第63話 精霊の工廠支部設立
「すまない、ロラン。まさかこんなことになるなんて」
ディランが申し訳なさそうに言った。
『竜の熾火』を出禁にされた二人は、馬車に乗ってロランの宿に帰っているところだった。
「いや、君のせいじゃないよ」
「しかし、どうする?このままじゃ、『金色の鷹』の冒険者達がこの島に来ても支援できない。他の錬金術ギルドを当たってみようか?」
「いや、やめておこう。ここ数日、この島の錬金術ギルドを調査してみたけど……」
ロランはメモを取り出して見直す。
「君の言う通り、確かに『竜の熾火』以外の錬金術ギルドに『破竜槌』の整備はできないと思う」
「じゃあ、どうする?まさか諦めるのか?」
「まさか」
(ギルドには、必ず提携先を見つけてくると言ってきたんだ。このまま、タダで帰るわけにはいかない)
「ディラン。業務提携は諦めて、買収できそうなギルドを探して欲しいんだが」
「買収?」
「ああ、満足のいくギルドを見つけられなかった以上、自分で育てるしかない。地元の錬金術ギルドを買収して、育てる。ディラン、買収できそうな錬金術ギルドのリストアップ頼めるかい?」
「ああ、それなら喜んで協力するが、だが、大丈夫なのか?自分で育てるってことは『竜の熾火』に対抗するってことだぞ。あいつらは既にこの島で圧倒的な存在感を持っている。勝ち目はあるのか?」
「ああ。ここ数日、街の冒険者達の装備と『竜の熾火』の錬金術師達を鑑定させてもらっていたが、あのギルドの錬金術師達の仕事の仕方には無駄があるし、市場には付け入る隙がある。つけ込む隙はあると思うんだ」
「そうなのか?俺にはそうは見えなかったが……」
「普通に見ていればね」
(だが、僕の鑑定スキルは確かに捉えた。『竜の熾火』とこの島の市場には付け入る隙がある)
ロランはここ数日、街を歩く冒険者の装備を観察し続けていたが、そのうちおかしなことに気づいた。
誰も彼も装備の損耗率が異様に激しいのだ。
錬金術師のスキルが高いにも関わらず、装備の損耗が激しいというのは奇妙なことだった。
「無論、簡単なことではないよ。冒険者の街から離れたこの島では『魔法樹の守人』や『金色の鷹』からの援護も受けにくい。地元密着の経営をする必要がある」
「分かった。お前がそこまで言うのならやってみよう。早速、この島内の錬金術ギルドを当たってみるよ」
「ああ、頼む。僕は才能ある錬金術師を探してみるよ」
ロランは郵便局へ行って、業務提携が破談になったため島に滞在する期間が予定より長くなること、追加の資金が必要である旨手紙に認めて、リリアンヌとランジュ、アリク宛に送った。
その後、島のクエスト受付所にて錬金術師を募集する。
ギルドの買収に関しては、幸い、すぐに買い手を探している街外れの工房を押さえることができた。
裏には食堂がくっ付いていて、零細ギルドの冒険者向けに格安で食事を提供していた。
『火竜の島』で古くから続いている由緒正しい錬金術ギルドだったが、工房を切り盛りしていた唯一の錬金術師が老齢のため、引退を控えて跡取りがおらず、閉鎖しようかどうか迷っていたとのことだ。
「おお、あんたか。この工房を引き継いでくれる方というのは」
老齢の錬金術師が、皺くちゃの顔を綻ばせながら言った。
「ホント助かります。ウチはおじいちゃん以外錬金術を使える者がいなくて」
錬金術師の孫娘が言った(彼女は両親と一緒に裏の食堂を切り盛りしている)。
「こちらこそ、一から始めるのは大変なのでこのように地元で慕われているギルドを引き継ぐことができるのはありがたいです」
「そんな大袈裟なもんでもないよ。昔馴染みの商売仲間に頼まれて仕方なくやってるだけじゃよ。が、ようやくあんたのおかげで休むことができそうじゃ」
ロランは工房の入り口にかけられた看板に『精霊の工廠』の看板を付け加えた。
『精霊の工廠』支部の誕生である。
ロランが精霊の工廠支部を設立している頃、メデスは再びギルバートを工房に迎えていた。
「申し訳ありませんな。何度もご足労いただいて」
「いえいえ、大したことではありませんよ。それで? ロランとはその後どうなりましたか?」
