第51話 スキル・ステータスの粉飾
コミカライズ決定しました。
記事を活動報告に掲載していますのでよければ見に行ってあげてください。
アリクやジル、ドーウィンらと面会をした後、夜遅くになっても、ロランはギルド長の部屋で仕事を続けていた。
(ふー。主要メンバーと話をするだけで1日が過ぎてしまった。大きな組織を動かすのは大変だな)
ロランは第2部隊と第3部隊の隊長との面会を思い出す。
彼らもアリク同様、表向きロランに従う構えを見せているが、その態度はどこかよそよそしく、何を考えているのか分からないところがあった。
何か問題を抱えているようだったが、決してロランには打ち明けない。
部隊間で隠し事をして内々で処理するのが当たり前になっている。
そんな印象を受けた。
(以前から経営層と冒険者の間で軋轢があったが、今はますます深くなっているようだな)
このままでは改革どころか、何かの拍子に反乱を起こされて空中分解しかねなかった。
(それぞれの部隊との溝を埋めて風通しをよくする。まずはこの辺りから取り組んでいくか)
「どうぞ」
ロランが今後のことについて考えを巡らせているとディアンナがお茶を差し出してきた。
「あ、ありがとう」
ロランは少しお茶に口をつけただけでまた書類を引っ張り出す。
「まだお仕事なさるのですか?」
「ああ、今日、各部隊の隊長と面談してわかったことなんだけれど、『金色の鷹』の内部は相当に風通しが悪くなっている。まずはその辺りから改善していきたい」
ロランは時計を見た。
この分だともう冒険者達の大半は訓練場を後にして帰宅しているだろう。
「ディアンナ、明日の朝一でいいから冒険者を全員訓練場に集めてくれ」
「冒険者を全員……ですか?」
「ああ、現場で何が起こっているのか知るためにも、末端の会員と接触してみたい。そこで彼らを鑑定すれば何か分かるはずだ」
「そのようなこと。末端の鑑定士に任せておけばいいのに」
「自分の目で確かめたいんだ。頼んだよ。……っと」
ロランはふとディアンナの今日1日を思い出した。
思えば彼女も今日ずっと働き詰めだった。
「そういえば君もずっと働き詰めだったね。あとは僕一人でやっておくから。今日はもう帰ってもいいよ」
「そういうわけにはいきませんわ。ギルド長がまだ働いておられるというのに。私も残ってお手伝いいたします」
「そう? それじゃ悪いけど頼むよ」
「はい」
そうして二人はその後も黙々と仕事に取り組んだ。
やがて時計の針は深夜に差し掛かろうとする。
(変だな)
ロランが会員のリストを眺めていると、第2部隊と第3部隊の一部にスキル・ステータスの向上が不自然に早い者がいることに気づいた。
(ある時を境に異様な早さで伸びている。特に装備を変えたり、クエストをこなしたりしたわけでもないのに……一体どうして?)
ロランが訝しんでいると、ふと机の端に重みが加えられるのを感じた。
見ると、ディアンナがそこに腰掛けている。
彼女はロランの手元の書類のすぐ目と鼻の先に腰掛けたので、自然とロランの視線は彼女の腰回りに誘導される。
そればかりかディアンナはそのスラリとした美脚を机の上でさりげなく組んで見せる。
そのため深いスリットから覗く脚線美と悩ましい太ももがロランの目の前に晒される。
まるで、これがギルド長の眺めだと言わんばかりであった。
「まだ就任して1日目だというのに。『金色の鷹』の経営と所属部隊を全て掌握してしまうなんて。感服いたしましたわ。さすが『魔法樹の守人』を一夜にして街一番のギルドに育て上げたS級鑑定士。偉そうなだけのルキウスとは大違い」
「そ、そうかな? まだみんな完全には僕を認めていない感じがするけど」
「そのようなことありません。すでに『金色の鷹』に所属する者は皆、あなたの威令に服し、あなたから得られる恩恵に感謝しています」
「う、うん。ありがとう」
ロランは一応お礼を言うものの、距離を取るように書類を彼女から引き離した。
『金色の鷹』の内務に明るいため、今の所、側近として重用しているが、内心ではロランは彼女のことを信用していなかった。
『金色の鷹』が傾いた原因の一端は彼女にもある。
