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追放されたS級鑑定士は最強のギルドを創る  作者: 瀬戸夏樹
第一章、冒険者の街編
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第37話 指揮官の育成

 城塞建築クエストを終えたジルは、クタクタになってロランの下に帰ってきた。


 身につけていた鎧はボロボロ、衣服にはべっとりと汗が染み付いており、酷使して言うことを聞かなくなった左腕を右手でかばい、足下も覚束なくフラフラさせながら、辛そうに顔を顰めている。


 だが一方で、その顔にはどこかやり切ったという満足感が滲み出ており、頰は上気して真っ赤に染まっているものの、その理由は激しい運動以外にも起因しているようであり、息遣いは荒くしているものの、どこか悩ましげな吐息も混じっていた。


「はぁはぁ。ただ今、帰還しました」


 ジルはフラフラしながらも、どうにかロランの前で直立不動の姿勢をとってみせる。


「おつかれ。ジル。それじゃあ『ステータス鑑定』させてもらうね」


「はい。よろしくお願いします」


(ふぅ。無理難題に一時はどうなることかと思ったが、どうにかこなすことができた。これだけ体にムチ打てばステータスも引き締まっているだろう。これならいくらロランさんでも納得してくれるはず……)


 ロランはジルのステータスを鑑定した。


 腕力(パワー):90−100

 耐久(タフネス):110−120

 俊敏(アジリティ):90−100

 体力(スタミナ):190−200


「うん。ステータスの誤差全て10以内におさまっているね」


「ありがとうございます」


「でもこれじゃ全然ダメだよね?」


「えっ?」


 ジルは一瞬言われたことの意味が分からなくて、ロランの顔を見る。


「最低でもステータスを誤差5以内に収めないと。それ以上の誤差は話にならない」


「なっ、誤差5以内……ですって?」


「ああ、誤差5以内だ。問題ないよね?」


 ロランは怒るでもなく語気を強めるでもなく、普通の口調で言った。


 それは、誤差5以内がなんでもないことであるかのような口調だった。


(誤差5以内だなんて。10以内にするだけでも日々のたゆまぬ鍛錬が必要だっていうのに。それを一週間で血反吐吐きながら成し遂げたっていうのに)


 ジルは自分の頑張りが全く認められていないことを知り愕然とした。


(こんなのもはやただの理不尽なシゴキじゃないか! だが、そこがいい!)