「ご安心下さい。彼との協業ははっきりと拒否した上、この工房には一切近づかないよう釘を刺しておきましたよ」
「おお、本当ですか?」
「ええ。やはり彼の言うことは信用できませんからな」
「よくご決断されました。賢明な判断です」
「それで……その……、依頼の件ですが……」
「ええ、無論、発注させていただきますよ。『竜の熾火』さんがロランとの縁を切ったとあれば、進めない理由はありません。すぐ上に『竜の熾火』さんと取引するよう進言させていただきます」
「ありがとうございます。いや、それを聞いて安心しました」
「それはそうと付かぬ事お聞きいたしますが、その後ロランの消息はどうなっていますか?いえ、決してあなた方を疑うというわけではなく、ただ彼の動きを警戒するという意味で」
「ああ、ロランですか。聞くところによると彼はこの島で錬金術ギルドを買収したそうですよ」
「えっ!? ギルドを買収?」
「ええ、何を企んでいるのか分かりませんが、まあ、どうせ大したことはできないでしょう」
「……そうですか」
ギルバートは少し考え込むような仕草をした。
「どうかされましたかな?」
「いえ、メデスさん、よければなんですが、もしロランについて何か情報をキャッチしたのなら、今後も教えていただけませんか?」
「はあ、それは一向に構いませんが……」
「こう見えて、慎重な性格でしてね。なるべく不安要素は潰しておきたいんですよ。クズは目を離すと何をしでかすか分かりませんからねー。ちゃんと目を光らせて、見張っておかないと。」
ギルバートは瞳の奥を暗く濁らせながらそう言うのであった。
ロランは『精霊の工廠』支部始動に向けて、情報収集を進めていた。
(『冒険者の街』ではリリィが仕事をくれたから『魔法樹の守人』向けの装備を作っていればそれでよかったが、ツテのないこの街ではそういうわけにもいかない。自分で営業して装備の買い手を探す必要がある。そのためにも情報収集しなくちゃ)
ロランがこの島のダンジョン及び冒険者ギルドの歴史について調べた結果、以下のことが分かった。
『冒険者の街』のダンジョンは異空間だったが、この街のダンジョンは現実世界と時間軸が同じ通常空間の延長だった。
『火竜の島』の錬金術需要のうち7割近くが、島の外から来た冒険者向けのものであること。
また、この島では『冒険者の街』と違い、ダンジョン内でのPK行為が認められている。
この島は『炎を弾く鉱石』や『氷を弾く鉱石』、『風を弾く鉱石』など珍しい鉱石が多数採取できるのと、『巨大な火竜』が頻繁に出現することから、四つの大陸から有力な冒険者達が鉱石採取に訪れることはすでに述べた。
しかし、『冒険者の街』と違いダンジョン内でのPK行為が許可されていることはあまり知られていない。
元々は禁止されていたPK行為だが、どれだけ行政が規制しても地元の冒険者ギルドが島外から来た冒険者を狙った追い剥ぎ行為をやめなかったこと、また外部のギルドに資源を取られてしまうため追い剥ぎ行為をしなければ生計を立てられないと地元ギルドからの強い抗議があったこと、これらのことから行政は追認する形でダンジョン内でのPK行為を許可することになった(ただし、アイテムや装備を差し出し降参した相手に対して危害を加えるなどいたずらに相手の生命および権利を脅かす行為は禁止されている)。
このようにしてPK行為は地元ギルドが島外のギルドに対抗することができる分野として、島の主要産業へと成長したわけだが、その弊害として元々脆弱だった島の冒険者ギルドが潰し合うことになり、ますます大ギルドが育ちづらくなってしまった。
(なるほど。この島の冒険者ギルドのほとんどが零細で、装備の損耗が激しかったのにはこういう背景があったのか。PK行為によってお互いの装備を破壊しあうから。酒場で盗賊をたくさん見かけたのもそのため……)
ロランは図書館でこれだけのことを調べると立ち上がった。
(冒険者同士のPK行為に、レア鉱石、島外からやってくる強大な冒険者ギルド、性質の異なるダンジョン。『冒険者の街』とは何もかもが違う。これは一筋縄ではいかなそうだな)
情報収集を終えたロランは、工房へと戻った。
そろそろ、ギルドのメンバーに募集してきた錬金術師達が面接にやってきているはずだ。
