第48話 英雄と罪人
「チィッ。斬っても斬っても再生しやがる! キリがねぇっ!」
ユガンは降りかかる骨の矢を剣で払いながら走っていた。
彼はSクラス冒険者にしては、耐久が弱かった。
その代わり、俊敏はずば抜けている。
スカル・ドラゴンはユガンの逃げ道に一足飛びで回り込み、逃げ道を塞ぐ。
爪で斬りつける。
しかし、ユガンはスカル・ドラゴンの攻撃を見切り、わずかに生じた死角から一瞬で背後に回り込んだ。
どれだけスカル・ドラゴンの俊敏が高かろうと、その巨体から死角が生じるのは防ぎようがなかった。
「はあああっ」
ユガンは背後からスカル・ドラゴンの片翼に斬りつけた。
数十本にも渡る骨の翼がユガンの1メートルそこそこの愛刀によって、切り裂かれていく。
それは小川を木の棒で割ろうとするような試みだった。
「らあっ」
しかし、ユガンの太刀筋は、揺らぐことなく数十本にも渡る翼の骨々を断ち切った。
「グルアアアアアア」
スカル・ドラゴンは振りむきざまユガンに爪を振りかざしたが、ユガンはヒラリとかわす。
(よし。イケるぜ)
ユガンは勝利を確信しつつあった。
(俊敏は俺の方がはるかに高い。攻撃パターンは全て把握したし、見切った。後はこうやって刻み続けていれば、いつかはこいつも体力の限界を迎えるはずだ)
ユガンは続いて降ってくる骨の矢を剣で払う。
(この後は斬り落とした翼を再生するはず。その隙を狙ってもう一、二発、斬撃をブチ込む)
ユガンはスカル・ドラゴンを中心に円をくようにして走り続けながら、刀を構えて隙を伺う。
しかし、スカル・ドラゴンはユガンの予想とは別の行動を起こした。
右手で残った自らの左翼を掴み引きちぎる。
(なにっ!?)
パージされた翼の骨は、バラバラになって朽ち果てた。
(自ら翼を引きちぎっただと?)
スカル・ドラゴンがユガンに合わせて、走り出す。
再びスカル・ドラゴンとユガンの間で間合いの取り合いが始まった。
お互い自分にとって丁度良い間合いを取ろうとする。
スカル・ドラゴンは明らかに先ほどよりも俊敏が上がっていた。
小刻みにステップを踏んで、ユガンを自分の爪の間合いに誘い込もうとする。
振り払われた爪はユガンの頰スレスレをかすめ、切り傷を作る。
(っ、俊敏が上がっている!? 落ち着け。それでも攻撃は見切っているんだ)
ユガンは攻撃によって体勢を崩したスカル・ドラゴンの背後に回り込む。
(フン。当たらなければ、どれだけ威力の高い攻撃でも意味はない!)
ユガンは何度もしてきたように一気に敵の背後まで回り込む。
(こうして背後に回り込んじまえば、何もできまい!)