「分かりました。ロランさんが行けと言うなら私としてはいかざるをえません」


「次は橋梁建築のクエスト行ってみよっか」


「はいっ」


 ジルはその顔に努力が認められなかった悔しさを滲ませて、しかしその割には元気のいいダッシュでダンジョンへと戻って行くのであった。


 ロランとアーリエは無表情で彼女が走って行くのを見守った。


「ジルさん喜んでいましたね」


 アーリエが呟くように言った。


「……うん」


「どうして彼女はあんな苦役を強いられて喜んでいるんでしょうか?」


「なんでだろうね。実は僕もよく分からないんだ」


「……そうですか」


 アーリエはもはや深く考えるのをやめることにした。




 工房内ではチアルとドーウィンが開発を進めていた。


「さて、鉄3、銀6、ジアナイト(金属の属性を高めつつ結合を強める素材)1でアーリエさんが精錬し、僕が鍛えたこの新素材。どれだけの性能を発揮するか」


 ドーウィンは新素材に向かって『黒曜槌(黒曜石で作ったハンマー)』を振り下ろした。


 ガァンというけたたましい音が鳴って、金床の上に乗った新素材の上に強い負荷が伝わる。


 新素材は一欠片も欠けることなく、また一ミリも動くことなく、その場に鎮座していた。


「おぉー、成功ですね」


 チアルが目をキラキラさせながら新素材を見つめる。


「うん。とりあえず硬度に関してはクリアした。一番の問題は……」


 チアルはレンガのような直方体の形をした新素材を両手で持ち上げようとする。


「んぐ、んぐぐぎぃー」


 チアルは新素材をどうにか持ち上げようとしたが、彼女の腕力ではどうやっても持ち上げることができなかった。


「ダメですー。持ち上げられません」


「うん。そうなんだよなぁ。硬度については最高級を追求できたけど、重くなりすぎた。これじゃあせっかく武器を作っても使いこなせる人がいないし……」


「やあ。Sクラスの武器の開発状況はどうだい?」


 二人が腕を組んで考え込んでいると、ロランが作業室に入って来た。


「あ、ロランさん」


「ロランさん、ちょうど今壁に差し掛かっていて相談に乗って欲しいなと思っていたところです」


「いいよ。どういった相談だい?」




「なるほど。確かにこれは重過ぎるね」


 ロランはランジュと一緒に持ち上げてみたが、二人がかりでも数秒持ち上げるのが精一杯だった。


「これじゃあ加工するのも一苦労ですよ」


 ランジュが顔をしかめながらいった。


「運ぶだけで4、5人の力が必要ってんじゃあコストがかかり過ぎます」


「大量生産は無理そうだね」


「オーダーメイドでも元取れるかどうか怪しいですよ」


「どのくらい必要?」


「そうですね。ちょっと待ってください」


 ランジュはその場で計算用紙を広げて試算してみる。


「これで利益を出すとなると大体1000万ゴールドの売値が必要でしょうか」


「うーん。厳しいな」


「コストの問題もありますが……」


 ドーウィンが口を挟む。


「そもそもこんな重い武器を扱える冒険者がいるのかっていう……」


「確かに。これほどの素材でできた武器となると基礎ステータス100以上必要になるな」


「まさしくSクラス冒険者用の武器ですね」


「流石にこれは『魔法樹の守人』でも買ってくれないだろうな」


「採算取れないですよ」


「残念だけど、この新素材はお蔵入りだね」


「ええー。この素材で武器作りたいですぅー」


 チアルが駄々をこねるように言った。


「また何か使い道があった時に使えばいいよ。新素材の案はこれだけじゃないし」


 ドーウィンがなだめるように言う。


「ぶぅー」


 チアルは片方の頬を膨らませる。


「さ、チアル。お前もそろそろ本業に戻れ」


 ランジュが急かすように言った。


「えぇー。まだドーウィンさんと開発していたいです」


「ダメだ。仕事が立て込んでんだから」


「むぅ」


「チアルちゃん。また明日も来るからさ」


 ドーウィンがなだめるように言った。


「はぁい」


 チアルはしぶしぶという感じで銀細工の製作に取り掛かる。


 ロランは新素材をアイテム鑑定し続けていた。


(Sクラス冒険者……となると可能性があるのはジルか。でもいくらジルとはいえ1000万ゴールドは用意できないだろうしなぁ。どうにかならないものか……)




「『俊敏付与』」


 リックが呪文を唱えるとレリオの体を緑色の光が纏わりつく。


「おおー」


「感じはどうだ?」


「分かんないけど、ちょっと体が軽くなったかも」


 レリオはその場で垂直跳びしたり軽く走ってみる。


「うん。いつもより明らかに速い」


「リック、私にもやってみてよ」


 マリナがせがんで来る。


「待ってくれ。その前に魔力を回復したい」


「はい、これ」


 マリナが懐の袋からマジックチェリーを取り出す。


「お、助かる。……う、酸っぱい。やはりちょっと苦手な味だな」


「リック!早く『俊敏付与』して!」


「まあ待て。そう慌てるな。『俊敏付与』」


 リックがマリナに杖を向けながら呪文を唱えるとマリナにも『俊敏付与』がかかる。


「おぉー。軽い。圧倒的に体が軽いですよ。飛んで行けそうですっ!」


 マリナが両腕を羽のように広げて辺りをいつもより素早く走り回る。


 レリオはマリナに『ステータス鑑定』を使ってみる。


 マリナ・フォルトゥナ


 俊敏(アジリティ):60(↑10)-70(↑10)


