第61話 三人の使者
メデスはロランの案内を終えて、一息ついていた。
(ふー。やれやれ。くたびれたわい。まったく工房の案内など余計なことをさせおって。これだから他所者は困る。どうせこの島で大ギルドの受注に対応できるのはウチしかないというのに。ま、しかし仕方がない。外からの仕事はおいしいからな。無下にするわけにもいかん)
メデスは椅子に深く腰掛けて、パイプに火を付けて、一服する。
(とはいえ、ロラン殿も実際に工房を見て満足されたようだし。これでこの案件は成約したも同然……)
「ギルド長」
コンコンとドアのノックされる音と共に事務員が入ってくる。
「なんだいったい。こんな時間に」
メデスは億劫そうに言った。
「ギルド『白夜の剣』からの特使と名乗る方がいらっしゃっています」
「ほう?『白夜の剣』からの?」
『白夜の剣』といえば、北の大陸で名を馳せ、その名声は海を越えて響き渡る大ギルドだ。
この『火竜の島』にやってくるのは初めてである。
「是非ともウチと大口の取引をしたいとので、ギルド長に会いたいとのことです」
「なに!?今すぐ、ここへお通ししろ」
(『白夜の剣』のような大ギルドからの案件ともなれば、報酬も桁外れに違いない。これは大儲けのチャンスかもしれんぞ)
すると赤ら顔に髭面、筋骨隆々の中年男性がやってきた。
見るからに戦士である。
「突然の訪問になってしまい申し訳ない。なにぶんこの島で仕事するのは我々も不慣れでしてな。無礼をお許しいただきたい」
「いえいえ、そのようなこと。それで、我々に依頼したい仕事というのは?」
「これだ」
彼は書類を一枚取り出した。
(む、これは!?)
そこに書かれていたのは、ロランの依頼の半分の仕事量にもかかわらず、報酬は2倍という破格の内容だった。
「いかがでしょう?これだけの報酬で申し訳ないと思うが……」
「そんな。とんでもない。これだけの報酬、ぜひともやらせていただきますよ」
「おお、そう言っていただけるとありがたい。なにせ急ぎの用事ですからな。なかなか受注してくださるギルドがなくて困っていたところだったのですよ」
「それはそれは。ウチのギルドを見つけられて、幸運でしたな。ウチならば高品質で期限内に納品させていただきますよ」
「おお、それは大いに助かる」
その後もギルド長と顎髭の戦士の会話は和やかに進み、『白夜の剣』からの使者は上機嫌で帰っていった。
(この時期にこのような案件が来るとはな。こりゃついてる。これはロランの依頼よりも先にこなさなくてはならん)
ギルド長がそんなことを考えていると、またドアがノックされる。
「ギルド長、失礼します」
「なんだ。またか。今度は一体なんだ?ワシは疲れとるんだが……」
「また、依頼したいというお客様がいらっしゃっています。今度は北の大陸の大手ギルド『氷河の狩人』から来られたとのことです」
「なに!?本当か?今すぐ通しなさい」
現れたのはメガネをかけた神経質そうな青年だった。
どうも鑑定士のようだった。
「突然の訪問、申し訳ありません。実はこれだけの仕事をこなしてくださる錬金術ギルドを探していましてね」
「む、これは!?」
これまた、ロランの依頼の半分の仕事量であるにもかかわらず、3倍の報酬が約束されたものだった。
「少し、納期が厳しいと思われますが、いかがでしょう?」
「是非やらせていただきますとも」
「そうですか。いや、よかった。ここで、ダメだったらどうしようかと思っていたところですよ。突然、北の大陸で『氷を弾く鉱石』を使った装備の需要が急増しましてね」
「ご安心下さい。ウチは世界のどこよりもレアメタルの加工に慣れた工房です。必ずや納期通りに完璧に仕事を終えてみせますよ」
『氷河の狩人』からの使者は上機嫌で帰っていった。
(まさか、これほどおいしい案件が転がり込んでくるとはな。この仕事はぜひとも『白夜の剣』、『金色の鷹』よりも先にこなさなくてはな)
ギルド長がそんなことを考えていると、また扉がノックされた。
「ギルド長、よろしいですか?」
「まったく今度はなんだ。ワシは疲れとるんだ。今日はもうこれ以上ビタ一文働く気はないぞ」
「それが、北の大陸の大手ギルド『霰の騎士』の方が大口の仕事を依頼したいということでお見えになっていて」
