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追放されたS級鑑定士は最強のギルドを創る  作者: 瀬戸夏樹
第一章、冒険者の街編
45/160

第45話 ステータスの消耗

1巻の書影や特典詳細などの情報を活動報告に掲載しました。

ぜひご覧ください。

『魔法樹の守人』の本部ではリリアンヌ達が忙しく立ち働いていた。


 ロランがダンジョンを攻略している間、ギルド長となったリリアンヌは、部隊を強化すべく外部からも冒険者達をかき集めていた。


「有能な冒険者を囲い込むのです。彼らが『金色の鷹』と契約する前に。Bクラス以上の冒険者は、お金に糸目をつけず雇いなさい」


 伝令がやって来る。


「ギルド長。申し上げます。ロラン隊が9階層に到達しました」


 リリアンヌの周りの者達が騒つく。


「9階層。もうそこまで来たのか」


「早いな……」


「それで、アリクの部隊は?」


「まだ8階層です」


 おおっ、と歓声が上がる。


「皆さん! 油断してはいけませんよ。まだ勝負はどう転ぶか分かりません。ダンジョンで頑張っている部隊を支援するために、私達も最善を尽くしましょう」


(ロランさんの部隊、異様なペースでダンジョンを攻略してる。きっと部隊はステータスを消耗して帰ってくるはず。彼が帰ってくる前にBクラス冒険者の補充要員をできるだけ多く集めておかなければ……)


 リリアンヌが指示を出していると、また伝令が駆け込んでくる。


「ギルド長! 『金色の鷹』上級会員の方がお見えしています」


「『金色の鷹』の上級会員? 一体誰が……」


「ジル・アーウィンです」


「えっ!? ジルさんが……?」




「突然の面会にもかかわらず、お会いいただきありがとうございます」


 ジルはリリアンヌに一礼して言った。


「ジルさん。あなたのような『金色の鷹』上級会員が一体なぜ?」


「『魔法樹の守人』が外部ギルドからも広く冒険者を募っていると聞きまして、微力ながら私にも参加させていただきたいと存じ、参上いたしました」


「……『金色の鷹』からはあなたのことに関して何も連絡を受けていませんが」


「『魔法樹の守人』への参加は私の一存で決めたこと。『金色の鷹』の意向とは関係のないことです」


「しかし、良いのですか? 今、私たちのギルドは……」


「私が忠誠を捧げるのはロランさんのいた『金色の鷹』です。ロランさんのいない『金色の鷹』にはもはや忠誠を捧げる価値はありません。どれだけ厳しい制裁を受けようとも、どれだけ多額の借金を背負おうとも、もう私はロランさんの命令以外に従うつもりはありません」


「ジルさん……」


(『金色の鷹』は契約違反に厳しいはずなのに。本当にロランさんのことを慕っているんですね)


 リリアンヌはジルのことがいじらしく思えてきた。


「分かりました。あなたを雇いましょう」


「は。ありがとうございます」


「ジルさん。どうかそうかしこまらないで。同じロランさんに導かれた身としてあなたの気持ちはよく分かるつもりです。ここはお互い協力して、ロランさんのことを支えましょう」


「そう言っていただけると助かります」




 ジルのこの行動は『金色の鷹』内部で顰蹙を買ったが、それよりも厳しく批判されたのはルキウスの方だった。


「セバスタやジルのような上級会員の造反を招いたのは、ひとえにギルド長ルキウスの相次ぐ失策のせいだ!」


 セバスタの後釜を狙っていた会員達は、今やルキウスの後釜を狙わんとして、引き摺り下ろそうと画策していた。


 ギルド内では頻繁にデモが起こった。


 彼らは、反ルキウスの運動が出資者や世間の耳に届くよう、問題を必要以上に大きく喧伝せんと騒ぎ立てた。


 ルキウスはギルド長の部屋の窓から、デモを起こしている連中を見下ろしていた。


(ジルを甘やかしたのは失敗だったか。これだけ譲歩しておきながら結局裏切るとは)


