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追放されたS級鑑定士は最強のギルドを創る  作者: 瀬戸夏樹
第一章、冒険者の街編
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第5話 重装騎士の教官

 工房の入り口を入ってすぐの所で、ロランは作業をしていた。


 部屋には小さな背の低い机と粗末な椅子があるだけだった。


 傍には木の箱や錬金術師の用具が雑然と積み上げられたり、転がったりしている。


 ここは工房の応接間かつ、作業場だった。


 何分、小さな建物なので一つの部屋に複数の役割を与えなければスペースが足りない。


 今、彼の目の前の背が低い机には先ほど、アーリエの精錬した『アースクラフト』10個が置かれている。


 その構成は、


・アースクラフトA2個

・アースクラフトB6個

・アースクラフトC1個

・アースクラフトD1個


 となっていた。


(素晴らしい。これならリリアンヌさんからの要求を十分満たせる)


 リリアンヌの依頼は『アースクラフト』100個を1ヶ月以内に納品。


 そのうちD以下の粗悪品は2割以下にして欲しいということだった。


 この調子でいけば依頼は達成できそうだった。


 ロランは青い輝きを放つ『アースクラフト』を出荷用の箱に詰め込んでいく。


 この後、彼はこの箱を『魔法樹の守人』まで運送しなければならない。


 アーリエにはなるべく精錬作業に集中してもらいたいため、このような雑務は全てロランが行なっていた。


「調子はいかがですか? ロランさん」


「リリアンヌさん」


 ロランが製品を箱に詰めていると、リリアンヌが工房の中に入って来た。


「待ってください。今、お茶をお出しします」


 ロランは箱詰め作業を一旦中断して、彼女を招き入れようとしたが、リリアンヌは手で制した。


「ああ、いいですよ。作業中でしょう? 最後までやってください」


「すみません。すぐに終わらせますので」


 ロランは急いで箱に詰めていく。


 リリアンヌは邪魔にならないよう、少し離れたところから彼の作業を見つめた。




 ロランの作業が終わった頃、釜室の方からアーリエが『アースクラフト』を載せたお盆を手に抱えてやってくる。


「あ、ギルド長。ちょうど今、『アースクラフト』の精錬が終わったところです。少し見てもらっても……、って、えっ? リリアンヌさん?」


「アーリエ。ちょうど良かった。出資者のリリアンヌさんが来たところだ。君の精錬した『アースクラフト』をお見せして」


「ど、どうも」


 アーリエはリリアンヌに向けてはにかんでみせる。


 リリアンヌは親しみを込めた笑顔を向けながら彼女の方を見る。


 彼女はいかにも職人という格好をしていた。


 アーリエの茶髪は一本の三つ編みにして右肩に垂らされていた。


 手には釜作業用の手袋をはめ、顔には炎の光を緩和するメガネをかけている。


 いずれもロランに買ってもらったものだった。


 その姿には虚飾がなく、面接の時と違って自然体だった。


「あら、こんにちは。あなたですね。ロランさんが言っていた精錬師というのは」


「『アースクラフト』は彼女が作ってくれたものです。さ、アーリエ。出来上がった『アースクラフト』をリリアンヌさんに見せてあげて」


「はい」


「素晴らしい『アースクラフト』ですね」


 リリアンヌは出来上がった『アースクラフト』を手にとって、マジマジと眺める。


『アースクラフト』Aの割合は先ほどよりもさらに高くなっていた。


「すべて彼女が精錬してくれたものですよ」


「まあ、あなた一人でこれを?」


 リリアンヌはアーリエに熱い眼差しを向けた。


 このような扱いに慣れていないアーリエはというとただただ恐縮するばかりであった。


「いえ、私はただ、ギルド長の指示に従っただけで。そんな大したことなくて」


 彼女は有名人やら、嬉しいやら恥ずかしいやらモジモジするのであった。


「アースクラフトはあらゆる武器や防具を練磨する特殊なアイテムです。上質なアースクラフトは素早い武器整備に欠かせないものです。あなたが『魔法樹の守人』に供給してくだされば、『魔法樹の守人』に所属するパーティーの継戦能力は大幅に上がるでしょう。今後ともよろしくお願いしますね」


