第42話 アリクの決意
ルキウスの不在、セバスタの失脚、ジルの造反など度重なるお家騒動の影響から、『金色の鷹』の会員達が軒並みステータス調整に失敗する中で、一つだけ、以前と変わらぬ状態でその勢威を維持している部隊があった。
万能魔導師アリク率いる、『金色の鷹』主力第一部隊である。
彼は自分の部下達にこれらの内部抗争に参加することを禁じ、ステータス調整に専念させていた。
「『金色の鷹』を離れましょう。もうこのギルドは終わりです」
副官の一人はアリクにそう言った。
「ルキウスは、このギルドは金勘定のことしか頭にありません。そのうえ頻発する騒動の数々。そのせいで見てください。もうメチャクチャですよ。トレーニングすらままなりません。別のギルドに行って一からやり直しましょう。違約金だって支払う義理はありませんよ。もう十分我々はこのギルドに尽くしてきました。にも関わらずルキウスは決して我々の貢献を認めたりしません。今までも、そしてこれからも! ……街を抜け出しましょう。あなたがやると言うのなら我々はあなたについて行きますよ」
「ダメだ。確かにこのギルドにいる限り俺はこれ以上認められることはないかもしれない」
「だったら……」
「だが、今俺が辞めたとしたらどうなる? ギルドはますます混迷を極めることになるだろう」
「……」
「そうなれば、残された者達はますます苦しむことになるだろう。自らの責務を放り出して、他の者にそれを押し付けるなど、俺にはそんなことできない」
「アリク……」
「『金色の鷹』を抜けると言うのなら止めはしない。だが、俺は抜けるつもりはない。ここに留まって最後まで戦う」
「あなたと言う人は……」
「隊長。部隊の準備完了致しました」
回想に耽っていたアリクは副官に話しかけられて目を開ける。
「ん。ご苦労」
アリクは腰を上げて、自らの目で整列した部隊を確認する。
ここは『鉱山のダンジョン』の前。
アリク達は新たに現れたダンジョンの探索に向けて集合を終えたところだった。
隊員達は全てBクラスの冒険者、Bクラスの装備で揃えられており、アリク隊本来の姿を取り戻していた。
アリクは編成した部隊を見ながら、前回、リリアンヌに敗北した苦い経験を振り返った。
(前回はルキウスにBクラス冒険者を取り上げられて思わぬ劣勢を強いられてしまったが、今回はルキウスから余計な横槍を入れられる心配もない。これなら全開のリリアンヌにも遅れをとることはないはずだ! この前の借り、返させてもらうぞ!)
「よし。それじゃダンジョンに入る許可が下り次第、1班から順番に……ん? なんだこの歓声は?」
「あれは……『魔法樹の守人』が到着したようですね」
アリクの副官が言った。
「部隊の隊長は……リリアンヌじゃない? あれは……」
(ロランか……)
アリクが部隊の先頭にロランの姿を認めると、ロランの方もアリクがいることに気づく。
(アリク。やはり君が『鉱山のダンジョン』に来たか)
(まさかお前と戦うことになるとはな。ロラン)
アリクはロランが『金色の鷹』にいた頃のことを思い出す。
あの時ロランはしがない新人教育係の一人で、彼に注視する者は誰も居なかった。
しかし、アリクには分かっていた。
突然、『魔法樹の守人』にAクラス冒険者が現れたのが一体誰の功績なのか。
二人は一瞬目を合わせるだけで、すぐ顔を逸らし自分の部隊の準備へと戻った。
「この大一番でまだ設立間もない部隊をぶつけてくるとは。『魔法樹の守人』は『鉱山のダンジョン』を重視していないんですかね」
「リリアンヌはギルド長に就任したばかりです。本部から動けないのかも」
