第67話 アイナのユニークスキル
設定の都合により、第64話の剣Bを威力Bクラスに変更しました。
アイナは昨日ロランから課された目標を反芻して意気込みながら、工房に続く道を歩いていた。
(昨日は剣C10本のうち5本を鉄40の重さで作ることができた。耐久も付いてきたし、今日こそは剣C10本全部40の重さで作るぞ!)
『精霊の工廠』に出勤すると、いつもと様子が違うことに気づく。
ロランとディランが荷台に乗せられた大量の荷物を倉庫に搬入しているのだ。
(あれは……鎧?)
それはいずれも外装が剥げていたり、一部欠損していたり、使い物にならなくなった鎧だった。
あまりにも質が悪く売り物にならなくて廃棄処分される予定だったと思しきものもある。
「ロランさん、おはようございます」
「おはよう、ちょうどよかった。これ運ぶの手伝ってくれないか?」
「何ですかこれ?こんなにたくさんどこから?」
「街中の錬金術ギルドを回って、不要になったり故障したりした鎧をもらってきたんだ」
「一体どうしてそんなことを?」
「説明は後だ。とにかくこれを搬入しないと」
「はい」
アイナはロランが重そうな鎧を運ぶのを手伝った。
ロランと反対側を持って一緒に倉庫まで持っていく。
「ふう。助かったよ。ありがとう」
「これ鎧ですよね。こんなにたくさん、どうしたんですか?」
「新しい仕事が入ったんだ」
「新しい仕事?」
「ああ。会議をするから工房で準備しておいてくれるかい?」
「今回の依頼は軽くて頑丈な鎧だ」
「軽くて頑丈な鎧?」
工房の一角に置かれた会議机の前に座って、アイナとロディは顔を見合わせた。
「それって矛盾してませんか?」
「ああ、だが、可能だ。僕達ならね。これを見てくれ」
ロランは図を書いた紙を広げて、2人に見せた。
そこにはランク毎の装備のスペックが書かれていた。
【鎧Eのスペック】
威力:1〜20
耐久:1〜20
重さ:1〜20
【鎧Dのスペック】
威力:20〜40
耐久:20〜40
重さ:20〜40
【鎧Cのスペック】
威力:40〜60
耐久:40〜60
重さ:40〜60
【鎧Bのスペック】
威力:60〜80
耐久:60〜80
重さ:60〜80
【鎧Aのスペック】
威力:80〜100
耐久:80〜100
重さ:80〜100
「スタンダードな装備のスペックですね」
アイナが言った。
「そして鉄の重さに対応した限界値でもある。例えば、重さ50の鉄では、威力60・耐久60が限界。たとえ『金属成型』Aを使ったとしても、威力70・耐久70の鎧を作ることはできない」
「スキル『金属成型』でできるのは、その金属に宿る威力を引き出すことだけですもんね」
「威力70・耐久50とか威力50耐久70の鎧なら作れますけどね」
「威力80・耐久40とか威力30・耐久90の鎧もできるわよ」
「要するに威力・耐久で合計120まで、ということだね」
「いずれにしても、『金属成型』スキルの向上は数値振り分けの幅を広げるだけで、威力か耐久のどちらかを犠牲にしなければならない。だが、今回、僕達はその常識を打ち破る! これが今回、僕達がエリオに提案する装備の要件だ」
ロランは要件書を二人に見せる。
「これは……」
「重さ50、威力(防御力)70、耐久70、の盾付き鎧?」
「矛盾してませんか? 軽いのに威力と耐久を両立した装備なんて……」
「ああ。矛盾してる。だが、アイナ、君のユニークスキルを使えば、この矛盾を解消することができる」
「私のユニークスキル?」
アイナがキョトンとした顔になる。
「そう、君のユニークスキル『外装強化』だ」
【外装強化の概要】
対象の装備にこのスキルを施すことで、威力と耐久を上昇させることができる。
