第38話 ルキウスの帰還
グールの討伐は続いていた。(グールの討伐はクエスト受付所には登録されていなかったが、育てばやがてアンデッドやヴァンパイアになるため、見つけたら狩るのは冒険者達の道義的責任とされていた。)
ロランの部隊の中には、グールの討伐を終えた後、自主的に訓練を積む者もいた。
リックもその中の一人だった。
「うおおおおおお!」
リックは城壁石を100個午前中に運んで見せる。
彼はグール討伐クエストのかたわら自主的に腕力向上の訓練をしていた。
リックはロランの前でこれ見よがしに石の山を築く。
「うわぁ。凄いですリック」
ロランのそばで見ていたマリナが驚嘆の声を発した。
「どうです? ロランさん。1日で城壁石100個運びましたよ。モニカさんと同じ量です」
「へぇー。凄いね。で、それで終わり?」
リックはその言葉にピクッと反応する。
「なっ。終わりだなんて誰が言いましたか。これからまだまだ積もうと思っていたところですよ」
リックはまた城壁石を集めに走り出す。
「そろそろ夕食の時間か」
ロランが時計を見ながら呟いた。
「マリナ、そろそろみんなに夕食時だって知らせてあげて」
ロランはずっとそばに控えていた彼女に声をかける。
「了解です。皆さーん。夕食ですよー。訓練を一旦止めて、食堂に集合してくださーい」
マリナは同じ言葉を繰り返しながら、みんなに触れ回る。
(なるほど。おしゃべりなマリナをスピーカー役にして、部隊全員に連絡事項を伝達するわけか)
レリオはかたわらで、ロランのやり方を観察していた。
戦術的退却を覚えてから、レリオの指揮に対する意欲はグンと増していた。
今も少しでもロランの技術を盗もうとたゆまず観察している。
「レリオ、君も休んでおいで。ここは僕が見ておくから」
「はい」
ロランはレリオとの別れ際に彼のステータスを鑑定した。
指揮:60-90
(最高値90か。いい感じだ。あと誤差を埋めるのに必要なのは実戦経験だけだな)
ロランはリックとマリナについてもステータス鑑定してみた。
リック・ダイアー
腕力:70ー80
耐久:70-80
俊敏:20-30
体力:70-80
魔力:70-80
マリナ・フォルトゥナ
爆風魔法:C→A
鉱石保有:B→A
装備保有:B→A
薬剤保有:B→A
(リックはアジリティ以外70-80に。マリナは鉱石保有、装備保有、薬剤保有がそれぞれBになってる。主力部隊の戦力として十分計算できる!)
ロランは新人の成長ぶりに満足した。
出資者達から1億5千万ゴールドの資金を使う許可を得たルキウスは、『金色の鷹』に帰還していた。
(やれやれ。どうにか出資者達の同意を得ることができた。これで『魔法樹の守人』への引き抜きはどうにかなるだろう。全く手間をかけさせてくれる)
ルキウスは他人の金を使うことの不自由さにうんざりする。
(だが、これで勝負は決まったも同然だ。いくら移籍に対して抵抗があるとしても一人5000万ゴールドで、首を縦に振らない者はいまい。いざという時には一人に対して1億5千万全てつぎ込めばいい)
一人移籍させることができれば、残りの二人も本当に断ってよかったのかと後悔し始める。
さらに次からは移籍に対する罪悪感も薄れる。
移籍を巡って主力部隊の間でもギスギスするだろうし、『魔法樹の守人』に与えられるダメージは計り知れないものになるだろう。
(これで引き抜き問題については一応カタがついた。さて久々の帰還だ。留守番をしている奴らは上手くやっているんだろうな?)