「お前達、あまり相手を見くびるなよ」
アリクが話している副官達をたしなめるように言った。
「ロランの部隊は新設とはいえ、その戦力は折り紙つきだ。なにせAクラスに匹敵する冒険者を三人も保有している。十分に強敵だ」
アリクがそう言うと副官達は押し黙った。
(この短い期間でAクラス冒険者を3人も育てるとはな。確かにお前の育成能力は凄いよ、ロラン。おそらく総合力だけで言えば、この街に敵う部隊はないだろう。だが、部隊の運用。この一点にかけてはまだ俺の方に一日の長があるはず)
アリクはは再度自身の部隊を見据えた。
皆見知った顔ぶりで、歴戦の強者というだけでなく、連携についても折り紙付きだった。
おそらく街で最も統率の取れた部隊だろう。
(冒険者のクラスだけが全てじゃない。それを見せてやる)
「アリク! おいアリク!」
アリクは自分を呼ぶ声に振り返った。
「ルキウス……。一体どうしたんだこんなところまで」
アリクはルキウスを見て驚いた顔をした。
ギルド長がわざわざダンジョンに入る前の部隊を見送りに来る。
それだけでも異例だった。
しかし、何よりアリクを驚かせたのはルキウスのすっかりやつれたその顔つきだった。
彼の表情はすっかり憔悴しきっており、まるでここ数日でいきなり10年も老けたかのようだった。
「アリク。大丈夫なんだろうな? 『鉱山のダンジョン』は間違いなく攻略できるんだろうな?」
アリクの部隊員達は冷めた目でルキウスの方を見た。また何か余計なことをしに来たのか。
そう言いたげだった。
「ルキウス。ここはとにかく俺達に任せてくれ。お前はお前でまだやれることがあるだろう?」
「今から他のことをしたところで何になる! 『鉱山のダンジョン』をとれなければどうにもならないんだぞ。分かっているのか?」
「……ああ。分かっているよ。分かっているから。もう今さらそのことに関してとやかく言っても仕方がないだろう。さ、お前は自分の仕事に戻れ」
「頼むぞ。本当にお前にかかっているんだぞ!」
アリクは痛ましい思いでルキウスを見た。
(まったく。見てられないな。あれほど強気だった奴がここまでになるとは。自分で自分の運命を決められないことがあれほど人間を弱らせるとは)
アリク達がダンジョン侵入の準備を整える頃、ロラン達も急いで準備に取り掛かっていた。
「さぁ。みんな、班毎に装備やアイテムの最終チェックを完了させてくれ。何か不備があればすぐに班長に知らせるように」
「ロランさーん」
「ランジュ!」
ロランが呼ばれた方向を振り向くと、ランジュ達『精霊の工廠』のメンバーが重そうなケースを荷車に積んでやって来た。
「ロランさん。注文されていた新装備の方、準備完了しました」
「来たか! よし。モニカ、シャクマ、ユフィネ、リック、レリオ、マリナ。装備を外してこっちに来てくれ。新しい装備が来たんだ」
ロランがそう言うと、六人が集まってくる。
「ここにきて慣れ親しんだ装備から新装備に変更するのですか?」
リックが怪訝な顔をする。
「まあそう言わず、身につけてみてくれ」
「しかし、実戦を前にしていきなり装備を変えては問題が出た時に困るのでは?」
「問題が出るかどうか、それをこれから試すのさ」
「これは鉄にオーガの皮を混ぜた鎧です。装甲が厚くなっているので、今までより格段に防御力が上がっています」
ランジュがケースの一つを開けて鎧を取り出す。
スタッフが手伝って、リックに鎧を着させる。
「これは……」
(重さや感触は今まで付けていた鎧とあまり変わらないな。いや、それどころか……動きやすい?)