「今回の依頼を達成すれば、単純に冒険者を顧客にできるだけじゃなく、販路の拡大にも繋がると思うんだ。『竜の熾火』でもカバー出来なかったクエストだからね。同じ悩みを持つ冒険者は他にもいるはずだ。『竜の熾火』から顧客を奪うこともできる。そこでこのクエストを二人に担当してもらいたい。成型と耐久強化をアイナに。設計をロディに」
アイナとロディは互いに顔を見合わせた。
「このクエストをこなせば、二人のスキルアップに繋がるし、仕事の幅も広げられる。プロジェクトが軌道に乗れば、給与のアップにも繋がるだろう。無論、失敗したからといって、ペナルティなど課すこともない。また、新しいことに挑戦すればいいだけさ。どうだい?やってくれるかい?」
「スキルアップに繋がるならやりますよ」
アイナが言った。
「僕も昇給に繋がるならやらせていただきますよ」
ロディが言った。
「よし。決まりだな。早速、取り掛かろう」
ロランは外装の剥げた鎧を台の上に乗せ、杖と液体の入った瓶をアイナに渡す。
「これは?」
「支援魔法の杖と塗料だ」
「支援魔法?」
「そう。君のユニークスキル『外装強化』は支援魔法系のスキルに属する」
ロランはアイナをスキル鑑定して、ユニークスキルの詳説をもう一度確認した。
【外装強化の詳説】
インクに支援魔法をかけることで半永続的に支援魔法の効果を付与することができる。
そのインクが塗装された装備には支援魔法の効果が反映される。
「支援魔法は使ったことがある?」
「まさか。私は錬金術の訓練しか受けたことがありません。魔法なんて……」
「……だろうね」
【アイナのスキル】
『攻撃付与』:E→E
『防御付与』:E→E
『俊敏付与』:E→E
『幻影魔法』:E→E
『地殻魔法』:E→E
(支援魔法のいずれもEクラスが限界。となれば……)
「となれば、おそらく塗装の方法にこのスキルの真髄があるはずだ」
「塗装の方法……ですか?」
「ああ、インクの色か、模様か、厚みか。詳細は不明だが、何らかの塗装技術と関連があるはず。その法則を見つけるのが君の役割だ」
ロランは青色の塗料とブラシを取り出す。
「とりあえず、『防御付与』を連想させる青色の塗料から始めてみよう。これを塗ってから、支援魔法をかけてみて」
「分かりました」
アイナは鎧に塗料を塗りつけてから、支援魔法の魔導書片手に杖を構えて支援魔法の呪文を唱え始める。
(なんだろう。始めてやることなのに。まるでずっと昔から知っていたような。そんな気がする)
アイナの杖を握る手の平に血を吸われるような感覚が走った。
アイナの体から出たその温かいものは、杖の先まで流れ込み、奔流となって迸る。
(ぐっ。杖が熱い。火傷しそうなほど。これが魔法を使う感覚)
杖の先が光り、鎧に炸裂する。
「っ」
アイナは思わず杖を離した。
杖は音を立てて、床に落ちる。
魔法の光は少しの間、瞬いた後消える。
「アイナ、大丈夫かい?」
ロディがアイナの下に駆け寄る。
「……大丈夫。ちょっとびっくりしただけ」
アイナの手の平には、火傷の跡一つ付いていない。
「それよりも鎧は?」
三人は再び鎧に視線を注ぐ。
鎧は先ほどと変わらずその場に安置されていた。
「……何も起こりませんね」
ロディが言った。
「いや、成功だよ」
突如、鎧に纏わりついた塗料が膨張し、ブクブクと無数の泡状になって膨らんでいく。
「なっ……!」
やがて、青の塗料はズタズタに引き裂かれた発泡スチロールかあるいは人形からはみ出た綿のように破れかぶれな状態になって止まった。
アイナは鎧を見て唖然とした。
(これが……私のユニークスキル)
「ん。決して的外れなやり方ではなかったようだね」
【鎧Eのステータス】
威力:10
耐久:11(↑1)
重さ:10
「少なくとも耐久は上がっている」
「ロランさん、これ本当に耐久上がったんですか?」
ロディが塗料からすっかり変わり果てた姿になった青いブツブツをツンツン突いてみる。
