第66話 軽くて丈夫な装備
エリオが装備のことで思い悩みながら、帰宅の途についていると仲のいい冒険者、フィルが話しかけてきた。
「おーい。エリオどうしたよ」
「あ、フィル。いやー、また『白狼』の奴らにしてやられてさぁ」
「元気出せよ。そうだ。街外れの食堂行こうぜ。奢ってやるよ」
「食堂?」
「ああ、今、あそこ可愛い子いるんだぜ」
「うーん。今はそんな気分じゃないんだけどな」
「まあ、そう言うなって。悩み聞いてやるから」
エリオは気が乗らないまま友人の勧めに従って、一緒に街外れに向かう道を下っていく。
「いらっしゃいませー」
そこは大衆向けの親しみの持てる食堂だった。
定番の家庭料理や定食が良心的な価格で味わえて、なるほど毎日来たくなる様な店だった。
しかし、エリオの気分が晴れることはなかった。
「ホントに深刻なんだな」
「ああ、だってさ。ウチのギルドが足踏みしているのは俺のせいなんだぜ?俺のステータスがもう少し高けりゃあ、とっくの昔にもう一段階上のクエストに挑戦できたっていうのにさ」
「そういうなって。お前だけのせいじゃないよ」
「そうは言っても今月に入って三度めだぜ。俺のステータス不足のせいで肝心な時に力が発揮できないのは」
「お前は真面目すぎるんだよ。もっと気楽に行こうぜ。さ、飲もう」
「すみません。お二人は冒険者さんですか?」
エプロンをした店員らしき少女が二人に話しかける。
エリオはすぐに彼女こそが噂の看板娘だと分かった。
なるほど、どうして素朴な魅力を感じる娘だった。
「おおよ。俺達冒険者だぜ」
フィルが彼女の気を引こうと格好を付けて言った。
「やはりそうでしたか。では、よければこちらどうぞ」
彼女はパンフレットを差し出して来た。
「ん? 錬金術ギルドか。これってこの店の裏でやってるギルドのことだよね。あれ? でも裏でやってる爺さんってもう引退したんじゃなかったっけか?」
「そうなんですよ。お爺様は引退なされたんですけれども、折良く、工房を使いたいとおっしゃる方が現れまして。今は絶賛営業中です」
「へえー。そりゃよかったね。あ、ホントだ。ギルド名が『精霊の工廠』に変わってる」
エリオが何の気もなしにパンフレットの文字に目を走らせると、気になる文言が目に飛び込んできた。
『S級鑑定士による冒険者向け無料コンサル実施中!』
(S級鑑定士による無料コンサル?)
「そういうことなので、よければ錬金術ギルドの方も利用してくださいね」
「おお、またちょっと精錬して欲しい鉱石とかあれば頼んでみるよ」
サキは二人の席から離れて、厨房の方に戻って行こうとする。
エリオは慌ててサキを呼び止めた。
「ねえ。ちょっと待って、店員さん。このS級鑑定士って……」
アイナはロランとのやりとりを思い出しながら、剣を鍛えていた。
「より低コストで剣Cを作る?」
「うん。今までのところ、君は重さ50分の鉄で一本の剣Cを作り上げている。だが、今や君はBクラスの『金属成型』を身に付けた。スキルを駆使すれば、重さ40分の鉄で1本の剣Cが作れるはずだ。君の次の目標はなるべく少ない鉄で剣Cを作ること。やれるかい?」
ロランがそう言うと、アイナは顔を曇らせた。
「……」
「どうかしたのかい?」
「その……、あのリゼッタって娘が言ってたこと。二人がかりで剣Bじゃ全然足りないって。このままじゃ『精霊の工廠』は保たないって」
「ああ、そのことか」
「その……、私、一人でもっと強い武器を作れるようにならないといけないんじゃ……」
「大丈夫だよ。今は彼女の言ったことは一旦忘れて」
「でも……」
「彼女は一人で装備を鍛え上げたことを誇りに思っているようだが、僕は一人で作り上げることだけが全てとは思わない。人を上手く使うことも重要だ」
「人を使う?」
「そう。人を上手く使うことで、自分に必要なサポートを引き出す。そうすることで、自分の弱点を補う。君はもうすでにできているよね? ロディから腕力と耐久を借りることで生産力を高めている。その結果、以前はできなかった1日のうちに剣Cを10本作成するというクエストができるようになっただろ?」
「……はい」
「僕達は力を合わせて『竜の熾火』よりも強い武器を作ろう。安心して。君の錬金術師としてのウデは間違いなく上がってる。いずれはもっと強力な武器を作れるようになるはずだ。そのためにも! まずは目の前の仕事から。1日に剣Cを10本作ること。それをきっちりやっていこう。いいね?」
「はい」
回想を終えたアイナは再び、目の前の剣を鍛える作業に集中する。
(あのリゼッタって娘、偉そうにしてくれちゃって。見てなさい。今にあの娘よりも凄い武器を作ってやるんだから!)
