第47話 スカル・ドラゴン
第1巻ついに本日発売です
よろしくお願いします
「ジル様。一旦ここいらで休憩しましょう」
「うむ。そうだな」
『鉱山のダンジョン』11階層を進むジルは、引き連れて来た従者達と共に足を止めた。
彼らは『金色の鷹』の会員だが、ロラン派に賛同し、集結してくれた者達だった。
今回のスカル・ドラゴン討伐クエストにおいても、喜んでジルのサポートを引き受けてくれた。
無尽蔵に近い体力を持っているジルは、一人でダンジョンを踏破することも可能だが、今回はSクラスモンスターの討伐。
なるべく、ベストなコンディションで戦いたかった。
そのために従者達にはポーション他アイテムの補給を頼んでいた。
「どうぞ。ポーションです」
「ありがとう」
ジルは従者の一人、ミルコからポーションを受け取った。
ミルコはジルが上級会員になってから、ずっと補佐を務めて来てくれた者だ。
ジルは彼のことを弟分のように可愛がっており、彼もジルのことを姉のようにしたっていた。
今回のロラン派の立ち上げの際にも、いの一番に駆けつけてくれた。
「すまない。本職のアイテム保有士でもないのにこのようなことをさせてしまって」
「いえ。気にしないでください」
「これ以上、ルキウスに好き勝手させないためにも、ジル様にはこのクエスト必ず成功してもらわなければ」
「……ありがとう」
ジルは自分の肩に彼らの命運もかかっているのを感じた。
もしジルがこのクエストに失敗したら、彼らも『金色の鷹』にはいられなくなるだろう。
(彼らのためにもこのクエスト、必ず成功させなければ)
一行が休んでいると、ふと遠くから大きな地響きがなるのが聞こえた。
「なんでしょう? この音は?」
ミルコが首を傾げながら言った。
「おそらくスカル・ドラゴンだ」
ジルが短く切るように言った。
立ち上がって素早く臨戦態勢となる。
「ボスがダンジョンから去った今、こんな大きな音を出せるのは、スカル・ドラゴンしかない」
「そんなバカな。クエスト受付所の話によると、スカル・ドラゴンは12階層にいるはず。どうして11階層に……。まさか! 階層を降りて!?」
「おそらくな」
「そんな、ではスカル・ドラゴンは街に向かっているということですか?」
「10階層には街へと帰還するための魔法陣がある。我々がここで食い止めなければ、スカル・ドラゴンは街に解き放たれることになるぞ」
ジルの言葉に従者達はゴクリと息を飲んだ。
ここ数年、街までモンスターが現れるなんてことはなかった。
もし、街にスカル・ドラゴンが解き放たれればどうなるのだろう。
対巨大モンスター用の備えなど何もない街は、阿鼻叫喚の地獄絵図となるだろう。
ふと、先ほどまで断続的に聞こえていた足音が止む。
「みんな、隠れろっ」
ジルが叫んだ。
彼らは戸惑いながらも急いで近くの坑道に駆け込んで、身を潜めようとする。
すかさず大地を巨大な影が覆った。
そしてすぐ様、骨の矢が雨あられと降り注ぐ。
「う、うわぁ」
逃げ遅れた従者の一人が悲鳴をあげる。
彼が死を覚悟したその時、ジルが彼の前に立ち塞がって、盾と鎧で骨の矢を受け止めた。
5本の骨の矢は彼女に傷一つつけることなく、跳ね返って地面に力なく落ちる。
「ジ、ジルさんっ」
「早くっ。急いで逃げろ!」
「は、はい」
大地を揺るがす地響きとともに、骨のみとなった巨竜が、翼を畳みながら舞い降りた。
坑道に逃げ込んだ五人は、身を隠し顔だけを出してスカル・ドラゴンの方を覗き見た。
(デカイ……)
それは塔のような土人形と同じくらいの長身を誇っていた。
しかし、スカル・ドラゴンの特異性はそればかりではない。
飛び道具、骨の矢を放つ上に、機動力も高かった。
(さっきまで地響きは、はるか遠くから聞こえていたのに。一瞬でここまで飛んできたっていうのかよ。あの巨体で、なんて速さだ)
ミルコは背筋が寒くなるのを感じた。
何をどうやってもこの化け物から、逃れることはできない。
もしジルがやられれば、この場にSクラスモンスターに対抗できる人間はいない。
全滅は免れないだろう。
「ふっ、相手にとって不足なし」
ジルは久し振りに全力を出せる相手、例え全力を出しても勝てるかどうか分からない相手を前にして、爛々と瞳を輝かせる。
スカル・ドラゴンはその瞳、というよりもかつては瞳があった場所、今はただただ虚空がそこにあるだけの場所をジルに向けて、思案するかのように一瞬ピタリと止まる。
ジルは剣と盾を構えた。
瞬間、スカル・ドラゴンがその巨体に似合わぬ俊敏さで、一歩ステップを踏み、全身の骨を鞭のようにしならせ、その骨になっても残っている爪を繰り出した。
(速いっ、かわせないっ!?)
