第68話 青い鎧
執務室のドアがノックされて、リリアンヌはペンを止める。
「どうぞ」
リリアンヌがそう声をかけるとモニカ、シャクマ、ユフィネの3人が入って来た。
「お呼びでしょうかギルド長」
リリアンヌはすっかりギルド長然とした落ち着いた態度で3人の顔を順に見回した。
3人は緊張に顔を引き締める。
「これを……」
リリアンヌがユフィネに手紙を渡す。
「これは……ロランさんからの手紙?」
「ええ」
「なんて書いてあるの、ユフィネ?」
モニカが急かすように聞いた。
「予定していた錬金術ギルドとの協業が破談になった。そのため『火竜の島』で新しく錬金術ギルドを設立することになった。金くれ」
ユフィネが手紙の内容をかいつまんで説明した。
「協業が破談になった?」
「『火竜の島』で錬金術ギルドを設立って……それじゃロランさんしばらく帰ってこれないんですか?」
シャクマが慌てたように言った。
「そのようです」
リリアンヌがため息をつく。
「私達はしばらくの間、ロランさんの力抜きでダンジョンを攻略し、このギルドを守らなければいけません。そこで、一時ロラン隊の隊長に代理を任命します。隊長代理はユフィネ。あなたが務めなさい。副隊長はシャクマあなたです」
「はい」
「はい」
「融和が進みつつある『魔法樹の守人』と『金色の鷹』ですが、すでに我々の動きに反発する動きが『金色の鷹』の一部で出ています。各々ロランさんがおらず、不安かもしれませんが、こういう時こそ我々は団結を示さなければなりません。各自、軽挙妄動を慎み、部隊の強度維持に努めなさい」
「「「はい」」」
リリアンヌの執務室を後にしてからも、モニカはロランのことを考え続けていた。
(ロランさん、大丈夫かな)
モニカは心配そうに胸元に手をやりながら、海の方向に目を向ける。
軽率な行動を控えるよう言われたばかりだが、ロランが身寄りのいない『火竜の島』で一人奮闘していることを思うと、今すぐにでもロランの下に駆け付けたい衝動に駆られるのであった。
『精霊の工廠』支部では、ロラン達がエリオの鎧を作るため、試行錯誤を繰り返していた。
「ダメだ。失敗だ」
ロランは出来上がった鎧を少しいじっただけで言った。
「えっ? どうしてですか?」
「関節の部分が上手く曲がらない。設計ミスだよ」
「あ、ホントだ」
「ロディ、設計からもう一度やり直しだ」
「うう、はい」
「アイナはロディの設計ができるまで『外装強化』の練習」
「はい」
各員は各々の作業に取り掛かった。
「ロディ。設計図のこの部分」
ロランは図を指差しながら指摘した。
「ここは『金属成型』Aでないとできない」
「あ、そっか」
「『製品設計』は装備と装備者の適応率をあげることができる。場合によっては装備者のスキルやステータスにプラスの効果を及ぼすこともできるんだ。だが、成型する人間の技術レベルを考えないとそもそも装備として不具合が出てしまうよ」
「はー。そうか。今まで考えたこともなかった」
「以前の職場でも『製品設計』を手がけたことがあるんだよね? そこでは何か言われなかったの?」
「いやー。養成所で教えられた通りに図面を描いたら、それだけで不適格の烙印を押されてしまいまして」
「……そうか」
ロランのこの指摘はロディの長年の問題を解決したようだった。
(今まで苦手意識を持っていたが、こういうことだったのか。それならここをこうして……と)
ロランの適切な指導を受けることで、ロディのスキル『製品設計』はみるみるうちに向上していった。
(ロディの方はどうにかなりそうだな。アイナは……)
アイナはスキル『外装強化』をかけようとして手に痺れが走るのを感じた。
(チッ。魔力切れか)
ロディはまだ設計図を書き直している最中だ。