鎧を身に付けて、手足を動かしているうちに、今まで疑念を持っていたリックの顔がみるみるうちに変わっていく。
「ん。ステータスは下がっていないようだね」
ロランがステータス鑑定しながら言った。
「隊長。これは本当に今までよりも装甲が厚くなっているのですか? 重くなるどころか、むしろ今までより動きやすくなっているのですが……」
「ああ間違いないよ。さ、チアル説明してあげて」
「はい!」
ロランが促すとチアルがリックの前に出てくる。
「その鎧は鉄製の鎧にオーガの皮を重ねることで防御力が上がっただけでなく、従来の鎧に比べ耐久性も著しく向上していますよ。リックさん、これを」
チアルがポケットの中から油指しを取り出してリックに渡した。
「これは?」
「『鎧トカゲ』の体皮から取れる油です。『鎧トカゲ』の油は刃を滑らせる効果がありますが、戦っているうちに乾いてしまうので、こまめにこれを塗ってメンテナンスしてください。それとこの剣を……」
「これは……」
リックの受け取った剣は、柄の底に宝石が付いていた。
「その宝石は召喚魔法を使う狐が持っていた宝玉を削り取って嵌め込んだものです。剣を逆手に持てば、杖になって、支援魔法と回復魔法が使えます」
「リック。君は前衛・後衛両方を担当できる魔導騎士の資質を持っている。その剣なら前衛と後衛の役割をシームレスにこなせるはずだ。期待してるよ」
「は。一所懸命頑張らせていただきます」
レリオは受け取った弓矢を構えてみる。
「どうですか、構えた感触は?」
ランジュがレリオに尋ねてみる。
「うん。悪くないと思います」
(軽い。しかもよくしなる。木の弓よりも軽くてよくしなるなんて。この弓は一体……)
「その弓は嵐を纏う鳥の翼の骨を材料にしています」
「ストームバードの!? なるほど。それでこんなに軽い上、しなるのか」
「レリオさんは正統派の弓使いだと聞いたので、攻撃力よりも俊敏性を重視した設計にしています。その弓なら手ブレが少なく、踏ん張る必要がないので、走りながらでも射てるはずです」
「走りながら! それは凄いな」
「『ステータス鑑定』を発動しながら戦えるように視野も広く取れるようになっています」
「レリオ。構えながら『ステータス鑑定』してみて」
ロランが言った。
「はい。……なるほど。弓がステータス表示の邪魔にならないようになっていますね。よくできている」
「よかった」
「ただ、走りながらの射撃は実戦で試してみないと分からないな」
「よし、それじゃ、後は実戦で試してみよう」
マリナには先っぽに袋のついた杖が渡された。
「これは? ただの攻撃魔法用の杖ではありませんね」
「その袋には冷気を吐くカバの胃袋を使っています」
「ブリザード・ヒポポタマスの?」
「ええ、ブリザード・ヒポポタマスの胃袋はアイテム保有の袋の材料としても使われています。なのでその袋にはアイテム保有にも使うことができます」
「アイテム保有に……」
マリナは杖の先の袋をまじまじと見つめた。
「はい。その杖は攻撃魔法を使えるだけでなく、保有しているアイテムや装備を転送できる杖なのです」
「なるほどー。これは確かに便利そうですね」
「その杖で攻撃魔法を放てば、放った場所にアイテムが転送される仕組みになっています」
モニカ、シャクマ、ユフィネの武器についてもそれぞれグレードアップされていた。
「モニカさん、今回は弓だけではなく矢の方も強化しておきました」
「矢の方も?」
「はい。従来の矢に加えて、『串刺』という特製の矢を用意しています。今までよりも重量、硬度、鋭さ全て向上させて著しく攻撃力向上させています。これならオーガも一撃で倒せるはずです」
「そっか。ありがとうチアルちゃん。きっとオーガを倒してくるね」
「はい。特製の矢『串刺』の方はマリナさんの杖袋の中に収められていますので、使用する際はマリナさんに出してもらってください」
「私の鎧は? 特に何も変わっていないようですが……?」
シャクマが新しい鎧を着ながら不審げに言った。
「シャクマ。君の鎧は君の意思次第で重くなるようにしている」
「私の意思次第で?」
「そうだ。首元にあるスイッチ。そこにあるスイッチを押すと、重くなるようになっている」
「ふむ。確かに」
「聞いたよ。前回のボス戦では自分で突撃衝動を抑えられたそうだね」
「ええ。そうなんですよ」
「だから今回は君の判断に委ねることにする。君がヤバイと思ったら、自分で首元のスイッチを押すんだ」
「はい。分かりました」
「ユフィネ。君の杖は魔力を節約する機能を持っている」
「魔力を節約?」
