第71話 革命の予感
ロランは目の前のカルラのことも忘れて、鑑定を続けた。
【カルラのステータス】
腕力:30-40→40-50
耐久:20-30→30-40
俊敏:40-50→120-130
体力:40-50→120-130
(腕力、耐久が低く、俊敏、体力が高い。やはり典型的な盗賊のステータス……いや、待て!)
「おい」
【カルラのユニークスキル】
回天剣舞:E→S
(広範囲に斬撃を浴びせられるユニークスキル『回天剣舞』がSクラスの資質! これならSクラスの剣士として、育てるのもアリか?)
「おい!」
(だが、どのみち腕力と耐久が低いから盾持ちによる援護は必須……)
「おいったら!」
ロランはカルラに肩を掴まれて、ハッとした。
意識を目の前の少女に戻す。
「おい、どうなんだ。『巨大な火竜』を倒す剣が作れるのか?それとも作れないのか?」
「えっ? ああ、ごめん。ちょっと鑑定作業に集中し過ぎて……」
「鑑定?」
カルラはロランのことを胡散臭げに見る。
「うん。僕は……」
「あのー。よろしければ」
いつの間にか部屋にいたサキが二人の間に割って入る。
「お店の方でお話ししませんか?」
そこでようやく、ロランは自分達が工房のど真ん中で立ち話していることに気づくのであった。
「どうぞー。『火竜の島』名物『竜茶』でございます」
サキがロランとカルラにお茶を差し出す。
二人は食堂に移っていた。
「悪いね。まだ、ウチの工房には客間がなくってさ」
「いや、そんなことは構わない。それよりも装備のことだ」
「うん。『巨大な火竜』を倒したいってことだけれども……」
「そうなんだ。このままでは『魔導院の守護者』に『巨大な火竜』を討伐されてしまう。どうにか、先に私の力で倒したい」
「先にって……、お前『魔導院の守護者』と競争する気か?」
ディランは呆れた。
鑑定能力のない彼にも今の彼女が実力不足であることは、その脆弱な装備を見れば明らかだった。
「『竜の熾火』にも行って相談してみたんだが、あいつらてんでダメだ。使い物にならない。『魔導院の守護者』の装備を整備するので忙しいとか抜かしやがる。でも、ここでは他では手に入らない装備を作ってくれるって聞いた。なあ、なんとかならないか?」
「もちろん、ウチにはユニークスキル持ちの職員がいるから、君に合った独自の武器を作ることはできる。ただ……」
「本当か? なら、今すぐに……」
「ただ、今の君の実力では『巨大な火竜』は倒せない」
カルラは机をバンッと叩いて立ち上がった。
「なんでだよ。やってみなきゃ分からないだろ!」
店内がシーンと静まり返る。
カルラはハッとして座り直した。
「……すまん」
「いや、いいよ。でも分からないな。どうしてそこまで『巨大な火竜』に拘るんだい? もっと簡単なクエストから地道にやっていった方が……」
「外の奴に先を越されたくないんだ。私達はいい加減、自分達の力で問題を解決できるようにならないといけないんだ」
「ふ、む」
(地元意識なのか意地なのか。どちらにしても『巨大な火竜』を倒す意思があるというのなら、こちらの求める人材の可能性は高い。だが……)
「カルラさん、だっけ? 僕の鑑定スキルで見る限り、将来的に君にはAクラス冒険者になれる素質は十分あると思う。そして、僕達今、一緒に『巨大な火竜』を倒す仲間を探している」
「じゃあ……」
「だが、今は時期尚早だ。『巨大な火竜』は一朝一夕で倒せるほど簡単な相手じゃない。鍛錬と情報収集と、準備が必要だ。これを……」
ロランはパンフレットを渡した。
「これは? S級鑑定士によるスキル・ステータスの指導育成?」
「そう。僕はこう見えて、数々の冒険者を指導し、育成してきた。Sクラスの冒険者を育てたこともある。君も時間さえあれば……」
「だからそれじゃダメなんだって。そんなことしているうちに、『魔導院の守護者』の奴らが『巨大な火竜』を……」
「倒せないよ」
「えっ?」
「彼らでは『巨大な火竜』を倒せない」
ロランがあまりにも自信満々に言うものだから、カルラは一瞬気圧されて黙ってしまう。
「なっ、なんでそんなこと言えるんだよ。アイツらは『西の大陸』で一番強い冒険者なんだろ?」
「僕の鑑定スキルが言っている。彼らには『巨大な火竜』は倒せない。だが、今の君も可能性に過ぎない」
「鑑定スキル? それだけ? それだけの根拠で、あんたはそんないい加減なこと言ってんのかよ」
「おい、いい加減にしろよお前。さっきから」
先ほどまで黙って聞いていたディランがいきり立って言った。
「大体、お前装備を作るって言ったって金は払えんのかよ。装備もステータスも脆弱だし、ギルドはお前の考え承認してんのか?」
