第64話 サブスタッフ
リゼッタはいつもより念入りに梳かしてきた髪をクルクルと指に巻きながら、ギルドの工房に入る。
(ふふっ。今日はロランさんの来る日。目一杯アピールしなくっちゃ)
「よお。リゼッタ」
「やあ、リゼッタ。今日はいつにも増してお手入れ万全だね」
「あら、エドガー、シャルル。おはよう。ねえ。ロランさんはもう来てるかしら?」
エドガーとシャルルは顔を見合わせてニヤリと意地悪く笑う。
「『金色の鷹』との協業が無くなった!?」
リゼッタは動揺したように言った。
「何よそれ。どういうこと? 一体なんでそんな急に……」
「あいつ偽物だったんだとよ」
「偽物?」
「身分詐称だよ。詐欺師なんだって」
「俺は最初から怪しいと思ってたぜ」
(偽物……あの人が?)
「お前、あいつに仕事もらおうと粉かけてたろ」
「残念だったね。当てが外れて」
二人はゲラゲラと笑い合う。
「それで、あの人は? ロランは今どこにいるの?」
リゼッタは必死な様子で聞いた。
「街はずれで、錬金術ギルドを開いているみたいだぜ」
「錬金術ギルド?」
「そう。ギルド名は確か……『精霊の工廠』だったかな?」
「一体何がやりたいんだか。当て付けのつもりかね?」
「……そう」
リゼッタは踵を返して、出口に向かう。
「おい、どこ行くんだよ?」
彼女はそれには答えず、さっさと部屋を出て行き、不機嫌そうに大きな音を立てて扉を閉めた。
「チッ。なんだよ。あいつ」
「ほっときなよ。いつもの癇癪さ」
『竜の熾火』を出たリゼッタは、真っ直ぐ『精霊の工廠』に向かった。
(ロランが本当に偽物かどうか。この目で確かめてやる)
ロランはまた面接を行なっていた。
(アイナの耐久を伸ばす。だが、現状では彼女一人でこの問題を解決するのは無理だ。彼女の弱点を補うスキル・ステータスの持ち主を探さなくては)
そうして、面接を進めているうちにおあつらえ向き人物が現れた。
長身にがっしりした体格、そしてその体格とは裏腹に柔和な表情を浮かべる青年だった。
【ロディ・リービットのステータス】
腕力:60-80
耐久:60-90
俊敏:30-40
体力:60-80
(見つけた。耐久Aクラス。それに……)
【ロディ・リービットのスキル】
『鉱石精錬』:C→B
『金属成型』:D→C
『製品設計』:D→A
『銀細工』 :E→C
(『製品設計』もAクラスのポテンシャルを持っている)
「ロディと言います。えっと、志望理由は今勤めてるギルドじゃ給料が低すぎて、弟達を養えないので」
「なるほど。ウチに来てくだされば、募集要項に記載した給与をしっかり払わせていただきますよ。それにスキルアップの支援も。ただ、最初はサブについてもらいたいのですが」
「いいですよ。この給与で雇っていただけるなら、サブでもなんでもやります」
「分かりました。それでは明日からでもすぐに来ていただけますか?」
「はい!」
その日は面接を打ち切った。
アイナは工房への道すがら、昨日のことを思い出しながら歩いていた。
(昨日はノルマをこなせなかった。今日こそはちゃんと剣Cを10本作れるよう気合入れて頑張らなきゃ)
アイナは工房の入り口の扉の前で深呼吸してから扉を開けた。
「おはようございます。今日もよろしくお願いします。えっ?」
元気良く挨拶しながら作業場の扉を開けたアイナだったが、そこにロランと見知らぬ男がいることに気づいて、目をパチクリさせる。
「おはようアイナ。気合入ってるね」
「あ、ロランさん、おはようございます。あの……、その人は?」
「紹介するよ。今日からウチの工房で働いてもらうことになったロディだよ」
「あ、どうも」
ロディがペコリと頭を下げる。
「あ、はじめまして」
アイナも頭を下げる。
「アイナ、彼には君のサブを務めてもらう」
「えっ!? サブ? わ、私にですか?」
「そうだ。何か問題があるかい?」
「い、いやぁ。いいのかなーって思って。私如きにそんな予算をかけて頂いて。まだ半人前なのに」
「問題ない。君にはその価値がある!」
ロランの言い方にアイナはドキリとした。
(すごい自信。まるで私が成長すると確信しているような……)
「それじゃ、始めていこうか。アイナ、君には今日もCクラスの剣を10本作ってもらうよ」
「はい」
「ロディ、君はアイナのサポートだ。まずこの鉄を台の上に乗せる作業をして欲しい。それとアイナの指示に従って彼女が成型しやすいように鉄の場所や角度を微調整」
「はあ。それだけですか?」
「あとは手が空いている時に完成品の箱詰めと次に打つ鉄の用意だ。一つポイントを挙げるとすると、なるべくアイナが成型に専念できるようにサポートすること。彼女のスキル『金属成型』を向上させたいんだ」
「分かりました。そういう力仕事は得意なので任せて下さい」
「アイナ、君は成型作業に専念すること。何か注文があれば彼に遠慮なく言っていいから」
「は、はい」
「とりあえずこんなとこかな。それじゃ。作業について細かいところは二人に任せるから。相談してやってみて」
「「はい」」
二人は早速作業に取り掛かった。
ロディが鉄を作業台の上に乗せて、その鉄をアイナがハンマーで打ち付けて成型し、くっつけていく。
(よし。鉄を一つに固める作業は終わり。次は形を整える)
アイナはスキル『金属成型』によって見える鉄の光点を叩き、形を整えていく。
(! 打点がズレた)
「鉄をズラしてもらえます? この部分がここに来るように」
「分かった。これでいいか?」
「はい。オッケーです」
アイナがしばらく打ち付けると再び光点がズレる。
「次はひっくり返して」
「よし」
そんな感じで二人は作業を進めていく。
初めはぎこちない二人の共同作業だったが、そのうち息が合ってきて、アイナが指示するまでもなくロディが鉄を動かすようになる。
二人は餅つきの作業のように阿吽の呼吸で剣を作り上げていく。
(なるほど。これならあまり疲れない。一人でやるより作業時間はかかるけれども、その分『金属成型』に集中できる!)