ジルは反射的に盾で受け身をとるが、あえなく吹き飛ばされ建物の壁に打ち付けられる。
ジルのぶつかった建物は粉砕され、ガラガラと壁が崩れ、もうもうと土煙を上げた。
ミルコ達は呆然としてその様を見る。
(う、うそだろ。ジルさんが一撃で……)
スカル・ドラゴンはミルコ達の方を見据える。
「ひぃっ」
「お、おい。冗談じゃないぞ」
スカル・ドラゴンが先ほどと同じ技をミルコ達に対して放とうとした時、スカル・ドラゴンの頭上に赤い影が舞い、剣を振り下ろす。
スカル・ドラゴンはかろうじて右の翼で受け止めた。
しかし、逆に右の翼はその大剣によって破砕される。
「っ、硬っ」
ジルは思いの外、硬い手応えに顔をしかめる。
(翼を一刀両断できると思ったのに。わずかに砕けただけか)
「それならっ」
スカル・ドラゴンは着地したジルに向かって爪を振り回したが、今度は綺麗に盾で受け流される。
(もらった!)
ジルは盾を手放し、その伸びきった腕に対して両手で掴んだ剣を振り下ろした。
骨が砕け、辺りに白い破片が飛び散る。
(手応えアリ!)
ジルの斬撃はスカルドラゴンの左手首を切断した。
たまらずスカル・ドラゴンは背後に跳躍し、ジルと距離をとる。
ジルも深追いはせずに、先ほど自分を吹き飛ばした爪攻撃をかろうじて避けられる距離を保ちながら盾を拾う。
しかし、そうしているうちにジルが砕いたり、たたき折ったりした骨がひとりでに動いて、スカル・ドラゴンの元の場所に収まって繋がる。
たちまちのうちにスカル・ドラゴンは元の姿を取り戻した。
「ふー。やはり骨をいくら砕いても無意味か」
ジルはスカル・ドラゴンの最も太い骨、肋骨と背骨の間、おそらく生前は心臓のあった場所、にある光り輝く紫色のコアに目を凝らす。
(あのコアにダメージを与えるしかない。肋骨で守られているから、一撃では無理だ。連続で攻撃を浴びせないと)
ズキリと胸元に鈍い痛みが走る。
(くそっ。先ほどのダメージが響いているな。すっかり体力が削られてしまったか)
ジルは苦しい顔を見せないように歯を食いしばらねばならなかった。
(次、さっきのと同じ攻撃を受けたら、果たして立っていられるかどうか……)
すかさず、スカル・ドラゴンは踏み込む動きを見せる。
ジルは走り出した。
鎧を纏っているとは思えない俊敏さだったが、スカル・ドラゴンの攻撃をかわすのはギリギリだった。
先ほどまでジルのいた場所には禍々しい爪痕が残る。
(これは、ちょっとでも油断すればやられるな)
ジルがスカル・ドラゴンと遭遇している頃、『鉱山のダンジョン』をクリアしたモニカは、二十四時間の睡眠時間を経て、『魔法樹の守人』本部で目を覚ましていた。
食堂で軽食をとった後、受付に向かう。
「モニカさん、今月の撃破数ランキングに載っていましたよ」
受付の人がクエスト受付所から発行される、撃破数ランキングをモニカに渡す。
「あ、どうも」
モニカがランキングを見ると、1位には、堂々と『モニカ・ヴェルマーレ』の名前が載っていた。
(よしっ、暫定1位)
モニカは片手でガッツポーズを取る。
2位との差は20体以上にも上った。
(本当に今月は撃破数1位を取れるかも。撃破数1位を取ればロランさんも少しは褒めてくれるかな? ふふ)
「暫定1位おめでとうございます」
「あ、クラリアさん、ありがとうございます」
「お目覚めのところ早速で申し訳ないのですが、ロランさんからの指示をお伝えしてもよろしいでしょうか」
「はい。お願いします」
クラリアがロランの秘書になってから、モニカのところにもクラリア経由で連絡や指示が来ることが多くなっていた。
モニカはロランが忙しいことを知っているため、仕方がないとは分かりつつも、それでも一抹の寂しさを覚えずにはいられなかった。
「ステータスに余裕があれば、『魔界のダンジョン』から帰ってきた部隊に合流するように、とのことです。そして、ダンジョンを攻略するのはもちろんのこと、撃破数1位を狙うようにとのことです」