(なるほど。普段50-60であるマリナの俊敏(アジリティ)が60-70に上がっている。これが『俊敏付与』の効果か)


「いや、しかし、まさか俺が支援魔法を使うことになるとはな」


 リックが苦笑しながら支援魔法用の杖を見つめる。


「リックは前衛希望だもんね」


「ああ、ロランさんに魔道剣士になれと言われた時にはどうなることかと思ったが、まさか本当にここまで簡単に身につけてしまうとはな」


「うん。凄いよねロランさん。初めはなんで鑑定士が隊長なんだろうって思ったけど……」


「ああ、あの人の指導は養成所での訓練とは一味違うな」


「まあ、なんにしても助かるよ。これならロランさんの課題もさっさと終えられるし」


「そうですよ。これさえあれば課題の達成も楽勝ですっ」


「いや、楽勝ってほどではないけど……」


「分からんぞ。俺は今急激に成長している。今後も『俊敏付与』のスキルを伸ばしていけばあるいは……」


 リックは野心に満ちた不敵な笑みを浮かながら、杖を両手でぐっと握りしめ、見つめる。


 もはやすっかり乗り気だった。


「リック。リック自身に支援魔法をかけてみることは出来ないんですか?」


「おお、そうだな。折角だから自分にもかけてみよう。……っ」


 リックは頭痛を覚えて後頭部を抑える。


「リック?」


「どうしました!?」


「分からん。どうも魔力を出しにくいような……。おかしいな。さっきマジックチェリーを食べたばかりなのに」


「ちょっと待って。ステータス見てみるから」


 レリオはリックのステータスを見てみる。


 リック・ダイアー


 魔力:1-30


(なるほど。魔力の最低値が1。ステータスが磨り減っている証拠だ。自然回復するまでは、どれだけ魔力を回復しても無駄だろうな。……っ)


 そんなことを考えているうちにレリオも目眩を覚えるようになった。


「どうしましたレリオ。『マジックチェリー』食べますか?」


「いや、これは多分……」


「リック、レリオ、マリナ。ここにいたのか」


 ロランが現れた。


「あ、ロランさん」


「ふむ。三人共魔力が切れかけてるね」


(『ステータス鑑定』……。さすがに速いな)


 レリオは三人のステータスを一瞬で識別するロランの鑑定の速さに舌を巻いた。


「ふぇ?そう言えば私もなんだか力が抜けてきました」


 マリナが地面にぺたんと手をつく。


 彼女のアイテム袋からは装備、鉱石、ポーションなどのアイテムがドサドサと零れ落ちてくる。


 レリオとリックは慌ててアイテムを拾った。


「三人共、新しく身につけたスキルは慣れるまで酷使しちゃダメだよ」


 ロランはアイテム拾いを手伝いながら言った。


「すみません。手伝わせてしまって」


「いいよ。これくらい。それよりもレリオ。これが終わったら僕のテントまで来てくれ」


 レリオはロランと一緒に隊長用のテントまで向かった。


 リックとマリナは不思議そうにその光景を見守った。


「なんか、あいつ最近ロランさんに呼び出されること多くないか?」


「そうですね。何かレリオのスキルが関係してるみたいですよ」


「スキル……一体なんの用事なんだ?」


 リックとマリナは首をひねって考え込むのであった。




「これが今日、ステータス鑑定した分です」


 レリオはステータスを記入した用紙をロランに提出する。


「ふむ。どれどれ」


 ロランは受け取ってリックとマリナの数値をチェックする。


(やはり今まで伸ばしていなかった部分は伸びるのが早いな。みんな異例の伸び代だ)


(なんか気が引けるなぁ。二人に黙ってこんなことするの)


 ロランに命じられてやむなくやっているが、レリオにとってこの任務は気の向かないものだった。


「リックの魔力が最高値30、マリナの魔力は最高値80に達したか。ふむ。そろそろ次の段階にいってもよさげだな」


 ロランは全ての数値に目を通すとレリオの方を向いた。


「いや、助かるよ。僕一人で全員のステータスを鑑定するのは大変でさ」


「はぁ」


(ひょっとしてこのまま雑用係になるわけじゃないよな。僕は冒険者志望なんだけど)