「う、それは……」
カルラはたじろいだ。
「ディラン。落ち着いて」
ロランがおさえると、ディランはしぶしぶ座り込んだ。
「カルラ。君がそれなりに切迫した事情があって、真剣な気持ちでここに来たことはわかる。だが、やはり今の君は可能性にすぎない。もう少し腰を据えてスキルとステータスを鍛えてみないか? 何より君の成長のために……」
「……ダメだ」
カルラはうなだれながら、絞り出すように言った。
「成長なんて遠い未来の話じゃないか。今じゃなきゃダメなんだ!」
カルラはそれだけ言うと、飛び出して行った。
「あっ、おい、ちょっと待てよ。……行っちまったか」
ディランがカルラを追って、店の軒先まで出た頃には彼女の姿はどこにも見えなかった。
「いいのかロラン? アイツ、結構才能あるんだろ?」
「ああ、でもしょうがないよ。僕達に出来るのはサポートだけだ。本人に成長する気がないのなら、こればっかりは僕達にどうこう出来る問題じゃないよ。それに……」
「ん?」
「彼女はきっと戻ってくる」
(あれだけの潜在能力。あのまま眠っているわけがない。才能が必ず彼女を僕の下へ導いてくれるはずだ)
『竜の熾火』では会議が行われていた。
ギルド長のメデスとカルテットの面々が円卓を取り囲んでいる。
「さて、商談の結果、我がギルドが『魔導院の守護者』の武器整備および製造を手がけることになった。ついては、カルテットにこの仕事をそれぞれ担当してもらう」
カルテットの間で、ピリッとした緊張感が漂った。
このような外部ギルドから舞い込んで来た大仕事は自身の評価と給与査定に大きく響く案件だった。
「彼らの依頼は武器整備及び『火槍』を人数分製造することだ」
(『火槍』。対竜族において、現状最も効果的と言われている装備)
シャルルは会議の席を見回した。
(通常の槍と違い、切っ先から超高熱の魔法が噴き出す工夫をしなければならない。こういった案件はラウルが担当するのが普通だが……)
カルテットの4人はメデスの一挙手一投足に注目する。
「30人分の武具と防具の整備は4人にそれぞれ均等に分担するとして、問題は火槍だ。普段なら、このような案件はラウルが担当するが、今回、お前には竜頭の籠手の整備をしてもらわねばならない。そこで今回、火槍はリゼッタに担当してもらおうと思うのだが……」
「おい、ちょっと待ってくれよ」
エドガーが不満気に立ち上がる。
「なんで、リゼッタなんだよ。火槍くらい俺だって作れる」
「『銀細工』のスキルは私の方が上です」
リゼッタも負けじと応じる。
「僕も火槍はエドガーが担当するのがいいと思うな」
シャルルが言った。
リゼッタがジロリと睨む。
「確かにリゼッタは最近、メキメキと腕を上げているけれども如何せんまだ経験値が足りない。今回のような大仕事を任せるのはまだ早い」
「冗談じゃない。あなた達二人にAクラスの銀細工が作れるのですか?」
「なんだと?」
「ギルド長。私、絶対やりますからね」
「エドガー、リゼッタ座りなさい。お前達がこのような大仕事を前にして気が逸るのは理解できる。だが、今回ばかりはリゼッタに譲ってやってくれ。火槍は高度な銀細工の技術が必要だ。銀は魔法と相性がいい。現状、確かにリゼッタの方がお前達二人より銀細工の腕前は上だ。『魔導院の守護者』の連中は魔法にはうるさい。彼らを満足させるとなると余程のハイクオリティを求められるだろう。競争とクオリティこそ、我がギルドの理念だ。より腕のいい職人が担当すればいい。そう思わんかね?」
「チッ」
エドガーは椅子に座った。
「他に誰か意見のある者はいるか? いないな。では、次の議題に移るぞ。下級職員の教育プログラムについてだが……」
会議が終わった後、エドガーとシャルルは雑談しながら廊下を一緒に歩いた。
「くそっ。やっぱギルド長はリゼッタに火槍を任せたか」
「せっかく、事前に打ち合わせしたのにねー」
実のところこの二人は会議の前に、示し合わせるよう相談していた。
火槍の製造担当がリゼッタを指名するつもりという情報は当初から掴んでいた。
そのため、二人で示し合わせてエドガーを担当者にし、分け前を二人でもらおうと目論んでいたのだ。
「やべえな。ただでさえ今月また客が離れそうだっていうのに」
「『暁の盾』のこと?」
「ああ、そうだよ。すぐ根をあげるかと思いきや、あいつら全員契約を打ち切るって言って来やがった」
「はは。大変だねー」
「お前呑気にしてる場合かよ。このまま引き下がる気か?」
「まさか。そう簡単には……、っと噂をすればやって来たよ」
廊下の先には『白狼』のジャミルとロドが立っていた。
「よお、どうした? 暗い顔して」
「何か困り事があるなら相談に乗るぜ。例えば『大同盟』のこととか」
