第43話 万能魔導師の力
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二つの部隊がダンジョンに入ってから48時間が経っていた。
5階層に辿り着いたロラン達は、帰還の魔法陣をパスして、そのまま6階層へと向かった。
しかし、アリクの部隊もすぐ様追いかけてくる。
ここまでロランの部隊はずっと先頭を守っていたが、アリクの部隊は必ずその後ろにピタリとつけて、魔法陣を潜ってきた。
(くっ。これが先頭部隊のプレッシャーか)
モニカは想像以上の重圧に顔をしかめた。
セバスタに追いかけられていた時よりも重く長い時間、ゆっくりと神経がすり減らされていく。
そんな感覚だった。
「アリクの部隊、全然消耗していませんね」
ユフィネがロランのそばに寄って耳打ちした。
「僕達が先頭だからね。そりゃ後からやってくるアリクの部隊の方がモンスターとの遭遇率も低くなるよ」
「それにしても武器に全く損耗が見えませんよ」
「それだけアリクの部隊運用が巧みだということさ」
(にしてもこのまま追いかけられるのはキツイわね。どこかで一旦休憩したいわ)
ユフィネはついつい心の中で弱音を吐いてしまうのであった。
焦りと苛立ちを募らせているのはアリクの部隊もまた同じだった。
「チッ。アイツらなかなかトップを引き渡しませんね」
アリクの副官がこぼした。
「こっちは全速力で走ってるっていうのに!」
「落ち着け。まだ5階層が終わったばかりだ」
アリクがたしなめるように言った。
「ここ6階層からは厄介なモンスターが現れる。単純な力押しだけでは高速移動できなくなってくる」
(そうなれば部隊運用の面で差が出てくるはずだ)
6階層には聖域まで二つの道があった。どちらも同じ長さの一本道だった。
(一本道か。となれば、『ホークアイ』の優位は消えるな)
モニカからの報告を聞いてロランはそう判断する。
「ロランさん。分かれ道です。どちらに行きますか?」
道は右と左の二つに分かれていた。
「よし。ここは左に行こう」
ロラン達は左の道に駆け込む。
アリク達は右の道を選択した。
「向こうは私達と違う道を選びましたね」
ユフィネがロランに耳打ちする。
「この階層で仕掛けてくるつもりだ」
(流石はアリクだな。勝負所を心得ている)
ダンジョンを進んでいると、モニカの『ホークアイ』が敵影を捕捉した。
「敵影です。槍を持った骸骨30体とヴァンパイア5体!」
(流石にここからは消耗を避けるには支援魔法が必要だな)
「シャクマ。聞いたかい?」
ロランが傍のシャクマに尋ねた。
「はい。攻撃魔導師前へ!」
シャクマはロランに言われる前に指示を出した。
現在、ロラン達はダンジョンの道を高速移動できる2列縦隊で移動していたが、列の前にいる戦士が引っ込んで、後ろにいた攻撃魔導師が最前列に出てくる。
(よし。シャクマの奴。分かってるな。スケルトンは攻撃魔法に弱い! 本来、攻撃魔導師は後ろで控えてるものだけど、スケルトンの場合攻撃魔導師が前だ)
道の先にスケルトン・ランスが槍を構えて待ち構えていた。
彼らは15列の横隊となって綺麗に陣形を組んでいる。
「弓隊は最後尾に。ヴァンパイアへの対応をお願いします。行きますよ! 『攻撃付与』!」
シャクマが唱えると攻撃魔導師達が赤色の光に包まれる。
「食らえ『爆炎魔法』!」
「『爆風魔法』!」
モニカも『串刺』を放った。
通常よりも破壊力を増した攻撃魔法は、中央5列分にいるスケルトン・ランスを吹っ飛ばす。
攻撃魔法を受けた骸骨は空中に四散して、バラバラになる。
ロラン達は空いた陣形の穴を駆け抜けて、そのままスケルトン・ランスの部隊をパスして行く。
スケルトン・ランス達は慌てて陣形の穴を補おうとするが、いかんせん動きが緩慢だった。
白兵戦に強いスケルトン・ランスだったが、アジリティは低かった。
レリオ達弓隊は飛んでくるヴァンパイアに対応する(ヴァンパイアは飛行ユニットである)。
(さっきからモニカさんが一人で敵をガンガン倒してるんだ。対空射撃くらい、僕達でやらなくちゃ)
レリオは矢を放って、襲い来るヴァンパイアの一匹を撃ち落とした。
「また敵影です。今度は等身大の土人形20体!」
「シャクマ!」
「はい。今度は盾隊、前に出て下さい!」
道の先にはミニ・ゴーレムが10列に並んで道を塞いでいた。
ミニ・ゴーレムはロラン達を見るや否や、一糸乱れぬ動きで真っ直ぐ突っ込んでくる。
ミニ・ゴーレムは頭部のコアを破壊すれば倒せるが、一度動き出せばコアが破壊されても、動き続ける性質を持っていた。
そのため攻撃魔導師で倒してもそのまま相打ちになるおそれがあった。
「行きますよ。『防御付与』!」
盾隊が青い光に包まれる。
ミニ・ゴーレムの突進を受け止めてどかせる。
(よし。ここも無傷でパスできそうだな)
「冴えてるじゃないかシャクマ」
「はい。いい感じです」
シャクマは魔力の回復薬を飲みながら言った。
ロランはシャクマのステータス鑑定をしてみる。
魔力:90−100
(ステータスに乱れはない。以前の戦闘が始まれば取り乱す癖もない。本当に成長したんだな)
「よし。このまま頼むよ」
「はい。任せて下さい」
その後も何度か、グール、ゴブリン、オーク、ゾンビ・アーチャー、スケルトン・ランス、ミニ・ゴーレムなどの混成部隊に出くわしたが、シャクマの指揮と支援魔法により、最小限の消耗で行軍スピードを落とすことなく、突破していった。
(今のところ、シャクマの支援魔法のおかげでほとんど止まらずに進めている。これならいくらアリクの部隊といえども私達よりも先を行くことはできないはず……よね?)