「よし。レリオ。みんなを城壁の入り口前に招集してくれ」


 ロランからの指令を受けて、レリオは『魔法樹の守人』の隊員達の間を走り回り、招集命令を伝えた。


 隊員達は突然の招集に首を傾げながら、今やっている作業を止めてロランの下に集まった。


「今日からは個々の課題ではなく、部隊運用の訓練を行う」


(部隊運用……)


 リック達は一様に緊張した。


 いよいよ主力部隊に混じってダンジョン攻略の訓練に参加できるのだ。


 基本的にモンスター関連のクエストはないダンジョン経営だったが、一つだけ部隊運用の訓練を伴うクエストがあった。


 死肉喰い(グール)討伐クエストである。


 グールは人間や動物、モンスターの死肉を漁る化け物で、放っておいても特に生きている人間には危害を及ぼさないため、クエスト受付所から討伐依頼が出されることはないが、部隊運用の訓練相手としてはもってこいだった。


 しかも基本五匹の集団で行動するため、班行動の基本単位である5人で戦う相手として最適だった。


 光る物を収集する習性があるため、その巣に宝物を溜め込んでいる。


「城壁や街道が完成して錬金術師の支援は大方終わったし、今後はグール討伐クエストをしていこうと思う。グールは集団で動くため班単位でないと討伐できないモンスターだ。各々自らの力量を示すとともに連携も高めるように」


 ダンジョン経営に参加した者達は一様に緊張した。


 彼らにも分かっていた。


 これまでの訓練とは違いこのクエストは次回のダンジョン攻略の主力部隊を選抜するためのクエストなのだということが。


「ではまず班分けを行う。まず1班はモニカを班長にして、ライアン、ガレス……、続いて2班はシャクマ、リック、エルモ……、3班はユフィネ、マリナ……」


 ユフィネはロランの班分けの意味を目敏く探っていた。


(エースの班に新人を入れている。なるほど。新人とエースを一緒に組ませてお互いの刺激になるようにするというわけね。あれ? でもレリオは?)


「あのロランさん。僕は……」


 レリオがいつまでも呼ばれないため、おずおずと尋ねてくる。


「レリオ。君は班長だ。六班を指揮してもらう」


「えっ!?」


(指揮官?レリオが?)


 ユフィネが眉をピクリと動かす。


 リックも唖然としていた。


(なっ、レリオの奴を指揮官に抜擢? あいついつの間に……)


 部隊の中でざわめきが起こる。


「凄いな。あいつ、班単位とはいえ、いきなり指揮官かよ」


「いや、しかし大丈夫なのか。新人を指揮官にして」


「あのぅ。ロランさん。新人の子をいきなり指揮官にするというのはちょっと……マズイのでは?」


 モニカが全員の意見を代弁するように言った。


「どうしてだい?」


「レリオもまだ養成所を卒業したばかりで実際のダンジョンでの部隊行動に慣れていませんし……」


「モニカ。僕は何もレリオを特別扱いしようとしているわけじゃない。個々の適性を見て配置を考えているんだ」


「はぁ」


「レリオを班長にする。これは決定事項だ。いいね?」


「う、ロランさんがそう言うのでしたら……」


 モニカはすごすごと引き下がる。


「それじゃ、各班クエストの準備をしておくように。出来次第声をかけてくれ」


 レリオはおそるおそるみんなのいる方を見た。


 すると案の定、刺々しい視線に晒される。


(うぅ、やっぱり視線が痛い)


 リックは納得のいかない顔をしている。


 ユフィネは不愉快そうにレリオの方を見ていた。


 シャクマはライバル意識を燃やしている。


 彼らは三人共、部隊長を志望していた。


(参ったな。いきなりこんなプレッシャーにさらされるなんて。ロランさんももうちょっと配慮してくれてもいいのに)