ロランはそう思っていた。
彼女が『金色の鷹』の幹部になった頃から、あからさまにルキウスの怠慢と傲慢が目立つようになった。
彼女と親密になり過ぎれば、ルキウスと同じ轍を踏まないとも限らない。
「あなたもお人が悪いですわ。こんなに凄い方だと分かっていれば、初めからルキウスになびく事なく、あなたとお近づきになっていましたのに」
「はは。まだまだだよ」
ロランは書類に目を落として、ディアンナの方を見ないようにしながら言った。
ディアンナは自らの媚態が十分な効果を発揮していないのを察すると、さらに一歩踏み込むことにした。
姿勢を前かがみにして艶っぽい声で話しかける。
「ギルド長、仕事熱心なのも結構ですが、少しは息抜きもしませんと。よろしければ……」
その時、入り口のドアが開かれた。
クラリアが元気良く飛び込んでくる。
「失礼しまーす」
「クラリア」
ロランはこれ幸いとばかりにディアンナとの会話を打ち切って、クラリアの方に注意を向けた。
「ロランさん、『精霊の工廠』と『魔法樹の守人』の方ですが……」
ロランとクラリアはすぐに二人で仲良く打ち合わせを始める。
ディアンナは自分の試みが挫かれたのを悟り、憮然として机の上から降りるのであった。
翌日、ロランは『金色の鷹』の訓練場に集まった冒険者を順番に鑑定していった。
まず重そうな剣と鎧を身につけている少女を鑑定する。
【アイナ】
ステータス
腕力:60−70
耐久:30−40
装備
剣:重さ40
鎧:重さ40
(剣と鎧、合わせて重さ80。腕力が60なのに。装備の重さが腕力を上回っている。これじゃあ満足に武器を扱えない上、ステータスの消耗が早くなるばかりだ)
「君はなぜ重さ40の鎧を? それじゃあ重過ぎるだろう?」
「えっと、私は耐久が低いので、主力部隊に入るには耐久の高い鎧が必要だと、上官に勧められて……」
ロランは改めてアイナのステータスを鑑定した。
【アイナのステータス】
耐久:30−40(→30−40)
体力:60−70(→90−100)
(確かに前衛の戦士としては、耐久が低い。だが体力はまだまだ伸びる)
「君は前衛よりも軽装剣士向きだ。ドーウィン!」
「はい」
傍でメモを持っているドーウィンが返事した。
「彼女の鎧を軽装剣士向けにして。代わりに剣を重くするんだ」
「はい。剣の重さを増やすとして威力と耐久、どちらを増やします?」
「威力だ。彼女は軽装剣士が適職。威力を高めて、耐久は多少低くなってもいい」
「分かりました」
ドーウィンはサラサラとメモ用紙に筆を走らせていく。
「アイナ」
「は、はいっ」
「今後は耐久の低さを体力の高さで補う戦い方をするんだ。体力を伸ばすトレーニングを増やしておくように」
「はい」
ロランは次に鑑定する冒険者の名簿を見た。
(次はオスカル。彼は……アイテム鑑定の資質があるな)
【オスカルのスキル】
アイテム鑑定:E→A
「君、所属は?」
「は、私は第2部隊所属です」
「第2部隊か……」
(どうしよっかな)
ロランはまだ鑑定能力のある冒険者をどのように扱うか決めかねていた。
すぐ様、ドーウィンの部隊専属にするか。
あるいは必要に応じてその都度、各部隊から鑑定能力のある冒険者を抜き出して、ダンジョン経営専門の部隊を編成するか。
(ま、いいや。どの道今すぐにアイテム鑑定Aになるわけじゃないし、とりあえずは鑑定スキルを向上させる訓練だけ課しとけばいいや)
「オスカル、君は今後、鑑定スキルを向上させる訓練にも取り組むように」
「鑑定スキル……でございますか?」
「ああ、君には『アイテム鑑定』がAクラスになる資質がある。新しい『金色の鷹』において、重要な戦力になるだろう」
「はぁ。かしこまりました」
(さて、次は……)
ロランは三人目の冒険者を鑑定した。
(ミゲル。盾役の戦士希望か。実力的にはすでにBクラス相当と聞いているが……)
ロランは手元の書類を見て確認する。
確かに身につけている装備は、Bクラス相当のものだった。
彼も第2部隊の所属のようだった。
少し気の弱そうな顔つきをしている。
(何か見落としているスキルやステータスは……ん!?)