「はい!」
(ロランさん。撃破数1位の約束覚えていてくれたんだ)
モニカはそれだけで嬉しくなった。
どれだけ忙しくなっても、ロランは自分のことを気に留めてくれている。
(ようし。頑張るぞ)
モニカは改めて気合を入れ直した。
実際、手応えとしてはいける感じがした。
『串刺』のおかげで、モニカのモンスター撃破数はかつてない領域に達している。
しかも今月は三回もダンジョンに潜ったにもかかわらず、疲れるどころかまだまだ余力を残していた。
ダンジョン探索距離においても街で一番だろう。
これなら十分撃破数1位に手が届く。
(見ていてください、ロランさん。きっと期待に応えてみせます)
モニカはロランのくれた『銀製鉄破弓』をぎゅっと握り締める。
「それはそうと、ロランさんは今どこですか? 『精霊の工廠』? それともクエスト受付所ですか?」
「ロランさんは『鉱山のダンジョン』に向かいました」
それを聞いてモニカはキョトンとした。
「『鉱山のダンジョン』? どうして? 『鉱山のダンジョン』はもう私達がクリアしたのに」
「実はSクラスモンスター、スカル・ドラゴンが現れたんですよ」
「スカル・ドラゴン!?」
「ええ、それでジルさんが先行していて……」
「ジルさん!? ジルさんっていうと、もしかして『金色の鷹』のジル・アーウィンさんのこと!?」
「あ、はい。そうです。ジルさんは今、『魔法樹の守人』の傘下に入っていてですね。それでSクラスモンスターの討伐に参加しているところなんです。ただ彼女は、『精霊の工廠』の開発していたSクラス装備が完成する前にダンジョンに入ってしまわれて。そういうわけで現在、ロランさんは完成したSクラスの武器を届けるため、ジルさんを追ってダンジョンに潜ったというわけでです」
「ジルさんを追って……」
(いけない、いけない。私は自分の任務に集中しなきゃ。撃破数1位を目指すんだもの。ジルさんのことなんて気にしてる暇はないわ)
モニカは服の胸元をぎゅっと掴んで心を落ち着けた。
(撃破数1位になればロランさんもきっと私を認めてくれるはず。そうですよねロランさん)
モニカは不安を心の奥に押し込めながら『魔界のダンジョン』に向かった。
ロランは『精霊の工廠』の廊下を落ち着きなくウロウロしていた。
その顔からは焦りと苛立ちがハッキリ見て取れる。
彼の脳裏にはディアンナとの会話が反芻されていた。
「『魔法樹の守人』に加入したい?」
「ええ。そうよ」
ディアンナはニコニコと愛想を振りまきながら言った。
「仕事は……そうね、あなたの秘書になりたいわ」
ディアンナは精一杯の媚びを込めて言った。
これには流石のロランも呆れを隠せなかった。
「ディアンナさん。あなた自分の立場分かってます?」
「ええ、もちろん。よく理解してるわよ。私はルキウスの側近。そっち側に加われば、あなたにとって計り知れない利益があるんじゃなくって?」
「数週間前なら、ね。しかし、今や趨勢は決まっています」
「私はルキウスを追い落とすための情報を沢山持ってるわよ」
「もはやルキウスに後がないことは分かっています。ルキウスを追い詰めるのに、僕達があなたの助けを必要とすることなんてありませんよ」
「あらそう。では、こういうのはどうかしら? ジルに危険が迫ってるわ」
「……なんだって?」
ロランの顔が強張る。
「やっぱりそれは知らなかったようね」
「どういうことだ? 一体どうして……」
「手筈通り行けばジルがダンジョンから帰ってくることはないでしょう」
「バカな。ジルがそんじょそこらの冒険者に殺られるわけ……」
「とはいえ、Sクラスモンスターと戦いながらじゃね」
「教えろ。ルキウスは一体何を……」
「あら、それを言ったら交渉にならないじゃない」
ディアンナはあやすように言った。
「ジルの危険について知りたければ、どうすればいいか。分かるわよね?」
