第49話 空位のギルド長
「ふー。流石に疲れたわね。ダンジョンを二つ攻略するのは」
『魔界のダンジョン』から帰って来たユフィネは肩凝りをほぐしながら、隣にいるモニカにこぼした。
「いくら勝負どころだからって、ダンジョン攻略ハシゴさせるなんて。こりゃ、ロランさんに何か奢ってもらわないと割に合わな……って。ちょっとモニカ?どこ行くのよ。おーい」
ユフィネは突然、走り出したモニカの後を慌てて追いかけた。
モニカが向かったのはクエスト受付所だった。
すぐに撃破数ランキングをチェックする。
(ようし。今月の撃破数1位ゲット!)
モニカはガッツポーズした。
(キツかったけどなんとかやり遂げた。これでロランさんも認めてくれるよね?)
モニカがそんなことを考えていると、通りから歓声があがっているのが聞こえた。
「なんだろう?この盛り上がりは?」
「さぁ? 聞いてみましょう。あのー、すみませーん」
ユフィネは通りを歩いている男性に声をかけた。
「なんだか盛り上がってるみたいですけれど、何かあったんですか?」
「ああ、Sクラス冒険者が誕生したんだよ」
「Sクラスの冒険者が?」
モニカとユフィネは顔を見合わせた。
二人は通りへと駆け出して、パレードの見える位置に向かった。
道の真ん中にはロランとジルがいた。
二人は人々から祝福を受けている。
(ロランさん……ジルさんと一緒に)
モニカはその光景を見て、なぜか胸がざわつくのを感じるのであった。
ルキウスが失踪した。
街の人々はSクラス冒険者が誕生したことにすっかり浮かれていたので、そのことに気づくまで少し時間がかかった。
ルキウスが指名手配犯になったのだ。
警察は即座に非常線を張って、ルキウスが街から逃亡できないようにした。
街はお祭り騒ぎから一変、武装した警備隊が定期的に街を巡回する、物々しい雰囲気になった。
「ギルド長になって衰えたとはいえ、奴は元Aクラス冒険者。油断するなよ。取り押さえる時は複数で当たれ。少なくとも3人以上でだ。単独で遭遇した時は、時間を稼ぎ仲間がくるまで待つんだ」
警備隊の隊長は部下達にそのように言って、注意喚起を促した。
『魔法樹の守人』の下にも警察が訪れて、協力を求めてきた。
ロランは『魔法樹の守人』の窓から防具と剣で身を固めた警備隊が、定期パトロールに戻って行くのを眺めた。
(ディアンナに唆されて警察にタレ込んでしまったけど。果たしてあれでよかったのだろうか。まさかルキウスが失踪するなんて)
そうしてロランが物思いに沈んでいると、隣にリリアンヌが寄ってきた。
「不安ですね。ルキウスがまだ捕まらないなんて。『金色の鷹』ギルド長の座も空位のままですし」
ロランはそれには答えず、憂鬱そうな表情をしながら、窓の外を見つめ続ける。
(ルキウス、君も一体どういうつもりだ? こんなことをして悪あがきしてるつもりか? もう勝負は決しただろ。これ以上罪を増やしたところで一体何になるっていうんだ)
銀行家がロランの下に訪れたのは、その翌日だった。
「僕が『金色の鷹』のギルド長に……ですか?」
「ああ、是非とも頼みたい」
銀行家は『魔法樹の守人』の応接間で葉巻を吸いながら言った。
「もう出資者全員の同意は得られている。ルキウスを罷免することも。君を『金色の鷹』のギルド長に迎えることもね。あとは君の返事を受けるだけだ」
「そんな。急に言われましても……。僕は現在、『魔法樹の守人』と『精霊の工廠』の両ギルドで忙しいですし……」
「『金色の鷹』は今ひどい状況だ。ルキウスの相次ぐ失策のせいで収益はだだ下がりだ。このままでは失職した冒険者が街にあぶれることになるぞ」
「そもそも僕は『魔法樹の守人』の役員です。『魔法樹の守人』は『金色の鷹』のライバルギルドですよ。そんな僕が『金色の鷹』のギルド長になるなんて……」
「ジル・アーウィン」
銀行家がそう言うと、ロランはピクッと反応した。
「彼女が告訴されるのはマイナスではないかね? 彼女にとってはもちろん、街にとっても大いに損失だ」
「……」
「理由はなんであれ、彼女はギルドに対して契約違反を犯した。『金色の鷹』の次のギルド長がどういう判断をするかは分からないが、場合によっては彼女の立場は危うくなるかもしれん」