 リリアンヌはアーリエに向かって期待を込めた眼差しを向け続ける。


 アーリエは光栄の余り、返事をすることもできず、顔を赤くしてこくりとわずかにうなずくだけだった。


 ロランはスキル『鑑定』を発動させて彼女の周囲に浮かぶスキルを見る。


 Eだったアーリエの『鉱石精錬』はAになっていた。




 ロランはリリアンヌを工房の玄関まで送迎した。


「リリアンヌさん、今日はわざわざ足を運んでいただいて、ありがとうございます」


「いえいえ。それはそうと、アーリエさん、あれでよかったのでしょうか?」


「はい。あなたのような人に認められれば、アーリエにとっても自信に繋がります」


「このくらいならお安い御用ですよ。私は本当の事を言っただけですしね」


 リリアンヌはそう言いながらロランに顔を近づけてくる。


「彼女を育てたのはあなたの力。そうでしょう?」


 ロランは彼女の美しい顔が触れ合いそうなほど近くにあってドギマギした。


 その瞳は熱っぽくロランの方を見つめいた。


 ロランは誤魔化すように笑った。


 リリアンヌも彼に合わせて笑った。


「それでは私はこれで失礼します」


「はい。またよろしくお願いします」


「こちらこそ」




 ジルが帰還するとギルドの新人会員や下級会員が総出で列を作って出迎える。


「あっ、ジルさんだ」


「急げ。道を開けろ」


 ジルを目にしたギルドの者達は急いで彼女に道を譲り、両脇に避けた。


 ギルド『金色の鷹』においては上下関係が絶対だった。


 モンスター撃破数において先月の冒険者ランキング1位に輝いたジルは、新人ながらギルド『金色の鷹』の上級会員となり、ルキウスの側近の一人となった。


 今となっては冒険者の間で知らぬ者のいない有名人である。


 彼女は建物の入り口から、宮殿のように広い廊下を歩いて行く。


 両側には胸に手を当てて少し頭を下げる、ギルドへの忠誠のポーズをとっている下級メンバーが並んでいた。


 新人や成績の悪い者は上級会員に対してこれをやらなければならない。


 彼女は悠々と彼らの間を通り抜けて行く。


 ふとジルは並んでいる者達の方を見た。


 彼らのほとんどはジルと時を同じくしてギルドに入会した者達だ。


 ジルの上級会員抜擢は異例の措置だった。


 そのことを考えると、ジルは複雑な気分にならざるを得ない。


 花道を歩くジルと、脇に甘んじる末端の会員達。


 両者の違いは、ほんのちょっとの運の差に過ぎない。


 それを思うとジルは果たして自分がこれだけ脚光を浴びるにふさわしいのか、疑問に思わざるを得なかった。


(私がこうしてこの場に立っていられるのは他でもない。ロランさんのおかげだ)