しかし、ユガンの予測とは裏腹にスカル・ドラゴンは反撃してきた。
どれだけ速く動かしても、決して攻撃に使うことはなかった骨の足を振り上げてカポエラのように後ろ回し蹴りを繰り出してきたのだ。
(なっ!? この図体で蹴りかよ)
それだけではなかった。
第二波、第三波と連続で蹴りを繰り出してくる。
ユガンはかわしきれず、第三波にかすってしまう。
かすったと言っても、トラックに衝突されたような威力だった。
「ガハッ」
ユガンは血を吐きながら、地面を転がって、どうにかその場を凌ぐ。
立ち上がって距離を取る。
(チィ。油断したぜ)
ユガンは降りしきる骨の矢をどうにか捌きながら、その場を凌いで体勢を立て直す。
スカル・ドラゴンの叩きつけ攻撃を横っ跳びにかわしながら、ポーションを飲んで体力を回復するが、体が思うように動かなかった。
(くそっ、俊敏を削られたか)
スカル・ドラゴンの攻撃パターン自体は見切っているため、どうにか攻撃はかわせるが、先程までのように背後に回り込めない。
反撃の糸口が掴めなかった。
(ヤバイな。このまま、消耗戦になったら……)
ユガンの消耗を見て取ったスカル・ドラゴンは、勝負を決めてかからんと、ありったけの骨の矢を撃ち出した。
「チィッ。こっちの嫌がることを的確にやってきやがって」
ユガンは剣で骨の雨を払いながら走ろうとするが、危うく剣を弾かれそうになる。
(ぐっ、腕力も落ちてきやがった)
やむなく、ユガンは足を止めて剣を両手持ちにする。
その隙にスカル・ドラゴンは背後に回り込んでくる。
ユガンはかろうじてスカル・ドラゴンの攻撃をかわした。
しかし腕が痺れてくる。
(ダメだ。こりゃ、一旦回復しねーと話にならねーぞ。撤退するか)
ユガンは腕をかばいながらチラリとスカル・ドラゴンの方を見る。
(問題は……どうやってこいつから逃げるかだな)
スカル・ドラゴンはまた、骨の矢を飛ばして来た。
「チィッ、ちょっとは待ってくれよ」
また、スカル・ドラゴンが背後に回り込んで来る。
(ヤッベ)
ユガンは死を覚悟した。
しかしその時、盾が飛んで来てスカル・ドラゴンの頭部に命中する。
(この盾は……)
ユガンが盾の飛んで来た方向を見ると、剣を引きずりながら疾駆しているジルの姿があった。
(ジル・アーウィン!? なんだあいつ? 装備が変わっている!?)
先程までのジルは大剣と言っても、せいぜい背中に背負える程度の長さと大きさだった。
しかし、今の彼女の剣は、肩に背負っても余りある長さと大きさだった。
おかげで常に剣の切っ先で地面を引きずりながら、どうにか持ち運んでいる状態だった。
(今まで何をしていたのかと思ったら装備を変えてたのか)
ジルは『破竜槌』を引きずりながら、顔をしかめていた。
(くそっ。『破竜槌』、なんて重さだ。こうしてただ運んでいるだけだと言うのに、耐久と体力がゴリゴリ削られているのが分かる。でも……)
ジルはキッとスカル・ドラゴンをにらむ。
(ロランさんの期待を裏切るわけにはいかない。これ以上、彼を正当な評価から遠ざけて、貶めるわけにはいかないっ)
スカル・ドラゴンがジルを捕捉し、身を乗り出してくる。
(あいつ、あの状態で戦うのか? 無茶だ)
ユガンにはジルのやっていることが無謀に思えた。
(剣を背負うこともできてねーじゃねーか。その状態でスカル・ドラゴンの俊敏にどうやって対応するんだよ)
ジルはロランから言われたことを思い出した。
「今の君のステータスでは、『破竜槌』を使えるのは二回までだ」
「二回……」
「ダンジョンでの運用にかなうよう細かい微調整ができなかったのもあるし、何よりこの重さ。とてもじゃないが、何回も振り回せる代物じゃない」
「はい」
「一撃で敵を確実に仕留める必要がある。どうすればいいか、分かるよね? 僕が君に教えたように普段通り戦えばいいんだ。できるかい?」
「はい!」
(ロランさんが教えてくれたこと。俊敏を活かして華麗にかわす戦い方ではなく、耐久と腕力を使って、真っ直ぐ敵の攻撃を受け止めて戦う。それが私の戦い方!)