 ルキウスは苦々しい顔を引っ込めて、ふと暗い笑みを浮かべた。


(まあ、いいさ。これでハッキリした。ようやく分かったよ、ジル。お前が私の命令に従うつもりがないということが。お前がそのつもりなら、いいだろう、こちらにも考えがあるぞ)


 一方、その頃、『精霊の工廠』では、チアルとドーウィンが新素材の成形が終わるのを今か今かと待ちわびていた。


 いよいよSクラスの武器が完成しようとしていた。




 10階層に辿り着いたロランは、部隊が著しく消耗していたし、保有する『ポーション』や『マジックポーション』も少なくなっていたので、一旦街に戻ってパーティーを解散し、眠りにつくことにした。


 24時間後、自宅で目を覚ましたロランは、すぐに部屋を出ると、クラリアがニコニコしながら待っていた。


「おはようございます。ロランさん」


「あ、クラリア……」


「ダンジョンから帰ってこられたと聞いて、馬車を手配しておきました。お食事も用意しております」


 見ると通りには馬車が一両止まっていた。


(全く。こういうことには気がきくんだから)


「ありがとう。それじゃ『魔法樹の守人』に出勤しようか」


 ロランは馬車の中でサンドイッチを食べながら、自分がダンジョンにいる間に起こったことについて報告を受ける。


「まず『精霊の工廠』の方ですが、新しい『串刺』の生産は順調です。剣A、盾A、弓A、鎧A、杖Aについても、全てすぐ様部隊員全員分の装備を交換できるように手筈整っております。『アースクラフト』については現在、150個在庫があります」


 クラリアは手元の書類をパラパラとめくりながら言った。


「そうか」


(ランジュは上手くやっているみたいだな)


「クラリア。ランジュに本日正午、再びダンジョンに突入するから、その時間に装備一式と『アースクラフト』を持ってくるのと、メンテナンス要員を連れてくるように伝えてくれ」


「分かりました」


「『魔法樹の守人』の方はどうなってる?」


「リリアンヌさんが順調に補充要員を集めてくださっています。もう昨日の時点でBクラスの冒険者が30人は集まったとか」


「へえ。それは凄いな」


(リリーも頑張ってるみたいだな)


「あ、そうだ。それとこれはチアルちゃんから聞いたことなんですけれど……」


「ん?」


「Sクラスの武器についてもうすぐ出来そうなんだそうです」


「Sクラスの武器が!? そうか。ついに……」


 ロランは顔をほころばせた。


 ようやくジルにSクラスの武器を持たせてあげられるのだ。


(やっぱりSクラスの冒険者にはSクラスの武器をあげないとな)


 クラリアもロランの嬉しそうな横顔を見て、自分も嬉しくなってくる。


(ロランさん嬉しそう。今ならアピールのチャンスかも)


 クラリアは目敏くそう考えた。


 彼女はまだロランの愛人になることを諦めていなかった。


(せっかくロランさんのような偉い人のお側で働いているんだから、チャンスは有効活用しないとねっ)


「ロランさん。そう言えば、ディアンナさんに会いましたよ」


「えっ、ディアンナに?」


 クラリアの思惑通り、ロランが食いついて来る。


「ええ。少し会話しただけですが、なんというか余裕のない様子でした。いつも意地悪な彼女が減らず口の一つも叩かないで」


「へぇ」


「やっぱり『金色の鷹』陣営は結構大変みたいですね」


 クラリアはさりげなくロランにウィンクした。


 ロランはついついドキリとする。


 実際、クラリアは軽薄なところを除けばなかなか魅力的な娘だった。


「そ、そっか」


 ロランは見なかったことにして、目を逸らし再び前を向く。


「ロランさん!」


「ん? な、何?」


「よければ私がディアンナさんから、情報を引き出しましょうか? 『金色の鷹』は今、ガタガタですから、何か有効な情報を引き出せると思うんです。私結構得意なんですよ。人から情報を引き出すの」


 クラリアはこのチャンスを逃すまいと、ロランの注意を引き続けるべく、手を握った。


 口づけできそうなほど顔をロランに近づけて、瞳をウルウルと潤ませる。


「私、以前、ロランさんに失礼な態度をとってしまって。だからどうにかロランさんのお役に立ちたくって」


「えっ、あー、うん、えーっと」


 ロランはクラリアをスキル鑑定した。


 クラリア

『密約』:C→A

『情報奪取』:C→A


(う、うーん。このスキルは果たして育ててもいいものかどうか)