ロランは鑑定結果に顔をしかめる。
「ミゲル、君……」
「なんでしょう?」
強張った顔をするロランに対して、ミゲルはキョトンとした顔をした。
「……いや、なんでもない。行っていいよ」
「はぁ」
ミゲルはどこか釈然としない様子で部屋を退室する。
ロランは書類のミゲルの項目にチェックを入れておいた。
後で呼び出すためだ。
その後、ロランはミゲルをはじめとした何名かをギルド長室まで呼び出した。
一人一人面談していく。
まずはミゲルからだ。
「君のスキルを鑑定させてもらったが、この書類に記載されたスキルやステータスと著しい差があった。どういうことだい?」
「は、申告時に比べて、スキル・ステータスが低下したためだと思われます」
ミゲルは悪びれもなく言った。
ロランはため息をついた。
「ウソだな、ミゲル。君は一度もこの書類に記載されたスキルとステータスの水準に達したことはない。つまり君は自身のスキルとステータスについて虚偽の報告を行ったんだ」
「そんな、我々はきちんと鑑定士から伝えられた自身のスキルとステータスを申告しました」
「本当にか? その発言、この場で記録しても問題ないんだね?」
「……っ」
ミゲルは言葉を詰まらせた。
「僕の『スキル鑑定』は現在の能力値だけではなく、将来の限界値まで分かる。誤魔化せないよ」
【ミゲルのスキル】
『盾防御』:C→C
書類にはミゲルの『盾防御』はBクラス相当とかかれている。
「さぁ、言うんだ。一体どうして虚偽の申告をした?鑑定士の判定を真に受けた、なんてことはないはずだ」
「申し訳ありません。私は虚偽の申告を行なっていました」
ミゲルはうなだれる。
「なぜだ? 一体どうしてそんな事を?」
「以前在籍していたセバスタ隊長のご命令です。虚偽の申告を行えば、主力部隊に在籍させてもらえると言われて……それで第2部隊お抱えの鑑定士にも協力してもらい虚偽の申告書を作成していただきました。そうすれば部隊に降りる予算も多くなるとのことで……」
「予算って……。ミゲル、予算のために虚偽の申告をして、冒険者としての成長が遅れるようでは意味がないだろう?」
「はい。返す言葉もございません」
「分かった。この件についてはもういい。スキルとステータスについては正しい数値に書き換えておく。訓練も実際の数値に基づいたものにしておくから、今日からそれに変えておくように」
「はい」
その後もロランはスキル・ステータスを粉飾している冒険者達に事情を聞いていったが、どの冒険者達も言うことはだいたい同じだった。
部隊長から虚偽の申告をするよう提案された。
そうすれば部隊には予算が降り、見返りとして部隊に所属させてもらえる。
(やれやれ。まさか虚偽のスキルとステータスを登録している冒険者がいるなんて。何やってんだか。セバスタ隊がまだ未完成のモニカ達に遅れを取って不思議に思っていたが、こういうことか。これじゃあ弱体化するのも無理ないな)
虚偽のスキル・ステータスを申告している者の多くは第二部隊に所属していた。
「ディアンナ!」
「はい」
「これを」
「……これは?」
「冒険者達の新しい訓練リストだ。今日、冒険者達を鑑定して分かったことだが、かなり多くの人間が不適切な訓練を課されていた。適切な訓練のプログラムを組んでおいたから、今日中に彼らが訓練に当たれるよう施設や設備を手配しておいてくれ」
ディアンナが書類に軽く目を通すとそこにはビッシリと訓練の変更が書かれている。
ディアンナは眉をしかめた。
「ギルド長。各冒険者の鍛錬については各所属部隊に委ねられています。何もギルド長がここまでしなくても……」
「各部隊の訓練では足りないから言っているんだ。今日、冒険者達を鑑定して分かったが、少なくない冒険者がスキルとステータスを粉飾していることが分かった。部隊ぐるみでスキルの粉飾を行なっていたフシがある」