「ああ、確かに耐久の値が1ポイント上昇してる」
「でも、これあまりにも形状が酷いと思いません?すぐ取れるし」
アイナがブツブツを摘んで引っ張ると、プツッと千切れる。
「ああ、無論まだまだ発展途上だ。これからスキルを上げていく必要がある」
ロランは改造した鎧を退かせて、また新しい鎧を台に乗せる。
「アイナ、君はこれから手当たり次第塗料の塗り方と魔法の掛け方を試してみてくれ。より最適な形で『外装強化』を定着させる方法があるはず」
「はい」
「よし。それじゃ次はロディ。君の番だ」
「寸尺はもう僕の方で済ませているんだ」
ロランは自分で測ったエリオの体のサイズについて記した紙をロディに渡す。
「このサイズに合わせて鎧を設計するんだが、問題は外装だ」
ロランは図面を指差しながら言った。
「外装はアイナのコーティングによって膨らむことが予想されるからその分も計算して設計しなければならない」
「うーん。設計は苦手なんですよね」
(……だろうね)
【ロディのスキル】
設計:D→A
(少なくとも今はまだDクラス。しかし、将来的には一流の設計士だ)
「できるかなぁ」
「大丈夫だよ。サポートするから」
「まあ、やるしかないですね。アイナも頑張ってるし」
二人がアイナの方に目を向けると、彼女は支援魔法の呪文をかけているところだった。
アイナが『外装強化』する鎧は、すでに5つ目に達しようとしていた。
4つの失敗作が床に転がっているが、青色の膨張は徐々に収まり、だいぶ平らになってきている。
(だんだん分かってきた。これは塗り方が大事なんじゃない)
アイナは杖を鎧に向けて支援魔法を唱える。
(魔法の力で塗料が動いているんだ)
アイナは塗料を圧迫するイメージで魔法をかけた。
塗料はボコボコと膨らんで、外側にエネルギーを逃がそうとするが、アイナはなんとか抑え込む。
すると塗料はブツブツにはならず、まだ表面はザラザラ、いくつも小山のような隆起があるものの、かろうじて装甲とみなせる程度に起伏は抑えられた。
(よし。大分マシになったわね)
「ロランさん。とりあえずこんな感じになったんですけれど、どうでしょうか?」
ロランはアイナのコーティングした鎧をアイテム鑑定した。
【鎧Eのステータス】
威力:10
耐久:15(↑5)
重さ:10
「うん。耐久上がってるよ」
「やった!」
【アイナのユニークスキル】
『外装強化』:D(↑1ランク)
(やはり手のつけていないスキルは伸びるのも早いな。もうワンランク向上してる)
「アイナ。君はこの調子でどんどんスキルを向上させてくれ」
「はい!」
ロランがロディと一緒に図面を作成していると、杖が床に落ちる音が響いた。
見ると、アイナが手を震えさせながら床にうずくまっている。
「アイナ!?」
「大丈夫か?」
ロランとロディが駆け寄る。
「はい。ただ、ちょっと目眩がして」
【アイナのステータス】
魔力:1(↓9)-10
「魔力切れだな」
ロランはすっくと立ち上がる。
「アイナ。今日の『外装強化』はここまでだ。休んでおいで」
「はい」
(クッソ。もう少しで何か掴めそうだったのに)
アイナは悔しそうにしながら、鎧の方を見る。
「大丈夫だよ。納期までまだ3日ある」
「でも、あと少しで何か掴めそうだったのに……」
「大丈夫。スキルは確実に向上してる」
「はい」
「今日はもう『外装強化』の練習はできないけど、午後からはロディの書いた設計図を元にして鎧の成型をしてもらうよ。きちんと休んで午後に備えて」
「……分かりました」
アイナはちょっと頰を赤らめた。
(ロランさん、優しいな。いつもこっちが挫けそうな時に声をかけてくれて)
アイナは休憩室に向かって工房を横切りながら、仄かに生じ始めた憧れの気持ちをもってロランの横顔を見つめるのであった。