「彼女を取引材料に使うつもりですか?」
「いやいや、そういうわけではないよ。ただ、とにかくどうしようもなくなった『金色の鷹』をどうにかするのが急務で、我々にもあまり余裕がないということだ」
「……」
銀行家は葉巻を灰皿に押し付けて、大儀そうに立ち上がった。
「今日はこの辺で帰らせてもらうよ。返事はゆっくり考えてくれたまえ。ただ我々にもあまり時間がなくてね。返事は一週間以内にしてくれたまえ」
『魔法樹の守人』の建物内は戦勝気分冷めやらぬ雰囲気で、活気に満ちていた。
しかし、一方で隠しきれない不穏な空気が立ち込めているのもまた事実だった。
すでにロランに『金色の鷹』ギルド長就任の打診があったことは、噂になっており、皆聞き知っていた。
そんな中、モニカ、シャクマ、ユフィネの3人は食堂で昼食を食べていた。
「ロランさん、どうするつもりなんでしょう?」
シャクマが口火を切るように言った。
「まさかこのまま『魔法樹の守人』を離れるなんてことないですよね?」
「バカバカしい。なんで今更ロランさんが『金色の鷹』に復帰するのよ」
ユフィネがピシャリと言った。
「『金色の鷹』が街一番のギルドだったのはもう過去の話。今は『魔法樹の守人』の方が圧倒的に優位に立ってるんだから」
「そうですよね。ロランさんが私達を見捨てて『金色の鷹』に行くはずありませんよね」
シャクマがホッとしたように言った。
「そうよ。だから私達は目の前のことに集中しなきゃ。来期のダンジョン出現に備えて、ステータスを鍛えるのと、ダンジョン経営よ。三つもダンジョンを取っちゃって大変なんだから」
「……」
「モニカ? どうしたの?」
先ほどから一人物思いに沈んでいるモニカをユフィネが覗き込みながら言った。
「えっ? う、ううん。なんでもないよ」
「そう? 何か悩んでるように見えたわよ?」
「心ここに在らずといった感じでしたね」
「だ、大丈夫だよ。なんでもないから」
モニカは誤魔化すようにスープを啜った。
「そう? ならいいけど……」
しかし、モニカはまたすぐに俯いてしまう。
(今は『魔法樹の守人』が圧倒的に優位……か。でも、ロランさんはジルさんのことが……)
ダンジョンから帰って以来、モニカは何度かロランとすれ違ったが、彼はいつも難しい顔をしているばかりで何も言葉をかけてくれずにいた。
ロランはダンジョン経営の手筈を整えるため、精霊の工廠に顔を出した。
工房に入るとすぐにランジュが営業と話している声が聞こえてくる。
「だから、50万ゴールド以下の仕事は受けられないんだって。作りたくても作れないの。100万ゴールドの商談でも数ヶ月待ちになってるんだから。あ、ロランさん。悪い。ちょっと後にしてくれ」
ランジュはロランがいるのに気づくと、営業の人間との会話を中断して、ロランの方にやってくる。
「ロランさん、おかえりなさい! ダンジョン経営の打ち合わせの準備出来ていますよ」
「ああ、じゃあ、早速会議室に行こうか」
「あ、ロランさんだ」
「ロランさんお帰りなさい」
ロランが工房を横切っていると、工員達が挨拶してくる。
中にはアーリエとチアルもいた。
「あ、ロランさん、後で精錬した銀を見ていただきたいのですが」
「ロランさん! 後で『破竜槌』のメンテナンス見ていただけますか?」
「ああ、みんな後で見させてもらうよ」
ロランはいつものように、工房の設備や在庫、備品の状態、工員の様子を一通り見て回った。
(やっぱり、ここが一番安心するな)
ロランが工房の隅に目をやると、そこにはジルとドーウィンがいた。
「ジル。ドーウィン」
「ロランさん、お邪魔しています」
「どうも」
二人もロランにぺこりと挨拶する。
ロランは複雑な気分になった。
ドーウィンは錬金術師だからともかくとして、ジルがここにいるのは、『金色の鷹』に居場所がないためだった。
「ドーウィン、悪いね。最後まで付き合わせちゃって」
「いえ、僕にとってもチアルちゃんとの作業は勉強になります」
「ジル、君も済まない。まだ、スカル・ドラゴンとの戦いの傷も癒えていないだろう?」
「いえ、そのようなこと……」