 どちらも諜報系のスキルで、上手く使えば情報収集に有利そうだが、逆に自分達の重要な情報が敵に漏洩することも考えられる。


 諸刃の剣になりかねなかった。


 彼女とより深く親密な仲にでもならない限り。


「あっ、どうやら到着したみたいだね」


 ロランは馬車が止まったのを見て、いそいそと扉を開けて降りる。


 クラリアは一瞬憮然とした表情になるものの、すぐにいつも通りニコニコと愛想のいい若い娘の顔に戻った。


(流石に手強いですね。ロランさん。そう簡単に靡いてはくれませんか)


 クラリアはロランの背中を見つめる。


(でもまだまだチャンスはあるはず。逃がしませんよロランさん!)




 ロランが『魔法樹の守人』の宿舎に入るとリリアンヌが迎えてくれた。


「おかえりなさい、ロラン」


「リリー。わざわざ迎えに来てくれたのか」


「ロランさん。Bクラス冒険者の補充要員既に用意ができていますよ」


「そこまでしてくれたのか。……ありがとう。君が背後を支えてくれるおかげで、この後も僕達はダンジョンクリアに専念することができる」


「うふふ。それにしても……」


 リリアンヌは馬車の方をチラリと可笑しそうに見た。


「ロランさんもついに重役出勤ですね」


「いや。恥ずかしいな」


「このくらいのこと。今までのロランさんの功績を考えれば当然の待遇ですよ」


 リリアンヌの後ろから現れたジルが言った。


 ロランはリリアンヌとジルが一緒にいるのを見て、少しドキッとした。


「ジル!? どうしてここに?」


「彼女は現在我々の傘下です」


 リリアンヌが説明する。


「彼女が申し出たので、私が許可しました。『金色の鷹』に断りもなく来られたそうです」


「ジル……」


「ようやく、あなたの下であなたのために働くことができます」


 ジルは嬉しくて仕方がないというように、頰を紅潮させながら言った。


「ロランさん。どんなことでもやらせていただきます。ご命令ください」


「そうか」


 ロランは彼女の覚悟のほどをそこはかとなく感じて、多くを聞かないことにした。


 二人は以心伝心したように視線を交わし合った。


 リリアンヌは二人の様子を見て心から満足した。


「それでどうしましょう? ジルさんですけれど、とりあえず、ロランさんの部隊に配置しましょうか?」


 リリアンヌが困ったように相談する。


「それもありだけど。今は少し様子を見よう。どうも『鉱山のダンジョン』の様子がおかしいんだ」


「様子がおかしい?」


「ああ、下層なのに異様に強いモンスターが出てくる。多分Sクラスのモンスターが出てくる」


「Sクラスの……」


 ジルがハッとする。


 Sクラス昇格。


 それはジルとロランにとっての念願だった。


「うん。だから君にはSクラスモンスターの撃破に備えて待機しておいて欲しい。もうすぐ『精霊の工廠』でもSクラスの装備が完成しそうなんだ。細かい調整が必要だろうから、『精霊の工廠』に打ち合わせに行ってくれるかい?」