ジルはなるべく足に力を込めて『破竜槌』を運んだ。
こうすることで、消耗を俊敏に回し、腕力と耐久を節約することができた。
スカル・ドラゴンが全身を使い、骨を筋肉のようにしならせ、腕を膨張させ伸ばし、爪をジルに向ける。
(無理だ。かわせない)
「バカヤロウ。逃げろ。死んじまうぞ!」
ユガンが叫んだ。
それでもジルが逃げることはなかった。
その瞳に込められた決意がスカル・ドラゴンから逸れることはなかった。
スカルドラゴンの爪がまともにジルの体に命中する。
凄まじい衝撃がジルの体を襲う。
しかし、彼女の体は吹き飛ばず、わずかに後ろに下がるだけだった。
むしろスカル・ドラゴンの爪が折れる。
「何っ!?」
ユガンが目を丸くした。
(あの鎧、傷一つつかないどころか、吹き飛ばない? 尋常じゃない重さ! 新素材か?)
「捕まえたぞ。スカル・ドラゴン」
(お前を確実に仕留めるとしたら、体勢が崩れるこのタイミングしかないっ)
ジルは大ダメージを受けて悲鳴をあげる体に鞭打って、剣を両手で握った。
盾を投げたのはこの時、両手で剣を握るためだ。
剣を引きずって来たのはこの時に備えて、力を蓄えておくためだ。
スキル『一点集中』(全ステータスを大幅に消耗する代わり一時的に任意のステータスを最高値の2倍まで上げる)を発動させる。
「くらえ!」
ジルは大剣を力一杯振って、スカル・ドラゴンの爪を打つ。
スカル・ドラゴンの腕は手の平から肩まで破裂した。
スカル・ドラゴンは何が起こったのか分からずきょとんとする。
ジルは渾身の力を込めて地面を蹴り、スカル・ドラゴンの胸元に飛び込んだ。
スカル・ドラゴンの肩から袈裟斬りに『破竜槌』を振り下ろす。
『破竜槌』はスカル・ドラゴンのその分厚い肋骨もろともコアまで砕いた。
それは剣の形をしながらも、重さにモノを言わせて、どんな巨大な敵でも叩き潰すことができる、まさしく竜をも破滅に導く槌の一撃だった。
巨大な骨組みから、生命の光が完全に消えた。
骨はその場で朽ち果て、バラバラになって崩れ落ちる。
ジルはバラバラになった骨に埋もれるようにして地面に落下する。
ユガンは呆然としながら、その様を見ていた。
(マジかよ。やりやがった。スカル・ドラゴンの分厚い肋骨を一撃で……)
「ジル!」
ユガンが呆然としていると、一人の男が崩折れたスカル・ドラゴンの下に駆け寄る。
(あいつは……)
見たところ、大した戦闘力を持っているとは思えなかった。
装備を見ても、身のこなしを見てもせいぜいDクラスの冒険者だろう。
必死に骨の山を掘り返し、骨の中に埋まったジルを引き上げる。
「ジル。しっかりしろ」
彼はジルの状態を測定するように見ている。
ステータスを鑑定しているようだった。
(あいつ。鑑定士? まさかこの街にいるS級鑑定士っていうのは、あいつのことか?)
ユガンはモニカ達の言っていた鑑定士のことを思い出す。
(あの新しい武器をジルに届けたのはあいつか。隠れたスキルを見抜くだけでなく、あんな武器まで開発できるのかよ)
「う、ロランさん……」
ジルが呻きながら目を覚ました。
「ジル、良かった」
【ジル・アーウィンのステータス】
腕力:1−110
耐久:1−120
俊敏:1−105
体力:1−200
(全ステータス、最低値が1になってる。本当に全ての力を出し尽くしたんだな。全く、無茶しやがって)]
「ロランさん。スカル・ドラゴンは……」
「大丈夫。もう完全に沈黙している。君が倒したんだ。おめでとう。これで君も晴れてSクラス冒険者だよ」
「本当ですか? 良かった。これでようやく、あなたにふさわしい称号を、ようやくあなたに少しだけ恩返しをすることが……」
「ジル、君って奴は……とにかく、今は治療しよう。立てるかい?」
「はい」
ジルはロランの肩を借りてどうにか立ち上がる。
「任務は終わりだ。さ、帰ろう」
ロランがふと傍を見ると、ユガンがいた。
こちらを睨んでいる。
ロランは一目で彼の実力を見抜いた。
(鑑定しなくても分かる。Sクラスの冒険者だ『三日月の騎士』ユガン……)
「どうも」
ロランはぺこりと頭を下げる。