「各班のノルマはグールの巣を5つ攻略だ。各班奮ってアイテム獲得に励むように。さ、行け!」


 ロランが号令をかけると各班は急いでグールの巣に向かって行く。


(全く。ロランさんったら人が悪いんだから)


 ユフィネは先を急ぎながら心の中で悪態を吐く。


(私やシャクマに隊長になれるって言っておきながら、あんな新人の子をあからさまに優遇しちゃって。いいわ。このクエストで私の方が隊長として相応しいことを証明してやるんだから)


 リックも苦悩しながら部隊行動に励んでいた。


(くそっ。なぜだ。なぜレリオだけ班長に抜擢なんだ。俺もレリオ同様ロランさんの課題をクリアしているっていうのに。いいや、単純なステータスだけで言えば俺の方が成長率は高いはず)


 シャクマは闘志を燃やしていた。


(これは新部隊の隊長候補者を絞り込むための試練。そう受け止めましたよロランさん)


 かくしてグール討伐クエストは始まった。


 巣穴の前で武器を打ち鳴らすと、グールの群れが這い出てくる。


 敵を視界に捉えたレリオはステータス鑑定を発動させる。


(『ステータス鑑定』発動!)


 レリオの目にはモンスターの外観に加えて、ステータスが浮かび上がる。


 一見同じように見えるモンスターでも、各個体ごとにステータスは違った。


 パワーが強い者、タフネスが強い者、アジリティが強い者。


 逆にパワーが弱い者、タフネスが弱い者、アジリティが弱い者もステータス鑑定を使えば筒抜けだった。


(なるほど。『ステータス鑑定』にはこんな使い方もあるのか)


「マーカス、一番右の敵に対応してくれ。ニコラは真ん中の敵。セレスは左から二番目。僕は一番左の敵に当たります」


 レリオは敵のうち攻撃力が強いモンスターには盾持ちを、防御力が低いモンスターにはこちらの攻撃力が高い者を、そしてアジリティの高いモンスターには自ら当たって牽制した。


 レリオの班は首尾よく戦闘に勝利する。


 レリオは獲得したアイテムを手にロランの元へと帰って行った。


「ロランさん二つ目の巣、制圧完了しました」


「ん。ご苦労様。それじゃ次はこの巣に行ってみようか」


 ロランは地図上の巣を指し示す。


「はい」


(ふぅ。いきなり指揮官に任命されてどうなることかと思ったけれど、とりあえずはどうにかなってるな)


 レリオはホッと胸をなで下ろす。


 ロランはレリオのステータスを鑑定した。


 レリオ・サンタナ


 指揮50-60


(指揮50-60か。ステータス鑑定の使い方を覚えて、指揮能力が飛躍的に伸びたか。でもまだまだ足りない)


「レリオ、次のグールは中級レベルだ。今までとは一味違うから気を引き締めてな」


「はい」


 六班は今までより明らかに大きい穴の前で武器を打ち鳴らした。


 グールの群れが出てくる。


 レリオはいつも通りステータス鑑定を発動させる。


 腕力(パワー):70-80

 耐久(タフネス):50-70

 俊敏(アジリティ):50-80


(なっ!?基礎ステータスがどれも最低値50超え? 明白な弱点が無い……)


 現有戦力では勝ち切れなかった。


(くっ、どうすればいい?)


「どうしたレリオ?」


「指示をくれ」


 部隊の者達が指示を求めてくる。


(指示をくれって言ったって。こんなのどうすれば……)


「くそっ。仕方ない。マーカス。一番左の敵を。ニックは真ん中の敵を」


 レリオは可能な限りステータスの優位を活かす方向で指示を出した。


 しかし、敵の攻撃を支え切ることも、倒すこともできずに、瞬く間にレリオの部隊は消耗してしまう。


「ダメだ。このままじゃ全滅してしまう」


「一旦ポーションで回復だ」


 部隊の人間達はどうにか戦いには勝利するものの、ポーションを予想以上に消耗してしまった。


「ポーションを10個消費か」


「……すみません」


「1日に支給できるポーションの数は決まっている。もう少し少ない消費量で戦わないと保たないぞ」


(んなこと言っても、敵ステータスがステータスなんだからどうしようもないじゃん)