「分かりました」


「ではジルさんはウチで待機、ということでよろしいですね。補充要員についてはどうしますか?」


「盾役、剣使い、弓使いの消耗が激しい。できればステータスが万全の状態の人と交代させたい」


「分かりました。そのように手配します」


「とりあえずこんなところかな。ジル。僕はギルド長と話すことがあるから先に行っていてくれるかい?」


「はい、ロランさん」


「クラリア。ジルを『精霊の工廠』まで馬車で連れて行ってあげてくれ」


「はい、かしこまりました」


「それじゃ、リリー。行こうか」




 リリアンヌは控え室に入ると、すぐにロランに抱きついて熱烈なキスを浴びせた。


 ロランの首に腕を回してがっしりと掴み、存分に久しぶりのキスを味わう。


 二人はしばらくの間、貪るようにお互いの唇を味わった。


 呼吸が苦しくなると、息継ぎをして、すぐ様再びキスに没頭する。


 ロランがジルを引き離してリリアンヌと二人きりになったのは、このためだった。


 リリアンヌは先ほどから平静を装いながらも、隙をみてはロランの方に切なく熱っぽい視線を送っていた。


 あのままではジルの前で何かしかねないとも限らなかったため、緊急避難したのであった。


 二人がキスをやめたのはたっぷり数分経ってからであった。


 リリアンヌは深く悩ましげな溜息を吐いて、一息つくとようやく少しだけ落ち着いた。


「ごめんなさい。本当はダンジョンをクリアするまで我慢するつもりだったのですが……」


「いやいや、いいんだよ」


「今、大事な時期だというのは分かっているのですが……。でもギルド長のお仕事は思ったよりも大変で……」


「いいんだよ。僕の方こそ、なかなか構ってあげられなくてごめんね」


 ロランはそう言いながら、リリアンヌの髪を優しくたくしあげて頰を撫でた。


「ロラン……」


 リリアンヌは感激したように目を潤ませる。


 二人はもう一度だけ軽くキスをした。


「帰ってきたらたっぷり構ってあげるから、もう少しだけギルド長のお仕事頑張って」


「はい……」


 二人が部屋を出た時には、リリアンヌはすっかりもとのキビキビした調子に戻って、むしろ心なしリフレッシュした様子で廊下を歩くのであった。


 ダンジョンに向かうロランのことを手を振って笑顔で見送る。


(ロラン。帰ってきたら、たくさん、たーっくさん私のこと構ってくださいね)




 リリアンヌから補充要員を受け取ったロランは、彼らを引き連れて、ダンジョンの入り口へと向かった。


 すると、そこにはすでにモニカ達部隊員とランジュ達『精霊の工廠』のメンバーが集まっていて、再度ダンジョンに突入する準備を始めていた。


「リックさん。『鎧トカゲ』の油が大分剥げてしまっていますね。メンテナンスしておきます」


「おお、ありがとうございます」


『精霊の工廠』の若い職員が、リックの鎧に『鎧トカゲ』の油を塗り直してメンテナンスする。


 チアルは『銀製鉄破弓』やレリオの弓、マリナの杖のメンテナンスと大忙しだった。


「リックさん。盾のメンテナンスは間に合わないので新しいものを使ってください」


 ランジュが新しい盾を持ってきながら言った。


「おお、ありがとうございます」


(やはり『魔法樹の守人』のサポート体制は素晴らしいな。流石大手ギルドだ)


 リックは満足しながらサポートを受ける。


 ふと、ロランがランジュと親しげに話しているのを見る。


(ロランさん、『精霊の工廠』のメンバーとも仲が良さげだな)


「あのモニカさん」


 リックは隣で準備をしているモニカに話しかけた。


「ん? なあに?」


「ロランさんは、『精霊の工廠』の方々とも親しいようですが……」


「そりゃそうだよ。ロランさんは『精霊の工廠』のギルド長だし」


「えっ? そうなのですか?」


「それどころか、元々、ロランさんは『精霊の工廠』から来た人よ」


 ユフィネが会話に割って入る。


「元々は『精霊の工廠』で『魔法樹の守人』用に武器を作ってたんだけれど、リリアンヌさんの伝手で特別顧問として『魔法樹の守人』にやって来たの」


「そ、そうなのですか」


(錬金術ギルドのギルド長から冒険者ギルドの幹部にして、部隊長。ロランさんって……一体どういう経歴の人なんだ。謎過ぎる)


 リックは不思議そうにロランの方を見るのであった。


 ロランはメンバーのステータスを鑑定する。


 まずはモニカ、シャクマ、ユフィネからだった。


「ん。君達はステータスに異常はないようだね」


「はい」


「あったり前ですよ」


 ユフィネが胸を張りながら言った。


 続いてリック、レリオ、マリナのステータスを鑑定する。


(リックは……魔力に乱れがある。支援魔法と回復魔法は厳しいか。マリナは……そもそも消耗してないか。レリオは……)