「なんだと!? 今すぐ通しなさい」
現れたのは斧槍を抱えた屈託のない笑みの青年だった。
「いやぁ、約束もなくこんな時間に申し訳ない。突然、仕事が降ってきましてね」
「いえいえ、お気遣いなく。それで?我々に依頼したいお仕事というのは?」
「実はこういった内容でして」
「むっ!?これは!?」
斧槍の男が取り出した書面に書かれていたのは、『金色の鷹』の半分の仕事量であるにもかかわらず、4倍の報酬が約束された仕事だった。
「少々、納期が厳しいのですが……」
「いえいえ、そんな。構いません。構いませんとも。このような仕事、是非ともやらせていただきます」
メデスは拝跪せんばかりの勢いで承諾した。
「本当ですか。いやぁ助かります。『氷を弾く鉱石』でできた装備が足りなくてほとほと困っていたところなんですよ」
メデスはそれを聞いて、一つ前に来た客のことも思い出した。
そう言えば『氷河の狩人』からの使者も『氷を弾く鉱石』が不足していると言っていたな。
北大陸で起こっている『氷を弾く鉱石』不足がこのような通常ではありえない依頼が舞い込む要因になっているのかもしれない。
メデスの頭にはそう刷り込まれた。
メデスと斧槍の男との会見は終始和やかに進んだ。
斧槍の男は上機嫌で帰っていった。
メデスはその後しばらく恍惚とした気分になった。
これだけの報酬があれば、衣服を新調して、馬車のローンを支払い、小洒落た別荘を購入してもまだ小金が余るだろう。
(この仕事だけはなんとしても成約せねばならんな。とにかく、善は急げだ。『氷河の狩人』、『白夜の剣』、『金色の鷹』の仕事は後回しにして……)
メデスはそこまで考えて、ようやく全ての仕事をこなすには期限が足りないことに気づいた。
『霰の騎士』の仕事をこなすには他の依頼のどれかを諦めなければならない。
翌日、ロランは再びディランと共に『竜の熾火』を訪れた。
契約の詳細について詰めるためだ。
(さて、ここからだ。昨日の感触からしてまず問題はないだろうが……、交渉では何が起こるか分からないからな。気を引き締めて取り掛からないと)
ロランは『竜の熾火』の受付に来訪を告げた。
「ああ、あんたか」
メデスはロランを見るや開口一番そう言った。
ロランは何となく嫌な予感がした。
(気のせいかな?なんだか昨日に比べて、メデスさんの態度がぞんざいになっているような……)
「メデスさん。契約の件ですが……」
「はいはい、その件ね」
メデスはめんどくさそうに頭をかきながら書類を探す。
「えーと、ああ、しまった」
メデスは突然、顔をしかめる。
なんとも演技じみた態度だった。
「ロラン殿、申し訳ないんだが、今回の契約、納期を延長してくれんかな」
「えっ? 延長……ですか?」
「そうなんですよ。ワシとしたことが職員の数名が体調を崩していたことをすっかり失念していましてな。あなたの提示した納期ではとても間に合わないんですよ」
「はあ……」
「そういうわけで、どうにか延長させていただけませんかな?」
「……分かりました。ギルドの方に許可を取ってみます」
「メデスさん、納期を延長するってんなら、その分、代金についてはきっちり割引きしていただきますよ」
ディランがそう言うと、メデスは不快げに眉をしかめた。
「メデスさんの態度、なんだか昨日と変わってなかったか?」
帰りの馬車で、ロランはディランに自分の感じた違和感を打ち明けた。
「ロラン、お前もそう思うか?実は俺も不審に思っていたんだ。急に納期を延長するなんてどういうつもりだろう? 昨日は一刻も早く契約を結びたがっていた様子なのに」
「まるで僕達のことを邪険にしているように見えたんだが……」
「まさか。それは流石に気にし過ぎだろ。大切なビジネスパートナーに対して……」
「もしかして、この話破談になるなんてことはないよね」
「まさか。繁忙期ならともかく、この時期、『竜の熾火』は暇なんだ。何度も入念に調査したから間違いないよ」
「そうか。君がそこまで言うのなら……」
「気にし過ぎだよ。メデスだって仕事に気乗りしない時はあるさ。悲観し過ぎるのはよくない。前向きに考えよう」
「そうだね」
