第44話 指揮と権限
「ほえぇ。凄いですねぇ。リック」
マリナはロランの背中に乗りながら、リックが塔のような土人形を押し返すのを見て、感嘆のため息をついた。
「ああ。ようやく本領発揮ってところか」
ロランも満足そうに言いながらリックのステータスを鑑定をする。
【リック・ダイアーのステータス】
腕力:80−90
(ステータスの乱れが無くなっている。やはりリックはこういう注目される場面で力を発揮するタイプなんだな)
「どうですかロランさん。塔のような土人形を倒しましたよ」
リックが得意げにロランの方に手を振ってアピールする。
ロランも親指を上げて返した。
「よし。みんなリックの奮戦を無駄にするな! 今のうちに突破するぞ」
ロラン達はリックがこじ開けた戦列の隙間を進んでいった。
残った塔のような土人形は、急いでロラン達を食い止めようと体の向きを変えるが、その動きは鈍かった。
腕力、耐久、体力の高い塔のような土人形だったが、俊敏だけは極端に低かった。
しかし、それでも一体だけロランの最後尾に一撃を喰らわせようと腕を振り下ろしてくる。
ロラン達を巨大な影が覆う。
その長いリーチはとてもかわし切れるものではなかった。
(くっ、流石にノーダメージで切り抜けるのは無理か)
ロランがそう覚悟すると、またもやリックが最後尾に躍り出て、塔のような土人形の攻撃を受け止める。
「リック!?」
「大丈夫です。ロランさん。ここは私が食い止めるので、今のうちに進んで下さい!」
リックは自身に回復魔法をかけて削られた体力を回復する。
「ちょっと、大丈夫ですか? 塔のような土人形と一人で連戦なんて……」
シャクマが顔を青ざめながら言った。
「……大丈夫だ。ここはリックに任せて進もう」
ロランは再びリックのステータスを鑑定する。
【リック・ダイアーのステータス】
腕力:80−90
耐久:70-80
(腕力は全く消耗していない。リックは耐久も高いのが強みだな。多少のダメージを受けたとしてもステータスを削られることがない)
耐久はステータスの中でも特殊な項目だ。
基本的にステータスは酷使しすぎたり、ダメージを受けたりすれば消耗してしまうが、耐久が高ければ、その消耗を抑えることができた。
リックはロラン達が塔のような土人形のリーチから逃れたところで、自身に『俊敏付与』をかけて離脱した。
アリク達は塔のような土人形を腕力で動かした新人冒険者を見てざわついていた。
「なんだあいつは!?」
「塔のような土人形を押し倒したぞ」
アリクも難しい顔をする。
(新人にしてあの腕力と耐久。やがてはセバスタ並みになるだろうな。いや、それだけじゃない。『俊敏付与』と『回復魔法』まであった。ユーティリティ性ではジル以上。将来的には魔導騎士の器か……。チッ。ロランの奴、ダンジョン経営しながら、あんな奴を発掘していたのか)
「隊長! 我々の前方にも塔のような土人形が……」
「チィ……」
アリクはロラン達の方を見るのをやめて自分の相手に集中する。
(こっちには、塔のような土人形を退かせる腕力の持ち主なんていない)
「やむを得ん。部隊を展開させるんだ。盾隊は前へ。弓隊は対空射撃。魔導師は後衛の位置につけ!」
アリク達は二列縦隊から前衛と後衛に分かれる戦闘隊形へと移り、部隊を展開した。
塔のような土人形が突っ込んできて、白兵戦部隊とぶつかる。
戦士が二人がかりでようやく一体の塔のような土人形を抑え込み、攻撃魔導師と支援魔導師が援護する。
アリク達が部隊を展開させて、じっくりと戦っている間にロラン達は行軍隊形のまま、先へと進んだ。
アリク達がようやく塔のような土人形を片付けた頃には、ロランの部隊とアリクの部隊の間には1キロ近い差ができてしまう。
ロランとアリクが5階層を突破した頃、クエスト受付所の掲示板の前には、冒険者達が詰めかけていた。