ロランは廊下の壁を叩いた。
「くそっ」
(ジル。無事でいてくれ)
「ロランさん。出来ました。Sクラス冒険者用の武器『破竜槌』です」
チアルとドーウィンが台車に乗せて、Sクラスの武器を運んで来る。
「よし。マリナ!」
「はい!」
側のソファで休んでいたマリナがピョコンと飛び上がる。
「『装備保有』だ。この装備を持ち運びできるのは君しかいない」
「はい。では慎んで……。うごっ、重っ。な、何ですかコレ。『装備保有』の容量ほとんど使っちゃってるんですけど」
マリナはまるで胃袋に何かが詰まっているかのように青ざめた顔になる。
マリナはすでにAクラス相当のアイテム保有師だったが、それでも相当苦しいようだ。
とにもかくにも、ロランは具合の悪そうなマリナ及び、急いでかき集めたBクラス冒険者達を引き連れて、『鉱山のダンジョン』に潜入するのであった。
(ジル……間に合ってくれ)
ジルとスカル・ドラゴンの戦いは続いていた。
戦いが始まってからもうかれこれ5時間は経っているだろうか。
お互いに張り詰めるような神経戦を繰り広げていた。
ジルは豹のような速さで走りながらスカル・ドラゴンの側面に回りこもうとする。
しかし、スカル・ドラゴンの方もさるもの。
その巨体に見合わぬ俊敏を発揮して、ジルの斬撃をギリギリでかわす。
(くそっ。なんて嫌な間合いを)
ジルは先程から自分に有利な間合い、スカル・ドラゴンの攻撃をギリギリ紙一重でかわし、一歩の瞬発力で踏み込めるそんな間合いで戦おうとしていたが、スカル・ドラゴンがそうさせてはくれなかった。
スカル・ドラゴンは器用にステップして、意外な小回りの良さを見せる。そしてともすればジルの側面に回りこもうとした。
(こんのっ、デカくて強いんだから、俊敏くらいこっちに譲りなさいよ)
ジルが翼の先を狙って剣を振るった。
しかし踏み込みが甘かったようだ。
スカル・ドラゴンはジルの死角に回った上で、骨の尻尾を鞭のようにしならせる。
(ヤ、ヤバイ)
ジルは見えないところから攻撃が来るのを感じた。
転がってかろうじてかわす。
次いで骨の矢が飛んで来た。
ジルの鎧に何本かが当たる。
(大丈夫。骨の矢なら鎧でもガードでき……)
ピシッと金属が軋む微かな音がジルの耳に響いた。
(えっ?)
ジルがサッと自分の鎧に視線を這わせると、ヒビが入っている。
(ウソだろ!? もう鎧が限界?)
すかさずスカル・ドラゴンが口から骨の矢を大量に浴びせてくる。
「くっ」
ジルは急いで回避する。
(次、鎧に攻撃が当たれば、ヤバイ。どうにか『アースクラフト』を……)
しかし、スカル・ドラゴンは攻撃の手を緩めてくれなかった。
スカル・ドラゴンはジルがどの距離にいようと攻撃手段を持っていた。
(ぐっ。動きを止めたら終わりだ。でもこのままじゃ……)
そのうちジルは壁に追い詰められる。
「しまっ……」
スカル・ドラゴンが骨の矢を吐こうとする。
首をのけぞらせて予備動作に入った。
(壁を破ってかわすか? ダメだ。間に合わない)
その時、黒い飛来物が飛んできて、スカル・ドラゴンに三日月型の斬撃が浴びせられた。
スカル・ドラゴンの頭部が破砕される。
斬撃を浴びせた黒衣の剣士は、近くに着地した。
「っと、どうにか間に合ったってとこか?」
「なっ、あなたは……『三日月の騎士』ユガン!?」
「ん? お前が『金色の鷹』のジル・アーウィンか」
「ユガン殿、なぜあなたがこのような場に……まさか!」
「そのまさかさ。ルキウスの依頼を受けてこの骨トカゲを討伐しに来たのさ。っと」
ユガンは飛んで来たスカル・ドラゴンの骨の矢を剣で薙ぎ払う。
ユガンが破砕したはずの頭部はいつの間にか再生している。
(ぶっ壊したはずの頭部が元どおりになってやがる。やっぱ、心臓に直接攻撃しなきゃダメか)
「活きのいいスカル・ドラゴンだなオイ!」
ユガンは尋常ではない速さで、スカル・ドラゴンの懐に飛び込む。
(速い!)
