第39話 ジルの造反
ジルは針のムシロに座るような気分で『金色の鷹』のロビーにいた。
すでに誰もが彼女がルキウスの不興を買ってしまったことを知っているようだった。
人が通りすがるたびに彼女のことを好奇の目で見てくる。
彼女は周囲の視線に耐えながら、目をつぶって精神統一していた。
ふと靴の音が鳴ったかと思いきや、ディアンナの冷たい声が降りかかってきた。
「ジル。ギルド長がお呼びよ。部屋まで来なさい」
ジルは目を開けてディアンナの方を見据える。
「ここに呼ばれたのはどういう理由か分かっているだろうね、ジル?」
「さぁ。皆目見当がつきません」
「そうか。なら、教えてやろう。ディアンナ」
「はい」
ディアンナはジルに『魔法樹の守人』のセミナーに出ていたこと、『精霊の工廠』の工房に出入りしていたこと、ロランの指導を受けていたこと、についての動かぬ証拠を提示した。
「もし。これで不満だと言うのなら、証言者もいるわ。呼んでみせましょうか?」
ジルは傍に控えているゼンスを呼び出す鈴をちらつかせた。
「一体どういうことかね? 数々の利敵行為。いくら君とはいえ、見逃すわけにはいかないぞ」
「どういうこと? それを聞きたいのは私の方です」
「なに?」
「あなたは! そのような立派な席に座っていながら何も見えていないのか? 『金色の鷹』はすっかり変わってしまった。街一番のギルドの威光はすっかり消え、会員達は勇敢さをすっかり忘れ、ダンジョンを探索するよりも自らの保身のために互いの足を引っ張り合うことに精を出している。『魔法樹の守人』に劣勢を強いられ、ギルドの屋台骨が傾きつつあるこの時に、自らを犠牲にしてでも状況を覆そうと考える者は一人もいない! それもこれも、全ては実力よりも好き嫌いで、諫言よりも媚びへつらいで、決定を下してきたあなたに責任がある! 『金色の鷹』が傾きつつあるのはあなたのせいだ!」
ジルはルキウスを弾劾するように言った。
「これ以上、あなたのせいでギルドがおかしくなっていくのを黙って見ているわけにはいかない!」
「貴様……」
「とにかく、私はもうこれ以上あなたの命令に従うことはありません。今日、ここまで来たのはそれを言うためです。では」
ディアンナは慌てた。
「やめなさい。ジル。あなた自分が何を言っているのか分かってるの?」
「私を罰するのなら構いません。ご自由に。失礼します」
ジルはきびすを返して部屋を出て行こうとする。
「待て。どこへ行く?」
「ロランさんの下です。訓練を受けなければならないので」
そう言い残してジルは颯爽とルキウスの部屋を退室した。
ルキウスは激怒したが、このジルの発言は瞬く間にギルド内を駆け巡り、多くの者が同調した。
「そうだよ。ジルの言う通りだ!」
「ルキウスは責任を取るべきだ!」
ギルド内部ではすぐに『ジル派』なる派閥が形成され、ルキウスへの不満を燻らせる者達はこの機会に集い、ギルド内の建物の一室を占拠して、ルキウスに反発する姿勢を示した。
 




