいんだけど……」
突然、空をつんざく鳴き声が響き渡った。
「なんだ?」
「この鳴き声は……『火竜』か?」
「バカな。まだ森林地帯だぞ」
「大所帯の気配に反応して山頂から下山してきたんだ」
弱小ギルドの間でどよめきが起こった。
彼らの中には『火竜』の『火の息』を受け止められる装備を持たない者も多い。
「『火の息』が来るぞ。魔装部隊、展開だ!」
「装備の弱い奴らは岩陰に隠れてろ!」
魔法陣の意匠をあしらった鎧と盾を装備した一隊が鳴き声の方に展開する。
やがて、一匹の興奮した『火竜』が現れ、部隊に『火の息』を吹きかけてくる。
灼熱の炎が大地を焦がすかに思えたが、魔導騎士達が持つ『魔弾の盾』がその息を弾いた。
焔はことごとく、遮断され、火竜の攻撃は失敗に終わった。
魔装歩兵達は魔石の埋め込まれた剣を火竜に向け、『爆炎魔法』を放つ。
上空に無数の魔法陣が瞬き、空がオレンジ色の炎に焼かれる(彼らほどの魔導騎士の腕をもってすれば、上空に魔法陣を出現させることくらいわけなかった)。
『爆炎魔法』の一つが『火竜』に直撃する。
「やったか?」
「いや……見ろ」
『火竜』は黒い黒煙の中から翼をはためかせ、悠々と火花散る空を飛んで見せる。
「なっ、無傷だと?」
「なんて分厚い皮膚だ」
「火槍を使え!」
「ダメだ、高過ぎて届かない」
「弓使い、何をしている。さっさと奴らを……」
「下がっていろ。俺がやる」
セインが前に出て、『竜頭の籠手』を構える。
『火竜』は魔法の盾を構えていないセインを見て、今度こそ焼き殺さんと火の息の狙いを定める。
『翼竜』の火の息などとは比べ物にならないほどの豪火が、セインに向かって迫り来る。
「ふん。喰らえ」
放たれた火の弾丸は『火の息』を切り裂き、『火竜』の喉を貫通した。
『火竜』は電池の切れたラジコンのようにしばらくフラフラと空中を漂った後、地上に墜落した。
岩陰に隠れていた冒険者達が別の意味でどよめいた。
「見たか? 『火竜』を一撃で……」
「ああ、なんて火力だ」
セインは『火竜』の首を掴んで、全体に見えるように掲げてみせる。
「諸君、見たかね。この『竜頭の籠手』の威力を! 『竜頭の籠手』の手にかかれば、最強と誉れ高き『火竜』の鱗ですらひとたまりもない。何も恐れる必要はない。たとえ『巨大な火竜』がどれだけ強かろうとも、この『竜頭の籠手』さえあれば忽ちのうちに葬り去ることができるだろう」
冒険者達の間で拍手と歓声が響き渡る。
指揮官の戦闘力を前にして、誰もがそのカリスマを認め、誰もが討伐の成功を確信していた。