ロランは喋りながら外出用の外套を着込んだ。
「僕はこれから『魔法樹の守人』の自部隊の鍛錬と『魔界のダンジョン』の視察に向かわなければならない。後のことは君に任せるよ」
「あらそうでしたか。それならそうと先に言ってくだされば、外出用の馬車を手配しておきましたのに」
「大丈夫。それはクラリアがやってくれているから」
「……そうですか」
ロランは扉の前で止まって、ディアンナの方を振り返った。
「ディアンナ。これから僕は度々『金色の鷹』を留守にすることがあると思う。その度、こんな風に君に仕事を任せることになる。今回は君にギルドを任せて、どこまで機能するか試す絶好の機会だ」
「なるほど。かしこまりました」
ロランはディアンナの方をじっと見た。
「大丈夫かい?」
ディアンナはニッコリと笑う。
「ギルド長が外出されている間、きっちりと留守を預からせて頂きます。どうぞ、ご安心してお出掛けくださいませ」
「……そうか。それじゃ、頼んだよ」
ロランは一抹の不安を残しながらもギルド長室から出て行く。
ディアンナは肩をすくめると、仕事を脇に置いて一休みするのであった。
レリオはステータス鑑定で部隊のステータスを管理していた。
(回復率80%ってところか。えーっと、ロランさんからの指示書によれば、回復率が90%になった時点で……)
レリオがそのように計画を確認していると、傍でざわめきが起こった。
見ると、ロランが近づいてくる。
「ロランさん」
レリオはロランのもとに駆けつけた。
「やあ、レリオ。みんなのステータスはどうなってる?」
「はい。これが進捗状況です」
レリオはロランに紙を渡した。
「ん。きちんと進んでいるようだね」
紙に目を通したロランは満足したようにうなずく。
そうこうしているうちに、モニカ達やリック達も集まってくる。
「あ、ロランさんだ。ロランさーん」
「ロランさん、『銀製鉄破弓』と『串刺』の重さについてなんですが……」
「ロランさん、部隊の運用について……」
「ロランさん、私の体力を見てみて下さい。今度こそダンジョンを踏破してみせますよ」
ロランは久しぶりに自分の部隊の空気に触れることができてホッとした。
ここでは、みんな当たり前のように自分のスキルを磨いて、冒険者として向上することを目指している。
虚偽のスキルやステータスを申告して、主力部隊に入るだけで満足するものなど一人もいない。
ロランは一人一人の相談に応じて、それぞれ適切なアドバイスをしていった。
ここでの仕事はすぐに片付いたので、ロランはアリクやドーウィン達のいる『魔界のダンジョン』に向かうことができた。
『魔界のダンジョン』では、すでに鉱山の開発が始められており、ツルハシを持った錬金術師達が鉱石を採掘したり、掘り出された鉱石が荷台に載せられて運び出される光景を眺めることができた。
工員達は活気に満ちている一方で、統率されており、きっちりと管理されていることが見て取れた。
(さすがアリク。ダンジョン経営の仕方も申し分ないな)
ロランがしばらく作業を感心しながら眺めていると、アリクがやって来た。
「ロラン」
「アリク。どうだい? ダンジョン経営とステータス鍛錬の方は」
「見ての通り。順調だ。この分なら目標に到達できるだろう」
「そうか。ドーウィン達の方は?」
「彼らは平原の方に探索に出かけている。護衛を何人かつけておいたが……おっと、帰って来たようだ」
アリクが鉱山の出口の方を見ると、ちょうどドーウィン達が帰ってくるところだった。
アーリエなど『精霊の工廠』のメンバーも混じっている。
ロランはあらかじめステータス『観察』の項目が高い錬金術師達をドーウィンの補佐役として派遣しておいたのだ。
