第69話 消えた勇者の歌
「おう、エドガー、お前一体どういうつもりだ? んん?」
メデスはエドガーをギルド長室に呼び出して叱責していた。
「……すんません」
「お前、今月のノルマ大丈夫って言ってたよな? ん? それがなんだ? 契約打ち切り? それはつまり別の錬金術ギルドに客を取られたってことか? んん?」
「いや、その……」
「それも分からんのか? んん? 全く何をやっとるんだお前は!」
「……」
「最近、たるんどるんじゃないか、お前? いいか? 来月もノルマ達成できなければ、なあ? 分かっとるな? カルテットから降格もあるぞ。いいな?」
「あー、くそっ」
エドガーは廊下にあるゴミ箱を思い切り蹴った。
下級職員達は彼の荒々しい態度にビクッとする。
エドガーはそんな周囲の視線も気にせず、悪態を吐き続ける。
「あの野郎。Cクラス冒険者の分際でっ」
リゼッタはそんなエドガーの様子に眉をしかめた。
「ちょっと、シャルル。あれ何? みっともないわね」
「ああ。なんか、客を取られたらしいよ」
「客を?」
「そう。『暁の盾』の冒険者に契約更新を断られたんだって。それで、ギルド長に怒られたみたいだよ。たるんでるんじゃないかって」
「ふぅん?」
(粗雑なところもあるけれど、エドガーの錬金術士としての腕は本物。特に『金属成型』はAクラス。頑丈な鎧を作らせればこの島でも右に出る者はいないっていうのに。一体、どこの誰かしらね。カルテットから客を奪うだなんて)
リゼッタの脳裏にふとロランの姿が浮かぶ。
(まさか……ね)
ギルド『暁の盾』のメンバーは食堂で打ち上げをしていた。
「カンパーイ」
「今回のダンジョン探索は大成功だったな」
「ああ、これだけレアメタルを持ち帰れたのは初めてだ」
「それもこれもエリオのおかげだな」
「そんなことないよ。装備が良かっただけさ。『精霊の工廠』さまさまだよ」
「はは、そう言っていただけると助かります」
『暁の盾』に混じって、杯を傾けているロランが恐縮そうに言った。
隣にはアイナとロディもいる。
「装備を作ったのはこの二人です」
ロランはアイナとロディを紹介する。
「成型を彼女が、設計を彼が担当しました。特にアイナにはユニークスキルで『青い鎧』の肝である『外装強化』を担当してもらいました」
「そうか。君が……」
エリオは敬愛の念を込めて二人のことを見る。
「ありがとう。君達のおかげで僕も首が繋がったよ」
「お役に立てたようで何よりですわ」
「是非これからも頼むよ」
エリオは立ち上がって、アイナに握手を求めた。
「ええ、もちろん」
アイナはエリオの握手に応えた。
ロランとロディはそれを微笑ましく眺めた。
「いやー、いいもんですね。冒険者と錬金術師の絆というのも」
「ロディ、君はいいのかい? 彼と話さなくて」
「ええ、あの鎧はほとんど彼女の功績ですし。彼女が脚光を浴びているのをながめられれば僕は……満足かな?」
「なるほど」
(僕と同じタイプだな)
ロランはロディに共感を覚えた。
「それはそうとエリオさん」
アイナは話題を変えるようにパンフレットを取り出す。
「よければ、ロランさん、すなわちS級鑑定士によるスキル・ステータス向上プログラムを受けてみませんか?」
「スキル・ステータス向上プログラム?なんだい、それは? ロランさんは装備のマッチング以外にも何かやってるのかい?」
「ええ、ロランさんの本領は鑑定よりもむしろスキルとステータスの向上、育成なんですよ」
「育成……」
「ロランさんの鍛錬を受ければ、スキルとステータスを磨いてより強力な装備を身に付けることも可能。私にとってもエリオさんにとってもより高みを目指していけるというわけです。どうです? 素晴らしいことだと思いません?」
「より強力な装備……。いいね。それ。すぐにギルドの方に言ってみるよ」