「もらった」
ユガンは分厚い骨を突き破る突きを繰り出したが、スカル・ドラゴンは肋骨を膨張させて防ぐ。
ユガンの突きは心臓にまで到達せずに止まる。
「なにぃ!?」
スカルドラゴンは肋骨を自らパージして、ユガンがバランスを崩しているうちに飛び立って逃げてしまう。
「ヤロウ。待ちやがれ」
ユガンは急いで追いかけた。
(助かっ……たのか?)
ジルは思わずその場に崩折れる。
「ぐっ、ハァハァハァ」
先ほどまでほとんど無呼吸で動いていたジルは急いで深呼吸する。
(これがSクラスのモンスター。何とかやれているが……、予想以上の強さだ)
「ジルさん。大丈夫ですか?」
従者達が駆け寄ってくる。
「あ、ああ、済まない。『アースクラフト』をくれないか」
「はい」
従者の一人が懐から『アースクラフト』を取り出そうとする。
「待て。まずはポーションからだ」
ミルコが『アースクラフト』を取り出そうとする男を制するように言った。
「えっ? あ、ああそうだな」
ジルにポーションが手渡される。
「すまない。ありがとう」
ジルはポーションを受け取り飲み干す。
少しだけ体力が回復した。
それで予想以上に体力を消耗していることに気づく。
「すまない。もっとポーションをくれ」
「はい。どうぞ」
ジルは瞬く間にポーションを飲み干す。
(甘かったか。いくらロランさんに鍛えてもらったとはいえ、あのまま戦っていれば負けていたな)
「大丈夫ですか?」
ミルコが顔を覗き込んでくる。
「ああ」
ジルは起き上がる。
そして、すぐに傍の地面に刺していた剣を手に取った。
「まさか。まだ、戦いに行くのですか?」
ミルコが驚いたように言った。
他の従者達も一緒に止めようとする。
「無茶ですよ。ステータスも消耗しているんでしょう?」
「分かっているんですか? これからは奴と、あのユガンとも戦わなければいけないんですよ?」
「分かっている。だが、行かなければならない」
(証明しなきゃいけないんだ。ロランさんの実力を。それさえできれば、私はこの命なんて惜しくない)
「だいぶステータスを削られたが、まだ十分残っているはずだ。鎧さえ回復すれば、まだ戦える。スカル・ドラゴンだろうと、ユガンだろうと倒してみせる」
一同、ジルの覚悟の重さに黙り込んでしまう。
「分かりました。そこまで言うのなら。止めません。ただし我々も付いて行きますよ」
ミルコが言った。
「ミルコ、しかし……」
「分かっています。我々ではポーションを運ぶことくらいしかできないってことくらい。しかし、それでも我々だってこのまま、ルキウスのいいようにさせたくはないのです」
「ミルコ……」
「邪魔しないように慎重に行動します。その代わり、ヤバくなったらすぐに撤退してください。微力ながら我々が補給を手伝います」
「ありがとう。お前達がいてくれれば、私もより長く戦うことができる」
ジルは『アースクラフト』を使おうとする。
「待ってください。『アースクラフト』を使う前に。ギルド長に頼まれたことがあって……」
「ギルド長?」
「ええ、あなたの暗殺です」
ミルコはジルの脇腹、ヒビ割れた部分を剣で刺した。
「なっ!?」
「おっ、おい!?」
「ミルコ、お前何を!?」
他のメンバーもミルコの突然の行動に動揺した。
その隙にミルコは鎧を脱いでその下に隠していた本当の姿を現した。
そこには暗殺者用の忍び装束が着込まれていた。
ミルコは懐から取り出した暗器を他の従者達に浴びせて、瞬く間に惨殺する。
「ミルコ、貴様ぁ!」
ジルが剣を振りかぶろうとすると目眩に襲われる。
(体が言うことをきかない。これは……毒?)