「おや、ロランさん」
「ドーウィン。どうだい? 何かいいアイテムは見つかったかい?」
「ええ、変わったアイテムを見つけました。ちょっと鑑定してみてもらえますか?」
「ああ、そこの宿舎が空いているから、打ち合わせしよう」
ロラン達は鉱山の近くの宿舎に集まって鑑定してみた。
ドーウィンは採取して来た植物や鳥の羽、変わった石、モンスターの骨などを机の上に広げてみせた。
いずれも魔界に生息、分布する変わった生物や植物を基にした、珍しいアイテムばかりだった。
ロランが一つ一つ鑑定していった結果、一つすぐに収益に結びつきそうなアイテムを見つけた。
(これは……)
【キメラの羽】
効果:アイテムの重さを10軽減することができる。
「どうですか、ロランさん?」
「これは凄いよ。『キメラの羽』のようだが、アイテムの重さを軽くする効果がある羽だ」
「やはり、特殊なアイテムでしたか」
「よくこんなの見つけたね」
「アーリエさんが見つけてくれたんです。周りに比べて石が軽い場所があることに気づいて、それで岩をどかしたらその羽が出てきたんです」
「そうか。アーリエが……」
(やっぱりアーリエの観察力は頼りになるな。ドーウィンに帯同させておいてよかった)
「この『キメラの羽』さえあれば、冒険者がアイテムや装備を持ち運ぶ手助けになる。それだけじゃない。重い荷駄を遠くの街まで運ぶ商人にも需要があるはずだ。よし。早速、このアイテムを大量に採取して、商品化しよう」
「あ、待ってください」
ドーウィンが制止した。
「この羽はとても重い岩石の下に埋まっているんです。それをどかすためにはBクラスの腕力の持ち主が数名必要です」
ドーウィンは、アリクにつけてもらった護衛の方を指し示してみせる。
ロランはそれまで気づかなかったが、彼らは腕力を消耗していた。
無理をして重い岩をどかせたのだろう。
「なるほど。分かった。それについてはこっちでなんとかしよう」
(ちょうど第2部隊の連中の手が空いている。第2部隊には『金色の鷹』でも屈指の偉丈夫が揃っている。彼らに協力を頼めば事はすんなりいくはずだ)
その日、思いのほか早く新しい収益の柱を見つけて安心したロランは、満足した気分のまま、ダンジョンから撤収した。
次の日、ロランは心持ち軽い気分で『金色の鷹』に出勤した。
(『魔界のダンジョン』で新しい収益源も見つかったし、これなら思ったより早く黒字化できそうだな。さて、こうしちゃいられない。早く第2部隊に協力を要請して、収益を確かなものにしなくちゃな)
「おはようございます、ギルド長」
ロランがギルド長室の扉を開けると、ディアンナが書類を整理していた。
「おはよう。ディアンナ、昨日指示した仕事は進んでいるかい?」
「ええ、万事順調に進んでいます」
「よかった。それはそうと、第2部隊の隊長を呼んで欲しいんだけれど」
「第2部隊の隊長を?」
「ああ、『魔界のダンジョン』で収益化できそうなアイテムが見つかったんだけど、それを採取するには第2部隊の協力が必要不可欠なんだ」
「なるほど。では……お昼の後に時間が取れそうですので、調整しておきます」
「ああ、よろしく頼むよ」
ロランはそう言って、部屋を出ようとする。
「ギルド長、どちらへ?」
「ちょっと、訓練の様子を見てくるよ。やっぱりこういうのは自分の目で確認しないとね」
「そんな……、何もギルド長がそこまでせずとも。ギルド長!?」
ロランはディアンナの制止も聞かず部屋を出て行った。
そうしてロランが張り切りながら廊下を歩いていると、ミゲルが歩いているのが見えた。
彼は昨日と同じく、盾役戦士の装備をして、盾役戦士の訓練用設備がある部屋に入ろうとしているところだった。
(えっ!?)