(『竜の熾火』を出し抜いてこの島に拠点を築くには、少し優秀なだけでは足りない。ずばり、ユニークスキルの持ち主を見つけなければ)
ロランは応募してきた男のスキルを鑑定する。
「ラージフ・グレンと申します。希望職種は金属の成型です」
『鉱石精錬』:C→A
『金属成型』:D→B
『銀細工』:D→C
『製品設計』:C→B
(『鉱石精錬』がAになる可能性があるが……。ダメだな。これでは『竜の熾火』には太刀打ちできない)
ロランは男の面接をほどほどのところで切り上げて、次の面接者に切り替える。
続いて入ってきたのは髪を後ろで縛り、活発で明るい印象の少女だった。
「アイナ・バークと申します。将来、自分の工房を持つのが夢です」
【アイナ・バークのユニークスキル】
『外装強化』:E→A
(見つけたユニークスキルの持ち主。しかも……)
【アイナ・バークのスキル】
『金属成型』:C→A
『工房管理』:C→A
(『金属成型』と『工房管理』が将来的にはAのポテンシャル。工房の中軸になりうる資質の持ち主だ)
「ウチは利益よりも冒険者のサポートを念頭に置いているんだ。いずれはウチの装備でAクラス冒険者を輩出したいと思っている」
「Aクラス冒険者を! それは凄いですね」
「ウチに来ればAクラスの装備を作る技術を身につけられるよ。どうだい? 『精霊の工廠』で働いてみない?」
「ハイ。是非よろしくお願いします!」
その日は彼女以外、特にめぼしい面接者は現れなかった。
翌日、ロランは早速、訪れたアイナを工房内に案内する。
作業場に通されたアイナは工房内ををキョロキョロと見回す。
室内にはアイナとロラン以外人の気配が感じられなかった。
「まだ、始めたばかりだから作業員は君一人だけど、今後いい人が現れ次第順次追加していく予定だ」
「なるほど。それで? 私の仕事は?」
「うん。こっちに来てくれ」
ロランはアイナを作業台に案内した。
「ここが君の作業机だ」
「わあ。これが私の作業台」
その作業台は使い古されているもののしっかりしたつくりの台だった。
長い間、荒っぽい作業に耐えた証として、台の上には傷や衝撃痕が多数残っている。
アイナは作業台をコンコン叩いたりガタガタ揺らして机の脚元を確かめてみた。
「うん。少し年季は入っていますが、しっかりした台ですね。いいものが作れそう」
「今日の仕事だけど、とりあえず君には『金属成型』をやってもらう。よいしょっと」
ロランは作業台の傍らに積まれた箱を開けて、鉄の塊を取り出した。
作業台に安置して、アイテム鑑定する。
「ん。注文通りCクラスの鉄だな。さて、君にはとりあえずこの鉄を鍛えてもらって、威力50、耐久50以上の剣を10本作って欲しいんだ」
「クエスト共通規格でCクラスと定められている剣ですね」
「そう。この剣C10本っていうのはこの工房が契約している武器屋さんに毎日納品しているものなんだ。だから毎日作る必要がある。やれるかい?」
「任せて下さい。私、『金属成型』は得意なんですよ」
アイナは早速、愛用のハンマーを取り出して作業台の前に立つ。
(よし。行くぞ。スキル『金属成型』!)
アイナがスキルを発動させると鉄の塊に光点がいくつか灯る。
その光点に向かってハンマーを振り下ろすと、ガァンという衝撃音と共に鉄の塊はグニャリと形を変える。
「はぁっ」
アイナは何度も鉄の塊を叩き続けた。
そのうちに鉄は剣の形になっていく。
「できました」
「お、出来たか。見せてもらおう」
ロランは出来上がった剣を鑑定する。
【剣のステータス】
威力:55
耐久:52
重さ:50
「うん。きちんと威力・耐久共に50以上だ」
「よし。やった」
「とりあえずは大丈夫そうだね。それじゃあ、ちょっと僕は業者との打ち合わせがあるからここは任せてもいいかな?」]
「はい任せてください」
ロランが業者との打ち合わせを終えて、工房に戻ってくると、完成した剣Cは3本になっていることに気づいた。
(もう、3本も完成させたのか。早いな)
【アイナのステータス】
俊敏:60−70
(俊敏が高い分作業が早いんだ。だが、それだけじゃない。2本同時にやってる?)