「ふっ、お前がS級鑑定士か」
「僕のことを知っているんですか?」
「ああ、結構噂になってるぜ。落ちこぼれの冒険者を一流に育てる凄腕の鑑定士がいると。あくまで狭い界隈で、だがな。そうか。ロランっていうのか」
「……」
「ようやく、ツラを拝めたぜ。一見、無害そうな顔をして、随分鋭い牙を持っているじゃないか」
「どうも……」
「うぐっ」
「ジル? 大丈夫かい?」
ロランはジルが呻いてるのを見て治癒師に治療させる。
「ユガンさん、すみませんがジルを街に連れ帰らなければなりません。失礼させていただきます。では」
ユガンはしばらく、ロランの背中を見送った。
「チッ、また俺の稼ぎを掠め取りやがって」
(なるほどな。あのルキウスが恐れるだけのことはある。ロラン……この一件で流石に奴の名も知れ渡るだろう)
「この街で終わるような奴じゃない。いずれまた相見えることになる……か」
「スカル・ドラゴンが討伐されました。Sクラスモンスター討伐です」
クエスト受付所の発表に街の住民は沸き立った。
いよいよ、Sクラス冒険者が誕生したのだ。
人々はSクラス冒険者の勇姿を一目見ようとダンジョンの前に駆けつけた。
やがてジルが姿を現わす。
人々は拍手と喝采を浴びせた。
ジルはキョトンとする。
「ジル、みんな君の勇姿を一目見ようと駆けつけてくれたんだ。しっかり応えてあげて」
「はい」
ジルはスカル・ドラゴンの心臓の破片を掲げてみせる。
住民達はますます湧き上がった。
「新たなSクラス冒険者の誕生だ!」
「冒険者の街、バンザイ! 勇敢な冒険者に祝福を!」
すぐにその場は人々の喝采と祝福で埋め尽くされた。
道の両脇に人々が集まって、パレードの様相を呈する。
ロランとジルが広場に着いたところで、人々の盛り上がりは最高潮に達した。
「Sクラス冒険者、ジルに祝福を!」
「Sクラス冒険者、ジルに祝福を!」
「Sクラス冒険者、ジルに祝福を!」
「『金色の鷹』に祝福を!」
「『魔法樹の守人』に祝福を!」
「『精霊の工廠』に祝福を!」
人々はイマイチ、どのギルドを祝福すればいいのか分からず、マチマチにギルド名を叫んでいた。
ジルとロランは苦笑した。
「ロランさん、今一度『破竜槌』を貸していただけませんか?」
「えっ!? でも、ジル。君は……」
「大丈夫です。無理はしません」
ジルはマリナから『破竜槌』を受け取ると、人々に対して掲げて見せた。
剣には『精霊の工廠』の紋章が刻まれている。
人々はジルからのメッセージにきっちりと応えた。
「『精霊の工廠』に祝福を!」
「『精霊の工廠』に祝福を!」
「『精霊の工廠』に祝福を!」
「さ、ロランさん、あなたも剣を掲げてください」
「え、いいのかな?」
「もちろんです。さ、どうぞ」
ロランはジルの掲げる剣に手を添えた。
観衆の一人が首を傾げる。
「誰だあいつ?」
「ロランだ。鑑定士の」
「鑑定士?」
「ああ、『精霊の工廠』のギルド長だそうだ」
「じゃあ、あの武器を作ったのも?」
「ああ、そうに違いない」
この会話は瞬く間に人々に伝染した。
「Sクラスの武器、『破竜槌』を作った鑑定士ロランに祝福を!」
「鑑定士ロランに祝福を!」
「鑑定士ロランに祝福を!」
人々はそう叫びだした。
ロランは気後れしながらも、人々の祝福を受けていた。
「いやぁ。いい気分ですね。皆さんに祝福していただいて」
傍を歩いているマリナが誇らしげにして言った。
「いやいや、なぜあなたが胸を張っているんです?」
治癒師の男が言った。
二人のやり取りを聞いたロランとジルは顔を見合わせて、可笑しそうに笑った。
リリアンヌは、空の上からパレードの様子を見ていた。
彼女は『森のダンジョン』を攻略して一足先に街に帰ってきていたところだった。
(良かったですね、ロランさん。ジルさんを自分の手で育てることができて、そして正当な名誉を獲得することができて)
「ロランさん、おめでとうございますっ」
感極まったジルは、ロランに抱きついてキスをした。
彼女はほっぺに、それも唇に極めて近い場所にキスをした。
リリアンヌは首を傾げる。
(んん?)
