第62話、破談
セバスタ、ウィリク、ギルバートの3人は、人気のない家屋の一室で密談していた。
「『金色の鷹』と『竜の熾火』の交渉は難航しているようです」
「一先ず成功……といったところだな」
「だが、まだ交渉決裂には至っていない」
「ロランは何やら手紙を出していました。おそらく我々の提示した価格に対抗するための資金繰り、と見ていいでしょう」
「よし、それじゃあ最後の仕上げといくか」
3人はまたそれぞれ変装して『竜の熾火』に向かった。
「ようこそ、おいでくださいました。セバスタ様」
訪れたセバスタに対して、メデスは猫なで声でニコニコと愛想よく応じる。
ロランに対する態度とはまるで正反対だった。
「うむ。出迎えご苦労。それで、『氷を弾く装備』の調達は上手くいきそうか?」
セバスタは殊更尊大に言った。
「もちろんでございます。万事上手くいっていますよ」
「うむ。流石は島最大の錬金術ギルドといったところだな。なかなか手際の良い仕事ぶりだ」
(手際よくもなるさ。あんたのおかげで、ロランとの取引も優位に進められるんだからな)
メデスは内心でそう思った。
(ロランとの取引額を釣り上げたら、今度はこいつに値上げだ。まだまだ儲けられるぞ)
「時に、ギルド長よ。少々気になる噂を耳に挟んだのだが……」
「はて、なんでございましょう?」
「この工房に『金色の鷹』の紋章を付けた男が出入りしていると聞いてな」
「そうなんですよ。この度、我がギルドは『金色の鷹』と提携することになりましてな。『冒険者の街』の有力ギルドと提携して、ますます業務拡大し規模を広げていこうとしている所存です」
「『金色の鷹』!? 『金色の鷹』だと? まさかお前が業務提携しようとしているのは、ロランという男ではあるまいな?」
「ええ、そうですよ。まさしく、我々はロランと業務提携するつもりです。それが何か?」
「悪いがこの話は無かったことにしてもらいたい」
セバスタは手元の書類を乱雑に投げ捨てた。
「何ですって? そんな、急にどうしたというんです?」
「どうしたもこうしたもない。ロランと組んでいるギルドなんかと取引しようものなら我らの評判は地に堕ちてしまう。貧乏神め」
「なっ、ちょっとセバスタさん!?」
「付いてくるな。汚らわしい」
セバスタは立ち上がり、そのまま部屋を後にした。
メデスはポカンとして見送る。
「何だあいつは? 取引を持ちかけてきたと思ったら、いきなり癇癪を起こしおって。訳の分からん奴だ。ロランと取引関係にあるから取引を停止する?ロランが何だというんだ。それにしてもあの怒りよう。尋常ではなかったな。ロランと何か確執でもあるのか?いずれにしても仕事に私情を持ち込むなど話にならん」
メデスはそう言ったものの、しばらくの間、彼の中のモヤモヤした気持ちは解消されなかった。
「ふん。まあ、いい。あの男は十分役に立った。ロランは値上げ交渉に前向きだし、もう用済みだ。なかったことにして欲しいだと?冗談じゃない。こちらからお断りだ。こちらにはまだ『氷河の狩人』と『霰の騎士』というカードがある。セバスタごときに頼る必要なんぞない!」
メデスは気を取り直して、『氷河の狩人』からの使者ウィリクとの商談に臨むことにした。
しかし、続いて訪れたウィリクもロランの名前が出た途端、取引に難色を示し始めた。
「やはり噂は本当でしたか。うーん。ロランと取引関係にある。それは困りましたねぇ」
(またロランの名前を出した途端……雲行きが怪しくなった。ロランはこいつともトラブルを起こしたのか?)
