第6話 魔女の雷撃
ジルが部屋に入るとそこにルキウスはいなかった。
いたのは眉をしかめて腕を組んでいるディアンナだけであった。
「ジル? 一体なんだと言うの? ノックもせずに」
ディアンナは突然、入ってきたジルを困惑の表情で迎えた。
ジルはそんなディアンナの様子を気にもせずキョロキョロと部屋を見回す。
「ギルド長はどちらに?」
「今、出張中よ。一体なんだと言うの? ノックもせずに。いくら上級会員だとしても、失礼が過ぎるわよ」
「ディアンナ。なぜギルド長はロランさんを追放したのですか?」
「ロラン? ああ、あの鑑定士の」
ディアンナは興味なさそうに言った。
「ロランさんは……、あのお方はこのギルドの将来を担う存在。決して失ってはいけない人です」
「彼は私達よりも『魔法樹の守人』と仲良くしてるみたいよ」
「『魔法樹の守人』? そんな……一体どうして?」
「以前、共同クエストの時、リリアンヌとお近づきになったのは知っているでしょう? その時、彼女のユニークスキルを開発したことも。その時、あの魔女の色香にコロッとやられたみたいね。最近、彼が失態続きだったのもあの女に頼まれて、私達の足を引っ張るためだったみたいよ」
「そんな……」
「彼はあの魔女にスキルを授けるだけでなく、ギルドへの忠誠までも売ってしまったようね」
「何かの間違いだ。ロランさんはそんな人ではありません。彼は私のために道を開いてくれました。例えライバルに塩を送るようなことがあっても、味方の足を引っ張るようなことはしません」
「とにかく! 我々としてはあんな裏切り者をいつまでもギルドにおいておくわけにはいきません。あなたも! 迂闊な言動は謹んでね。お世話になったからと言って、裏切り者を擁護するようでは他の会員に示しがつかない。何より士気に関わるわ」
ジルは踵を返して部屋を退室しようとする。
「待ちなさい! 返事は?」
「……私に……彼を悪く言うことはできません」
ジルはそれだけ言うと、部屋を退室した。
扉の閉まる音がする。
ディアンナはため息をついた。
(やれやれ。彼女の律儀さにも困ったものね。もらうものもらったんだし、あんな落ち目の男なんてさっさと忘れればいいのに)
ふとディアンナは冷酷な笑みを浮かべた。
「放っておいてもどうせすぐ潰れるでしょうけれど。念のため、手を打っておきましょうか」
ロランはアーリエの作業をサポートする傍ら、面接も続けていた。
(アーリエのおかげで、とりあえず『アースクラフト』事業は軌道に乗りつつあるけれど、いつまでもこのまま順調に行くとは限らない。依然として、『アースクラフト』以外の鉱物は『金色の鷹』御用達の錬金術ギルドに支配されている。『鉱物精錬』だけではダメだ。他のポジションにもAクラスの人間を雇って配置しなければ)
今、ロランの目の前にはランジュという少年が面接に来ていた。
日焼けした肌に、中背だが筋肉質な体つきで、タンクトップのシャツを着ている。
いかにも鉱山労働者という出で立ちだった。
目つきの鋭さから闘争心の高さが伺えた。
「では希望の職種を教えていただけますか?」
「『鉱物採掘』です。錬金術系のスキルはそれしかできないんで」
ランジュは照れるようにポリポリと頰を掻いた。
ロランはスキル『鑑定』を発動させた。
鉱物採掘B→A
(なるほど。現時点で『鉱物採掘B』。将来的にはAになるポテンシャルを持っている。自分のことをよく分かっている利口な少年だな。だがまだ甘い)
ロランはランジュに他にも特筆すべきスキルが無いかどうか、『鑑定』を進める。
工房管理D→A
店舗管理E→A
鉱山管理C→A
(これは! ポテンシャルの高い管理系スキルが3つも)
ロランは目を輝かせた。