「次も同じくらいの強さの敵に当てるよ。しっかり準備して」


「……はい」




 レリオの部隊はまた戦闘に出たが、またもや苦戦した。


(クッソ。この部隊でどうすればいいんだよ)


 レリオは崩れる部隊を必死に指揮しながら内心で悪態を吐く。


「ヤバい。もうポーションが底をつくぞ」


「隊長、どうするんだ?」


「ぐっ、どうするったって……」


(流石にいきなりこのレベルはきついかな?)


 ロランは小高い丘の上からレリオの戦いぶりを見ながら助けるべきかどうか悩んでいた。


 そうこうしているうちに部隊は崩れそうになる。


(仕方ない。助けるか)


「シャクマ。レリオの部隊を助けてやってくれ」


「はい」


(チャンスだ)


 シャクマの部隊に所属していたリックは内心でこのチャンスを喜んだ。


(ここでロランさんに自分の力を見せつけることができれば、一気に評価は逆転するはず)


 リックは勢い勇んでレリオの援軍に駆けつけた。


「下がれ。俺が盾役になる」


 リックは苦戦している前衛の人間と入れ替わって前線に立った。


 二体のモンスターを前にして、攻撃を受けるものの、踏み止まってみせる。


「おお!」


「リックの奴、やるじゃねーか」


(俺の耐久(タフネス)はすでに70越え。このくらいの攻撃、耐え切れる)


「うおおおお!」


 リックは攻撃を耐えるばかりでなく、跳ね返した。


 さらに『俊敏付与』の魔法を自身にかけて、敵を追撃する。


 敵はあえなく蹴散らされた。


「どうだ! 見たか!」


 リックはガッツポーズをして雄叫びをあげる。


「助かった」


「危ないところだったぜ」


(はぁ。なんとか助かった)


 レリオは命の危機から脱することができてホッとする。


 一方で複雑な気分だった。


(これならリックの方が隊長に向いてるじゃん。先頭に立って味方の士気を上げて……。絶対僕より向いてるよ。はぁ)


 結局、その日ノルマを達成できなかったのはレリオの部隊だけだった。




 その夜、レリオはロランに直談判しに来た。


「なんだい?話っていうのは」


「あの、もう指揮官の訓練を降りたいと思っていて……。それよりも他にやりたいことがあります」


「やりたいこと?」


「はい。モニカさんみたいにパワーを鍛えて『銀製鉄破弓』を扱えるようになりたいです」


(なるほど。そう来たか)


 ロランは考え込む。


(彼の腕力(パワー)はたとえ鍛え抜いたとしても70-80が限界。どれだけ鍛えてもモニカには敵わない)


 ロランは内心ではそう思ったが、それは言わないことにした。


「レリオ、火力系の弓使い(アーチャー)のポジションはすでにモニカが絶対的な地位を築いている。君にもパワーを鍛える余地はあるが、次のダンジョンまでにモニカのパワーには到底届かない」


「でもっ……」


「今、中途半端な火力のアーチャーを主力部隊に入れるつもりはない」


「……」


「君には指揮能力にポテンシャルがある。もう少しだけ挑戦してみたらどうかな?」


「あの、ロランさん。ちょっといいですか?」


 モニカがロランの下に訪れる。


「ああ。レリオ。済まない。この話はまた今度だ」


 レリオは渋々という感じで引き下がった。


 ロランとしてもレリオに時間をかけられないのは苦しいところだった。


(悪いなレリオ。君の育成に手間暇かけたい気持ちは山々だが、モニカよりも君を優遇するわけにはいかないんだ)


 新人に構ってばかりいれば、エースが不貞腐れるのは目に見えていた。


 新人を育てて、エースが調子を崩すようでは元も子もない。


(新人の難しさだな。初めから優れた環境を享受できる代わりに、既存の強力なメンバーとの競争に晒される。一から部隊作りに加わったモニカ達とはまた別の大変さだ。だが、君の育成をモニカの相談よりも優先するわけにはいかないんだ。どうにか自力で頑張ってくれ)




(くそっ。また最低値50以上の敵かよ)


 レリオはグールのステータスを鑑定しながら舌打ちした。


 またもやレリオの部隊は強力な敵に遭遇していた。


(……どうする?)