「『破竜槌』の調整作業の準備ができるまでは、『精霊の工廠』の休憩施設を自由に使ってくれていいから。自分の家だと思って楽にしていてくれ」
「はい。お心遣い、ありがとうございます」
ロランはそれだけ言うとランジュと一緒に、会議室に向かった。
二人は歩きながら、打ち合わせを始める。
「今、うちの工房に備蓄されている鉱石は銀鉱石50個、アースクラフトの原石20個、ジアナイトの原石20個、鉄鉱石100個。来月の生産には銀鉱石が300個、アースクラフトが300個、鉄が1000個必要なので、今回のダンジョン経営で鉱山から銀鉱石を250個、アースクラフトを280個、鉄を900個採掘したいところです」
「なるほど」
ランジュは会議室の扉をあけた。
会議室の机の上にはダンジョンの地図が置かれている。
鉱石を採掘できる位置には赤色のチェックがつけられていた。
「今回、出現したダンジョンの中で鉱石が1000個以上採れそうな鉱床は5つ。『鉱山のダンジョン』内の9階層、11階層、22階層に一つずつ。『森のダンジョン』の13階層に一つ。そして『魔界のダンジョンの8階層に一つです」
「5つか」
「ええ。なので、錬金術師達を護送して、鉱床付近からモンスターを追い払うために部隊を5つ用意する必要があります。どうですかね。部隊5つ用意することできますか?」
「うーん。『魔法樹の守人』だけだと3つが限界かなぁ。とはいえ、外部に頼むのもマズイし」
「『金色の鷹』の協力を得られればあるいは?」
「……どうだろうな。『金色の鷹』は今、大変みたいだから」
「……そうっすね」
ランジュは深く追求せずに次の話題に移った。
「新しい銀細工師?」
「ええ、正直なところチアル一人では限界に来ています。銀器だけでなく新しい武器の開発や『銀製鉄破弓』その他の武器のメンテナンスもするとなると、彼女の体力ではもう限界ですよ」
「確かに、チアルの体力では限界か」
ロランはガラス窓から作業場の方をのぞいた。
作業場と会議室はガラス窓で仕切られており、2階の会議室の窓からは、いつでも1階の作業場で作業している工員の様子を覗き見ることができた。
ロランは作業しているチアルをステータス鑑定した。
【チアル・コットンのステータス】
体力:30
(銀器一つ作るのにスタミナを10消費してしまう。彼女は他にも武器の製造や設計もする必要があるから、今のチアルでは1日に銀器1個、ひと月に銀器20個が限界か。今後収益を上げるとすれば、銀器も武器ももっと作っていかなければいけないから……確かにチアル一人ではキツイな)
「分かったよ。それについては僕の方でなんとかしておこう」
「ありがとうございます」
「他に何かあるかい?」
「後は……そうですね。『破竜槌』についてはどうしますか?」
ロランの顔が微かに曇った。
「うん? 『破竜槌』がどうかしたの?」
「もし……、その……、『金色の鷹』とこれからも良い関係を続けていけるのなら……、『破竜槌』のメンテナンス業務を引き受け続けることもできます。そうなれば今後も新素材の生産を続ける必要がありますが……。もし、『金色の鷹』からメンテナンス料をもらえないのであれば、新素材の生産はやめることになります。どうしますか?」
既にロランへのギルド長打診について知っているランジュは、言葉を選びながら喋った。
「うーん、そうだな」
ロランはちょっとの間考え込む。
「……ごめん。それについてはもうちょっと考えたい。待ってもらっていいかな?」
「……分かりました」
「アーリエのところに行ってくるよ」
ロランはそう言って、会議室を退室する。
ランジュは心配そうにロランの背中を見やるのであった。
「これを見てください」
アーリエはお盆に載せた二つの素材、『破竜槌』の材料にして新素材、『ネオクラフト』をロランに見せた。
「これは……」
(同じ新素材なのに、何かが違う?)
ロランはアーリエから差し出された二つの新素材をアイテム鑑定してみた。
【右手の新素材】
品質:A
重さ:16
容量:16
【左手の新素材】
品質:A+
重さ:15
容量:15
(同じ新素材なのに右手のものは重量・容量が16、左手のものは重量・容量が15になってる。ん? 左手の方A+?)