(仕方ない。剣Cでも作っとくか)
アイナは凄まじい速さで鉄を打ち、一人で剣Cを作っていく。
ロランは目ざとくその様子を観察していた。
(アイナ、剣Cの製作はもはや準備運動みたいなものか)
【アイナのステータス】
腕力:40ー50
耐久:40ー50
俊敏:70(↑10)ー80(↑10)
体力:40(↘︎)-70
魔力:1(↘︎19)-30(↑20)
(『外装強化』をキッカケに魔力が著しい伸びを見せている。俊敏も上がった。アイナは忙しい方が調子が良くなるタイプだな)
「どうだい? 何か問題はないかい?」
ロランはロディに話しかけた。
「ええ。アイナが頑張ってるし。俺も頑張らないわけにはいかないですよ」
そう言って、ロディは図面に線を引いてゆく。
(こっちも大丈夫そうだな。ロディは自分以外の誰かのために力を発揮するタイプか)
ロランはアイナが『外装強化』の練習用に使った中古の鎧を台車の上に乗せて片付けながら、二人のスキルを鑑定した。
【アイナのスキル】
『金属成型』:B→A
『コーティング』:C(↑1)→A
【ロディのスキル】
『製品設計』:C(↑1)→A
(二人共順調にスキルが上がってきてる。納品日まであと1日だが、これならなんとか間に合いそうだな)
ロランは改めて作業している二人を見守った。
(この二人なら、きっといい装備を作り上げることができる)
そして約束の日、ついに鎧の型が完成した。
『外装強化』で外装が膨らむことも考えて設計され、サイズ調節もバッチリだった。
アイナはすでに青い塗料を塗りたくった鎧に杖を向ける。
(行くわよ。スキル『外装強化』)
アイナが支援魔法の呪文を唱えると、塗料は無秩序に膨らむかに見えたが、見えない魔法の力によって抑え込まれ、そのまま鎧の外郭を形成して固まっていく。
真っ青の鎧が完成した。
「で、できた」
「まだだ。装備は実際に機能するかどうか試してみるまでは完成したとは言えない」
ロランは鎧を自分の体に通してみる。
「軽さのテストはオーケー。関節も特に問題なし」
ロランは体をひねったり腕を上げたりしながら動作をチェックする。
「あとは肝心の耐久テストだな」
「本当にいいんですか?」
ロディがハンマーを手に持って心配そうに顔をしかめながら聞いた。
「ああ、思いっきりやってくれ」
「それじゃあ……、失礼しますっ」
ロディはロランに向かって思いっきりハンマーをぶち当てる。
けたたましい衝撃音が工房内に響き渡るが、ロランと彼の着ている鎧はビクともしない。
むしろ、ダメージを受けたのはハンマーの方だった。
ハンマーの首は柄から離れて、遠くから実験の様子を見ていたディランの方に飛んで行く。
「うおおおお、あっぶね」
ディランは慌てて飛びのいて、足元に飛んで来たハンマーの首をかわした。
ロディは驚愕する。
(なっ。鎧が傷つくどころか……、逆にハンマーの方が壊れるなんて)
「うん。防御力もバッチリだ」
【青い鎧のステータス】
威力:70
耐久:70(『コーティング』により↑20)
重さ:50
特殊効果:反射
(アイナの『外装強化』によって、耐久が上がっているのはもちろん、反射の特殊効果が備わっている。もはや、Cクラスの武器では傷一つ付けられないだろうな)
アイナは自分で作っておきながら自分で驚いていた。
(凄い。これが私のユニークスキルの力。そしてロランさんの……)
アイナは畏敬の念を持ってロランの方を見る。
(まだ、工房に勤めて1ヶ月も経っていない私が、こんな特注の装備を作ってしまった。それもこれもロランさんが私たちの適性に合わせて集中的にスキルを鍛えてくれたおかげ)
(ここまで上手くいくなんて。この人は一体……)
「さ、お客さんにこの装備を届けに行こう」