掲示板には、ダンジョンに潜る冒険者達のうちトップを走る者の現在位置が示されていた。
受付所の係りの者が掲示板の内容を更新する。
「えー。冒険者の皆さん。ロラン隊とアリク隊が『鉱山のダンジョン』5階層を突破しました。というわけで、5階層までのクエストが発表されます」
「早ぇ!」
「もう5階層かよ!」
「まだ2日くらいしか経ってないぜ」
冒険者達はロランとアリクのハイスピードな攻略ペースに驚きを隠せず騒めく。
冒険者達に混じって掲示板を見ていたディアンナは苦々しい表情になる。
(今のところロランとアリクはほとんど互角のようね。どうにかアリクが勝てばいいんだけど……)
ディアンナがふと傍を見ると見覚えのある顔がいた。
「あら? あなたは……クラリア?」
「えっ? ディアンナさん!?」
ディアンナはクラリアを見つけて意外そうな顔をした。
二人の間に何となく緊張した空気が漂う。
ディアンナは常々クラリアから自分と同じ匂いを感じていた。
常に他人を見下していなければ気が済まず、かと言って努力や苦労はしたくないため、誰かの愛人になって金を得ようとする。
それゆえにディアンナは常々彼女のことを意識していた。
「どうしたの? 確かあなたはクエスト受付所をクビになったって聞いたけど……」
「いやぁ。実はあの後、ロランさんに雇っていただきまして。今は、ロランさんの秘書をやらせていただいてます」
「へぇ。そう……それはよかったわね」
ディアンナはクラリアの服装を見た。
彼女は小ざっぱりとした趣味のいい服を着ていた。
派手さはないが、素材とデザインは凝っていて、それなりに値の張る品物に違いなかった。
「ずいぶん、いい服を着ているじゃない」
「ロランさんに買っていただいたんですよ。ちゃんとしたものを着るようにって」
クラリアは満面の笑みで言った。
「そう……」
(要するにロランの愛人になったというわけね)
ディアンナはそう判断した。
そしてそれだけでマウントを取られたような気分になる。
下降気味のルキウスと上り調子のロランで、今となっては立場が逆になってしまったのだから。
(本当にこの子ったら、ちょっと前までは私達の味方だったのに。上手いこと乗り換えたというわけね)
「あ、そろそろ行かなくっちゃ。結構大変なんですよ? ロランさんの秘書するの。『精霊の工廠』と『魔法樹の守人』はもちろん、色んな錬金術ギルドを行き来しなくちゃいけなくって」
「へぇー。そう」
ディアンナは頰を引きつらせた。
(その錬金術ギルドだって元々は私達の味方だったのに……)
ディアンナにはもはやクラリアの発言全てが自分へのマウントに聞こえた。
「では、失礼します。『金色の鷹』、これから大変かもしれませんが、頑張って下さいね」
クラリアはぺこりとお辞儀をして、立ち去って行く。
ディアンナはハラワタが煮え繰り返りそうな気分で彼女の後ろ姿を見送るのであった。
7階層に辿り着いたロラン達は街中を駆け抜けていた。
「敵影です。等身大の土人形10体、ゾンビ・アーチャー10体、ヴァンパイア10体!」
モニカが言った。
その瞬間、レリオが走り出す。
「ゾンビ・アーチャーか。射撃戦になるね」
ロランが言った。
「はい。だから弓隊はあの建物を……、えっ!?」
モニカは、レリオがすでに自分の指示しようとした建物の方に走っているのを見て目を丸くした。
(私やロランさんが指示を出す前に走り出してる。足も早ければ判断も早い。これが正統派アーチャー……)
「よし弓使いはレリオに続け。2班は弓隊の援護」
ロランが指示を出す。
「モニカ。君は『串刺』で敵戦力の削減だよ。俊敏で勝負する必要はない」
「は、はい」
モニカは慌てて射撃準備に入った。
(ようやくレリオもエンジンがかかってきたか。リックの活躍に刺激されたかな?)