(彼を採用して育てれば、やがてギルドの中核を担う存在となるだろう)
「なるほど。分かりました。職種は『鉱石採掘』ということで雇いましょう。それはそうと管理業務をする気はありませんか?」
「管理業務?」
「ええ、もし工房の管理を手伝っていただけるなら、給与を倍にしてもいいと思っているのですが……」
「はぁ……でも、俺工房の管理なんてやったことないっすよ」
「もちろん、指導とサポートはこちらの方でさせていただきます」
「じゃあ……やってみよっかな」
ランジュはまた頰をポリポリと掻きながら言った。
どうも頰を掻くのは、彼の癖のようだった。
その日から、ロランはランジュに工房内の全ての管理業務をこなさせた。
鉱石の在庫管理、帳簿の管理、釜室の管理を指導していく。
始めはぎこちない動作で、こなしていたランジュだったが、瞬く間に業務のコツを掴んでいく。
辺り構わず散らかっていた工房内の鉱石や用具、箱はすぐに整理整頓され片付けられた。
鉱石がアーリエの元に運び込まれてから出荷されるまでの作業は格段に効率化され、無駄が無くなっていった。
ロランはランジュの飲み込みの早さと自主性の高さを見て、これは細かくあれこれ言うよりも思い切って任せた方がいいタイプだなと考えた。
そこで頃良いところで、大雑把な命令だけ出して、裁量を委ねることにした。
「ランジュ。君の使命はアーリエに一つでも多く、『アースクラフト』のAを作らせることだ。アーリエの生産性が上がるようにこの工房の管理体制を整えるんだ!」
効果は覿面だった。
ランジュはアーリエの作業内容を見るや否や、すぐに彼女がどうすれば仕事しやすいかを考えて動くようになった。
彼女がちょうど鉱石が欲しいタイミングで鉱石を渡し、ちょうど槌が欲しいタイミングで槌を渡す、彼女が集中したい時には部屋を出て行く、喉が渇いた時には水を用意した。
彼女が仕事しやすいようにあらゆることを段取りした。
すぐにアーリエの生産性は上がり、1日10個精錬するのが限界だった『アースクラフトA』を1日に12個安定して精錬することができるようになった。
アーリエも喜んだ。
「助かります。ランジュさん。もう二人だけでは一杯一杯だったので」
(流石はロランさん。こんな優秀なサポートスタッフを付けてくださるなんて)
ランジュはこそばゆそうに頰をポリポリと掻くのであった。
ロランがランジュに管理業務を指導している頃、『金色の鷹』の主力部隊は、最近現れたダンジョンの最深部に到達しようとしていた。
兵達は疲れていたが、それでも意気軒昂としていた。
このような大規模なダンジョンが見つけられたのは久しぶりだ。
クリアすれば莫大な収入が得られるだろう。
部隊が最後の関門に近づきつつあることは分かっていた。
先ほどからモンスターが一向に出ない。
それはこのダンジョンのゴールが近いことを意味した。
今、登っている丘を越えたところに最後のボスがいるに違いない。
「止まれ!」
丘を越えたところで、部隊の隊長マルコが停止を命じた。
眼下には平原が広がっており、無数の棺桶が置かれている。
マルコが数えてみると100はあった
「これは……骸骨剣士の棺桶ですか?」
部下の一人が余りの棺桶の多さに驚きながら言った。
「ああ、どうやらこれがこのダンジョンの最終ボスのようだな」
マルコは苦笑しながら言った。
これ以上進めば、あの100個近い棺桶から骸骨戦士がウヨウヨと出て来る。
(全く。ここまで散々、鎧と剣を消耗させておいて、最後にこれとはな)
マルコは部隊の状態を見るために振り返った。
彼の部隊は総勢30名で、5人毎の6つの班に別れている。
部隊の状態はひどいものだった。
誰も彼もが装備を損耗している。
