第65話 苦悩する盾持ち
リゼッタはロランの工房を見回した。
(工員は二人だけ。あの剣はBクラス……ってところかしら)
リゼッタは溜め息をついて肩を落とした。
(ロランさん。本当に偽物だったんですね)
アイナはリゼッタの態度にムッとした。
(何よこの子。あからさまにガッカリした態度して。ロランさんに対して失礼じゃない)
「あの、ロランさん。この子は?お知り合いの方ですか?」
ロディが聞いた。
「彼女は『竜の熾火』の工員だ」
「えっ? 『竜の熾火』って……、あのこの島最大手の?」
「リゼッタ。一体何をしに来たんだい? 『竜の熾火』との協業は破談になったはずだけれど?」
「ロランさん私はあなたにガッカリしました」
リゼッタは大袈裟に肩をすくめてみせる。
「私はあなたが『冒険者の街』の大手ギルド『金色の鷹』の幹部だと聞いたから、一緒にお仕事するのを楽しみにしていましたのに。ウソだっただなんて」
「ウソじゃないよ。僕は紛れもなく、『金色の鷹』の幹部、S級鑑定士のロランだ」
「では、なぜこんなくたびれた工房で、くだらない作品を作っておいでなのです?」
「なんですって?くだらない作品ってどういう……」
アイナが食ってかかろうとすると、リゼッタは銀のナイフを取り出した。
それは見るからに煌びやかで、かつ切れ味といい、作りの確かさといい、絶品と言っていいものだった。
「うっ」
【銀のナイフ】
威力:50
耐久:50
重さ:10
(威力と耐久は剣Cと同じくらい。だが、その重さに鑑みれば、凄まじいステータスだ)
ロランはナイフの意匠に目を凝らす。
(あの複雑な意匠が強力な精霊を宿すのに一役買っているというわけか)
「これは私が先日、試作品として作ったナイフです。あなた達にこれが作れて?」
「くっ」
アイナは何も言えず引き下がる。
「このナイフはまだ試作品ですが、私一人で作り上げたものです。このナイフには、私がこれまで培ってきた技術が全て込められた血と汗と涙、そして魂の結晶です!二人掛かりでBクラスの剣しか作れないようではくだらないと言われても仕方がないんではなくて?その剣Bにしても、既製品の域を出ない凡作。このくらいのもの作れる人は『竜の熾火』内には、いいえ『竜の熾火』以外の錬金術ギルドでもゴマンといますわ。この程度のものしか作れないギルド、この島ではすぐに潰れるでしょうし、ましてや! この程度のクオリティで満足している人が、とても三つのダンジョンを制覇したギルドを率いる冒険者とは到底思えません。ロランさん!」
リゼッタは責めるようにロランの方を見た。
「あなた言っていましたわよね。『巨大な火竜』を討伐すると。『竜の熾火』と協力してSクラスモンスターを仕留めたいと。そのためにしていることがこのギルドですか?あの言葉はウソだったんですか?」
「僕の言葉にウソは一つもないよ。ただ、方針を変えたんだ」
「方針?」
「ああ。初めは君達と協力して、『巨大な火竜』を討伐するつもりだった。でもやめたよ。自分で錬金術ギルドを、Sクラスの武器を整備できる錬金術師を育てて『巨大な火竜を討伐する」
「育てる?」
「そう。育てるんだ。確かに今はまだ僕達のギルドは、君達のギルドに比べれば見劣りするかもしれない。だが、必ず君達のギルドより規模でもクオリティでも上回ってみせる」
「……そうですか」
リゼッタはまた肩を落とした。
ロランの答えは決して彼女を満足させるものではなかった。
(口で言うだけなら誰でもできるわ。ここから『竜の熾火』を上回るだなんて。何十、何百年かかることやら。この人は私をもう一段階上に導いてくださる方だと思ったのに)
リゼッタは落胆したが、気を取り直すことにした。
彼女には遠大な野望がある。
『竜の熾火』において絶対のナンバーワンであるラウルを超え、『巨大な火竜』を討伐する武器を作る。
そのために彼女には落ち込んでいる暇などなかった。
「ロランさん、あなたの考えはよく分かりました。道は違えてしまいましたが、あなたの事業が上手くいくよう、陰ながら応援させていただきますわ。では」
リゼッタは踵を返して、出口に向かう。
「待ちなよ。『竜の熾火』のギルド長に伝えておいて。協業を断ったこと、必ず後悔させるってね」
リゼッタはフッと笑った。
「そうですわね。もし、あなた方が一度でも私の作る装備を上回るものを作ることができたら、私あなたのギルドに移籍して構いませんよ。ま、精々頑張ってくださいませ」
「君こそ、あまり僕をガッカリさせないようにね」
「?」
リゼッタはキョトンとする。
【リゼッタのスキル】
『銀細工』:A→A
『精霊付加』:B→B
(『銀細工A』に『精霊付加B』。確かに優秀かつ強力なスキルの組み合わせだ。だが、彼女の『精霊付加』はこれ以上伸びない。僕はもっと優秀な銀細工師を知っている)
「君達は自分が島一番のギルドで向かうところ敵無しだと思っているようだが、君達のやり方には付け入る隙がある。僕の目は誤魔化せないよ。君がこの工房で働くことになる時、足手まといにならないよう、精々スキルを磨いておくことだね」