「どうでしょうか」
「うん。確かに違う。一方は新素材Aで、一方は新素材A+だ。わずかに容量が少ない。一体どうして……?」
「材料が違うんです」
「材料が?」
ロランはもう一度アイテム鑑定してみる。
【新素材Aの材料】
鉄A、3個
銀A、6個
ジアナイトA、1個
【新素材A+の材料】
鉄A、3個
銀B+、6個
ジアナイトA、1個
「あ、新素材A+の方は銀Aじゃなくて、銀B+?」
「はい。たまたまだったんですけどね。新人の子が銀Bと銀Aを間違えちゃったみたいで……。でもそのおかげで気づいたんです。他とは違う特殊な銀Bの存在に。そして銀Aでなければできないはずの新素材Aが特殊な銀Bで代替できることに」
「その特殊な銀Bっていうのは……」
「あ、あっちにあります」
アーリエの指差す先には数個の銀が積まれていた。
ロランはその銀を鑑定してみた。
【銀のステータス】
品質:B+
重さ:1
容量:1
魔力:90
(品質B+。重さと容量が普通の銀よりも低い。そして含有魔力が異常に高い)
「アーリエ。これは確かに銀Bの中でも特殊なものだ」
「そうでしたか。やっぱり」
「自分で気づいたのかい? アイテム鑑定もなしに?」
「はい。触ったり観察したりしているうちに、違和感を感じて」
アーリエは照れたようにはにかむ。
「『破竜槌』運用のネックが重さと容量だと聞いたので、役に立つんじゃないかと」
「ああ、大助かりだよ。新素材の重さと容量が1減るだけでどれだけ助かることか」
「よかったです」
ロランはアーリエのステータスを鑑定してみた。
【アーリエのステータス】
観察:90ー100
(いつの間にか観察が90ー100になってる)
ロランはアーリエの姿を改めて見た。
初めて会った頃に比べればずいぶん逞しくなったように感じる。
(ずっと窯の前で弛まず一心に作業してくれてたんだな)
「ロランさん?どうかしましたか?」
アーリエがロランの方を覗き込んでくる。
「いや、なんていうかさ。君を雇っておいてよかった」
「私も『精霊の工廠』で働けてよかったです」
二人はお互いににっこりと微笑んだ。
「それで……どうなんでしょうロランさん。来月は新素材生産するんですか? 『金色の鷹』とは……」
ロランは難しい顔をして黙り込んだ。
「ごめん。まだ、それについてはランジュとも話し合っている途中なんだ」
「……そうですか」
「チアルの所に行ってくるよ。新素材のこと教えてあげないとね」
「はい」
アーリエは心配そうにロランの背中を見送るのであった。
ジルは、工房の片隅でドーウィンが『破竜槌』をトンカン叩くのを見守っていた。
「ありがとな」
「ん?」
ジルに唐突に話しかけられて、ドーウィンは叩く手を止めた。
「『破竜槌』。あれがなければ私はスカル・ドラゴンを討伐することができなかった」
「あれは、僕が作った武器じゃないよ」
「えっ?」
「あれを設計したのはチアルちゃんだ。僕ではあの新素材を活かしきれなかった」
「そうなのか?」
「僕はあの素材で武器を作るのは無理だと思ったんだ。剣にするには重すぎる。けれどもあの子は剣の形状をした槌を作ればいいって思いついて。僕は彼女のいう通りに作っただけだよ。彼女はきっと設計面では僕をはるかに凌ぐと思う」
「ふぅん。珍しいじゃないか。お前がそこまで褒めるなんて」
「別に。事実を言ったまでさ。それよりも君は大丈夫なの?」
「えっ?」
「あんなあからさまに『金色の鷹』を裏切って。僕はまだルキウスの命令に従ってたから言い訳が立つけど。一部の人は君のこと恨んでるよ。特にアリク隊に属している人とか。君さえ裏切らなければ勝てたのにって」
「次のギルド長が君にどういう処分を下すのか分からないけど、場合によってはもう『金色の鷹』に……、いやそれどころかこの街に居られなくなるかもよ」
「悔いはないさ」
ジルは沈んだ顔をしながら言った。
「私はロランさんの名誉さえ回復できればそれでよかったんだ。ロランさんに恩返しさえできれば。そのためなら私はどんな責めだって受ける覚悟だ。だから……」
「そうかい。ご立派な忠誠心だね。まあ、僕には関係ないけど。でも、どーするんだよこの『破竜槌』。一応、『金色の鷹』の所有になってるのに。君が街を追い出されたら使い手がいなくなっちゃうよ」
ジルはますます沈鬱な表情になった。