エドガーはニヤリと笑った。
「へっ。考えることは同じってか」
カルラが『精霊の工廠』に訪れてすぐに立ち去ったその翌日、また新たな客がロランの下に訪れて来た。
男性一人、女性二人のパーティーで全員弓矢を抱えていた。
「クエストを受注したい?」
「ああ、前回のダンジョン探索で盗賊ギルドにやられちゃってさ。うっかり破産寸前なんだ。ハハハ」
「破産寸前って……。大丈夫なんですか?」
「大丈夫じゃないよ。このままじゃ廃業だ。ところが、神は我々を見捨てなかった。渡りに船とばかりに君達のこの張り紙を見つけたのさ」
男はロランが広場の掲示板に貼っておいた『アースクラフト』採掘クエストの広告を取り出して見せる。
「呑気に言ってる場合じゃないよ、ハンス。このままじゃ私達、路頭に迷っちゃうんだからね」
「そうだよ。このままじゃ先祖代々続けて来た冒険者稼業を廃業しなくちゃいけない上、担保に入れていた家まで『竜の熾火』に取られちゃうんだよ」
「分かってるよ。クレア。アリス。だからこうして、S級鑑定士なるロランさんに相談に来てるんじゃないか。この張り紙によるとロランさんはスキルの開発、装備の強化、戦術指導まで全てやってくれるそうじゃないか。まさしく僕達が探していたものだよ」
「もう、そんな風にすぐ何でもかんでも鵜呑みにするから痛い目にあうんだよ」
(なんだか、随分能天気な人だな。この三人妙に仲が良さそうだけど、親族なのか?)
【ハンス・ベルガモット】
『弓射撃』:C→A
『抜き足』:C→A
『魔法射撃』:E→A
【クレア・ベルガモット】
『弓射撃』:C→B
『抜き足』C→B
『遠視』:C→A
『連射』:C→A
【アリス・ベルガモット】
『弓射撃』:C→B
『抜き足』:C→B
『速射』:D→A
『憎悪集中』:D→A
(苗字が同じだ。やはり兄弟姉妹か)
ハンスは気のいい長男、クレアは篤実な性格の姉、アリスは活発な妹、という感じだった。
(それぞれ、『弓射撃』にB以上の適性アリ。『抜き足』と俊敏も持っている。正統派弓使いとして合格か)
「それで、どうかなロラン? 我々のために新しい装備を作ってくれるのかい?」
「それにお答えする前に、一つお聞きしたいことがあります。なぜ、『魔導院の守護者』の呼びかけに応じないのですか?」
「えっ?」
「この島の冒険者達は今、彼らにつくかどうかで大いに揺れています。あなた達も懐事情が苦しいのであれば、彼らの『巨大な火竜』討伐に参加するべきなのでは?」
「ふっ。まあ、常識的に考えればそうなんだけどね。なんていうのかな。彼らのやり方は主義に合わなくってさ。だってそうだろ? あんな寄り合い所帯でさ、雑多な人々の中で僕達のような零細ギルド埋もれてしまうに決まってるじゃないか。それだったら、まだ同じ弱小ギルド同士で手を組むことに賭けたいんだ。いや、僕にも分かってはいるんだよ。僕如きの力でこの大きな流れを変えることができないっていうのは。島の外のギルドがどんどん力を付けていく一方で、この島の冒険者ギルドは年々弱体化している。僕達のような弱小ギルドは外部ギルドに取り入る道を探るべきなのだろう。ただ、そんな中でも地元民としてどうにか意地を見せたい。そこで君達のクエストさ。多くの人が彼らに追従する中、あえて君達のクエストを選ぶ。それがこの変化のうねりの中、僕にできる唯一の抵抗。そう思ったのさ」
「なるほど」
(革命は案外、こういうところから起こるのかもな)
「分かりました。あなた方のために装備を作り、クエストを依頼しましょう。ただし、条件があります」
ロランは彼らのために成長のための方策を授けた。
数日後、ダンジョンの前、すなわち火山の登り口前の広場に冒険者達が集まっていた。
島の冒険者ギルドのほとんどがその場に顔を揃えている。そして『魔導院の守護者』の魔導騎士達は、ピカピカに磨かれた魔導騎士用の武具に加えて、島に上陸した時には持っていなかった『火槍』も装備している。
また、島中のほとんどの冒険者ギルドがそこには集まっていた。
ここ数日をかけて行われた『大同盟』の呼びかけに応じた者達である。
頃合いを見て、セインが演説を始める。
「皆の者、よくぞ集まってくれた。ありがとう。大同盟の提唱者としてこれほど嬉しいことはない。これだけの戦力が揃った今、我々はこの島で最強の冒険者集団と言っても過言ではあるまい。覇道は我々の前に開けている。さあ、行こう。『巨大な火竜』の待つ山の頂上へ! 私はここに大同盟の結成を宣言する!」
S級鑑定士2巻、いよいよ明日発売です。
一部店舗ではもうすでに販売しているようです。
購入予定の方は是非探してみてください。
 