宿に帰ると、ロランは報告書の作成にとりかかった。
先方の都合で納期が予定よりも長くなりそうなこと、そのため滞在が長引くこと、それらについてギルド内で承認して欲しいこと。
それらを手紙に認めて『金色の鷹』宛に郵送した。
手紙が帰ってくるまでの間、ロランは地元のダンジョンとモンスターの調査に時間を費やした。
その間、滞在費用はかさんでいく。
一週間後、無事ギルドの許可を得たロランは再び、メデスの下に赴く。
しかし、メデスの答えはにべもないものだった。
「値上げしたい?」
「いやー。申し訳ない。突然、鉱石が値上がりしてしまいましてな。提示された予算では足りなくなってしまったんですよ。そういうわけで、申し訳ないが、値上げさせていただきたい」
「それは……例えばいくらほど?」
「そうですなザッと4倍ほどに」
「4倍!?」
ロランが仰天したように言った。
「メデスさん、いくらなんでもそれはないでしょう?」
ディランが言った。
「こちらはあなたの申し出に応じて、納期の延長を飲んだんですよ? 値引きしてくれてもいいはずだ。それを値上げ? 一体どういうおつもりです?」
ディランがそう言うと、メデスは不快そうに顔をしかめた。
「なんですかな。そんなに我々の提示する価格に不満があるのなら、それなら他の錬金術ギルドに依頼すればよろしいではありませんか。こちらとしてはあなた方と取引しなくとも一向に構わないんですよ?我々も慈善事業でやっているわけじゃないんだ」
ロランとディランは互いに顔を見合わした。
盗賊ギルド『白狼』のジャミルとロドは『竜の熾火』を訪れていた。
「よお。ラウル」
「おう。ジャミルか」
「ダンジョンでモンスターに削られちまった。直してくれ」
ジャミルは傷ついた装備を示してみせる。
「オーケー。おい、お前、この二人の装備を俺の作業場まで運んどけ」
ラウルは下級職員に指示を出した。
すると廊下から声が聞こえてくる。
「待ってくださいよ。メデスさん。急に料金を4倍に上げるだなんて、一体どういうことですか?ちゃんと説明してくださいよ」
「先ほど申し上げた通りですよ。こちらの言い値に不満があるのなら、取引してもらわなくて結構。それでは」
「ちょっと……」
ジャミルが声の方を見ると、メデスに追いすがるロランとディランの姿が見えた。
ジャミルはロランの『金色の鷹』の紋章を目に留める。
(あれは……、酒場で見た……)
「おいラウル、お前らあいつと契約すんのか?」
「ああ、『冒険者の街』で最近、隆盛したギルド『金色の鷹』から来た特使だとよ」
「『金色の鷹』……」
「俺はどうも気に食わんがな。冒険者のくせに、装備1つ身に付けちゃいねぇ。錬金術のこともどこまで分かってるんだか」
「あいつ、ヘボだぜ」
「なに?」
「俺、アイツのステータス鑑定したんだよ。見慣れないギルドの紋章だったからさ。拍子抜けだったよ。CクラスかDクラスってとこかな」
「ふぅん?」
「『金色の鷹』の特使なんて言うが、本当にそんな大ギルドの偉い奴なのか? オタクら騙されてんじゃないの?」
「まさか……そんなことは……」
(だが、確かに言われてみれば妙な気もするな。大ギルドの幹部にしては腰が低過ぎるし、そもそもその身分もあの仲介人が言っているだけ。もし、ウチのギルド長がきっちり調べもせずに事を進めているとしたら……。いや、まさかな)
ロランとディランは追いすがったものの、あえなくメデスは馬車に乗ってどこかに行ってしまう。
ロランとディランはその場に取り残された。
「くそっ、一体なんだっていうんだ急に」
「まさか。4倍の料金を吹っかけてくるなんて。どうするロラン?」
「やはりメデスさんは『金色の鷹』との取引に前向きじゃないんだ。ということは他に取引先を見つけたということじゃないのか?」
「まさか……そんなはずは……」
「……とにかくメデスさんがああ言ってる以上、ギルドに予算を申請するしかない。4倍の資金をどうにか用意するよ」
「分かった。俺もメデスさんにこれ以上条件を変えないよう釘を刺しておくよ」
「ああ、頼む」
「あのジジイ舐めやがって。こんだけこっちを振り回しやがったんだ。契約書にサイン出来ない、なんて言わせねえぞ」