ドーウィンはため息をつく。
(ったく。しょうがないな)
「言おうかどうか迷ったけど。一応教えておいてあげるよ」
「?」
「『金色の鷹』の次のギルド長、ロランさんになるかもしれない」
「なんだって!?」
「昨日、『魔法樹の守人』の建物に馬車が止まっていたんだ。銀行家の馬車が。『金色の鷹』の出資者さ。ロランさんにギルド長就任の打診をしに来たんじゃないかって噂になってる」
「えっ? でもそれじゃあ……ロランさんが戻って来る? 『金色の鷹』に?」
「分かんないよ。あくまで噂だ。ロランさんにだって都合はあるし」
「そうか。そりゃあそうだよな」
ジルはがっくりと肩を落とした。
「でも、君が頼めばあるいは……」
「頼めるはずないだろそんなこと。ただでさえまた命を救ってもらったのに。これ以上迷惑をかけるなんて……」
その時、子供の声が工房に響いた。
「ジルさーん」
チアルがロランの袖を引っ張りながら、ジルとドーウィンの下へとやって来る。
ジルはハッとして急いで沈んだ表情を引っ込める。
「チアルちゃん。それにロランさん……」
「ロランさんを連れて来ました。早速、『破竜槌』の調整を始めましょう」
ロランは『破竜槌』をアイテム鑑定した。
【破竜槌のステータス】
重さ:96
容量:96
威力:200
耐久:200
(重さ96。やはり武器としてはありえない重さだ。防具を装備することも考えると、腕力96以上でなければ、まともに装備することすらできない。例えコンディションを整えたジルでも装備してダンジョンを歩き回るのはきついな。おそらく、装備するだけでステータスを削られることになるだろう。さらに言えば容量も96だ。Aクラスのアイテム保有士でも、そう長い間持ち運ぶことはできないな。だが、その一方で威力、耐久共に200。Aクラスモンスターやボスモンスターでも一撃で倒すことができる威力に、何度使っても破損しないバケモノみたいな耐久だ)
「どうですか? ロランさん」
「ん? ああ、凄い装備だよ。ただやはり重さと容量がネックだね」
「そうなんですよねー。どうしたものか」
チアルが腕を組んで考え込む。
「これを見てくれ」
ロランはポケットから新素材+を取り出す。
「それは?」
「アーリエが発見したんだ。新素材Aだよ。モノは同じなのに重さと容量が違う」
「ちょっと貸してください。ホントだ。ちょっとだけど軽くて、容量が少ない。よく見つけましたね」
ドーウィンが受け取って手触りを確かめたり、ルーペで覗き込んだりしながら言った。
「これなら重さを7は節約できるはず。威力と耐久は少し落ちるかもしれないけど、それでも十分だ。あとはデザインを工夫して、ジルの腕力を鍛えることで調整できれば、通常装備として運用できると思う」
「わーい。それじゃあ、ジルさん、早速装備してみてください。調整しましょう」
「あはは。勘弁してくれ。私は『一点集中』のせいですっかりステータスを消耗してしまっているんだ。今の私では重さ20の剣ですら持てないよ」
ロランはジルのステータスも鑑定してみた。
【ジル・アーウィンのステータス】
腕力:10−110
耐久:10−120
俊敏:10−105
体力:10−200
「ん。確かに。もう少し休んだ方が良さそうだね」
「そういうわけだ。チアルちゃん。見逃してくれ」
ジルが宥めるように言った。
「むうー」
「チアル。お前はまだ銀細工の製造残ってるだろ。いつまでもジルさんと話してないで、さっさと作業に戻れ」
ランジュがせっつくように言った。
「はいはい。ジルさん、早くステータス回復させて下さいね。早くこの子の、『破竜槌』の調整をしましょう!」
チアルが無邪気に言った。
ジルは苦笑した。
「ああ、そうだな。できるといいな」
一同、微妙な空気になる。
チアルだけは、ただただ不思議そうに首をかしげるのであった。
ロランとの打ち合わせを終えたランジュが、休憩室に行くと先に利用している人物がいた。
「あ、アーリエさん」
「あら、ランジュさん」
「どうでした? 銀B+の話。ロランさんは何て言っていました?」
「ええ、よく見つけたって。褒めていただけました。ランジュさんの方はどうですか? ダンジョン経営の方、冒険者の調達はうまく行きそうですか?」
「うーん。難しいですね。『金色の鷹』が協力してくれれば上手くいくんですけれど」
