第60話 竜の熾火
港にほど近い酒場。
ここはこの島のクエスト受付所も兼ねているため、冒険者の溜まり場となっていた。
一方で盗賊や詐欺師などのようないかがわしい輩の溜まり場でもある。
今日も今日とて彼らは何か悪巧みの種がないか、カモはいないかと、盛んに情報交換しあっていた。
客達がそれぞれ賑やかにやっていると、入り口の扉が開かれ、見知らぬ客がやってくる。
その肩には鷹をあしらった金色の紋様と魔法の樹をあしらった古めかしい紋様が身に付けられている。
酒場の客は思わぬ闖入者に一瞬静まりかえったが、またすぐに何事もなかったかのように雑談を交わす。
しかし、その一方で突然現れたこの身なりのいい男は何者か、その正体を突き止めようと、抜け目なく探りを入れていた。
盗賊ギルド『白狼』の連中もそれは同じだった。
額を寄せ合ってヒソヒソと話し始める。
「あいつ、見ねー顔だな。島の外から来た奴か?」
「ジャミル、鑑定を」
「ああ」
【ロラン・ギルのステータス】
腕力:40-50
耐久:40-50
俊敏:40-60
体力:60-70
(雑魚だな。Dクラスか、いいとこCクラスってとこか)
「大した奴じゃない。いつでも財布を擦れるぜ」
「お、じゃあ景気付けにいっちょ、やっとくか?」
「待て。誰か来た」
三人はロランに近づいて来る男がいるのを見て、敵意を潜めた。
ロランは酒場の中を歩きながら、なんともいえない居心地の悪さを感じていた。
(なんだろう。『冒険者の街』とは随分雰囲気が違うな)
ロランは酒場に屯している冒険者達を注意深く観察する。
(盗賊がやけに多いような?)
ロランがそうして周りを見回していると、
カウンターの方から商人風の男が駆け寄って来て、話しかけてきた。
「よお、ロランよく来たな」
「ディラン、久し振りだね」
ロランはディランと再会を祝して握手した。
ディランは冒険者の街にいた時から顔馴染みの商人だった。
よく冒険者の街に来ては、『火竜の島』の珍しい鉱石を卸してくれた。
ディランは鉱石の卸売りだけでなく、ギルドの斡旋や仲介事業も手掛けている。
今回、ロランはディランに『金色の鷹』と業務提携する錬金術ギルドの紹介を依頼していた。
『冒険者の街』では『精霊の工廠』を介して冒険者を支援することができたが、街から遠く離れた『火竜の島』ではそういうわけにもいかない。
そこで今回は現地で支援および業務提携してくれる錬金術ギルドを探した方が賢明、と判断したのだ。
「船旅は快適だったか?」
「ああ、おかげさまで。それじゃ早速だけどディラン、商談の方を……」
「待て。ここじゃちょっとまずい」
ディランは辺りを見回した。
「どういうことだい?」
「いかがわしい連中がそこかしこにいやがる。悪い時間に来ちまったな。もっと別の場所で待ち合わせときゃよかった。とりあえず話は馬車の中でしよう」
ロランはディランの勧めに従って、馬車に乗り込んだ。
『白狼』の3人は二人が店を出て行くのを見送る。
「あいつはディラン。この辺じゃ顔の聞く商人だ」
「目を付けられると仕事がやりづらくなるぜ」
「チッ。現地に協力者がいたか」
「昼間から一杯やれると思ったのになぁ」
「なに。焦ることはないさ。奴が仲間を連れてダンジョンに潜った時、その時が運の尽きさ。
それまでは気分良く観光させてやればいい」
「これから君に紹介する錬金術ギルド『竜の熾火』はこの街でも有数の錬金術ギルドなんだ」
錬金術ギルドに向かう馬車の中でディランは言った。
「君の望む……ええと、なんだっけ? そうそう『破竜槌』! 君の望む『破竜槌』を整備できる錬金術ギルド、設備や人員面でその要件を満たせるのはこの島ではこの錬金術ギルドだけだ」
「そうか」
「優秀な若い錬金術師も沢山いるし、今、勢いに乗っている。きっと君も気にいると思うよ」
二人は大きめの建物の前で馬車を止めて、中に入っていった。
ロランが来訪を告げると、『竜の熾火』のギルド長が迎えてくれた。
恰幅のいい体つきに、ハゲ頭、ニコニコと愛想のいい笑みを浮かべている、いかにも好好爺という感じの中年男性だった。
「おお、あなたがかの名高い冒険者ギルド『金色の鷹』の執行役ロラン殿ですか」
「はい。ロラン・ギルと申します。今日は『竜の熾火』の施設を見学させていただきたく、やって参りました」
「『竜の熾火』ギルド長、ダン・メデスと申します。お話は伺っていますよ。ささ、こちらへどうぞ。我がギルドの工房をご案内しますぞ。ゆっくり見ていってください」
メデスは二人を工房の奥へと誘った。
「我がギルドは競争を理念にしていましてね」
ギルド長は錬金術師達が鉱石を叩いている成型室を案内しながら言った。
「競争のみが本人の資質や才能を成長させ、適材適所と効率化を促し、しいてはギルド全体の利益になる、というわけです」
(確かにみんな、スキルが高い。Bクラス以上のスキル保有は当たり前ってところか。ただ……)
ロランは金属をハンマーで成型している少年を一人スキル鑑定してみた。
【若い錬金術師のスキル】
『鉱石採掘』:E→D
『鉱石精錬』:C→A
『金属成型』:B→B
『銀細工』 :D→A
(最適な配置……とは言い難いか)
「いかがですかな、ロランさん?彼の『金属成型』スキルは?若いのに大したものでしょう?彼はやがて『金属成型』Aを身につけますよ」