ロラン達は弓隊の活躍もあって、その場を切り抜け、8階層へと到達した。
「ここは……」
ロラン達は切り立った崖の上に立っていた。
崖の下には激流が轟々と音を立てている。
「ロランさん、ここって……」
「ああ、激流のダンジョンだ」
激流のダンジョンは、島のように浮かんだいくつかの台地を経由して、ゴールにたどり着くステージだった。
それぞれの島にはモンスターが配置されており、島と島の間には石橋が掛けられているが、橋から落ちて激流に飲まれればスタート地点まで戻って初めからやり直さなければならない。
激流のダンジョンにおいて、スタート地点にはたいてい、脆橋と呼ばれる特殊な橋が架かっていた。
脆橋は規定人数を超えると、崩れ落ちるようになっており、一度壊れればしばらく経たなければ復活しない。
ロラン達のいるスタート地点からは脆橋が5本それぞれ別の島に伸びている。
脆橋にはいずれにも15とひび割れた文字で書かれていた。
(15人しか渡れないってことか。部隊を二つに分けないと)
「ロランさん。ここで別々の橋を渡ると、転移魔法陣まで合流できません」
『ホークアイ』で偵察を終えたモニカが言った。
「ということは、丸々1階層分は別々に分かれて進むしかないということか」
(とはいえ、躊躇っていてはアリクに追いつかれるだけだ)
「よし。部隊を二つに分けるよ」
ロランはどちらかに戦力と役割が偏らないようバランスを考えて部隊を二分した。
一隊にはモニカ、マリナ、リックを。
もう一隊にはシャクマ、ユフィネ、レリオを入れておいた。
ロラン自身はモニカの部隊に入ることにした。
(モニカの『串刺』はマリナがいないと発動できないから絶対にセットだ。モニカは上官が側にいた方が力を発揮するタイプだから僕が入る。となれば、もう一隊の方には、僕の代わりに指揮官が必要だ。指揮能力の高いシャクマとレリオを配置して、後はユフィネとリックだけど、マリナはスキル『薬剤保有』があるから、実質回復役も務まる。よってユフィネを別働隊に、リックをこっち側に入れる。こんなところかな)
「よし。それじゃ、別働隊の隊長はユフィネとする。マリナ」
「はい」
「ユフィネの部隊に魔力回復薬(マジックチェリーで作ったもの。魔力を回復することができる)を支給して」
「分かりました」
「シャクマ、レリオ!」
「「はい」」
「指揮能力の高い君達が別働隊の指揮を務めるんだ」
「「はい」」
レリオは少し緊張しながら言った。
「大丈夫だよ。君の指揮能力なら充分副官の役割は務められる。頼りにしているよ。ユフィネ!」
「はい」
「僕が以前言ったこと、よく思い出して。分かってるね? 隊長の役割」
「………はい」
ユフィネは少し不満そうな顔を見せつつも承諾した。
「隊長。アイテムの配分終わりました!」
マリナが報告してくる。
「よし。それじゃみんな。これから部隊を二つに分けての別行動だ。なるべく同じタイミングでゴールにつかなければならない。どちらか一方だけ辿り着いても、どちらか一方がたどり着けないようじゃ意味が無いんだ。頼んだよ」
二つに分かれた部隊はそれぞれ別々の脆橋を渡った。
渡り終わると、橋はすぐに崩れて激流に飲み込まれる。
「ユフィネ達、大丈夫でしょうか」
モニカが心配そうにロランに尋ねた。
「……今は信じるしかない」
ロラン達が8階層に着いて遅れること数時間、アリクの部隊も8階層に到着した。
「………激流のダンジョンか」
アリクが呟くように言った。
激流のダンジョンは攻略を目指す冒険者達にとって、常に悩みのタネだった。
部隊と指揮系統を二つ以上に分けなければならず、常に指揮官の頭を悩ませた。
二つに分かれた部隊はえてして上手く合流できず、階層の攻略を大幅に遅延させた。
(だが、これは逆転のチャンスだ。ロランの部隊はまだ経験が浅い。部隊を二つに分けることに戸惑うはず。ここで一気に追いつくぞ)
アリクは副官の中で最も経験値豊かな者を選び、別働隊の隊長に任命した。
別働隊を率いるユフィネはロランの言葉を思い出していた。
(ロランさんったらあんなこと言って!)