ジルは膝をつき、そのままうつぶせに倒れてしまう。
ミルコはニヤニヤとしながら、ジルを上から眺める。
「くくく。この猛毒でも即死しないとは、流石はSクラスの資質を持つ重装騎士。だが、それ以上はもう動けまい。残念だったなぁ、ロランさんのためにSクラスになれなくて」
ミルコは今やその本性を隠そうともせず酷薄な笑みを浮かべていた。
ジルは悔しそうにミルコを睨みつける。
(ミルコはいの一番に私の元に、ロラン派の元に馳せ参じてくれた。ということは……)
「まさか、貴様初めから……」
「そう。初めからスパイ行為をするためにロラン派とやらに入ったのさ。ルキウスに依頼されてな」
「くっ」
「おっと、大人しくしな」
ミルコはジルの頭を踏みつけた。
「あうっ」
ジルは弱々しい声を上げた。
地面にその美しい顔を押し付けられる。
ミルコはジルの鎧の留め金を外して、内側の衣以外何も纏わない状態にした後、その美しい髪を引っ張って無理やり顔を上げさせる。
ミルコに踏みつけられたせいで、ジルの顔は見るも痛々しい有様だった。
美しい髪には踏みつけられた跡がつき、頰は砂埃で汚れ、切れた唇の端には血が滲んでいた。
「ミルコ、分かっているのか。ダンジョン内でこんなことをすれば……」
「なぁにご心配には及びませんよ。俺は暗殺者。人を殺しては金をもらい、名前を変え、街から街へさすらうのが日常さ。金さえもらえばすぐにこの街から逃げさせてもらいますよ。ただし……」
ミルコは下卑た笑みを浮かべながら、ジルの下半身を舐め回すよう見る。
それはもうずっと以前から、隙があれば盗み見て、目の保養にしていた極上の一品だった。
「その前にじっくり楽しませてもらわなきゃなぁ」
ミルコはジルのその豊かな肢体に手を伸ばす。
「っ、触るなっ」
ジルは渾身の力でミルコの手を振り払い、ナイフを抜いて斬りかかろうとする。
「うおっ」
ミルコは驚きながら飛び退いてジルの反撃をかわした。
「驚いた。まだそんなに動けたとは。うっ」
すぐそばで地響きが聞こえた。
スカル・ドラゴンが再び近づいてきているようだ。
「ちっ。長居はマズイか」
ミルコは名残惜しそうにジルを眺める。
「殺せと言うのが、ルキウスからの依頼だったが。まぁ、どうせその状態で長くは保つまい。後は……」
ミルコは傍に落ちているジルの剣を拾って、破壊した。
「あ、あぁっ」
(剣が……ロランさんにもらった私の剣が……)
「ま、証拠はこいつで十分だろ」
ミルコは折れた剣を懐にしまって立ち去って行く。
「ま、待て。ミルコ!」
「ずっと以前から言おうと思っていたが、あんたはもっと人を疑うこと覚えたほうがいいぜ。じゃあな」
「ぐっ、待て。ミルコ、ミルコ!」
ジルは必死でミルコを追いかけようとしたが、足がいうことをきかなかった。
おまけに意識まで朦朧としてくる。
(くそっ、ダメだ。私はまだ何も)
ジルは歯を食いしばって耐えようとする。
(あの人に、ロランさんにまだ何も返せていないのに)
しかし、無情にも毒はどんどんジルの体を蝕んでいく。
ついにジルは立っていられなくなり、地面に横たわってしまった。
やがて呼吸をすることもままならなくなり、意識も遠くなっていく。
「うぅ、ロランさん……」
(申し訳ありませんロランさん。あなたは私に沢山のものを与えて下さったのに。私は何一つ返すことができなかった)
ジルは途切れ行く意識の中、ロランとの思い出を振り返った。
初めて会っていきなり、才能があると言ってくれたこと。
夜遅くまで訓練に付き合ってくれたこと。
専用の装備を買ってくれたこと。
自分のために上位クエストに参加できるよう上司に掛け合ってくれたこと。
『金色の鷹』で誰もがジルを見限る中、才能を認めてくれたのは彼一人だった。
(こんなことならもっと早く恩返ししておくんだった。ロランさん、ごめんなさい)
ジルは自分の名を呼ぶ声が聞こえた。
(とうとうお迎えが来たようだ)
ジルは魂が体から離れるのを待った。
しかし、実際にはいつまで経っても天国に旅立てない。
体から力が抜けていくどころか、むしろ活力が湧いてくるのを感じた。