「メデスさん申し訳ありませんが、この話は無かったことにしていただきたい」
「待ってください。では、ロランとの取引を見合わせます」
「ダメです。ロランとなんらかの形で関わりを持った。その時点で、うちのギルドはあなたと取引をするわけにはいきません」
(また、ロラン。あいつ、いったいどれだけ問題のある人物なんだ。いくら大手ギルドの重役だからといってこれはあまりにも……)
「あなたは知らないようですね。ロランがどれほど悪どい人物か」
「悪どい? あなたは彼が悪人だというのですか?」
「北の大陸では有名な詐欺師ですよ。『金色の鷹』の幹部を名乗り、空手形を発行しては金や商品を騙し取り、行方をくらます」
「まさか、彼が身分を詐称しているというのですか? バカな。そんなことありえない。だって、彼はギルドからの委任状を持っていたし、ギルドの紋章だって……」
「それも所詮は書状と服装。ちょっと金さえあればどうとでもなるものですよ」
「いや、しかし……」
「では、お聞きしますが、メデスさん、一鑑定士に過ぎない彼が一体どうやって『金色の鷹』のような大手ギルドの、それも執行役などという重職に就けるというのですか?」
「それは……」
「何か悪どいことをしなければ、『金色の鷹』の幹部まで登り詰めることはできない。そう思いませんか?」
(た、確かに。鑑定士が冒険者ギルドで出世するなどという話は聞いたことがない)
「ふむ。まだ信じられないようですね。では、メデスさん。ロランから渡された仕様書や設計図に何か不審な点はありませんでしたか?何か他とは違う、明らかに異常なものが」
「あっ。そう言えば、ロランの注文書の中に『破竜槌』なんてものがありました」
「ほほう?それはどういった装備で?」
「いや、とても常人には扱えないものです。重さがとにかくデタラメで……まさか!」
「まあ、十中八九ロランが適当に偽造したものでしょうね」
「そんな……」
(しかし……、『破竜槌』はSクラス冒険者の装備だから多少デタラメなスペックだとしてもおかしくはないのでは?いや待て。そう思わせるのもヤツの、ロランの策だとしたら?)
「……とにかく。彼は、ロランは他人を食い物としか思っていない悪魔のような人間です。彼と関わって不幸にならなかった者はいません。メデスさんも気をつけて下さい。彼に気を許すなどということはゆめゆめなさらぬように。さもなくばいずれあなたも財産を奪われることになってしまいますよ。では」
メデスはウィリクが立ち去っていくのを呆然と見送るしかなかった。
続くギルバートも同じ質問をしてきた。
この工房にロランが出入りしていると聞いたが、ロランと取引関係にあるというのは本当か?
「メデスさん、知っています?『北の大陸』で大手ギルドを悉く手玉に取った詐欺師ロランの話」
「えっ? ええ。まあ。噂には聞いていますよ」
「いや、ウチのギルドでも以前、ロランとトラブルがありましてね。今、ウチはそのことでカリカリしているんですよ。もし、メデスさんがロランと深い仲なのだとしたら、うーん、申し訳ないですが、ウチの上司におたくのギルドとの提携を進言するのはちょっと……」
「滅相もない。我々がロランと関係を持っているなどと、そのような事実は一切ありません。確かにそういった話は来ていますよ。『金色の鷹』の幹部を名乗るロランという者がウチのギルドと業務提携したがっていると。しかし、どこかで小耳に挟んだのを思い出しましてな。『金色の鷹』の幹部を装った者が北の大陸で詐欺を働いていると。それで警戒していたところですよ。無論、もしうちに来たロランがそのロランと同一人物だとしたら、我々は断固として彼と取引するつもりはありません。ええ、ありませんとも」
「なんだ、そうだったんですか」
ギルバートの顔がパッと明るくなった。
「それを聞いて、安心しました。そういうことでしたら、私も上に自信を持って報告することができます。『竜の熾火』は良心的で信頼できるギルドだ。取引してもなんの問題もないと」
メデスはホッとした。
(危ない。危ない。また大口の取引を取り逃がすところだった。『霰の騎士』との取引はほかの二つと比べても破格なんだ。この取引だけは……、この取引だけはなんとしてでもキープしなければ!)