ジルの唇はすぐには離れず、何度も口付けをした。
ロランは照れ臭そうにしながらも、キスを受け止める。
そしてついには、ロランもジルのほっぺにキスを返すのであった。
ジルは気持ち良さげに目を瞑ってロランからのご褒美を堪能するのであった。
(ま、まあ師弟愛ですね。師弟愛。今日くらいは大目に見ましょう)
リリアンヌはそう考えて、深く考えないことにした。
とあるホテルの一室。
その会議室のような部屋に『金色の鷹』の出資者達は集まっていた。
彼らは窓からパレードの様子を苦々しげに見ていた。
「なんたる醜態だ!」
出資者の一人が言った。
「ダンジョンを攻略できないどころか、Sクラスモンスターの討伐すら逃すとは」
「それもジル・アーウィンに裏切られるような形で」
「Sクラスモンスター討伐の収益は、すべて『魔法樹の守人』に入るのだそうだ」
「『金色の鷹』の今月の収益はゼロだな」
「それどころか、ギルド内では、ルキウス下ろしの運動が日増しに激しくなっているそうだ」
「あの男、どれだけ我々の利益を損ねれば気がすむんだ」
「この責任、一体どうとるつもりだ!」
出資者達は口々に愚痴と文句を言い合った。
折を見てそれまで黙っていた銀行家が口を開く。
「みなさん、もうここいらで審判を下すべきではありませんか?」
「審判?」
「ええ、ルキウスへの審判です。我々はもう十分彼に時間とチャンスを与え、辛抱強く待ってきました。そして彼はその期待を悉く裏切った。私はルキウスを『金色の鷹』ギルド長の地位から罷免し、新たなギルド長を雇い入れることを提案します」
銀行家がそう言うと、出資者達は急に意気消沈し始め、誰もが途方にくれたように下を向く。
「ルキウスをクビにして、一体誰に代わりが務まる?」
「『金色の鷹』にいるのは、どいつもこいつも自らの武勇だけを頼みに武器を振り回し、ダンジョンを歩くことしか知らぬ冒険者達ばかりだ」
「どいつもこいつもごろつき一歩手前の無頼漢のような輩ばかり」
「経営に精通している者など一人もいない」
「一方で『金色の鷹』はもはや滅茶苦茶だ」
「財政はガタガタ、組織もバラバラ。規模ばかり大きく扱いにくいばかり」
「ギルド内に適任者などおらんだろ。ましてやこの難局を前にして、正しく舵を取れる者など……」
「私に一人だけ心当たりがあります」
銀行家が言った。
「心当たり?」
「ええ、かつては 『金色の鷹』に属し、躍進させた原動力の一人。今は錬金術ギルド『精霊の工廠』のギルド長を務めるかたわら、『魔法樹の守人』の特別顧問として、多数のAクラス冒険者を輩出することに成功している。ジルをSクラス冒険者にまで育て上げたのも彼の功績によるところが大きかったと聞いております」
「何? そんな人物がいるのか?」
「それは知らなかった」
「一体誰なのです、その人物は?」
「その者の名はロラン。S級鑑定士です。彼に『金色の鷹』のギルド長になってもらい、ギルドの再建を依頼してみてはいかがでしょう」
ルキウスは『金色の鷹』の本部を忙しく駆け回っていた。
「ディアンナ。ディアンナ。どこにいる?」
ルキウスは大声で呼びかけるが反応は帰ってこない。