それはダンジョンに入る前、ユフィネだけ呼び出されて言われたことだった。
「君に指揮官の適性はない」
ユフィネはロランの言葉にムッとした。
「そんなの、やってみなければわからないじゃないですか」
「いや、分かるよ。僕のステータス鑑定ならばね」
ロランはユフィネのステータスを鑑定する。
【ユフィネのステータス】
指揮:40-50
「君の指揮能力は………まあいいところ平凡ってところかな」
ユフィネは納得のいかない顔をした。
「でも隊長になることはできるよ」
「どういうことですか?」
「君が隊長の役職について、実際の指揮は他の人間に委ねる」
「お飾りの隊長ってことですか?」
「そうじゃないよ。ただ職種と責任を分けるってだけさ」
「?」
「多くの人は上に立つ者は指揮や経営の技能に精通していなければならないと考えている。しかし、実際にはそうではない。僕の考えでは役職というのは最終的な責任の所在を示しているだけだ」
「………」
「参謀という考えがある。指揮官の負担を軽減して場合によっては代わりに指揮をとる役割の人間だ。君は直接指揮せずに参謀に任せればいい。要するに君の役割は指揮をすることじゃなくて、権限を部下に委譲し、最終的な責任を持つということ。これまで通り回復役に徹することだ。自分の役割を全うしつつ部下のやることに責任を持つ。もし君にそれができるのなら、君に隊長を任せてもいいと思っているよ」
ロランはそこで説明を切って真剣な顔をしてユフィネの顔を見た。
「『鉱山のダンジョン』には、激流のダンジョンも含まれる。君とシャクマ、レリオの指揮官適性を試す絶好の機会だ。ユフィネ、君に部下の責任を持つことができるかい?」
(ロランさんったら、あんなこと言っちゃって。いいわ。やってやろうじゃない。私の指揮でロランさんより早くゴールにたどり着いてやるんだから!)
「レリオ。遠慮することないわよ。あんたのすることは全部私が責任を取るから。あんたは遠慮せず思いっ切り指示を出しなさい」
「はい!」
ユフィネはとりあえず、部隊を三つの班に分けた。
橋を渡る際、先頭の班をシャクマに、後ろの班をレリオに、自身は中央を担当する。
脆橋の先にいる最初の敵は、等身大の土人形5体だった。
橋の先に展開して通せんぼしている。
「よし。盾隊の皆さん、奴らをどけてください。行きますよ。『防御付与』!」
シャクマが呪文を唱えると盾隊が青い光に包まれる。
盾隊は等身大の土人形の重量をものともせず、敵を退かせていった。
レリオは橋を渡りながら、足元を確認した。
(狭いな)
橋の幅は人間三人がやっと通れるくらいの広さだった。
(この狭さじゃ、橋の上で隊列を変えるのは至難の技だ。となれば、橋を渡る前に前衛と後衛の配置を完了しておく必要がある。じゃあ、もし橋を渡る途中で予期せぬ敵の攻撃に晒されてたら?)