ロランは二人の作業を見守り続けた。
(剣C5本目。昨日はこの辺りから如実にアイナの腕力と耐久が落ち始めたが……)
【アイナのステータス】
腕力:40ー50
耐久:20ー30
俊敏:60ー70
体力:50(↓20)ー70
(落ちてるのは体力だけ。よし、問題ない。これならいける)
ロランが二人の様子を見守っているとサキが昨日と同じようにお茶の差し入れをしてくる。
「どうぞ」
「サキ。そうか。もうお茶の時間か」
「あら? 新しく人が増えていらしたんですね。もう一つカップを持って来ればよかったわ」
「いいよ。あの二人の分があれば。今日は僕は我慢する」
「1、2、3、4……、今、8本目の剣ですか。アイナさん、今日は疲れた様子を見せませんね」
「ああ、ロディがサポートに回ってくれることでアイナの負担が減ったんだ」
(やはり、『金属成型』以外の余計な作業が彼女の耐久にダメージを与えていたんだな)
耐久はモンスターなどからの攻撃を受けることで削られるステータスだったが、低過ぎる場合、通常の作業だけでも削られてしまう。
「時間とコストは普段よりかかるけれども、これなら……」
やがて台の上には本日10本目の剣を作るための鉄が載せられる。
(これで……、ラスト!)
アイナがハンマーを振り下ろすと、10本目の剣Cが出来上がる。
「や、やった。出来た」
アイナは額の汗を拭いながら、感嘆の声を上げた。
「わあー。凄い」
サキが拍手した。
「ロランさん剣C10本出来ました」
「いてて。力仕事には自信があったけど、けっこーキツイなこれ。腕、筋肉痛になっちゃった」
アイナとロディがロランの元に駆け寄って来る。
「ああ、よくやったね。よくやったけど……」
ロランは瞬きせずにアイナを見据える。
「?」
「今日は……もう少しやってみよっか」
「ロラン……さん?」
「では、英気を養うためにも、お茶休憩しませんか?」
サキがポットを掲げながら言った。
アイナとロディは一旦椅子に座り、お茶を嗜むことにした。
休憩を挟んで、再び二人は剣を打ち込む。
(どうしたんだろう、ロランさん。急に追加の仕事なんて。普段は働き過ぎないよう人一倍気を遣ってくれるっていうのに)
アイナは顔をしかめながら、鉄を打ち続ける。
ロランはアイナをスキル鑑定した。
彼の目には見えていた。
彼女の成長の兆しが。
【アイナのスキル向上条件】
剣作成:0/1
ロランのスキル、『スキル鑑定』と『育成』を組み合わせれば稀に出現するスキル向上のチャンスに気づくことができる。
(スキル向上のフラグが立った。あと一つ剣を完成させれば、彼女のスキルは……)
突然、アイナの目に剣が今までにない方法で発光するのが見えた。
(えっ? な、なに?)
アイナはたじろぐ。
「どうした?」
ロディが訝しげにアイナの顔を覗き込む。
「いや、その……」
(なんだろう。よく分からないけれど、発光しているこの部分。この部分を削ればもっといい剣が出来上がるような?)
「アイナ!」
ロランが声をかけた。
「いいよ。君の好きなようにやって。今日のノルマはこなしたんだから」
アイナは少し逡巡した後、ハンマーを手放して鑿を取り出す。
「アイナ?」
「ロディ。ちょっとここの部分削るから、そこ支えてて」
アイナは剣の発光している部分に鑿を立てて金槌を振り下ろす。
剣は異様に綺麗に割れる。
「これは……」
ロディは目を瞬かせた。
(少し削っただけなのに明らかに今までの剣とは煌めきが違う。これは……)
「剣の威力が上がったんだ」
ロランが言った。
【剣のステータス】
威力:70
耐久:50
重さ:50
「威力70! どうやらアイナの『金属成型』が一段階レベルアップしたようだね」
「私のスキルが……」
アイナは思わず自分の手の平を見つめる。
(たしかに……、手応えはあった。でも、昨日の今日でこんなことって……)
【アイナのスキル】
『金属成型』:B(↑)
「よっと」
ロランは剣を持ち上げる。
「この剣は取っておこうか。剣Cとして納品するのは勿体無いしね」
「は、はい」
ロディは狐につままれたような気分だった。
(剣B? てことはアイナのスキルが向上したのか? でもあまりに唐突だ。一体何が? まさか、これがロランのスキル?)
「ロディもお疲れ様」
「あ、はい」
「アイナ、ロディ。今日はここまでだ。しばらくはこの体制でいくから。明日もよろしく頼むね」
「はい」
ロディは不思議な感覚に包まれていた。
(なんだろう。今までの職場とは明らかに違う。ここは……、この人は……)
その時、入り口の扉が勢いよく開いた。
一同、振り返って入口の方を見る。
そこには赤髪ツインテールの少女がいた。
「君は……、確か『竜の熾火』の……」
「リゼッタです」
彼女はニッコリと微笑みかける。
「探しましたわよ。ロランさん」
嫌に甘ったるい声が工房内に響いた。