ユフィネは自分にそう言い聞かせながらダンジョンを進んで行く。
しばらくするとロラン達は、周囲の一望できる高地に出た。
少し低い場所に、ダンジョンを進むもう一つの道が見えた。
そこに行進中のアリク隊が見えた。
「あれは……アリク隊!?」
モニカが驚愕して言った。
「ウソ。並ばれてるじゃないの」
ユフィネもショックを受けたように言った。
「どうして? 私達はここまで減速せず全速力で走ってきたのに……」
「我々とアリク隊の行軍速度に差はないはず。なのにアリクの方が速く進んでいる。なぜ?」
シャクマも納得がいかないといった様子で言った。
(いよいよ。本領発揮ってとこか)
ロランは横目でアリクの方を見る。
「みんなポーションはまだいいね? このまま突っ切るよ」
アリクもロラン達の姿を認めていた。
(ようやく並べたか。追い抜くまであと少しといったところだな)
二つの道はやがて別々の方向に折れ曲り、互いの部隊の姿はまた見えなくなった。
ロラン達はの部隊は坑道に突入していた。
ここでは帽子をかぶった幽霊が冒険者達の行く手を阻む。
ゴースト・ハットは直接肉体への攻撃はしてこなかったが、魂に直接攻撃してきた。
通常の体力同様、回復することは出来るが、鎧兜で攻撃を防ぐことはできず、どこからともなく突然現れて攻撃してくるので、回避することもできなかった。
つまり、回復魔法が絶対に必要な場所だった。
「私の出番というわけね」
ユフィネが新しい杖を握り締めながら言った。
「みんな、ダメージを食らったらすぐに手を上げて大声で叫ぶんだ。躊躇ってはいけないよ。ユフィネに回復を要請するんだ」
すぐに戦士の一人が叫び声を上げる。
「ひっ、ウヒャア。助けてくれ」
「『単体回復魔法』!」
ユフィネが杖を向けると、ウォーリアーの足下に魔法陣が移動する。
彼はすぐに血色が良くなって回復する。
ゴースト・ハットには攻撃魔法を食らわせて追い払う(ゴースト系は剣や弓では倒せず、魔法しか効かない)。
しかし、また誰かが叫び声を上げた。
「今度はこっちだ! 回復を」
「俺も助けてくれ」
そのうちあちこちで悲鳴が上がった。
「みんな! ユフィネを中心に円の陣形を作るんだ!」
「『広範囲回復魔法』!」
ユフィネが呪文を唱えると、30の魔法陣がユフィネを中心に円形に広がった。
つまり、冒険者達の足下に偏りなく行き渡った。
(なるほど。この杖なら初めに魔法陣が現れる場所を固定できるのか)
ユフィネは回復魔法陣を見て、新しい杖の効果を実感する。
(確かにこれなら部隊で円形陣を作れば、微調整するだけで部隊全体を回復できる。魔力の消耗も防げるってわけね)
一行はユフィネの回復魔法の加護の下、ゴーストの巣を進んで行った。
突然、マリナが地面にへたり込む。
「マリナ!? どうしたんだ?」
ロランがマリナの元に駆け寄った。
「ふええーん。足痛いです。こんな暗くてジメジメしたところもう歩けませーん」
「あんた、冒険者でしょーが! こんくらいでヘタってんじゃないわよ」
例によってユフィネがマリナを杖で突っつく。
しかし、マリナはその場にうずくまって動こうとしない。
「もう疲れましたぁ。私はずっとモニカさんの『串刺』を出し続けていますしぃ。限界です。一旦休みましょう」
「んなこと言ってる場合じゃないっつーの。アリクの部隊が私達に追いついてるの見たでしょ? このままじゃ抜かされんのよ。スピードアップしないと!」
「そんなこと言われてもぉ」
「しかたがない。僕がおぶって進もう(さっきからステータスのチェック以外何もしてないし)」
「えっ? 隊長。おぶってくれるんですか? やったぁ」
マリナがこれ幸いとばかりにロランの背中に飛び乗る。
ユフィネはそれを苦々しく見つめる。
(くっ。こいつ新人のくせにちゃっかり楽しやがって。しかも隊長におぶってもらうとか。……後でしごきね)
ロランはマリナのステータスをチェックした。
(体力が尽きているってわけではないようだな。ただ単に駄々こねただけか)
ロランはとりあえずホッとした。
次いで、視線をリックとレリオに移す。
(マリナは『串刺』の運用に関わっているからいいとして、リックは未だ討伐数ゼロ、レリオもヴァンパイア・ベビー1体のみ……か)