狭い橋の上を行軍する部隊は、縦いっぱいに伸びていた。
これでは背後を襲われた時、ユフィネの回復魔法でも即座に対応できないだろう。
「ユフィネさん」
「ん? なに?」
「橋を渡る時、どうしても隊列が間延びしてしまいます。隊列の後ろが襲われた時の対策をしておいた方がいいと思うのですが……」
「後ろが襲われる? そんなことあるの?」
「分かりません。ただ起こってから対策を練るようでは遅いんです」
「うーん。でも、早く進むために前方への攻撃に力を入れたいのよね」
「もちろん攻撃を緩める必要はありません。後ろは防御だけに専念して、ステータスでカバーしましょう。ただ消耗は避けられないので、回復魔法での援護だけしてもらえますか?」
「分かったわ。レリオ、回復魔法が必要になったらいつでもいいなさい」
「はい」
ユフィネ達はしばらくの間、何事もなく進み橋を7つ目まで渡った。
8つ目の橋を守るのは帽子を被った幽霊10体だった。
「攻撃魔導師前へ! 行きますよ『攻撃付与』!」
シャクマが呪文を唱えると、攻撃魔導師達の体が赤い光で包まれる。
爆炎や爆風で帽子を被った幽霊達を蹴散らしながら、橋を進んで行く。
しかし、隊員全て橋の上に乗ったところで、橋の下の水面から帽子を被った幽霊が現れる。
帽子を被った幽霊達は、隊列の背後に襲いかかる。
ゴースト系に有効な攻撃魔導師は今、列の一番前にしかいない。
(やっぱり! こういうことが起こるよな)
予想していたレリオは、即座に対応した。
「ユフィネさん! 背後からゴースト・ハット10体! 回復魔法を」
「オーケー。『広範囲回復魔法』!」
ユフィネは『広範囲回復魔法』を発動させ、列の最後尾まで魔法陣を移動し、カバーした。
「ユフィネ。前に等身大の土人形の増援が現れました。盾隊を前に!」
「あーもう、前も後ろも忙しいわね」
ユフィネは先頭の攻撃魔導師と中央の盾隊を交代させた。
狭い橋の上での交代によって、部隊は一時停止を余儀なくされた。
(やっぱり回復しながら指揮するのは大変ね。かと言って、私が列の真ん中から動くわけにもいかないし……。ロランさんはここまで見越して?)
ユフィネはレリオの方を見た。
(頼むわよ。レリオ。殿はあんたに掛かってんだから)
レリオは回復の魔法陣をうまく利用しながら、帽子を被った幽霊の攻撃を凌いだ。
次の島には二つの橋が架かっていた。
右の橋の先には等身大の土人形が、左の橋の先には槍を持った骸骨がそれぞれ待ち構えていた。
(どっちに行く? 等身大の土人形なら盾隊を前に、槍を持った骸骨なら攻撃魔導師を前に置くべきなんだけど……)
「ユフィネ。等身大の土人形の方に行きましょう。盾隊を前にして、攻撃魔導師を後ろにするのです。そうすれば水面から帽子を被った幽霊が現れても対応できますよ」
シャクマが進言する。
「なるほど。よし、右に行くわよ」
ユフィネ達は等身大の土人形の守る島に向かって走り出した。
(確かにシャクマさんの案なら、帽子を被った幽霊の奇襲には対応できる。だが、それ以外の敵が現れたら?)
レリオは頭の片隅でそんなことを考えた。
「行きますよ。『防御付与』!」
青い光に包まれた盾隊が、先頭を切って橋を渡って行く。
全ての冒険者が橋の上に乗ると、もう一方の橋の向こうにいた槍を持った骸骨が橋を渡って、ユフィネ達の背後を脅かそうとする。
(槍を持った骸骨が背後に。それなら攻撃魔導師で対応できるが……)
レリオは注意深く周囲を警戒しながら考えた。
ユフィネは右側の離れた島に別の一隊が現れるのを目の端で捉えた。
(あれはアリク? まさか追いつかれた?)