ルキウスはここ最近の悩みから解放されて、久しぶりに上機嫌でギルド長の部屋に入り込んだ。
しかし、留守中の出来事について部下からの報告を耳に入れるや否や、たちまち額に青筋を浮かべて、激怒した。
「錬金術ギルドが造反している? 『魔法樹の守人』が勝手にダンジョン経営を始めている? ジルが『魔法樹の守人』に与している? バカヤロウ! 何をやっているんだお前達は!」
ルキウスは報告に来た者達に向かって怒鳴り散らした。
怒鳴られている者の中にディアンナの姿はない。
彼女はまたもやそんなことは自分のあずかり知らぬ事と言わんばかりにルキウスの隣でツンと澄ました顔でいた。
ディアンナは巧みに情報操作していた。
まずゼンスからの報告を誰にも教えず握り潰す。
その上で他の人間を通し、生贄として選んだ人間にこの問題をリークする。
そうして選ばれた彼らは解決に向けて奔走しているうちに、いつの間にか責任者となってしまい、ルキウスに報告するという役回りに立たされてしまうのであった。
怒鳴られている報告者達もまさか自分達が怒られているのが、ディアンナのせいだとは思わない。
彼らはルキウスに一通り怒鳴られた後、ギルド会員としてランクダウンを告げられた上で、退室を命じられた。
「全く。少し俺が留守にした途端これだ」
「申し訳ありません。まさか水面下でこのようなことになっているとは」
「ディアンナ! お前もお前だ。これほど問題が大きくなっているというのに何も気づかなかったのか」
「実は私の方でもジルの行動が怪しいことには薄々気が付いていました。独自に調査した上で既に対策は立てております」
「なに? そうなのか? ……そうか。そうだったのか。すまない、つい怒鳴ったりして」
「いいえ。気にしておりませんわ」
ディアンナはニッコリと笑って見せる。
「やはり君だけは他の愚図どもとは違う」
「恐れ入ります」
「それで? その対策とやらは一体どういうものなんだ? 早く聞かせてくれ」
ルキウスはすっかり機嫌を取り戻して彼女の調査報告に耳を傾けた。
しかし、報告を聞き終わると、またルキウスは青筋を立てて怒り心頭に発する。
「ジルが……ロランの下で指導を受けているだと?」
それは自分の所有物が他人によって勝手にいじくられ、改変されているかのような不快感だった。
「今すぐジルをここに呼び出せ!」
ジルは橋梁建設のクエストを終えて、ダンジョンから街に帰還していた。
ロランはダンジョンの入り口まで行って、ジルを迎えに来ていた。
二人が落ち合った時には、すでに夜の帳が降りようとしていた。
「ハァハァ。ロランさん。ただいま帰還しました」
ジルは流石に疲労困憊していた。
「うん。お疲れ様」
(さすがに厳しくしすぎたかな?)
ロランはジルの消耗ぶりを見て、少しばかり罪悪感を覚える。
彼女はポーションも飲まず、川の水と木の実だけで食いつなぎ二週間近く過酷な労働に従事したのだ。
「ハァハァ。それで、ロランさん。次は一体どのようなお仕置きを命じていただけるのですか?」
「えっ!? お仕置き?」
「あ、いえ、間違えました。次はどんな鍛錬を課していただけるのですか?」
「ああ、うん。言い間違いか」
(まあ……、とりあえず元気そうで良かったよ)
ロランは自分の心配が杞憂だと分かり、とりあえず安心した。
「くっ、それで? 次は一体どんな厳しい訓練を私にさせる気ですかっ」
「ちょっと待って。まずはステータスを見るから」
ロランはジルのステータスを鑑定した。
腕力:105−110
耐久:115−120
俊敏:100−105
体力:195−200
「い、いかがでしょうか、ロランさん」
ジルは期待と不安の入り混じった目でロランの方を見た。
「いや、凄いよ。ジル、おめでとう」
「えっ?」
ロランはジルの鎧の留め金を外し、武装解除した。
ジルは自らを拘束する重しから解放され、途端に体が軽くなった。
彼女は簡素なインナーを身につけただけの姿になる。
「全ての基礎ステータスが最低値100を超えている上に誤差5以内に収まっている」
「それじゃあ……」
「ああ、君はもうSクラス冒険者並みのステータスだ。もう僕が教えることは何もない。君はダンジョンと名のつく場所であればどこまでも深く潜ることができるし、どんな敵でも倒すことができるだろう」
「ロランさんっ」
ジルは感極まってロランに抱きついた。
「ジル?」
「ありがとうございます。ここまで辿り着けたのも。ロランさんが厳しく叱咤して、冷たく突き放して、無責任に放置し、そして口汚く罵ってくださったおかげです。本当にありがとうございますっ」
「う、うん」
(その内容でお礼を言うのは、なんか違うような……)
「と、とにかく。休もうか」
ロランは彼女に自分の上着をかけて、近くのベンチまで誘う。
「これでもう君に教えることは何もない。よくここまで頑張ったね」
「ええ、ただもうロランさんの指導を受けられない。それを思うと少し寂しいですね」
「ジル……」
「ロランさん!」
突然、ジルがロランの方に真剣な眼差しを向けてくる。
「なんだい?」
「私はこれからルキウスと戦うつもりです」
「えっ!? でも、それって……」
「はい。契約に反することです。罰を受けることになるでしょう。セバスタのようにこの街にいられなくなるかもしれません。それでも私は戦います」
「ダメだよそんなの! 何か他の方法を……」
ジルは首を振った。
「ジル……」
「もうこれ以上、彼の下で働くことはできません。それに、ここまでロランさんに加担してしまったんです。どの道、私は責任を追及されるでしょう」
ロランはぐっと詰まった。
「たとえ道理や規則に反することになろうとも、私はもうルキウスのやり方に従うことは……、これ以上、あなたを追放したルキウスに従うことはできません。だから戦います」