 ジルはロランとの日々を思い出す。


 当時彼女は伸び悩む新人だった。


 将来性なしの烙印を押され、ロランの下に配属された。


 しかしロランによって彼女の運命は変わった。


 ロランは軽装弓兵だった彼女を重装騎士にコンバートした。


「ジル。君には重装騎士になる資質があるよ」


 ロランは知り合って間も無い彼女にそう言った。


「そんな。私に重い鎧を着てダンジョンを歩き回る体力なんてありませんよ」


 実際、当時彼女のスタミナはEだった。


「大丈夫。君は将来的にスタミナAになれるよ」


 彼女は半信半疑ながらも指導係であるロランに従った。


 ロランの課した訓練は苛烈を極めたが、それでも彼女のスタミナを劇的に向上させた。


 それだけでは無い。


 彼女のために最高級の鎧を購入するよう、ギルドに掛け合ってくれた。


 彼女の防御力は劇的に上がった。


「ロランさん。ありがとうございます。これで私も盾役、防御役としてギルドに貢献できます」


「違うよ。ジル。君の役割は盾役なんかじゃ無い。攻撃役だよ」


 彼女はロランの言葉に耳を疑ったが、ロランは彼女に大剣を与えた。


 それどころか彼女をゴーレム討伐部隊にゴリ押ししてねじ込んだ。


 彼女は戦いの中で急成長し、レンガのゴーレムを3体撃破した。


 一回のダンジョン潜入で3体のゴーレムを撃破するというのは、新人としてだけではなく、冒険者としても異例の記録であった。


 大抵の冒険者は途中で体力が尽きてしまうか、ダメージを受けすぎて途中でポーションが切れてしまう。


 こうして彼女は、鎧を抱えながら一日中ダンジョンを駆け回れる無尽蔵のスタミナ、ハンマーで叩かれてもビクともしない防御力、どれだけ硬く巨大な敵でも薙ぎ倒せる攻撃力を手に入れた。


(全部。ロランさんのおかげだ。彼が私に方針転換させていなければ、私は平凡な弓矢使い(アーチャー)として終わっていただろう)


 彼女は思い出す。


 わずかな成長を捉えて褒めそやし、少しでも慢心すれば発破をかける彼の指導方法を。


(彼は本当に褒めるタイミングと怒るタイミングが絶妙だった)


 彼女が重装騎士として開花してもロランは満足しなかった。


 彼は彼女に1日にゴーレム5体倒すという目標を与えた。


 その目標はまだ達成できていない。


 途中で、ルキウスによってギルドの主力部隊に配置換えさせられたためだ。


 それから彼女は引く手数多となり、休むことなくギルドのために働き続けた。


 主力部隊となった後も彼女はその力を遺憾無く発揮した。


 盾役としてもアタッカーとしても優秀な彼女は、どんなクエストでも活躍することができた。


 華やかな外見をした彼女は広告塔としても有用だった。


 彼女は前線で戦い続けるだけでなく、PRの場にも引っ張られた。


 こうして忙しくも充実した毎日を送っていた彼女だが、今日はようやくお休みを取れた。


 最近ずっと疎遠になっていたロランに会える。


(彼は成長した私の姿を見てどう思うだろうか。Bランク冒険者になれたのだから、少しは彼も認めてくれるだろうか。それともやっぱりまだまだだと言われるだろうか)


 何れにしても今日は昔に戻ってたくさんシゴいてもらうつもりだった。


(おっと)


 彼女はロランに会う前に身だしなみを整えることにした。


 最近、ギルドの看板として人前に出ることが多くなったため、身だしなみに気をつけるようにはなってはいたが、ロランと会う時にはいつも以上に念入りに髪型をチェックした。


「これでよし」


(元気にしてるかな)


 ロランは今もギルドの隅っこで新人を指導しているに違いない。


 新人には申し訳ないが、今日は、上級会員権限で自分の方を優先してもらうつもりだ。


(もしかしたら成長したご褒美に今夜、食事に誘われるかもな。いやいや、それは期待しすぎというものか。きっと以前のように耳元で怒鳴られた上、血反吐はくまでシゴかれるに違いない。もしかしたら深夜まで走り込みさせられるかもな。まあどちらにしても私にとってはご褒美だが。フフ)


 彼女は油断して一瞬浮かべてしまったニヤケ顔を慌てて引っ込めると新人指導係の扉を開ける。




「ロランさん? 彼はもういませんよ」


「は?」


 新しく就任した指導係の言葉に、ジルは一瞬意味が分からなくて、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。


「少し前、ルキウス様に追放されたんですよ」


「そ、そんなどうして……」


「ここ最近の彼は失態続きでしたからね。仕方ありませんよ。って、あれ? ジルさん?」


 ジルは指導係の言葉を最後まで聞かずに、疾風のような速さで部屋を出て行ったかと思うと、ギルド長の部屋の前まで駆けつけた。


 ノックもせずに扉を開けて、ズカズカと部屋に入り込む。


「ギルド長! お話ししたいことがあります!」

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文庫第6巻が3月25日(金)に発売です!
ふーろさんが丹精込めてイラスト描いてくださりました。
可愛いピンクのツインテールが目印です。
よければチェックしてあげてください。
i632441
― 新着の感想 ―
[一言] え、耳元で怒鳴るような奴だったの?
2020/09/28 13:12 退会済み
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