アリク達も15名ずつの部隊に分かれたようだった。
アリクは相変わらず部隊の先頭に立って、指揮を取っている。
(くっ。アリクに追いつかれたとなるとなおさら急がないと)
アリクはアリクでユフィネ達に気づく。
(15人。やはり奴らも部隊を二分したか。ロランは……いないな。丁度いい。ロラン無しでどのくらい部隊が機能するのか、見せてもらおう)
ユフィネ達の盾隊が等身大の土人形と接触した瞬間、後ろからヴァンパイアが飛び立った。
(ヴァンパイア! 等身大の土人形の後ろに隠れていたのか)
「弓隊、対空射撃! 後ろに回らせるな」
レリオが声を掛けると隊列の中ほどにいた弓隊が弓矢を構えて、ヴァンパイアに向けて矢を放つ。
ヴァンパイア達は次々に撃ち落とされていった。
レリオは弓矢を放ちながら、背後への注意も怠らなかった。
すると背後の槍を持った骸骨がにわかに道を開け始めて、後ろから等身大の土人形が現れる。
(くっ、ここで等身大の土人形かよ)
ゴーレム達はゆっくりとした動きで橋を渡り迫り来る。
盾隊は全て先頭に集中していて、後衛には攻撃魔導師と剣使いしかいない。
「なっ、等身大の土人形!? どうして?」
ユフィネも気づいてすっかり慌ててしまう。
「多分、槍を持った骸骨の後ろに隠れていたんです」
等身大の土人形は例え倒したとしても、前進し続けて体当たりし、冒険者の体力を削る。
そのため盾を装備した戦士で受け止めるのが定石だったが……。
「どうすんのよ。盾隊は全部前方に集中してんのよ」
「盾隊の防御力は頼りにならない。弓使いと剣士の腕力で対応するしかない!」
(ステータス鑑定!)
レリオは2列になって迫り来る等身大の土人形をステータス鑑定した。
(等身大の土人形の腕力最大値は40〜60。こっちでこの腕力を受け止められるのは……)
【フレディ(剣士)のステータス】
腕力:70-80
【シャロン(弓使い)のステータス】
腕力:60-70
(この二人だ!)
「フレディ、シャロン等身大の土人形を止めてくれ!」
フレディは剣を鞘に収めて、シャロンは弓をつがえる手を止めて、等身大の土人形の進撃を体を張って止める。
等身大の土人形の進撃は止まった(等身大の土人形は前に同胞がいる場合、自動的に止まる)。
しかし二人のステータスはゴリゴリ削られていく。
【フレディ(剣士)のステータス】
腕力:70-80→60-70
体力:70-80→60-80
【シャロン(弓使い)のステータス】
腕力:60-70→50-70
体力:50-60→40-60
「ユフィネさん。フレディとシャロンに回復魔法を!」
レリオが弓矢でヴァンパイアを撃ち落としながら要請すると、すぐにユフィネが二人の足元に魔法陣を飛ばす。
それでどうにか等身大の土人形の進撃は止められた。
レリオは指揮しながら、背後から襲い掛かってくるヴァンパイアの気配を肌で感じとった。
「チッ。こっちは指揮するので忙しいっつうの」
レリオは振り向きざまヴァンパイアを早撃ちで仕留めた。
(あの弓使い……、ステータス鑑定を駆使して指揮をとりながら戦っている!? それも難しい殿の指揮を……)
アリクはレリオの実力を一目で見抜いた。
(あの弓使いも以前はいなかったはず。ロランめ、あんな新人まで用意していたのか)
アリクはロランに脅威を感じた。
これ以上『魔法樹の守人』にAクラス冒険者が増えていっては、とてもではないが『金色の鷹』は対抗できなくなる。
(やはりここで、今月確実に『鉱山のダンジョン』を取っておかなければ。さもなくば『金色の鷹』には後がなくなるぞ)
レリオは巧みな指揮で等身大の土人形を止めながら橋を渡り続ける。
【フレディ(剣士)のステータス】
腕力:70-80→40-70
【シャロン(弓使い)のステータス】
腕力:60-70→30-70
(フレディとシャロンの腕力が……。どうにか凌げてはいるけど、明らかにステータスを消耗している。)
ユフィネの回復魔法で回復できるのは、体力だけで削られたステータスを回復することはできなかった。
(盾隊と違って耐久の低い弓使いと剣士で等身大の土人形の進撃を食い止めるのには限界がある。また等身大の土人形に挟まれたら最後まで保つかどうか分からないぞ)
それでもどうにかユフィネ達は18個目の島まで辿り着く。
ユフィネ達は18個目の島にたどり着いたところで寒気を感じた。
「何? 急に寒気が……」
「あれを見てください。影の亡霊です!」
シャクマの指差す先、二つあるうちの右側の橋の向こう側には黒い霧に包まれた、人影があった。
黒いローブにキラリと光る死神の鎌を持っている。
「なっ、影の亡霊……って、Aクラスのモンスターなんじゃ」
「そうね。治癒師向けのAクラスモンスターだわ。こんなところで出会うとは」
ユフィネが苦渋の表情をしながら言った。
影の亡霊はその影から自身の分身を出現させることができる。
その攻撃は予測不可能にして回避不可能なため、倒すためには必ず治癒師の力が必要だった。
もう一つの橋の先には等身大の土人形がいた。
ユフィネは逡巡する。
(普通に考えればここは等身大の土人形だけど。影の亡霊を倒すことができれば、私のクラスはAに……)
「シャクマ、レリオどうする? どっちの方がいいと思う?」
「決まってるでしょう。今は先を急ぎます。等身大の土人形の方ですよ」
シャクマがそう言って盾隊を進ませる。
「そう。そうよね」
ユフィネは自分を納得させるように頷いて等身大の土人形の方向に進むよう指示した。
(大丈夫なのか?)
