第58話 さまよえる鷹
ルキウスと決着をつけた後、ロラン達はチアルを家に帰して、事の顛末を警察に届け出た。
今日は夜ももう遅いので、捜査は翌日行うとのことだった。
ロラン達も明日来るように言われた。
翌日、洞窟で倒れ伏したルキウスの遺体が回収され、ロラン達は簡単な取り調べを受けただけで解放される。
ロランが警察署から出ると、駆けていく小さな子供達とすれ違った。
ご婦人達は噂話に花を咲かせ、労働者たちは仕事に精を出している。
諸悪の根源が取り除かれた事で、街全体が平穏を取り戻したようだった。
しかし、ロランの心はまだ沈んだままだった。
新しい月がやってきた。
古いダンジョンは閉じて、新しいダンジョンが出現する。
新たな戦いが始まったのだ。
冒険者達はまだ見ぬ栄光と獲物を求めて意気盛んにダンジョンへと向かう。
それとともに、『魔法樹の守人』ロラン隊と『金色の鷹』イスト隊の戦いの火蓋が切られた。
イスト率いる第二部隊はロランの予想通り5階層持たず息切れした。
激しい戦いを覚悟していたモニカ達は、あまりの手応えのなさに拍子抜けするほどだった。
イスト達は敗色濃厚だったにもかかわらず、それでも無理してモニカ達の後を追ったものだから、階層の途中で力尽き、立ち往生する羽目になった。
『金色の鷹』は彼らのために救援隊を出す必要に迫られる。
ロランは止むを得ず、ジルに部隊を編成させ第二部隊の救援に向かうよう命じた。
かくして、大方の予想通り『鉱山のダンジョン』は『魔法樹の守人』の手に落ちる。
モニカ達は街でも最強の部隊として人々の祝福を一身に受け、逆に第二部隊はその面目を潰して、人々の失笑と嘲弄を買うハメになった。
第二部隊は近く解体される予定だという。
何はともあれ、ダンジョンは無事攻略され、今月も『冒険者の街』は祝勝気分に包まれた。
その身なりのいい男は、馬車の停留所で地図を片手にキョロキョロとあたりを見回していた。
そうしていると、これまた身なりのいい男に声をかけられる。
「おや、あなたは確か銀行家の……」
「そういうあなたは……エルセン伯爵……」
二人は特段親しいというわけではないが、見知った仲だった。
上流階級のパーティーで何度か顔を合わせ握手を交わしている。
「珍しいですな。領主殿が自由都市である冒険者の街までやって来るとは」
「ダンジョン攻略を祝して、パレードがあると聞きましてな。自由都市とはいえ、一応領内ですから。たまには視察しようと思いましてね」
「なるほど」
「一度は冒険者達の勇ましい姿を見ておきたい。それはそうと、あなたは一体どういった御用向きで?」
「『金色の鷹』の月次報告を聞きに来るためですよ」
「そうか。確かあなたの銀行は『金色の鷹』に出資していましたっけ」
「まさしく」
「では目的の人物は同じですな」
銀行家がキョトンとしていると、エルセン伯はいたずらっぽく笑った。
「ロランですよ。私も彼に会いに行くところでしてね。どうです? 馬車を相乗りしていきませんか?」
銀行家は少し警戒するようなそぶりを見せたが、肩をすくめた。
「私の身分で領主殿の誘いを無下にするわけにはいきませんな」
エルセン伯は磊落に笑った。
「何もそこまでかしこまる必要はありませんよ。ここは自由都市です。身分のことは忘れましょう。まあ、だが、誘いを受けてくれるなら幸いだ。お、ちょうど馬車が来ましたよ。あれに乗りましょう」
二人は来たばかりの馬車に乗り込んだ。
御者がトランクケースを受け取って荷物置きに収納してくれる。
エルセン伯と銀行家はしばらく馬車に揺られながら雑談する。
すると遠くから歓声が近づいてくる。
「おや?すごい歓声だね」
「パレードが近づいているようです」
「おお、これが『冒険者の街』で行われる祝福のパレードか。どれどれ。ここから見ることができるかな?」
エルセン伯は窓を開けて歓声の方に目を向ける。
馬車は街の小高い道路を通っているところだったので、眼下に街を練り歩く冒険者達と、道の脇から歓声を送る人々の様子を見ることができた。
三つのダンジョンを攻略した、ロラン隊、リリアンヌ隊、アリク隊がそれぞれ街の人々から祝福されている。
その中でもやはり、人気があるのはモニカだった。
他の部隊の2倍近い人数が、彼女の率いる隊列に集まって声援を送っている。
今や、彼女は『魔法樹の守人』と『冒険者の街』の新たなシンボルになりつつあった。
パレードの先頭に立って、紋章のついた旗を振りかざし、街の人々の喝采を浴びている。
「あれが『魔法樹の守人』の弓使いとして名高いモニカ・ヴェルマーレか」
「前期に引き続き、今期も撃破数1位を記録したそうですよ」
エルセン伯はちょっと好色な視線をモニカに向けた。
「可愛らしいお嬢さんだ。まだ、若さゆえの未熟さはあるが、もう二、三年もすればいい具合の美人になる。ジルやリリアンヌにも匹敵する美女になるやもしれん」
堅物の銀行家はエルセン伯の言葉に眉をしかめる。
エルセン伯は苦笑した。
「そう難しい顔をするな。あれがロランの力だよ。石くれの中から、ダイヤの原石を見つけてきてはピカピカになるまで磨き上げるのだ」
エルセン伯がそのように言って誤魔化すと、銀行家は面白くなさそうに腕を組んで座り直した。
「『魔法樹の守人』は飛ぶ鳥を落とす勢いのようですな。ダンジョンも攻略して、人気の冒険者も輩出して。全く。私は商売あがったりですよ」
「やはり『金色の鷹』が再び立ち上がるのには時間がかかるのかね? ロランがギルド長に就任したと聞いたが……」
「彼は『金色の鷹』のギルド長を辞任しましたよ」
「辞任? なんでまた?」
「ルキウスの変化に思うところがあったようです。まあ、彼の気持ちもわからんでもないですがね。私も長年この仕事をしていますが、実際、経営者を育てるというのは難しいことですよ。大きな権力を与えるとすぐに傲慢になり、増長してしまう。特に若い経営者はね。彼らの振る舞いは、まるで自分は何をやっても許されると考えているかのようだ。すでに自分は何かを成し遂げたと勘違いしているのかもしれません。地位に就いたところでまだ始まりに過ぎない。それからが本当の勝負だというのに」
「それで? 肝心のロランは今、何を?」
「彼は育成に専念するとのことです。『金色の鷹』でも特別顧問として籍を置いています」
「ふむ。そうか……」
エルセン伯は頬杖をついて窓の外を見る。
(とにもかくにも『金色の鷹』のギルド長はまたもや空位になったというわけだ)
エルセン伯は『金色の鷹』の建物の方に目を向けてみた。
立派な講堂の天井に飾られている鷹の像、『金色の鷹』のシンボルであるその像は、どこか寂しげに佇んでいた。
いつもは遥かな高みから獲物を狙って地上を鋭くにらんでいるその鷹も、今は主人を見失って彷徨い途方に暮れているように見えた。
これにて第1章終了です。
ここまで付き合ってくださりありがとうございました。
フラストレーション溜まる展開が多くて申し訳ありません。
次回から新章に突入です。
現在、構想を練っているところなので、次話更新まで少し時間かかります。
更新の目処が立てば、また活動報告やツイッターにて告知させていただきます。
よければまた読んであげてください。