 レリオは必死に考えを巡らせるが答えは見つからない。


 何をどう考えても部隊の消耗と敗北を招くしかなかった。


 加えてロランからはポーションの過剰な使用を禁止されている。


(また、リックの助けを借りるわけにはいかないぞ……)


 部隊にもレリオの不安は伝染した。


「おい、レリオ。どうするんだ?」


「敵は手強そうだぞ」


「どうするんだ?おい、レリオ!」


 レリオは歯軋りする。


(クソッ。もうやってられるか)


「撤退だ」


「は?」


「この戦力では敵に敵わない。だから撤退だ」


「ちょっ、何言ってるんだよ」


「ただでさえ俺達の戦果は他の班に比べて遅れてるっていうのに……」


「敵は目と鼻の先に迫っているんだぞ!」


「いいから撤退だ!退却の援護は僕がするから」


 レリオは部隊の殿に立ち、追撃してくるグールを射撃で牽制した。


(あれ?)


 レリオは少し退却しては弓を討ち、少し退却しては弓を討ちとしているうちに違和感を感じた。


(敵の追撃が遅い?)


 モンスター達の中には俊敏(アジリティ)の高い者がいるにも関わらず、全速力で追って来ず、わざとスピードを緩めてこちらを追っていた。


(なんで? 全速力で追って来れば、こっちを追撃するチャンスなのに……。あっ、待てよ)


 レリオはステータス鑑定をした。


 予想通りモンスター達の俊敏(アジリティ)はそれぞれバラバラだった。


(そうか……。全速力で走ればそれぞれ孤立してしまい、各個撃破の絶好の餌食になる。だからバラバラにならないように味方の一番遅い奴に合わせて走らなきゃいけないんだ)


 その後もモンスター達は追いつけず、レリオの射撃の的になるだけだった。


 結局、モンスター達は追撃を諦め退却していった。


「なんだ? モンスターの奴ら。逃げて行ったぞ」


「勝った……のか?」


(なるほど。こんな戦い方があるのか……)


(気づいたか。戦術的退却に)


 離れたところからレリオの戦いぶりを見ていたロランは、新人指揮官の確かな成長の片鱗を見逃さなかった。


(グールには遠距離攻撃の手段がない。だから撤退する敵を追撃する場合、射撃戦に対応できないんだ。つまり戦術的退却が有効だということ。俊敏(アジリティ)の高い弓使い(アーチャー)がいれば……、の話だけどね)


(もし、敵がこっちの戦術的撤退に対応できないとしたら……待てよ)


 レリオは次の戦いで撤退を前提にした陣形を構築してみた。


 あえて盾持ちを後ろに置き、俊敏(アジリティ)の高い剣士を前に置く。


 初撃で敵の最も俊敏(アジリティ)の高い個体を攻撃し、その後は撤退。


 敵が突出して躍り出て来れば各個撃破。


 敵が下がれば、追撃。


 レリオの班は見事、自分達よりもステータスで上回る敵を撃破してみせた。


(出来た。敵を倒すことが)


(何も先頭に立って勇敢に戦うばかりが指揮官の役目じゃない。いざという時のことも考えて、あらゆる準備をしておくのもまた指揮官の役割だ。指揮官に求められる本当の資質。それは退却のタイミングを判断する能力だ)


(例え自分よりも強い敵に遭遇しても、僕の指揮能力でステータスの差を覆せる?)


(モニカのような高火力のアーチャーとはまた違う、指揮能力の高いアーチャー。この分なら次のダンジョン出現までにモノになりそうだな)


 ロランがレリオのステータスを鑑定すると指揮は50ー80となっていた。

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