ここまでこのダンジョンで、酸化粘液を食らわせてくるスライムモンスターなど、装備の損耗を狙い撃ちしているとしか思えない敵やイベントばかりだった。
粉々に砕くまで動きを止めない骸骨戦士と戦うとなれば、激しい白兵戦が予想される。
装備が損耗した状態で戦うのは危険だった。
「各班。装備の損耗状態を報告しろ!」
「2班は、3名の装備が半壊です。残る2名の装備は軽微の損耗」
「3班は4名が半壊、1名が軽微」
「4班、同じく4名が半壊、1名が軽微」
「5班は全員、半壊です」
「6班、同じく全員半壊です」
「そうか……」
(俺の一班は3名が半壊、2名が軽微の損耗。部隊30名中24名が半壊、6名が軽微の損耗状態。ここまでだな)
マルコは諦めのため息をついた。
軽微の損耗ならすぐこの場で直せるが、半壊した装備を治すには街に戻るか、『アースクラフト』が必要であった。
「撤退するぞ」
「は。撤退でありますか?」
「ああ、この損耗状態で骸骨戦士100体とぶつかるのは危険すぎる。最終ボスの内容を把握しただけでも十分な成果だろう。帰って準備を整えてから出直すんだ。『金色の鷹』本部に帰って、『アースクラフト』及び、白兵戦用の兵員の配備を要請するぞ」
「しかし……このままなにもせずに撤退というのは、さすがに消極的過ぎませんか?」
「せめて一戦交えてからでも……」
「このダンジョンの攻略はいかに早く白兵戦装備を準備できるかににかかっている。そのためにもいたずらに時間を無駄にするわけにはいかない。急いで撤退するぞ」
(骸骨戦士100体となると『アースクラフト』を30ほど、いや、念のため60ほど用意する必要があるな。それに……またジルの力を借りねばならんか)
高い防御力とスタミナを誇る彼女ならば単独で戦線の維持、盾役、突破までこなせるだろう。
例え一人で骸骨戦士に囲まれても問題ないし、彼女の大剣一振りで2、3体の骸骨戦士を粉砕する威力もある。
長時間の白兵戦が予想されるこのボス戦では、白兵戦最強の彼女に頼るのが一番だろう。
マルコは苦笑いした。
最近、彼は彼女に借りを作りっぱなしだった。
これ以上は何か埋め合わせをしなければな。
そう考えた時、にわかに部隊の間で、ざわめきが起こる。
「なんだ? どうしたんだ?」
「隊長! 後ろに新手が!」
「何!? 新手だと?」
「あれは! リリアンヌ率いる『魔法樹の守人』の主力部隊です」
20名の戦士と5名の魔法使い、5名のアーチャーで構成された、30名の部隊が、マルコの部隊とすれ違う。
彼らは先ほどまでマルコが登っていた丘の上に向かっていた。
「マズイですよ隊長。奴らに先を越されたら……」
「安心しろ。奴らの装備も限界だ。見てみろ」
マルコは指し示して見せる。
リリアンヌの率いる白兵戦部隊は、マルコの部隊よりもはるかに損耗度が酷かった。
中には剣が折れて、見るも無残に鎧が剥がれている者までいた。
彼らにこのボス戦を戦い抜く力が残っているとは思えない。
(『金色の鷹』の錬金術師ギルドなら1ヶ月で『アースクラフト』60個を用意できるはず。『魔法樹の守人』では対抗できまい)
『金色の鷹』は錬金術ギルドとの繋がりが強く、『魔法樹の守人』が薬師関係のギルドとの繋がりが強いというのは街に住む者なら誰もが知っている事だった。
(とはいえ、油断は禁物だ。ちんたらしていたら、奴らの方が『アースクラフト』を早く調達してしまわないとも限らない)
マルコは撤退の決意をより固くした。
「『魔法樹の守人』がここまで辿り着いた以上、なおさら準備を急ぐ必要がある。ほら、分かったら行くぞ!」
マルコは部隊にそう言って、棺桶の平原に背を向けた。
しかし、撤退を始めると後ろから棺桶の開く音がした。
(何? まさか?)