「『金色の鷹』ギルド長就任の話、ロランさんどうするつもりでしょう」
「うーん」
事情を一通り知っている二人は、悩ましげな顔になる。
「ロランさんが『金色の鷹』に加入すれば、純粋に『精霊の工廠』の収入は増えるんだけどな」
「でも、『魔法樹の守人』の方はどうするんですか?」
「そこだよなぁ。ただ、ジルさんのこともあるし」
「そうですよね」
「まあ、この件については、俺達があれこれ言っても仕方ないっすよ。こればっかりはロランさんが決める事だし」
ダンジョン経営が始まった。
三つ全てのダンジョンを『魔法樹の守人』と『精霊の工廠』で管理することは不可能なので、ダンジョンでステータスを鍛えたり、アイテムを採集したいというギルドや冒険者からは入場料を取って許可した。
ただし、最も質のいい鉱石の採れる鉱山については、『魔法樹の守人』と『精霊の工廠』の関係者以外は立ち入れないように厳重に管理した。
ロランは自分の部隊を引き連れて、ステータスの調整をしながら11階層にある鉱床を目指して進んでいた。
ランジュはロランについて来て、自ら鉱石を採掘した。
愛用のツルハシで銀鉱石を掘り起こす。
「ロランさん。これでいいですか?」
ランジュは採掘した鉱石をロランに向けて示してみせる。
「貸してみてくれ」
ロランは受け取った銀鉱石をアイテム鑑定した。
【銀鉱石のステータス】
品質:B+
重さ:2
容量:2
魔力:90
(銀鉱石B+。間違いない。新素材の材料だ)
「ランジュ。これだ。これで間違いない。この鉱石を掘ってくれ」
「了解!」
ランジュはスキル『鉱石採掘』で鉱石を掘り出した。
『鉱石採掘』がAとなったランジュは、鉱床から任意の鉱石を掘り出す事ができる。
瞬く間に銀鉱石B+が大量に掘り出される。
(取りあえず新素材A+はつくれそうだな。あとは……僕の決断次第か)
「ロランさーん」
ロランが思い悩んでいると上空から声が聞こえた。
「リリィ? どうしたの?」
「こちらの作業が思いの外早く終わったので、見に来ました。それよりも面白いものを見つけましたよ」
ロランは首を傾げながらも部隊を引き連れて、リリアンヌの誘導する方向に足を運んだ。
リリアンヌがロラン達を連れて来たのは巨大な竜の亡骸がある場所だった。
「あ、あれは……」
「スカル・ドラゴンの亡骸ですね」
モニカとシャクマが興味深そうに近づいていく。
「ちょっと! 見てよアレ!」
ユフィネがスカル・ドラゴンの骨の一部を指差して言った。
彼女の指差す先には、白骨に入り混じって、所々剥き出しになった光沢を放つ物質があった。
「あれは……、もしかして銀!?」
冒険者達が近寄ると確かにそれは銀だった。
早速、冒険者達はスカル・ドラゴンの骨を武器で破壊したり、削ぎ落としたりした。
「おぉー。凄いですよこれは」
「掘る必要が無くて助かるわね」
「スカル・ドラゴンの骨が貴金属で出来ているという噂は聞いたことがあるが、まさか本当だったとはなぁ」
冒険者達はスカル・ドラゴンの骨を解体してアイテム化していく。
ロランは物悲しげにスカル・ドラゴンの亡骸を見る。
確かにギルド的にはありがたい収穫だった。
しかしこの収集物を手にすべき本当の人物はここにいない。
ロランが解体されていくスカル・ドラゴンを物憂げに見ていると、リリアンヌが隣に着地してくる。
「なんだか、あまり嬉しそうではありませんね」
「……そんなことないよ」
「もっと喜んでくれるかと思いましたが」
「……うん。そうだね」
「ロランさん」
「ん?」
「『金色の鷹』のギルド長、就任してみてはいかがですか?」
「えっ? でも……」
「『金色の鷹』を立て直すことと、『魔法樹の守人』を発展させること。両者は決して矛盾しない。そうでしょう?」
「リリィ……」
「大丈夫です」
彼女はロランに柔らかな笑みを向けた。
「心の導くままに決めてください。今度は私達があなたを支えます」
翌日、ロランは銀行家の屋敷を訪れた。
「よく来てくれた。さあ、かけたまえ」
ロランは革張りの高級な椅子に腰掛けた。
「返事の期限はまだだが、こうして来てくれたということは、決心がついた、ということかね?」
「はい。『金色の鷹』ギルド長就任のお話、引き受けたいと思います」
「おお、やってくれるか。では……」
「ただし、条件があります」