「そう。『広範囲回復魔法』がAになって、命中率を上げる必要がなくなったからね。今の君に必要なのは、命中率よりも回復魔法を撃つ回数だ」
「なるほど。確かに」
「その杖を身につければ、魔力の消費を節約できるはずだ。君は今まで通り回復役に徹してくれ」
「はい」
「では、ギルドの皆さんは、あらかじめ決められた通り、順番にダンジョンに入って行ってくださーい」
クエスト受付所の人間が、ダンジョンの前でひしめき合うギルド達を先導した。
一番最初に入れるのは、前回ダンジョンを攻略したギルドからだった。
その後は規模に応じてダンジョンの中に入って行く。
そういうわけで、最初は『魔法樹の守人』が、次に『金色の鷹』がという具合に順次ダンジョンに入って行く。
ロラン達はダンジョンに入るとすぐに走り出した。
こうして戦いの火蓋が切られた。
ダンジョンに入るとすぐに死肉喰いの群れが現れる。
「モニカ。新しい武器を試してみよう」
「はい」
部隊の一番前にいたモニカは足を止めて、弓を構える。
矢はつがえない。
「マリナ。モニカに『串刺』を転送して」
「はい!」
ロランがマリナに話しかけると、マリナはモニカの手元に杖を向けた。
モニカの手に特製の矢『串刺』が現れて、銀製の弓に不釣り合いなほど長い矢がつがえられる。
これがモニカの新しい装備、『銀製鉄破弓・串刺』だった。
『銀製鉄破弓』の弓部分の強化に限界を感じたチアルは、弓ではなく矢の方を強化することを思い付いた。
ネックなのは矢の持ち運びが不便なことだが、それについてはマリナのスキル『装備保有』で運用することで補われた。
槍のように長く重くなった矢は、『銀製鉄破弓』の張力とモニカのパワーによって高速で発射され、屈強な肉体や硬い防具をも貫いて、敵を殺傷できるはずだった。
マリナの『装備保有』はダンジョン経営時に鍛えられたため、Aにまで向上しており、装備を100個まで魔法の袋の中に入れておくことができた。
腕力90ー100となったモニカは、その重く長い矢を、軽々と弓につがえて引き絞り、放った。
放たれた槍のような矢は、先頭を走るグールの胸元を抉るばかりでなく、貫通してその後ろに控える三匹のグールの肉体をも薙ぎ払った。
「次!」
モニカがそう言うと、マリナが再びモニカの手に『串刺』を発生させる。
モニカは次々と矢を放ってグールを縦に貫き、殲滅していく。
瞬く間に一人で12体のグールを全滅させてしまった。
(これが『銀製鉄破弓・串刺』の威力。凄い……。でもいける! 使いこなせてる!)
(とりあえずテストの第一段階は成功ってとこか)
モニカの射撃を見て、ロランはひとまずそう評価することにした。
(後はより強力な敵、10階層以降のオーガやゴーレムを一撃で倒せるかどうかだな。それさえできれば、アーチャーで初めての撃破数1位も狙える!)
「よし。『串刺』のテストは終わりだ。ここからは行軍速度を優先だ。敵を全滅させる必要はない。ある程度敵を蹴散らしたら無視して行く」
ロランの部隊は次に現れたグールとゴブリンの群れに対して、モニカの矢で風穴を開いた後、そこから突破し、敵を蹴散らして前に進んだ。
モンスター達は後ろから飛び道具で追撃してくるが、ロランの部隊は設立当初とは比較にならないほど防御力が上がっていたので、グールやゴブリンくらいの敵なら、例え背後から奇襲されても問題にならなかった。
シャクマの支援魔法やユフィネの回復魔法を使うまでもなかった。
こうしてロラン達は尋常ではない速さでダンジョンを踏破して行った。
ロランは戦闘で敵を突破する度に、シャクマのほうをチラリと見る。
(かなり激しく進撃しているけど、今のところ興奮して我を失う様子はないな)
ロランの方から見たシャクマの横顔は至って平静だった。
(ダンジョン攻略を経験して、精神力が上がったというわけか)
「見つけました! 転移魔法陣です」
モニカが『ホークアイ』で魔法陣を見つけたことをロランに告げる。
「よし。急行するぞ」
ロラン達が魔法陣の側に来ると、すぐに後ろからアリクの部隊がやってきた。
「アリク隊!? もう来たの?」
ユフィネが驚きに目を見開く。
(こっちはモニカの『ホークアイ』で最短距離を辿ってきたって言うのにっ)
そればかりかアリクの部隊は心なし、ロラン達の部隊よりも消耗が少なかった。
(流石はアリクの部隊だな。この街で最も経験値の高い部隊なだけはある)
ロランは改めてアリク隊の練度の高さに感心した。
「魔法陣を潜るぞ。急げ!」
ロラン達は魔法陣を潜るとすぐにまた走り出した。
アリクの部隊も間髪入れずに魔法陣に潜り込んで、ロラン達を追走する。
 