マルコが振り返った。
リリアンヌがスキル『浮遊』を使って臨戦態勢になっている。
彼女の白兵戦部隊も平原へと降り立っていた。
「隊長。奴ら戦うつもりですよ」
「バカな。無謀すぎる」
確かにリリアンヌの火力は凄まじいものがあった。
一撃で骸骨戦士10体は倒せるだろう。
しかしその一方で弱点もある。
1度撃ったら、オーバーヒート状態になるため、しばらく次の魔法を撃てないし、『浮遊』し続けることもできない。
一旦、地上に降りて魔力を補給し、休まなければならない、つまり地上部隊の援護が絶対に必要だった。
いくら彼女が10体や20体の骸骨戦士を粉砕したところで、地上部隊がやられてしまったら、その後、オーバーヒート状態で地上に降りてきた彼女は、骸骨戦士によって八つ裂きにされるだろう。
(どうするつもりなんだ?)
マルコ達は撤退の準備を取りやめて、彼女らの戦いを観戦することにした。
そうこうしているうちに骸骨戦士達が眠りから目覚め、野原はたちまちのうちに剣と盾を装備した骸骨戦士で埋め尽くされる。
リリアンヌが空中で何かの合図をした。
それをきっかけに隊員達は一斉にアイテムを取り出す。
隊員達の手には青く光り輝く石が握られていた。
「あれは! 『アースクラフト』!?」
「なんだと!? バカな。『アースクラフト』を精錬できる工房は我々が押さえているはず。なぜ奴らがあれほどの『アースクラフト』を持っている!?」
しかも彼らの持つ『アースクラフト』は抜群に質が良かった。
全て『アースクラフトA』のように見えた。
彼らの装備は瞬く間に回復して新品同然になる。
白兵戦が始まった。
剣戟と盾のぶつかる音が鳴り響き、次第に骸骨戦士は冒険者達に向かって密集して行く。
頃合いを見てリリアンヌは雷魔法を放つ。
雷鳴が瞬き、凄まじいエネルギーの奔流が密集した骸骨戦士15体ほどを吹っ飛ばす。
骸骨戦士達の陣列は一時乱れるものの、すぐに新手がやってきて冒険者達を休ませたりはしない。
オーバーヒート状態となったリリアンヌはフラフラと地上へと降りて行くが、白兵戦部隊がきっちりと陣地を作っていたため、敵の侵入を許す事は無かった。
リリアンヌは無事着陸、補給する。
戦いは長時間に及んだ。
やがて冒険者達の装備は再び消耗し始める。
マルコはホッとした。
あれなら彼らがクリアする事はないだろう。
しかし、そんなマルコの予測を嘲笑うかのように、リリアンヌの白兵戦部隊はまた『アースクラフト』を取り出して装備を回復させるのであった。
リリアンヌは再び空に飛び立った。
彼女は戦いの様子を空の上から眺めてみた。
彼女の部隊は頑丈な骸骨戦士の前にビクともしない。
(素晴らしい継戦能力だわ。ロランさんのおかげですね)
2回目の雷撃が鳴り響く。
今度は20体余りの骸骨戦士をバラバラにした。
既に骸骨戦士は7割以上が消滅している。
数的にも有利になった白兵戦部隊は陣地から討って出て攻勢に出ていた。
3度目の雷撃が瞬く事はなかった。
リリアンヌの白兵戦部隊は骸骨戦士達を全滅させたのだ。
こうしてリリアンヌ率いる『魔法樹の守人』はダンジョンを攻略した。
ボスが倒されたことにより、ダンジョン内にいる『魔法樹の守人』以外の冒険者達は街へと強制送還される。
これよりこのダンジョンが消滅する1ヶ月の間、攻略者であるギルド『魔法樹の守人』にはダンジョン内の鉱石、生植物、モンスターなどあらゆる資源を独占的に収集・利用する権利が与えられる。
冒険者の掟により、同ギルドの構成員及び、彼らが許可を与えた者以外は、何人たりともこのダンジョンに入ることを許されない。
この掟を破った者は極刑に処される。
面白い、続きが気になると思っていただけましたら、下の星より評価いただけますと幸いです。
よろしくお願いします。