【レリオのステータス】

 腕力(パワー):20−70

 俊敏(アジリティ):30−90

 指揮:30−90


(流石に消耗が激しいな。無理もないか)


「レリオ。君は待機だ」


「う、やっぱりですか」


「ああ、ステータスが回復していないからね」


「……はい」


「落ち込むことないよ。あれだけの指揮をこなしたんだ。多少のステータスの乱調は仕方がない。ここは無理せず、回復に専念してくれ。もし合流できそうなら、『森のダンジョン』か『魔界のダンジョン』から帰って来た部隊と合流すること」


「了解です」


 ロランはこの他、盾隊、剣使い、弓隊の人間からもステータスの消耗している人間は、補充要員と交代させ、ほとんどダメージのない状態でダンジョンに再び侵入した。


「よし。モニカ、シャクマ、ユフィネについては、いつも通り。リックは前衛の役割に専念。魔力が消耗しているから『俊敏付与』と回復魔法は使っちゃダメだよ。マリナはアイテム供給を最優先。モニカへの『串刺』と『アースクラフト』の供給を。特にここからは『酸の粘状体(アシッドスライム)』が現れる。『酸の粘状体(アシッドスライム)』は武器の損耗を促進するモンスターだ。一人一つずつ『アースクラフト』を常に保有して、もしメンバーの装備が損耗したら、すぐマリナは損耗者に『アースクラフト』を支給するように」


「はい」


「よし。それじゃあ行くぞ」




 11階層へと降り立ったロラン達はすぐ様、『塔のような土人形(タワーゴーレム)』に遭遇した。


 しかも一際レベルが高そうだった。


(ぐっ、いきなり『塔のような土人形(タワーゴーレム)』かよ)


 リックが顔をしかめる。


「陣形を展開!」


 ロランが指示を出すと、前衛と後衛に分かれて、じっくりと戦い始める。


 戦いの途中、リックは敵の隊列に乱れを見つけた。


(今、あそこに飛び込めば、背後に回れる、か?)


「『俊敏付与』」


 リックは呪文を唱えたが、魔法は発動せずむしろ、目眩がリックを襲った。


(ぐっ、なんだ?)


「リックの様子がおかしいぞ」


「誰か。助けてやってくれ!」


 周りの盾隊の連中が急いでカバーしながら騒ぎ出す。


(やはり、リックが魔法を使うのは厳しいか)


 ロランはリックの様子を見ながら改めて思った。


 モニカがリックの肩を担いで、後衛まで引っ張る。


「もう、ロランさんが『俊敏付与』は使っちゃダメって言ったでしょう」


「うぐっ」


「ちゃんと隊長の命令は聞かなきゃダメだよ」


「……はい」


 リックは申し訳なさそうに言った。


「その点、私は言われたこと以外何もやりませんよ」


 なぜかマリナが誇らしげに胸を張って言った。


「あんたはもう少し積極的になりなさいよ!」


 ユフィネがどやすように言った。


 ロランは苦笑した。


(まだまだ、新人達はメンタルが未熟だな。果たしてこのまま、アリクを振り切ることができるか?)


 ロラン達は、体調不良を起こしたリックを庇いながら行軍したため、しばらくの間低速での移動を余儀なくされた。


 その他、新しく部隊に入った補充員との連携不足からも、部隊の足は遅くなってしまう。




 一方、その頃アリク達も24時間のインターバルを終えて、再びダンジョンに潜り、猛烈な勢いでロラン達を追い上げた。


(やはり『金色の鷹』を立て直すにはこの『鉱山のダンジョン』で俺がロランに勝利する他ない!)