ロディはアイナの様子を見てホッとしていた。
(よかった。あのリゼッタって娘に力の差を見せつけられて、どうなることかと思ったけれど、アイナの気持ちは挫けていない。ロランのフォローが上手くいったみたいだな)
ロディはアイナに合わせて、台の上の鉄をひっくり返す。
(頼むよ、アイナ。ここは結構条件のいいところなんだ。僕の食い扶持は君にかかってるんだから)
「ロディ。粗い成型は終わり。細かい成型に入るから、台の上に2本一緒に乗せて」
「ああ」
ロディは作りかけで置いておいた剣を台の上に乗せる。
アイナは再び剣を鍛える作業に移る。
(それにしても……)
アイナは剣を鍛えながらいつもと違う感覚を覚えていた。
(なんだろう。今日はいつもより疲れないような……?)
アイナの作業はもうすでに10本目の剣になろうとしているのに、この日は一向に息の上がる気配がなかった。
ロランは彼女のステータスを鑑定してみた。
【アイナのステータス】
腕力:40ー50
耐久:40(↑20)ー50(↑20)
俊敏:60ー70
体力:40(↘︎30)-70
※↑↓は恒常的な増減、↗︎↘︎は一時的な増減
(耐久が上がっている。おかげで他のステータスにも安定感が出てきた。アイナのステータスは順調に上がっている。これなら1日のうちにもっと多くの仕事をこなせるようになるだろう。問題は……)
ロランはアイナの鑑定をやめて、目の前にいるディランとの打ち合わせに意識を戻す。
2人は先ほどから難しい顔をしていた。
「ディラン。その……わがまま言うようだけれど、もうちょっといい仕事はなかったの?」
彼の目の前の机には錬金術の仕事の案件について書かれた書類が数枚置かれていた。
ディランが錬金術ギルドや冒険者ギルドを回って探してきてくれた仕事だったが、それらはいずれも低品質のものを低価格で買い取りたいというものばかりだった。
「厳しい数字なのは分かってるよロラン」
ディランは額に手を当てながら言った。
「ただ、やはりこの島において『精霊の工廠』のネームバリューはまだ低くてな。高い報酬の仕事は、皆なかなか回してくれないんだ」
「問題は報酬だけじゃないよディラン」
ロランは書類を指し示しながら言った。
「仕事の質にも問題がある。この工房はSクラスの武器を整備する錬金術師を育成するために開設したんだ。それには錬金術師のレベルアップは欠かせない。こんな低品質のクエストじゃうちの錬金術師達の腕が錆びてしまうよ」
「分かっている」
「いいかい? ディラン、このギルドのコンセプトは冒険者ギルドと一緒に成長していくこと。現状、この島には零細冒険者ギルドが溢れている。これだけ零細の冒険者ギルドがあれば、必ず今より成長したい、ステップアップしたいと考えているギルドがあるはずだ。そういう冒険者ギルドを探して欲しいんだ」
「それも分かっているよ」
ディランはお手上げだと言わんばかりに椅子に背をもたせかけた。
「ただ、Cランクの剣を作ったという実績だけじゃあ、どこの冒険者ギルドも耳を貸してくれないよ。野心のあるギルドはまず『竜の熾火』に行くし」
「そんなこと言っても、ギルドからの依頼がないことにはこっちも実績をあげようがないよ」
「現状、打つ手なしというわけか」
二人は意気消沈したようにうなだれる。
「すみませーん。ロランさんいらっしゃいますか?」
サキが工房の扉を開いてやってきた。
「サキか。どうしたの? お茶の時間はまだなはずだけど」
「食堂の方にロランさんの鑑定を受けたいという冒険者の方がいらっしゃってですね」
「なんだって?」
(仕事が来た)
「すぐ行くよ」
ロランは立ち上がって食堂の方に向かった。
ダンジョン帰りの冒険者達で賑わう食堂で、ロランはエリオのステータスを鑑定した。
【エリオのステータス】
腕力:10-60
耐久:30-60
俊敏:30-40
体力:20-80
(このステータス、Cクラスの盾持ちってところか。腕力が不自然に消耗している。おそらくこれは……)
「重さ……」
エリオはギクリとした。