「ちょっ、おい、ミゲル」
「あ、ロランさん」
ミゲルはロランを見て、バツの悪そうな顔をした。
「何やってんだよ。君には弓使い用の訓練を昨日命じておいたはずだろ?」
「あ、いや、そのですね。これにはちょっと事情が……」
ミゲルは周囲の視線を気にする素振りをする。
「わかった。ここではなんだからどこか別の部屋に行こう」
ロランはミゲルを個室まで連れて行って、事情を聞いた。
ミゲルから事情を聴き終わったロランは、すぐに第2部隊の隊長イストを呼び出した。
ロランはイストが来るまでの間、机の上に座りながら、昨日の訓練記録を漁りながらミゲルの話を思い出す。
「この装備は……、その……、隊長からの指示なんです」
ミゲルは気まずそうに言った。
「イストからの? なんでそんな……」
「いえね。隊長に相談したんですよ。ギルド長から装備と職業を変えるように言われたので、変更したいと。でもそうしたら、『部隊長である自分の指示に逆らうつもりか』と怒鳴られてしまって」
「……」
「そればかりか『もし自分の指示をないがしろにするなら、今後お前を部隊に入れるつもりはない』とまで言われてしまって。ギルド長の指示と部隊長の指示、どちらを優先すべきか悩んだのですが、やはり直属の上司である隊長の命令に逆らうのは難しく……」
ロランが昨日の訓練記録を調べた結果、ほとんどの人間が訓練の内容を変えていないようだった。
(アイナもオスカルも訓練内容を変えていない。くそっ。どうなっているんだ)
そうこうしているうちに部屋にノックの音が響き渡った。
「失礼します。第2部隊隊長のイストです」
「入れ」
ロランがそう言うと、イストが慇懃に礼をしながら入ってくる。
「お呼びでしょうかギルド長」
「アイナ、オスカル、ミゲルについてのことだ」
「は、彼らがどうかしたでしょうか」
「どうかしたも何もない。訓練の内容を変更するよう指示したじゃないか。なぜその命令をわざわざ取り消したんだ。そればかりか本人に圧力をかけて無理矢理命令違反させたそうじゃないか。なぜそんなことをする?」
そう言うとイストは難しい顔をした。
「困りますよ、ギルド長。我々を通さず勝手に部下に指示を出されては」
「なんだと?」
「ミゲル達は第2部隊に所属している人間です。彼らに命令をしたいなら、まずは私を通していただかないと困ります」
「ミゲル達はスキルとステータスの粉飾を行なっていたんだぞ。君達の部隊でセバスタの命令の下!」
「それは……確かに我々の落ち度やもしれませんが……、しかし指揮系統の観点からいえば……」
「指揮系統も何もないだろ! 冒険稼業の要であるスキルとステータスを粉飾していたんだぞ。こんな事は今すぐやめさせるべきだ」
「しかし、だからと言って我々を飛び越えて勝手に部下に命令を出されては困ります。これでは我々の立場がないではないですか」
「それじゃあ、なにか? まさか君は今まで通り、彼らに不適切な装備と訓練をさせるっていうのか?」
「それは……我々の方で部下と話し合って決めます。とにかく、これから我々の部下に指示を出す場合はまず我々上級会員に一言断っていただきたい」
ロランは久し振りに『金色の鷹』の縄張り意識の高さに直面して、イライラした。
こういうところは以前と全く変わっていない。
何事にも自分達の縄張りを主張して、他部署からの干渉を異様に嫌うのだ。
そのため何事においても話が一向に前に進まなかった。
ロランは、いっそのことこの場でイストを罷免して部隊長の首をすげかえようかとも思ったが、そこで『キメラの羽』のことを思い出した。
『キメラの羽』を採取するためには第2部隊の協力が不可欠。
今、彼らと緊張状態になるのはまずい。
「分かった。僕も少し焦り過ぎたようだ。これからは気をつけるよ。では、改めてお願いするけど、今日からミゲル達に僕の指示通りの訓練をさせてくれ」
「あなたの指示通りの訓練……ね」
イストは嘲るような笑みを見せた。
「何がおかしい?」
「いえ、失礼。ただギルド長の指示した訓練をやれと言われましても我々にはできないんですよ」
「……どういうことだ?」
「我々の下には、新しい訓練のための施設も装備も提供されていないのです」
「なんだって!?」
ロランはディアンナの方をにらんだ。
ディアンナは困ったように笑みを浮かべながら首を傾げている。
「ディアンナ。どういうことだ? 昨日確かに指示を出したはずだが……」
「あれ? おかしいですね。確かに私も指示を出したはずなのですが……」