「ディアンナ。Sクラスモンスターはジルのやつが討ち取ってしまったようだ。ユガンとミルコのやつ、偉そうな口を叩いておきながら何もできなかったようだ。あの役立たずどもめ。『森のダンジョン』もリリアンヌに攻略されたし、『魔界のダンジョン』も遠からず『魔法樹の守人』の手に落ちるだろう。全滅だよ。本当に今月は収入ゼロだ。チクショウ。あの疫病神の鑑定士め。とにかく、事ここに至っては、さすがにどんな言い訳を並べても誤魔化せないだろう。俺はクビにされる。かくなる上はできるだけ多くの退職金をせしめよう。不正に行った会計の数々を隠蔽して後任者に責任をなすりつけるのだ。せいぜい苦しませてやる。そのためにも、とにかく時間稼ぎと証拠の隠滅、新たな書類の偽造が必要だ。手伝ってくれディアンナ。ディアンナ? おい本当にどこにいるんだディアンナ。隠れてないで出てこい」
ルキウスは闇雲に広い、自分の部屋を見渡した。
しかし、いつもいるはずの彼女はどこにもいない。
見落としているのかと、もう一度部屋に視線を巡らしてみるが、やはりどこにもいない。
ルキウスは不審に思いながら、自分の執務室に入る。
すると、荒らされた書類棚が目に入った。
見ると不適切会計の証拠となる書類が一つ残らず抜き取られているようだった。
「バカな。なぜ書類が……一体誰が?」
ルキウスは書類を盗んだ容疑者についてアレコレ考えてみた。
しかし、何度考えても、ルキウス以外にこの部屋に自由に入れる人物は一人しか思い当たらなかった。
(まさか、ディアンナ? あいつ、俺を裏切ったのか?)
ルキウスの弱みを敵に渡して、自分だけ泥舟から逃げ出す。
ディアンナの考えそうなことだった。
しかし……、とルキウスは考えてみる。
果たしてそんなものを渡されてロランが喜ぶだろうか?
すでに趨勢は決まっている。
これ以上、ロランがあれこれしなくてもルキウスの地位失墜は免れないだろう。
ロランからすれば、わざわざディアンナを助けてやる義理はない。
ディアンナが何か他に差し出すものでもない限り。
しかし、ディアンナの持っているもので、ロランの欲しがりそうなものなど一つしかない。
ロランはそれを要求する。
ディアンナはむしろ喜んでそれを差し出す。
彼女は自ら胸元をはだけ、股を開き、罪を免れたことによる安堵と新しくもたらされた快楽に身を委ねる。
ロランは彼女の肉体を弄び、ささやかな勝利の余韻に浸る。
そこまで考えてルキウスは激しい劣等感に襲われた。
動悸と目眩から意識まで朦朧としてくる。
「くっ、ぐぅ。バカな。こんな、こんなことが……」
その時、扉がドンドンと叩かれる。
ルキウスはハッとした。
「ルキウスここにいるのか? 警察だ。貴様に不適切会計と脱税の容疑が出ている。取り調べをしたい。出頭してもらおうか」
「くそっ」
ルキウスは棚に飾られている剣を手に取るや否や、窓に向かって駆け出した。
窓ガラスが割られる音が廊下まで響き渡る。
「ルキウス? おい、ルキウス。いるんだろう? 返事をしろ。入るぞ!」
刑事達が入ると、そこには割れた窓ガラスが散らばっているのみだった。
ルキウスはその日のうちに指名手配される。
セバスタの件から学習した警察は、街の出口を監視して、ルキウスが街から逃亡できないようにした。
とはいえ、Sクラス冒険者の出現でわきたつ街に、ルキウスのことに気を留める者などいない。
その日、街ではロランとジルの栄誉を讃える声はいつまでも鳴り止むことがなかった。
 