意識は薄れていくどころか、覚醒していく。
(なんだ? 力が湧いてくる)
相変わらず、自分を呼ぶ声が聞こえる。
声はどんどん大きくはっきり聞こえるようになっていった。
「ジル。ジル」
ジルが目を開けると、そこには自分を覗き込んでいるロランの顔が見えた。
「ロラン……さん?」
「よかった。間に合ったみたいだ」
「一命は取り留めたみたいですね」
傍から別の声が聞こえた。
そちらに目を向けると治癒師の格好をした男がいる。
彼が解毒及び回復をしてくれたようだった。
「ロランさん、どうしてここに?」
「ディアンナが教えてくれたんだ。ルキウスが暗殺者を君に差し向けているって」
「そうですか。ディアンナが……」
ジルは呼吸が正常に戻ってくるのを感じた。
空気が痛い。
自然と涙がこぼれる。
「ジル?」
「よかった。ロランさん、もう会えなくなるかと」
「……ああ、君が無事でよかった」
その時、静寂を破るようにズシンと地響きが鳴った。
「これは、スカル・ドラゴンの足音?」
ジルはガバッと起き上がる。
そしてすぐにフラついてしまう。
「うっ」
「ジル、大丈夫かい? さ、掴まって」
ロランは肩でジルを支えた。
「ロランさん、状況は?」
「スカル・ドラゴンは健在だ。誰かと戦っているみたい」
「おそらくユガンです。暗殺者に不覚をとる前に少しだけ接触しました」
「ユガン!? ユガンっていうと、『三日月の騎士』のユガン?」
「はい。彼はルキウスに雇われているようです」
「そうか。ルキウスの奴、そんな大物を雇っていたのか」
「ロランさん、私を鑑定してくださいませんか?」
「えっ!?」
「まだ私に戦う力があるのかどうか。どうすれば戦えるのか」
「まさか、今からスカル・ドラゴンと戦う気なのか?」
「もちろんです。ルキウスに、ロランさんの手柄を不当に奪い、貶めしたあの男に、これ以上何一つ与えてはなりません。Sクラスの称号はあなたが所有すべきものです。そのためにも、ロランさん、もう一度、もう一度だけ私に戦う力を下さい」
「ジル……」
ロランはジルをステータス鑑定した。
【ジル・アーウィンのステータス】
腕力:70−110
耐久:80−120
俊敏:70−105
体力:80−200
(毒によって大分ステータスを削られたみたいだな。一般的な数値に鑑みれば十分高いステータスだが、とてもSクラスとは言い難い。せいぜいAクラスってとこか。だが……)
「ジル……今の君の基本ステータスはいずれも100を下回っている。とてもじゃないがスカル・ドラゴンに太刀打ちできない」
「そんな……」
「ただし、一瞬だけなら別だ」
「えっ!?」
「君のステータスは今、乱調を来している。しかし、最高値は依然として100を超えている。一瞬のチャンスにかけて、全力を引き出すことができれば、あるいはスカル・ドラゴンを倒すことができるかもしれない」
「一瞬のチャンスに……全ての力を出し切る……」
「マリナ、例のモノを!」
「は、はい」
マリナはアイテム袋から鎧と剣を取り出して、そのまま地面に落とす。
ズシンと不自然なほど鈍い音を出しながら、鎧と剣は地面にめり込んだ。
その音だけで、ジルはその装備が未だかつてないほど密度と硬度の高い物質で作られたものだと分かる。
「ロランさん、これはまさか……」
「ああ。僕達が作ったSクラスの武器、『破竜槌』だ」
「『破竜槌』……」
「今の君にこれを扱えるかどうかは……正直言って微妙なところだ。だが、もし君がステータスの最高値を一瞬でも引き出すことができたら……あるいはスカル・ドラゴンも倒せるかもしれない。ジル、どうする?」
ジルはフッと笑った。
「ロランさん、あなたがやれとさえ言ってくだされば、私はどんなことだってやってみせますよ」
(あなたに会ったあの日から、私はあなたの言う通りにして、どんな限界だって超えてきたのだから)
ロランは苦笑した。
(全く、盲信されるのも考えものだな)
「分かったよ。ジル、スカル・ドラゴンを討伐してくるんだ。君ならできる」
「はい!」
夕方にも更新します