ロランがさらに問い詰めようとすると、イストが咳払いをした。
「うぉっほん。いいですかなギルド長? とにかく、命令を実行せよというのなら、まずその命令を遂行するために必要なものを用意してもらいたいですな」
「それは……確かにそうだけど……」
「では、私はこれで失礼させてもらいますよ。部下の訓練を監督しなければなりませんのでね」
イストはそう言いながら部屋を出て行く。
「どういうことだい、ディアンナ? なぜ君まで僕の命令を無視している?」
「おかしいですねぇ。私も確かにギルド長から言われたことを手配しておいたのですが。あ、もしかしたら。私の命令を受けた誰かがいい加減なことをしたのかも」
「手配しておいたって。一旦、仕事を引き受けたんなら、最後まで……。いや、もういい」
ロランは思い出した。
以前、『金色の鷹』に所属していた時から、ディアンナの仕事はいい加減でてんでアテにならなかったことを。
(そういえば、以前、『金色の鷹』に所属していた時からディアンナの怠慢ぶりは目に余るものだったな。ギルド長になって、僕の目の届く範囲ではきっちり仕事をしていたから、心を入れ替えたのかと思ったけど、結局何も変わっていなかったか)
「失礼しまーす」
部屋の扉が開いて、クラリアが入ってくる。
「ロランさん、『金色の鷹』から『精霊の工廠』に来るって聞いていた武器の発注書まだ届いてないんですが」
「ロラン。ちょっといいか?」
クラリアに続いてアリクが入ってきた。
「ダンジョンに届けるようディアンナに頼んでいた資材がまだ届いていないんだが」
ロランはため息をついた。
(ディアンナの奴、他の仕事もいい加減にしていたのか。これじゃなんにもやっていないのと同じじゃないか)
「クラリア、悪いけど追加の仕事だ。『金色の鷹』の仕事も君がやってくれ」
「げっ。ま、マジですか」
「マジ。それとアリク」
「む? なんだ?」
「君もこれからは何か僕に用事があればディアンナを通さなくてもいいから。直接僕に言ってくれ。もしそれが無理なら、クラリアに」
「ああ、分かった」
ディアンナの顔が強張った。
ロランはディアンナに振り分けていた仕事をクラリアに振り分け直して、アリクからの注文にも応じる。
「それじゃ、二人とも、頼んだよ」
「「はい」」
二人は忙しなく部屋を出て行った。
「あ、あのギルド長」
ディアンナが切羽詰った様子で話しかけてくる。
「ん? なに?」
「私がしておいた手配、誰が手抜きをしたのか、お調べしましょうか?」
「いや、いいよ」
そんなことをしても責任のなすり付け合いに終始して、何一つ話が進まないのがオチだ。
ロランはこれ以降ディアンナのことを一切信用せず、重要な仕事は全て他の人間に回そうと心に決めるのであった。
ディアンナは憮然とした顔で『金色の鷹』を退社した。
(もう、何よ。ロランの奴、一度ミスしたくらいであそこまで仕事を取り上げなくたっていいじゃないの)
あの後、ディアンナはギルド長室から遠ざけられてひたすら雑用をやらされた。
それはまるで平社員にされたかのような扱いだった。
(これなら、ルキウス時代の方がマシじゃないの)
「もし。あの、ディアンナさんではありませんか?」
「えっ?」
ディアンナは自分を呼ぶ声に振り返った。
するとそこには錬金術ギルドのゼンスがいた。
「あなたは……ゼンス」
「おお、ディアンナさん。覚えていてくださいましたか」
ゼンスは例の媚びたような笑顔で寄ってくる。
ディアンナは一歩後退りした。
「あの、『金色の鷹』のギルド長がロランに変わったって聞いたのですが、それは本当なのでしょうか?」
「ええ、そうよ。それが何か?」
ディアンナは不機嫌に答えた。
「あの、『金色の鷹』から通知が来たんですよ。これからの武器製造はウチではなく、『精霊の工廠』に任せるって」
「へえ、そう」
「どういうことですかね。まさか、今まで散々尽くしてきた我々を見捨てて、『精霊の工廠』に鞍替えするなんてことありませんよね?」
「さぁ。私は知らないわ」
ディアンナはつっけんどんに言ってその場を立ち去ろうとする。
「ちょっと、ディアンナさん。それはないでしょう? 今まで我々は散々『金色の鷹』に尽くしてきたというのに……」
「知らないって言ってるでしょう? もうついてこないで」
ディアンナは早足に立ち去って行く。
「そ、そんな。待ってくださいよ。ディアンナさん。ディアンナさーん」
ゼンスは必死に呼びかけたが、ディアンナが足を止めることはなかった。
数日後、ゼンスの錬金術ギルドは倒産した。