盗賊のセシルはエリオとアイナのやりとりを羨ましそうに見る。
「いいなー、エリオ。私も『精霊の工廠』に鞍替えしよっかな」
「そうだな。『竜の熾火』との契約が終わったら、俺達もギルドに打診してみるか」
弓使いのジェフが言った。
「お前ら、その必要はないぜ」
リーダーのレオンが言った。
「えっ?」
「みんな、ロランや『精霊の工廠』の方々も聞いてくれ」
『暁の盾』のメンバーと、ロラン、アイナ、ロディは何事かとレオンの方に注目する。
「先程、上から許可が下りてな。我々、『暁の盾』のメンバーは全員、『竜の熾火』との契約を解消し、『精霊の工廠』とパートナーシップを結ぶ。今後は全員、S級鑑定士の鑑定を受けて、装備を新調するように、とのことだ」
その場にいる全員が歓声を上げた。
「『暁の盾』に営業かけといたぜ」
ディランがロランに耳打ちする。
「ディラン」
(まったく、気の利く奴だな)
「受けてくれるだろうな?」
レオンがロランに手を差し伸べてくる。
「ああ、もちろん」
ロランとレオンは固く握手を結んだ。
「みなさん、今宵は『暁の盾』と『精霊の工廠』の提携が決まっためでたい日。当食堂はここにいるお客様全員に一杯ずつ、お酒を奢らせていただきます。さらに『暁の盾』がレアメタルを『精霊の工廠』に持ち帰るたびに今後も当食堂からお酒を一杯プレゼントさせていただきます」
サキがそう言うと、食堂は喝采で沸いた。
「サキ。いいのかい?」
「はい。私達から心ばかりの贈り物です」
(冒険者の皆さんを当食堂の常連にする方策でもありますけどね)
サキはロランにそう耳打ちして、いたずらっぽくウィンクした。
ロランは苦笑した。
「これはなんという幸運だ」
「神に感謝しよう」
「冒険者に祝福を」
「『暁の盾』に祝福を」
「『精霊の工廠』に祝福を」
「みんな祝え。今日はなんといい日だろう」
『精霊の工廠』や『暁の盾』と関係のない客も、この幸運にあやかろうと盛り上がり始めた。
そうしてやんややんやと騒いでいるうちに、人々の間で酔いが回り、食堂の片隅で誰かが陽気な音楽を弾き始める。
「誰か歌え」
「歌が上手いのは誰だ?」
「サキだ」
「サキ。一曲歌え」
サキのために花道があけられる。
みんなで手拍子をして囃し立てる。
サキは断るに断れず、さりとて満更でもなさそうにステージに立つ(店にはイベント用に他の場所よりも床が一段高くなっているステージがあった)。
「では、慎んで」
サキは陽気な歌を歌い出した。
その歌声は軽やかな中にも力強さを秘めており、人々の意気を盛んにし、お酒と歓談をますます進めた。
そこかしこで歌と手拍子に合わせて人々は手を取り合いステップを踏んで踊り出す。
ロランとディランはお祭りの中心から少し離れた店の壁際に陣取って、その様子を眺めていた。
「上々の成果なんじゃないか? 初めての客にしては。あの『外装強化』された武器も売れるぜ。何せ、あんなものどこにも売っていないからな」
「まだまださ。アイナはAクラスの錬金術師というには程遠い。もっと鍛えなきゃ」
「全く。こと育成に関して、お前は妥協というものを知らないな」
「ユニークスキルを使って独自の製品を作り出せるようになったのはいいが、彼女をAクラスの錬金術師にするには、やはり、Aクラス冒険者の武器を作る経験が必要だ。そのためにももっと人を雇って工房内の人員も充実させて、……、ん? 曲が終わったか」
人々は上機嫌でサキの見事な歌声に拍手した。
しかし、まだ彼女の歌声を聞き足りなかったので、もう一曲と急かし始める。
「では、もう一曲私の得意な歌を。このような場にふさわしいかどうかは分かりませんが。子供の頃から聞き慣れた、この島の者なら誰もが知っている歌でございます」
そう言うと、彼女は歌い始めた。
その曲は勇壮ながらも悲哀に満ち、何処となく暗い韻律だった。
店の者達は喝采と手拍子をやめ、シンと静まり返る。