「ええ……そうですね」
ロランは、その少年に関しては『金属成型』よりも『鉱石精錬』や『精霊付加』の方がいいと思ったが、この場では言わないことにした。
以前ならなんでもかんでも良かれと思ってアドバイスしていたが、今はそれを迷惑がる人もいることを知っていた。
「ギルド長、少しよろしいですか?」
ロランとギルド長が連れ立って歩いていると、赤髪ツインテールの少女が駆け寄ってきた。
「おお、リゼッタ。ちょうどよかった。彼に挨拶しておきなさい」
ギルド長は彼女をロランに紹介する。
「彼女はリゼッタ。ギルド期待の若手錬金術師でしてな」
「リゼッタ・ローネと申します。お見知り置きを」
彼女は恭しく一礼した。
錬金術師用の地味な作業服に身を包んでいたが、それを思わせない可憐さと華々しさをもつ少女だった。
「この方は『金色の鷹』の執行役、ロランさんだよ」
「まあ、あなたがあの高名な冒険者ギルドの?」
彼女はクリクリの目を潤ませてロランを見つめる。
「『金色の鷹』にはAクラス冒険者の方が沢山いらっしゃると聞いております。装備がご入り用の際はぜひ、私を担当に指名してくださいませ」
彼女はロランの手をギュッと掴みながら、言ってきた。
「ああ、ぜひ……」
ロランはそう言いつつも彼女にほのかな警戒心を抱いた。
というのも、彼女は魅惑的過ぎた。
中肉中背の平均的な体つきに、工房の地味な服装であるにも関わらず、どこか肉感的に感じられる着こなし。
媚を含んだその表情は、小悪魔的な魅力を醸し出していた。
彼女は人を惑わす天性の資質の持ち主に違いなかった。
初対面にもかかわらず、ここまで人を魅了できるのは、ある意味で相当なやり手に違いなかった。
下手をすればいつの間にか彼女のペースに引き込まれて、とんでもない約束を結ばされる。
そういったことにもなりかねない。
リゼッタはロランの体を上から下まで丹念に観察する。
「『金色の鷹』にはあらゆる魔法に精通した万能魔導師や、一人でダンジョンを踏破できる重装騎士がいるとお聞きしています。ロランさんはどのような装備を身に付けられるのですか?」
「えっと、僕は……」
「リゼッタ。ロランさんは今、ウチの工房を視察されているのだ。そういった交渉ごとは後にしなさい。お前の用事についても後で聞いてやるから」
ギルド長がそう言うと、リゼッタは不満に顔を曇らせながらも渋々引き下がった。
しかし、去り際ロランに一言かけるのは忘れなかった。
「ロランさん、またいつでもお声がけ下さいね。私、ロランさんがどのように冒険者として活躍されたのか詳しくお聞きしたいです」
リゼッタは上目遣いでそう言った。
ロランは曖昧な笑顔を向けるだけに留めて、彼女と別れた。
その後、メデスはロランとディランの二人を、工房内でも最も設備の充実した場所に案内した。
そこには3人の青年がいた。
「ご紹介します。ウチのエース達ですよ。彼ら3人と先ほど紹介したリゼッタの4人で『カルテット』と呼ばれておりましてな。まさしくこの工房を支える4人というわけですよ。おい、お前達。例のお客さんだ。挨拶しなさい」
メデスがそう言うと、3人のうち2人が作業を一時中断して、顔を上げる。
1人は甘いマスクの優男、もう1人はちょっといかつい感じで、髪を短く刈り上げた男。
「こっちの炉を操っている方がシャルル」
ギルド長が優男の方を指し示しながら言った。
「どうも」
「こっちの設計図を書いてる方がエドガー」
ギルド長が刈り上げの方を指し示しながら言った。
「ウィーッス」
「そして……、おいラウル。お客さんだと言っているだろ。作業を中断せんか」
名前を呼ばれて、三人のうち最後の一人、ラウルと呼ばれた青年はようやく振り返った。
ラウルはロランをジロリと睨む。
「テメーか。『金色の鷹』から来たっていう奴は」
(なるほど。これは別格だ)
【ラウルのスキル】
『鉱石精錬』:A
『製品設計』:A
『金属成型』:A
『銀細工』 :A
『魔法細工』:S
(錬金術師としての基礎スキルが全てAクラス。加えてユニークスキル『魔法細工』はSだ。この若さでこのスキル。まさしく天才か……)
ロランはラウルと相対しながら、気圧されていた。
天才のみ持つことを許された傲慢と自信。
それらはロランを圧倒するのに十分だった。
ラウルはズイと身を乗り出してロランに近づく。
「ロランとか言ったな。いいか、よく覚えておけ。『金色の鷹』の幹部だかなんだか知らんがな。俺は雑魚と馴れ合うつもりはない」
「これ、お前、お客さんに向かって……」
「『冒険者の街』で上手くいったからと言ってここでも上手くいくと思うなよ。この島には毎年世界中から冒険者がやってくる。俺たちからすれば、何もお前らと契約を結ぶ必要はないんだよ。テメーらがろくなスキルもステータスも持っていないような雑魚なら、俺は担当を降ろさせてもらうぜ」
「これ、ラウル……」
「期待に添えるよう頑張るよ」
ロランは和やかな笑みを向けて、握手の手を差し出す。
「……フン」
ラウルも一応握手に応じる。
メデスはホッと胸を撫で下ろした。
「いや、ロラン殿は若いのに大人でいらっしゃる」
こうして、ロランは『竜の熾火』での顔合わせを済ませ、仮契約を結び、その日は工房を後にするのであった。