レリオは味方のステータス鑑定をした。
(そろそろうちの剣士は全員、ステータスが限界だ。後ろから等身大の土人形の襲撃を受けたらひとたまりもないぞ。それに一方には影の亡霊のようなモンスターが出ているのに、こっちは等身大の土人形って……。何か罠があるんじゃ)
ユフィネ達は盾隊を先頭に等身大の土人形に向かって突っ込んでいった。
しかし、戦闘が始まったところで、等身大の土人形の背後から土煙が立ち登り、塔のような土人形が現れる。
「なっ、塔のような土人形!?」
シャクマが息を呑む。
「くっ、こっちはステータスを消耗してるっていうのにっ。ここで塔のような土人形なんて……」
ユフィネが歯噛みした。
(やっぱり、こういうことがあるよな)
レリオはやっぱりな、という顔をする。
「ええい。こんなところで怯んではいられません。いきますよ。『防御付与』!」
盾隊が青い光に包まれて、等身大の土人形を押しのけていく。
しかし塔のような土人形をどかすことはできない。
塔のような土人形はユフィネ達に向かって腕を振り下ろしてくる。
盾を持った戦士がどうにか支えるが、橋は振動でグラグラと揺れる。
(くっ、リック無しでタワーゴーレムと戦うのはキツイわね)
「ユフィネさん! 後ろから……」
「今度は何!?」
ユフィネがレリオの声に反応して後ろを振り返ると、影の亡霊が先程までユフィネ達のいた島を占拠していた。
「くっ、退路を断たれたか」
「それだけじゃありません。影の亡霊が……」
影の亡霊の纏う黒い霧はどんどんこちら側に進んできていた。
霧がユフィネ達の影に触れれば、たちどころにダメージを受けてしまう。
(前門の塔のような土人形、後門の影の亡霊。くっ、どうする? どうすれば……)
「迷っている場合ではありません。突破あるのみ。『攻撃付与』!」
盾隊が赤い光に包まれる。
しかし、それでも塔のような土人形をどかすことはできなかった。
「ぐぬぬ……」
「ユフィネさん。撤退しましょう」
レリオが進言した。
「なんですって?」
「ステータスの消耗した状態で塔のような土人形を相手にするのは不利です。でも影の亡霊ならユフィネさんの回復魔法で突破できる!」
するとシャクマが慌てて反論した。
「ここまで来て引き下がるんですか? 影の亡霊はAクラスですが、塔のような土人形はBクラスですよ」
「ユフィネさん、敵よりも自軍の状態を重視してください」
レリオも負けずと反論した。
「……レリオの案をとるわ」
「なっ、ちょっと待ってくださいよ。まだ……」
シャクマがさらに反論しかけたところをユフィネは首元のスイッチを押した。
シャクマの動きが封じられる。
「うぐっ、何を……」
「あなた、シャクマを抱えてあげて。さ、行くわよ」
ユフィネは盾隊の一人に盾を捨ててシャクマを抱えるよう命じると、影の亡霊の方に向かって行った。
黒い影から生じる亡霊がユフィネ達を切り刻んで行く。
ユフィネは回復魔法で対抗した。
ロラン達は一足先にゴール地点に到着して、ユフィネ達を待っていた。
モニカはゴールにたどり着くもう一つの道を見ていた。
(ユフィネ達、まだかな)
モニカは心配そうにユフィネ達がやってくるであろう道を見つめる。
「ロランさん、ユフィネ達は大丈夫でしょうか」
「うーん。こっちは予想以上に強いモンスターに出くわしちゃったからね」