「いや、メデスさんがロランと深い仲でないようでよかった。ただ、前述の通り、私のギルドでは今、ロランのことで少々ナーバスになっておりましてね。すでに『竜の熾火』はロランと業務提携するという噂が巷では流れております。責任者である私としましてはなるべく早く不安を払拭しておきたいんですよ」
「それは確かに。ごもっともです」
「おお、ご理解していただけますか。では話が早い。早速、『竜の熾火』さんの方でロランがこの工房に出入りできないよう、手配していただくということで。よろしいですね?」
メデスはこの件について即座に会議を開いた。
列席するギルド幹部達に意見を求める。
その席でラウルは以下のように発言した。
「これは『白狼』のジャミルから聞いたことだが、ロランのステータスはせいぜいCクラスからDクラス。とうてい大手冒険者ギルドの幹部とは思えない、とのことだ」
メデスは他に意見のある者はいないかとテーブルを見回した。
ロランを擁護する者が居ないのを確認すると、メデスは交渉打ち切りの通達をロランの宿に送るのであった。
「メデスさん、これはどういうことですか?」
ロランは送られてきた交渉打ち切りの通達をメデスに突き出した。
「そうですよ。これではあんまりじゃありませんか!」
ディランも怒りを露わにして言った。
「ロランはギルドに掛け合って当初予定していた4倍の資金を用意したんですよ? それに対してこんな風に一方的に交渉を打ち切るなんて」
「どういうこと? あんまり?」
メデスもメデスで怒りを露わにして、二人を睨み付ける。
「それを言いたいのは私の方ですよ。こっちはあんたらのせいで大口の取引先を二つも逃したんだぞ!」
「俺たちのせいで取引先を逃した?」
「……? 何を?」
「あんたらと交渉中と知った途端、取引を停止すると言ってきたギルドが二つも出たんだよ!」
「なんだって!?」
「一体なぜ?」
「知らねーよそんなこと! 大口の取引が二つだぞ。二つ。あんたのせいで大きな儲け話が二つも潰れたんですよこっちは。こんなことがありえるか? 全てはロラン、あんたのせいなんだよ。あんたこの責任どう取るつもりだよ、ええっ?」
メデスは好々爺の仮面を脱ぎ捨て、ヤクザ顔負けのドスの効いた声で凄んできた。
「責任って……。そちらの取引について僕の方に言われても……」
「そうですよメデスさん。そちらの取引が上手くいかなかったからと言って、こちらに当たるのはお門違いだ。ロランが原因? そんなはずない。何かの間違いだ!」
「それではあなた方はあくまで自分達に非はないと。そうおっしゃるわけですね?」
「もちろんです。彼が原因で取引が停止になるなど……、そんなことありえません。『冒険者の街』では誰もが知っている。ロランが数多のAクラス冒険者を輩出してきたS級鑑定士であることを。彼についてよからぬ噂が立っているとしたら、それは彼を貶めようとしている連中の誹謗中傷だ。そうに違いない!」
「S級鑑定士ねぇ」
メデスはロランのことをジロジロと胡散臭げに睨む。
「そこなんですよ、ロランさん。我々が問題に思っているのは。あなたが鑑定士であること。それこそがこの疑惑の核心なのです」
「……どういうことですか?」
「たかが一鑑定士に過ぎないあなたが一体どうやって今の地位にまで登り詰めたのか。みんなそこに興味があるということですよ。つかぬ事をお聞きしますがね。一体どうやって鑑定士が冒険者を育てるのですかな?」
「一概には言えませんが、私のスキル鑑定なら、スキルの伸び代と隠れた才能、いわゆるユニークスキルを見つけることができます。ステータス鑑定は、ステータスの伸び代を判定して適切な訓練プランを策定できます。またアイテム鑑定なら彼らのために適切な装備を選ぶことができます」
「なるほど。あなたには冒険者の伸び代が分かるというわけですね。しかし、そのようなことで冒険者達があなたの指導についてきますかな? ただでさえ我の強い冒険者達が、なんのスキルもステータスもないあなたに。甚だ疑問なのですがね」
「その疑問はごもっともです。これらの鑑定スキルはあくまでも前提条件にすぎません。私が最も重要に感じていること。それは育成を通した人間関係の形成です」
「人間関係ぃ?」
「無論、私とて若さゆえの過ちは何度も繰り返してきました。しかし、その度に私は育成によって育まれる人間関係によって助けられてきたのです」
メデスはますます胡散臭げにロランのことを見た。
(なるほどな。こういった小綺麗な口上を用いることで『北の大陸』や『冒険者の街』では詐欺を働いてきたというわけか。しかし、お前の悪事もここまでだ。ワシは騙されんぞ)
「いいですかな。ロランさん。私も長年この業界でやってきていますがね。最後に頼れるのは自分のこの腕っ節。それだけですよ」
メデスはロランに向かって肘を上げ、力こぶを作り、もう片方の手でポンポンと叩いてみせる。
「老婆心から一つ忠告させていただきますがね。あなたはこれまで築いてきたものを自分の実力と勘違いしておられるようだが、私に言わせれば、それはあなたの実力ではない。ただ運が良かっただけです。あなたのそのような詐欺紛いのやり方、それはいつまでも通用しませんよ。いずれ痛い目を見ることになるでしょうな」
「……」
「とにかく、当ギルドはあなたと取引することはできません。この話はなかったことに。お引き取りいただけますな?」