(あら、強気。こういう人嫌いじゃないかも)
リゼッタは少しだけ胸がときめくのを感じた。
「ふふ。それはそれは。凄いですわね。私、楽しみにしていますわ」
リゼッタは余裕の笑みを浮かべながら、立ち去っていく。
『精霊の工廠』支部の工房でリゼッタが気を吐いていた頃、島のダンジョンではとあるパーティーがモンスター相手に苦戦していた。
「大鬼が来たぞ『翼竜』も!」
「何してる。エリオ。早く壁作れ」
「分かってるよ。くそっ。この鎧重くって……」
大きな盾を持った戦士、エリオはぎこちない走り方をしながらも、どうにかこうにか大鬼の前に立ちはだかり、味方の後衛を守る。
大鬼の棍棒が盾を打ち、鈍い金属音を放つ。
同時に『翼竜』の吐く火の息が、鎧の表皮を焼け焦がす。
「ぐっ」
しかし、その盾はきっちり攻撃を受け止め、鎧は炎を弾く。
(さすがは『竜の熾火』製の鎧と盾。耐久性は折り紙つきだぜ。けど……)
「ぐっ、セシル! 回復魔法をくれっ」
「よし。『回復魔法』」
『回復魔法』も使える盗賊、セシルが回復魔法を唱えると、盾使いの受けた傷はみるみるうちに治っていく。
(よし。これでまだ持ち堪えられるぜ)
エリオはその後も敵の攻撃を受け続け、そのうち弓使いのジェフが優位なポジションを確保し、剣士にしてこのパーティーのリーダー格であるレオンが敵の側面に回り込む。
「よし。今だ!」
「畳み掛けろ!」
冒険者達はそのままモンスターを撃退することに成功した。
「よーし。どうにか敵を撃退できたな」
「後はここを抜ければ、『メタル・ライン』に辿り着けるぜ」
「よっしゃ。日が暮れる前に……っ」
「どうしたエリオ?」
「悪い。ちょっと腕力が低下しているみたいだ」
エリオは重そうに盾を背負って、顔をしかめている。
「またか」
レオンは落胆を隠しきれない様子で言った。
腕力が下がった状態で重い装備を身に付けていると、体に負荷がかかって耐久が下がる。
耐久が下がると、今度はステータス全体が下がるのが早くなる。
そうなると、もはやダンジョン内でまともに行動することはできない。
「仕方ねぇ。ここからは俺が肩を貸してやる。ポーションもこまめに摂って、無茶するなよ」
レオンが言った。
「ああ。すまない」
「しかし、どうするよ。エリオがこれじゃあ大鬼に対抗できないぜ」
「なぁに。『メタル・ライン』まではもうすぐそこだ。おっ、見えてきたぜ」
一行の行く手に無数の露出した鉱石の塊が広がっていた。
茶色の岩肌に赤や青、色とりどりの大粒の宝石が、まるで畑に生えた野菜のように地表から突出している。
彼らは歓声を上げて、採取に取り掛かる。
「コイツは大量だぜ」
「ああ、こんだけ獲れりゃあ、しばらくは困らない」
「価値の高い鉱石から順番に採っていけよ。まずは『炎を吸い込む鉱石』と『炎を弾く鉱石』。次に『風を吸い込む』と『風を弾く鉱石』だ」
彼らは武具を一旦鞘に収め、ツルハシを取り出して、鉱石の採取に取り掛かる。
「よーし。ここまでにしよう。撤収するぞ」
リーダーのレオンがほどほどのところで撤収を指示した。
各々、作業をやめて撤収に取り掛かる。
「うっ」
「エリオ? どうしたの?」
「……ダメだ。『アイテム保有』が発動しない」
エリオが自分のアイテム袋に鉱石を入れると、鉱石はドサドサと袋から溢れて落ちて行く。
『金色の鷹』や『魔法樹の守人』のような大ギルドと違い、彼らは零細ギルドなのでアイテム保有士を雇う余裕もないため、メンバー一人一人が低ランクの『アイテム保有』を身に付け、そのまま収穫した資源のアイテム保有もこなさなければならない。
エリオもスキル『アイテム保有C』を取得していたが、ステータスの消耗によってアイテム保有を維持することすらできなくなっていた。
(体力を消耗しすぎて、いよいよスキル『アイテム保有』も維持できなくなってきたんだ。くそっ)
「仕方ねえ。エリオ、お前は鉱石を保有しなくていい。なるべくステータスを消耗しないようにして、下山することだけ考えろ」
「う……分かった」
エリオは仲間達に肩を担いでもらいながら、どうにか下山していく。
「エリオ、大丈夫?」
盗賊のセシルがエリオの肩を担ぎながら声をかける。
「ああ。すまない。俺が不甲斐ないばかりに」
「気にしないで。困った時はお互い様よ。とにかくダンジョンを脱出することだけ考えましょう」
「ああ、分かった」
「……まずいな」
弓使いのジェフが言った。
「どうした?」
「『白狼』の連中だ」
ジェフは山道の先を凝視しながら言った。
彼はスキル『遠視』によって常人より遠くまで見渡すことができた。
「こっちに向かって来ている。戦闘を仕掛けてくるぞ」
「なんだと? 距離は?」
「もうすぐそこだ。逃げられない!」
そうこうしているうちに盗賊の集団が近づいてきた。
「チッ。仕方ない。戦闘準備だ」
レオン達はバタバタと戦闘準備に入る。
「エリオ、大丈夫? 一人で立てる?」
「ああ、なんとかやってみる」
(ウチのギルドに人員を遊ばせている余裕なんてない。ろくに移動すらできないが、盾と鎧を身に付けて立っているだけでも、ハッタリにはなるはずだ!)