「かつて、この島には勇者がいた。
彼は地獄の業火を吐き、鋼鉄の鱗、剣山のような爪を持つ『火竜』をこの島の火山に封じ込めた」
(なんだろうこの曲。英雄を讃える歌にしては、どこか物悲しい)
ロランは店内にいる者達が皆、しみじみと歌に耳を傾けていることに気づいた。
その顔はどこか複雑そうだ。
白けた表情をしているものや、皮肉な笑いを浮かべているものさえいる。
「ディラン。この曲は?」
「『巨大な火竜』を火山に封印した勇者を讃える歌だ。かつてこの島の勇者が『巨大な火竜』を封印して以来『巨大な火竜』を鎮めることがこの島の住民の誇りだった。だが、やがてこの島の冒険者達が弱体化し、外の冒険者ギルドに依存せざるを得なくなってからは、島の冒険者の体たらくを嘆いたり、自虐したりする歌として捉えられるようになった」
「……そうか」
「今となっては、火山のレアメタルを餌にどうにか外部からギルドを呼び寄せるしかないのがこの島の現状さ。だから、せめて『金色の鷹』が来てくれればと思っていたが……」
「……」
歌は続く。
「やがて勇者は立ち去った。
ああ、あなたは一体どこへ行ってしまったのか。
この島から勇気まで持ち去って。
おかげでこの島に剣を手に火竜と戦おうという者はいない。
あなたは厄災と一緒に勇気まで持ち去ってしまった。
勇者は二度と現れない」
歌は物悲しい韻律のまま終わった。
そこからはどれだけ酒を煽っても、人々は気分を乗せることが出来ず、興醒めした雰囲気が蔓延して、パーティー気分もそこそこにお開きとなった。
サキが食堂で『消えた勇者の歌』を歌っている頃、とある冒険者ギルドの一部隊を乗せた船が、『火竜の島』に闇夜をついて、近づきつつあった。
西の大陸の有力ギルド『魔導院の守護者』を乗せた船だ。
船の甲板では、のんびりした雰囲気の青年アルルが夜風に当たりながら、火山の方をぼんやりと見ている。
ふと、火山の火口から火炎が吹き上がった。
『巨大な火竜』の吐く火の息だ。
火炎は夜空に煌めき、夜の海を照らしてくれる。
そしてさらには、山肌に露出した色とりどりのレアメタルを輝かせた。
「うわあ。なんて綺麗な島だろう」
アルルは感嘆の声をあげた。
「あんなにも沢山のレアメタルが『巨大な火竜』の炎に照らされて煌めいている。なんて美しい。それだけに信じられない。『火竜の島』の自然はこんなにも美しいというのに、その裾野に盗賊の街が広がっているだなんて」
「副隊長、お前の目は節穴か?」
「セイン……」
アルルは隊長のセインに話しかけられてしばし、宝石の岩肌から目を逸らした。
「あんな石くれよりも、もっと上等な獲物が見えるだろうが。Sクラスモンスター『巨大な火竜』がよ!」
『魔導院の守護者』部隊長セイン・オルベスタはまだ島についていないにも関わらず、完全武装してそこに立っていた。
アルルはため息をつく。
「ギルドからの指令はレアメタルの採取ですが……」
「ふん。だったらどうした? 大物を前にして、みすみす見逃すバカがどこにいる?」
「隊長。地元の盗賊ギルドは決して侮れない連中です。他にも『火竜の島』には数多くの零細ギルドが……」
「構うものかよ。そんな雑魚ども、何十人、何百人束になって来ようと俺が全員蹴散らしてやるよ。この『竜頭の籠手』でな!」
セインは腕についた竜を象った籠手を見せびらかす。
「さあ、副官、鑑定しろ。船旅で俺のスキルは錆び付いていないか?」
「ええ、全くもって問題ないですよ」
【セイン・オルベスタのスキル】
爆炎魔法:A
剣技 :A
盾防御 :A
(相変わらず凄まじいまでの戦闘力だな。火力、攻撃力、防御力をこれだけバランスよく備えた魔導騎士、世界広しといえどもそうはいない)
「よぅし。準備は万端だな。さあ、急ぎ船を港につけろ。『巨大な火竜』を狩るのはこの俺だ!」
 