ロランは青い鎧を外で待っていたエリオの下に運び出す。
工房の外に出るとそこには意外な人物がいた。
「おや? サキ、お爺さんまで。珍しい。どうしたんですか?」
ロランは思わぬ人物の来訪に目を丸くした。
「こんにちは。ロランさん。お爺さんが見学したいと言って聞かなくて……」
「工房で特注品が完成したと聞いての。いてもたってもいられず見に来たんじゃよ」
「わざわざ顔を出してくださったんですか。ありがとうございます。それでは是非見て行って下さい。僕達が作った特注品を」
エリオは青い鎧に腕を通す。
「どうですか?」
「うん。重くない。むしろ、軽い。これだけ分厚い装甲なのに」
エリオは自在に体を動かしてみせる。
お爺さんは目を見張った。
(ほほお。これほど装備が装備者に適応しているのを見るのは久しぶりじゃ。これほどのものを作り上げるとは。この若造、只者ではないな)
お爺さんはロランのことを盗み見る。
自分の跡を引き継いだのは思わぬ化け物かもしれない。
(ここ数年、この島では『竜の熾火』の天下じゃったが……、これは面白いものが見れるかもしれんの)
「どうかされましたか? お爺さま?」
サキがいつになく嬉しそうなお爺さんを見て不思議そうにする。
「いや、長生きはするもんじゃと思ってな」
お爺さんは意味深な笑いを浮かべる。
サキはただただ首を傾げるだけだった。
翌日、ギルド『暁の盾』は再び『メタル・ライン』での鉱石採取クエストに挑戦していた。
「おい、エリオ。本当にその装備で行くのか?」
リーダーのレオンはエリオの新装備をいぶかしげに見ながら言った。
「そんなどこの馬の骨とも分からない錬金術師の作った鎧で本当に大丈夫なのか? 大人しく『竜の熾火』の装備にしておいた方がいいんじゃないか?」
「大丈夫だよ。防御力と耐久性は折り紙つきさ。ギルドの鑑定士も言ってただろ?」
「しかし、その鎧、そんな鎧見たこともないぞ。軽くて耐久も高いなんて、そんな鎧本当に存在するのか?」
「そうだぜエリオ。お前、何か変な詐欺にでもあってるんじゃないだろうな?」
弓使いのジェフまでもがいかがわしいものを見るような目で青い鎧を見る。
「大丈夫。俺は、あの人を、ロランさんを信じる」
「でも、今のところ、全然動けてるわね。こうしていつもより速いペースで走ってるのに汗一つかいてない」
盗賊のセシルが言った。
「ああ、この鎧、軽さと着心地に関しては何の問題もないよ。設計も追求してくれたようだ」
「そうか。まあ、とにかく何か危険を感じたら、すぐに言えよ。欠陥装備のせいで死んだなんてことになれば笑い話にもならんぞ」
「おい、おしゃべりしている暇はないぞ。モンスターのお出ましだ。『鎧をつけた大鬼』もいる」
弓使いのジェフが言った。
「よし。俺が引き受ける」
エリオは機敏な動きで、二体の『鎧をつけた大鬼』の前に立ち塞がった。
「なっ、バカヤロウ。一人で二体を相手にするやつがあるか」
レオンが叫ぶが時既に遅し。
二本の棍棒がエリオに向って振り下ろされる。
しかし、エリオはダメージを食らうどころか、むしろ棍棒の方が粉々に砕けた。
(よし、いける。これなら……)
エリオはそのまま自分よりもひとまわりも大きい『鎧をつけた大鬼』にタックルをして、腰から抜いた短刀を敵の脇腹に突き立てる。
『鎧をつけた大鬼』は膝をつく。
もう一匹にもタックルしようとすると炎が飛んで来た。
『翼竜』による火の息だった。
しかし、エリオは炎さえも鎧で受け止める。
鎧の左腕部分には『炎を弾く鉱石』が練りこまれていた。
レオンは目を見張った。
(信じられん。あの軽さでこれだけの防御力が備わっているとは。いったいどれだけの凄腕があの鎧を鍛えたんだ)
(よし。いける。これならみんなを守ることができる!)