塔のような土人形やAクラスモンスターが出現したのは、ロラン達の進んだ道でも同じだった。
それらはモニカの鷹の目でもあらかじめ察知できなかったことだ。
幸い、モニカの『串刺』で容易に突破することはできたのだが。
「僕達同様、ユフィネの方も強力なモンスターに遭遇している可能性は十分にある」
「どうしてこんなに強いモンスターが出てくるんでしょう。まだ10階層にも辿り着いてないのに」
「多分、攻略ペースが早すぎるんだ」
「攻略ペースが?」
「ああ、冒険者のダンジョン攻略ペースがあまりにも早いと、強力なモンスターが下層に現れることがあるらしい。まるで冒険者の攻略速度を調整するみたいに。今その現象が起こっているのかもしれない」
「じゃあ、ユフィネ達は……」
「分からない。とにかく、今は待つしかないよ」
(もし。このままユフィネ達が来なければ……難しい決断を迫られることになるな)
しかし、ロランの心配は杞憂に終わった。
ユフィネ達が最後の橋を渡ってくるのが見えた。
「ロランさん! ユフィネが……」
「ああ、上手くやったみたいだな」
「すみません。遅れました」
ユフィネがリーダー然としてロランに駆け寄りながら報告する。
「いや、よくやった。十分だよ」
「それよりもロランさん、これ見てくださいよ」
ユフィネが鎌を指し示してみせる。
「それは……」
「『影の亡霊の鎌』ですよ」
「影の亡霊? まさか君達影の亡霊を倒してきたのかい?」
「はい」
「うわぁ、凄いユフィネ。隊長をこなしながらAクラスのモンスターまで倒すなんて」
「まあね」
ユフィネは得意げに胸を張った。
一方で、レリオはグッタリして床に手をついていた。
「なんだレリオ。フラフラじゃないか」
リックがからかうように言った。
「リック。悪いけど今は話しかけないでくれ。体力よりも頭を使いすぎてヘロヘロなんだ」
「なんだぁ? だらしない奴だな俺はまた塔のような土人形を倒したが、まだまだ元気だぞ。はっはっは」
「リック、僕は君の単純さが羨ましいよ」
レリオは悲しげに言った。
ロランは別働隊のメンバーをステータス鑑定して、消耗をチェックした。
それで誰が真の殊勲者かははっきりと分かった。
【レリオのステータス】
指揮:10ー90
(レリオの指揮がすっかり消耗してる。頑張ったんだな)
「よし。それじゃあ、部隊を再編して9階層に向かうよ。ユフィネ達は特に消耗が激しいから、フォローするように」
ロランは消耗の激しいユフィネ達をカバーできるように部隊を再編した後、転移魔法陣を潜り9階層へと向かった。
アリク達がそこにたどり着いたのはロランが、転移魔法陣を潜ってからすぐの時だった。
(くっ。逆転は無理だったか)
しかし、アリクはなかなか9階層へ進むことができなかった。
別働隊はまだ到着していなかった。
(まだか。別働隊の到着はまだなのか)
アリクは焦れったい思いをしながら待ち続けた。
実のところ、アリクの別働隊は、一度Aクラスモンスターに出くわし、敵わないことから、橋から落ちて激流に身を投じ、初めからやり直しをする羽目に陥っていた。
結局別働隊が合流したのはそれから数時間後だった。
その時、ロラン達はすでに9階層をクリアしていた。
二つの部隊の差はついに1階層分にまたがった。