「敵からダメージを受けてステータスを消耗する場合、まず耐久から消耗するはず。まだ耐久が残っているのに腕力が異様にすり減っているということは……、おそらく自身の腕力を大幅に超える重さの装備を身につけているから」
エリオはロランの鑑定スキルに舌を巻いた。
(ステータスを鑑定しただけでここまで分かるのか。まだ装備も見ていないのに。これがSクラス鑑定士の力……)
「重過ぎる装備を身に付けていては動きが遅くなるでしょう?現状の装備では満足にダンジョンの探索すら出来ないのでは?」
「うん、そうなんだよ。それでいつも仲間の足を引っ張ってしまうんだ。だから、装備のランクを変えるべきかどうか迷っていて」
「装備の整備を担当している錬金術師からはどのように言われているのですか?」
「腕力と耐久を鍛えろって。今の装備に文句があるなら、ランクを下げろって。それがイヤならウチ以外のギルドに行けってその一点張りさ」
「なるほど」
(僕が彼のギルドに所属していれば、腕力向上クエストをこなせるようにバックアップするところだが……。今の僕と彼は取引相手に過ぎない。それに何より……)
「とはいえ、エリオさんの所属しているギルド『暁の盾』は……、失礼ながら零細ギルドのようですし、なかなかステータスアップの鍛錬に時間や資金を投じる余裕もないのでは?」
「そうなんだよ。ギルドからは資金繰りに余裕がないから早く高額報酬のクエストをこなせるようになって欲しいって言われててさ。でも、この島で報酬の高いクエストとなると、『メタル・ライン』に鉱石を取りに行くか、竜を狩るくらいしかないから」
「なるほど。それでBクラスの装備を身に付けなければならないというわけですか」
「そうなんだよ。でもBクラスの装備を身に付けるにはステータスが足りなくて。いつもギルドと錬金術ギルドの間で板挟みだよ」
「この島だとPKギルド対策もしなければならないから装備の防御力と耐久性を落とすわけにもいかない……か」
「ああ、そう。そうなんだよ」
エリオは相談しながら少し気が楽になっていくのを感じていた。
(ここまで親身に相談に乗ってくれる錬金術ギルドは初めてだな)
エリオは安堵したように一息ついた。
「うん。でも、悩みを聞いてくれてありがとう。えっと、ロランさんだっけ? 思いの丈を吐き出すことができて、少しだけ気持ちを整理することができたよ。先のことを考えるとまだ不安は残るけど……」
「では、どうでしょう? ウチで作りましょうか? 軽くて防御力・耐久性もある装備を」
「えっ? できるのかい? そんなこと」
「ええ。ウチのギルドならできますよ」
「ほ、本当に?」
「現在、ウチのギルドに所属している錬金術師のユニークスキルならば、可能です」
(ここなら、この錬金術ギルドなら僕の悩みを解決してくれるかもしれない)
「ただ、少々お日にちは頂くことになりますが……」
「よかったじゃねーか、エリオ。ここで武器作ってもらえよ」
フィルが言った。
「あ、でも……」
エリオは気まずそうに目を伏せる。
「……どうかしましたか?」
「そういうユニークスキルの装備となると、やっぱり高いんだろう?果たしてギルドが鞍替えを許可してくれるかどうか……。さっきも言ったようにウチは零細ギルドだから資金繰りが厳しくてさ」
「分割払いやリース契約でもダメですか?」
「うーん。『竜の熾火』とのリース契約もまだ途中だし。それにやっぱり、その……、『精霊の工廠』も弱小ギルドだろう?上を説得できるかどうか……」
「なるほど。では、こういうのでどうでしょう? 無料お試しというのは」
「無料お試し?」
「ええ、一度だけダンジョンで試しに使ってみて下さい。それで上手くいかないようであれば返品してください。料金はいりません」
「えっ? いいのかい? それで?」
「ええ。どうします?」
「分かった。それならギルドの方でも許してもらえると思う。すぐに掛け合ってみるよ」
翌日、『暁の盾』から『精霊の工廠』に軽くて丈夫な防具を製作するよう正式に依頼が来た。