エリオは仲間達の前に立って盾を構える。
そうこうしているうちに『白狼』の連中が近づいてきた。
レオンは『白狼』の中に、眼帯をした男がいるのを見つける。
(チッ。ジャミルがいやがるな。つくづくついてねぇぜ今日は)
ジャミルはエリオをステータス鑑定する。
「ククッ。おい、あの盾持ち、ステータスガタガタだぜ」
「身の丈に合わない装備を身に付けているようだな」
「あれでは身動きすらままならまい。俊敏で優位に立って、一気にカタをつけるぜ」
ジャミルはその素早い動きでエリオの脇に回り込むと、体当たりして倒してしまう。
「うぐっ」
そうしてギルドで唯一の盾持ちを戦闘不能に陥らせると、あとは後衛に対して白兵戦を仕掛けて崩した。
ギルド『暁の盾』は『白狼』に降参し、所持している鉱石の大部分を彼らに引き渡した。
「よし。今日のノルマ終わりっと」
『竜の熾火』で、カルテットの一人エドガーは、その日の仕事を終えて帰宅の準備をしようとしていた。
「エドガーさーん」
「あん?なんだ?」
「『暁の盾』のエリオさんが装備のことで相談があるとのことです。対応お願いします」
「チッ。またあいつか」
「どうします? 今日はもう帰ってもらいますか?」
「あー。いい。チャチャッと終わらせるからよ」
エドガーは帰り支度を止めて、顧客対応の窓口の方に向かう。
「なぁ、エドガー。この鎧、もう少し軽くならない?」
エリオは懇願するように言った。
「て言っても、『メタル・ライン』まで行くんでしょう?」
「ああ、だから……」
「それじゃあ、これ以上防御力を下げるのは危険ですよ。『飛竜」や『火竜』も出現するんですから」
「いや、それはそうなんだけど……」
「んじゃ、少しランクは下がりますが。Cクラスの鎧にしますか?」
エドガーはカタログを取り出す。
「いや、それじゃダメだよ。防御力が足りなくなる。ただでさえ『白狼』の連中に狙われてるっていうのにさ」
「それじゃ、このまま今の鎧で頑張ってもらうしかありませんね」
「いや、でも……」
「エリオさん、いい加減にしてくださいよ。こっちは時間外だってのに対応してんですよ。それとも何ですか? ウチの装備品が気に入らないって言うんですか? なんなら他の錬金術ギルドに行けばいいじゃないですか」
「……」
エリオが押し黙ったのを見て、エドガーはニヤリと意地悪な笑みを浮かべる。
「んじゃ、もうちょっとその装備で頑張ってみましょうよ。なあに。エリオさんなら大丈夫ですよ。腕力なり、耐久なり鍛えればこのくらいの重さ、どうとでもなりますって」
エリオが『竜の熾火』から出て行くと、外で待っていた仲間達が駆け寄って来た。
「どうだった?」
「ダメだ。この鎧が嫌ならランクを下げろってさ」
「そっか」
「全然対応してくれねーよな。ここ」
「モノはいいんだけど。融通がなぁ」
「しかし、このままじゃうちのギルドやっていけないぜ」
彼ら4人は一様に溜息をついた。
「とにかく、エリオがステータスを上げるしかないか」
「頑張ってくれよ。お前にかかってるんだから」
「ああ」
(はぁ。もっと自分にあった装備を作ってくれる錬金術ギルドはないものかなぁ)