ロランが彼女の作業工程が変わっていることに気づいた。
アイナは剣2本分の鉄を作業台に並べて、叩いていた。
剣の製作過程は以下の三段階に分かれる。
1、バラバラの鉄を一つに固める。
2、粗く形を整える。
3、細かく形を整える
だが、彼女は1と2の作業を剣2本分まとめて同時にやっているようだった。
「あ、ロランさん」
アイナはロランがいることに気づいて、作業を中断し駆け寄ってくる。
「鉄Cのカゴの中に鉄Dや鉄Eも入っていたので、仕分けしておきました」
見ると、粗末な箱に明らかに質の悪い鉄が入っていた。
「おお、ありがとう。助かるよ」
「いえいえ」
アイナは再び、剣Cの製作に取り掛かる。
粗く形を整えたため、作業台から剣を一本下ろし、細かく形を整える段階に入る。
(粗悪な鉄の分別までやってくれてたのか。作業は早いし、効率よくやる方法も自分で考えるし、指示したこと以上の仕事をしてくれる。ここまでは言うことなしだな)
ロランはアイナの引き起こす金属音を聴きながら、書類の整理を始める。
そうして、作業をしながらも彼女の様子を観察し続けた。
(今のところ、特に問題は見られない。この分ならタスクをこなしているうちに自然とスキルもアップしていくはずだが……)
ふと、傍に人の気配を感じて、見るとそこに少女が立っていた。
表の食堂の看板娘のサキだった。
「よろしければどうぞ。あそこで作業している方の分も」
彼女はお茶を入れたポットとティーカップを差し出してくる。
「これはどうも。すみません。気を遣わせてしまって」
「いえいえ。こうして工房を使っていただけるだけで助かります。おじいちゃんが作業できなくなって、使い道に困っていたところですから」
サキはお茶を入れたカップをロランに差し出すと、傍に控えて一緒にアイナの作業を見守った。
どうやらこの時間帯手が空いて暇なようだ。
「凄いですね。彼女。あんなに重そうなハンマーを操って」
「うん。今の所は問題ないけれど……」
そうこうしているうちにアイナの動きが鈍ってくる。
6本目の剣を製作している途中のことだった。
「くっ」
ついにアイナはハンマーを上げるのにも難儀するようになった。
ロランは彼女のステータスを鑑定した。
【アイナのステータス】
腕力:20(↓20)ー50
(腕力が急激に低下してる。不自然なほど。おそらくこれは……)
【アイナのステータス】
腕力:20ー50
耐久:1(↓19)ー30
俊敏:60ー70
体力:40ー70
(やはり。彼女の弱点は耐久か)
やがて、アイナの体力は底をつき、その場に膝をつきそうになる。
(やば。目眩が……)
アイナがよろめきそうになると、誰かに肩を支えられるのを感じた。
「大丈夫かい?」
「あ、ロランさん」
「休みなよ。片付けは僕がやっておくから」
「すみません。急に疲れちゃって」
「なに。こういう日もあるさ」
アイナは側の椅子に腰掛けて息を整える。
ロランは作業台を片付けながら、さらに彼女のステータスを鑑定する。
【アイナのステータス】
耐久:1ー30→60ー70
(耐久の最終到達点は60ー70か。『金属成型』を担う錬金術師として十分な数値だ。だが、闇雲に鍛えても向上しない。耐久の向上条件は?)
【アイナの耐久向上条件】
剣Cを1日以内に10本作る。
これを5日間続ける。
(剣C10本を5日間。彼女の作業は6本目で止まってる。このまま無理くり作業を完遂させるのも一つの手だが……)
ロランはアイナの様子を見る。
彼女はポーションを飲んだにもかかわらず、ぐったりと疲れていて、これ以上はハンマーを振り上げられそうもない。
(今日、彼女はもう限界だ。これ以上酷使すれば次の日に響く。しかし、1日10本の剣Cを作らなければ耐久は上がらない。このジレンマを解決するには……)