エリオはその後も敵の猛攻を耐え抜き、むしろ押し返して瞬く間にモンスター達を撃退してしまった。
一行はダンジョンの奥へと進む。
「エリオ。大丈夫か? さっきの戦闘、結構激しくやり合っていたように見えたが、消耗してるんじゃないか?」
「大丈夫だ。むしろ、いつもより元気なくらいだよ」
やがて、彼らは採掘場にたどり着き、レアメタルをたんまり採取して、帰路についた。
普段、あんまりアイテムを持ち帰れないエリオもレアメタルをたっぷり保有することができたおかげで、いつもより沢山のレアメタルを持って帰ることができた。
「へへへ。とり過ぎちまったかな?」
「なあに。ここ最近、不景気だったからな。たまにはこれくらい……」
「おい、まだ遠足は終わってないぜ。帰りは盗賊ギルドに狙われやすいんだから。おっと、噂をすればなんとやら。『白狼』の奴らだ」
ジェフがスキル『遠視』で近付いてくる『白狼』を捉えた。
すぐに彼らは攻撃態勢を整えて向ってくる。
「見ろ。『暁の盾』だぜ」
「性懲りも無くレアメタル採取してやがる。バカな奴らだぜ」
「ジャミルによると、あいつらは確か盾持ちが狙い目だったよな?」
「待て、何か様子が変だ。あいつの装備見たこともない青い鎧だぞ」
「構うことはない。いくぞ」
『暁の盾』も迎撃体制に入る。
「チッ、見つかっちまったか。ツイてねぇな」
「大丈夫。俺が、この鎧がみんなもアイテムも守ってくれる」
エリオはいつにない機敏さで、『白狼』の先鋒に間合いを詰める。
「バカが。飛んで火に入る夏の虫」
『白狼』の一人はエリオに剣を突き立てた。
Bクラスの威力を持つ大剣だった。
しかし、剣は折れてしまう。
「なにぃ?」
エリオは盾で敵の盗賊を殴る。
「ぐっは」
「な、なんだこいつの鎧は!?」
「全然、攻撃が通らないぞ」
そのうちに後衛も準備が整い、ジェフが絶好のポジションから矢を放ち、レオンが接近戦を仕掛けていく。
盗賊のセシルは回復魔法をかけられるよう、エリオの背後に陣取った。
「ぐっ、ダメだ。持ち堪えられない」
「撤退だ。引け。これ以上消耗しては割に合わない」
『白狼』の面々は引き上げていく。
エリオ達は一つもアイテムを取りこぼすことなく、ダンジョンを抜け街へと帰還した。
翌日、エリオは『竜の熾火』を訪れていた。
折しもその日、エドガーは契約更新について廊下でラウルに釘を刺されているところだった。
「エドガー。今月のノルマ達成できていないのお前だけだぞ。ちゃんと売り上げの見込みは立っているんだろうな?」
「大丈夫っすよ。任せて下さい」
「何か当てでもあるのか?」
「『暁の盾』の盾持ちの人がいるでしょ? あいつが契約更新すれば、ノルマ達成ですよ」
「あいつらか」
ラウルは少し難しい顔をした。
最近の『暁の盾』は成績があまり芳しくないと聞いている。
「その盾持ちはちゃんと契約を更新するんだろうな?」
「任せて下さいよ。『暁の盾』は『メタル・ライン』まで探索するギルドですからね。ウチの装備に頼らざるを得ないはずですよ」
「そうか。ならいい。間違っても取り逃がすようなヘマはするなよ」
「エドガーさーん。『暁の盾』のエリオが来てますよー」
受付の人間が言った。
「おっ、噂をすれば何とやらだ」
エドガーはエリオに対応するべく、窓口の方に行った。
「エリオさん。遅かったじゃないですかー」
「ああ、済まないね。ギリギリまで返事できなくて」
「まったく、エリオさんも人が悪いっすねぇ。契約更新のギリギリまでこっちの気を揉ませるなんて。それで契約の更新の方、どうするか決めましたか?」
エドガーはすでに答えは聞くまでもなく決まっているとばかりの調子で、ニヤニヤと笑っていた。
既に彼の契約更新に備えて、預けられた鎧は完璧に整備されていた。
「ああ、決めたよ」
エリオは晴れやかな笑顔を浮かべた。
「契約、更新しないことにする。今までありがとう。それじゃ」