 アリクは『金色の鷹』本部の体たらくを見てその思いをさらに強くした。


 彼がルキウスから余計な干渉を受けないのにホッとしたのも束の間、すぐにルキウス降ろしの動きに直面した。


 デモ隊に出くわしたのだ。


 彼がその場で一喝すると、一応騒ぎは収まったものの、アリクがダンジョンに入ればまた再燃することは間違いなかった(もはや『金色の鷹』でこのように威厳を発揮できるのはアリクだけであった)。


 アリク達はロランの後を怒涛の勢いで追いかけた。


 アリク隊歴戦の強者達はこのハイペースにもかかわらず、24時間の回復できっちりとステータスを持ち直して、脱落する者は一人もいなかった。


 研ぎ澄まされた連携と、後追いのアドバンテージでもって、凄まじい速さでダンジョンを駆け抜ける。


 その際、やはりアリクは先頭で指揮をとりながら、自らの支援魔法を駆使していた。


「ロランさん、この感じ」


 モニカが慌てた様子で言った。


 先程から背後からのプレッシャーが凄まじい。


「ああ、アリク達が追い上げているな」


 ロランもプレッシャーを感じながら言った。


 そしてついにモニカの『鷹のホークアイ』が、アリクの部隊を捉える。


(ウソ。1階層以上の差があったのに。もうこんなところまで……)


 再びアリクの部隊は背後1キロメートルのところまで迫っていた。


 アリクもロランの部隊を肉眼で捉える。


(捉えたぞ。ロラン!)


 アリクは全速力でロランの部隊に迫る。


(くっ。俺のせいで追いつかれるのかよ)


 リックは背後からのプレッシャーを感じながら歯軋りする。


 しかし、スピードの差は歴然でどうにもならなかった。


 12階層、13階層と階層を経るごとに少しずつ近づいてくる。


 14階層に辿り着いた時、ついにアリクの部隊がロランの尻尾を捕まえる。


(もらった!)


 アリクは追い抜きの指示を出そうとした。


 しかし、その時不意に彼を目眩が襲う。


(なんだ?)


「隊長!?」


 体勢を崩して倒れそうになるアリクに副官が急いで駆け寄って支える。


「大丈夫ですか? 誰か! 回復魔法を!」


 しかし、アリクは回復魔法をかけられても回復することはなかった。


「まさか!」


 副官はその場でアリクのステータスを鑑定した。


【アリクのステータス】

 魔力:1ー120


(魔力の最低値が1……。乱調どころじゃない。これはもうすぐには治らない)


「隊長。お休み下さい。あなたのステータスは限界です」


「バカを言うな。今ここで俺が休んだら、ロラン達はどんどん先に行ってしまうじゃないか」


「しかし、もう魔法は撃てないでしょう?」


「くっ」


 アリクはどうにか呪文を唱えようとしてみる。


 しかし、どうしても集中力が途切れて呪文を唱えることができない。


 どれだけマジックポーションを飲んでも無駄だった。


「くそっ。ここぞという場面で」


(無理もない。このハイペースをずっと一人で部隊を引っ張ってきたんだ)


 副官は苦々しい顔をする。


 ロラン達はアリク達がもたついている暇に先へと進んだ。


 再び距離が開き始める。


「くそっ」


「落ち着いてください。ロラン達とて苦しいことに違いはありません。ずっと先頭をハイペースで走っているんです。むしろ負担の上では我々よりも多いはず」


「15階層を越えればまた一段とモンスターが強力になります。そうなれば彼らとてペースを落とさざるを得ません」


 しかしロラン達のペースが落ちることはなかった。


 ロランは部隊員の負担が集中しすぎないように小まめにステータスを鑑定して、負担を分散していた。


 そのため、モニカ、シャクマ、ユフィネの三人は、相変わらず高威力を保持した。


 一方で、アリクの部隊はというと、アリクを先頭に据えない編成でダンジョンを進んだが、その行軍スピードは激減した。


 保有しているAクラス冒険者の人数の差が、はっきりと形になって現れたのだ。


 ロラン達はアリク達がもたついているうちに差を広げていき、ついに両部隊の差は2階層分にまで広がった。

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文庫第6巻が3月25日(金)に発売です!
ふーろさんが丹精込めてイラスト描いてくださりました。
可愛いピンクのツインテールが目印です。
よければチェックしてあげてください。
i632441
― 新着の感想 ―
[気になる点] リックが言うことを聞かなすぎだろう
[気になる点] リリィ呼びをこの話からはリリーに変更したのでしょうか? あと以前からリリアンヌとロランの会話がおかしいです。 初期は両者とも敬語を使っていたのですが、付き合ってからは両者ともタメ口な…
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