ロランはリックやレリオのステータスもチェックしてみる。
すると、ステータスに若干の乱調が見られた。
(三人共、初めてのダンジョン探索ということを考えれば、よく付いて来ている。けれどもまだ動きが硬い。流石に攻略経験済みのメンバーに比べると、まだメンタルは不安定か)
ロランは三人の不調をそう分析した。
リックは行軍しながら焦りを覚えていた。
(くっ、俺だけまだモンスターを一体も倒していない。マリナは『串刺』を運用しているし、レリオもヴァンパイアを一体仕留めている。そろそろ俺も何らかの成果を示さなければ。指揮官からの心象が悪くなってしまうぞ)
「出口だ!」
隊員の一人が叫んだ。
すぐにロランの視界にも青い空が飛び込んでくる。
こうして坑道を抜け、ゴーストの巣を無事にクリアしたロラン達は、再び開けた場所に出た。
するとまた眼下にもう一つの道とアリク隊の姿が見える。
アリク達はロラン達よりもはるか先を進んでいた。
「なっ、抜かされた?」
モニカが驚きに目を丸くする。
「そんな……。こっちだって全速力で進んでいるのに……。どうして?」
ユフィネも釈然としない顔で呟く。
この階層はアリク達の方が先に転移魔法陣に辿り着く。
7階層でロラン達は初めて追われる立場から追う立場になった。
しかし、そのおかげでアリクの戦い方をじっくりと見ることができた。
ロラン達はモンスターの種類やダンジョンの種類によって細かく陣形を変えていたが、アリク達は常に同じ隊形で進んでいた。
先頭は常にアリクが務めて、スケルトンやグールが来ればアリクが攻撃魔法を放つ、ミニ・ゴーレムが来ればアリクが支援魔法で切り抜ける。
ゴーストが来てもアリクが回復魔法で部隊の最後尾までカバーする。
そうして隊列を変える時間的ロスを避けて進んだため、ロラン達よりもはるかに速く進むことができた。
「信じられない。あの人、一人で攻撃から支援、回復まで全て務めてるっていうの?」
ユフィネが驚嘆したように言った。
「ぐぬぬ。これが万能魔導師アリクの力というわけですか……」
シャクマがうなるように言った。
「ロランさん、どうすれば……」
モニカが泣きそうな顔で聞いてくる。
「みんな落ち着くんだ。まだ先は長い。アリクだって先頭のプレッシャーは感じているはず。それにアリクといえどもこのまま全ての魔法を一人で担当していれば、いずれは魔力を消耗するはずだ。チャンスは必ず来る」
アリクの部隊がダンジョンを進んでいると、大地を揺るがすような地響きが聞こえてきた。
「この地響き……まさか!?」
アリクの副官が驚いたように言った。
地響きの方向を見れば、ロラン達の進む道の先に5体の塔のような土人形が待ち構えていた。
「なっ、まだ10階層にも達していないっていうのにいきなりタワー・ゴーレムかよ!」
(チャンスだ!)
部下達が慌てふためくのをよそにアリクはほくそ笑んだ。
(いくらロランの部隊といえども、タワー・ゴーレムを前にすれば行軍隊形をやめて部隊を展開せざるを得まい。そうなれば時間をかけてじっくり戦うことになり、ますます時間をロスするはず。上手くやればここで一気に引き離すことができるぞ)
「みんな、慌てることはない。むしろこれはチャンスだ。この機会に相手を引き離して……」
「アリク隊長……あれを、ロランの部隊が……」
「なにっ!?」
ロラン達は通常の行軍隊形、二列縦隊のまま、タワー・ゴーレムに突っ込んでいた。
(バカな。部隊を展開させずにゴーレムに突っ込むなど、自殺行為だぞ。ロランの奴、トチ狂ったのか?)
ロランの部隊から一人の鎧を着た戦士が飛び出した。
リックだった。
リックはタワー・ゴーレムの胴体に両手を当てて食い止めるだけでなく、押し戻した。
「おおおおおおおおおっ!」
タワー・ゴーレムはリックをその大きな掌で掴もうとしたが、指が滑ってリックを掴むことができなかった。
(なるほど。これが『鎧トカゲ』の油の効果か)
リックはひた押しに押し続けた。
ついにタワー・ゴーレムは足をつっかえて倒れてしまう。
一体のタワー・ゴーレムが倒れることによって、敵の隊列に隙間ができた。
ロラン達はすかさずそこを通り抜けてタワーゴーレムをパスし、再びアリク達を追い抜いて先頭に躍り出た。