第3話 面接
「そりゃ御無体ってもんですぜ。ルキウス様」
この街一番の錬金術師ギルドの代表者ゼンスは言った。
ここは『金色の鷹』ギルド長の執務室だ。
ルキウスは懇意の錬金術ギルドと商談していた。
今、彼は製品を買い叩こうとしているところだった。
「これまでも我々は破格の値段で『金色の鷹』に製品を卸してきたじゃありませんか。これまで必死の努力であなた方の要求する価格と納期を実現してきたんですぜ。納品も一度たりとも落としちゃいない。そんな風に誠心誠意『金色の鷹』のために働いてきたっていうのに。それに対してこの仕打ちはあんまりですぜ。今だって赤字で毎月、借入金の返済を待ってもらっている始末。これ以上の値引きすれば本当に持たなくなってしまいまさぁ」
「なら結構。あなた方との取引は今日までで終わりにしましょう。今後は別のギルドに発注することにします」
ルキウスの脇に控えるディアンナが言った。
ルキウスは身じろぎもせず、目をつぶって考え事をしている。
ギルドの男はぐっと言葉を詰まらせる。
ルキウスからの受注は常に大口だったので、彼に契約を破棄されれば、雇っているたくさんの会員達を養っていけなくなる。
それだけではない。
彼は武器・金具市場の売り場自体も押さえており、彼に契約を切られれば、この業界自体から締め出されてしまう恐れがあった。
そんな風に困り果てる代表をディアンナは蔑んだような目で見下ろした。
彼女にはこういったサディスティックな一面があった。
代表がルキウスの方に助けを求めるような視線を向けると突然、ルキウスが椅子を回して代表の方に向き直る。
彼はニッコリと笑って語りかけた。
「ゼンスさん。勘違いしないでいただきたいのだが、我々だってあなたと縁を切りたいわけじゃない。ただ、今後も私達との関係を続けて行ってもらうために、後もう少しだけ頑張ってもらいたい。それだけなんだ」
「……」
「鉄A一個当たり200ゴールド。やってくれるね?」
ゼンスはトボトボと帰って行った。
その様を窓から見ながら、ルキウスはため息をついた。
「やれやれ。彼も物分かりの悪い男だね。我々に逆らうことなんてできないというのに」
「全くですわ」
ディアンナが媚びを売るように言った。
「ルキウス様に逆らえばこの街で生きていくことなんてできないのに。そのことをもっと彼らは理解するべきです」
ルキウスは満更でもなさそうに悦に浸る。
「さて。次の予定は?」
「外出です。貴族のエルセン伯とクエストについてのご相談です。なんでもぜひ我がギルドに頼みたい案件があると。向こうから直々のお願いです」
「ふっ。エルセン伯も我々と関係を持ちたくて必死というわけか。とはいえ貴族に頼りにされるというのも悪くはないな」
ルキウスは椅子から立ち上がって、外套を羽織る。
ふと思い出したようにディアンナの方を振り返った。
「そう言えば、ロランの方はどうしている? ちゃんと冒険者クエストから排除しているんだろうな?」
ロランがクエストに有り付けないのは、実はルキウスの手が回っていたためだった。
彼は大手ギルドの影響力を駆使して、冒険者協会に自分のギルドを抜けた者に仕事を与えないよう圧力をかけていた。
「ああ、ロランでしたらどうやら錬金術ギルドを立ち上げたようですわ」
「錬金術ギルド?」
ルキウスは眉をしかめた後、苦笑した。
「全く。よりもよって錬金術ギルドとは。我々が錬金術ギルドを支配下に収めていることはわかっているだろうに。ついに彼もヤキが回ったか」
「多分、まだ気づいていないのではないでしょうか。自分が冒険者ギルドから締め出されていることに」
ディアンナもクスクス笑いながら言った。
「錬金術製品の売り場は我々が支配している。元手もない。市場にアクセスする方法もない。そんな状態で一体どうやってギルドを運営していくんだか」
「ギルド名は『精霊の工廠』というんだそうです」
「ハハッ。工廠とは。武器を作るつもりか。ますますどうやって売るつもりなんだか」
(所詮、他人の資質を見抜くしか能のない人間か。考えが浅すぎる)
ルキウスは心のどこかでロランに脅威を抱いていたため、彼の浅慮を知って安心した。
「ルキウス様との縁故を頼って泣きつくつもりなのでは?」
「なるほど。その線があったか」
ルキウスはふと考え込む。
「まあ、昔のよしみだ。奴が泣きついてくるというのなら、仕事をやらんでもない。ただし、鉄A一個につき100ゴールドでだ。それ以上はビタ一文支払うつもりはない。奴が来たらそう伝えておけ」
「かしこまりました。そのように伝えておきますわ」
ルキウスはそれだけ言うと部屋を出ようとしたが、ふと思いとどまってディアンナの方を向いた。
「それはそうと、どうかねディアンナ君? 今夜食事でも」
ディアンナはさっと冷笑を引っ込め、頰を赤らめる。
「はい。ぜひ」
「では。午後6時ごろ、いつもの店に来たまえ」
ルキウスはそれだけ言うと、さっさと出て行ってしまった。
ディアンナはしばらく書類の整理もする気になれずうっとりとしながら、机の上に座っていたが、ふと重要なことを思い出す。
「あ、ロランがリリアンヌの支援を受けていること、言うの忘れてたわ」
ディアンナは一瞬、ルキウスを追いかけて、伝えようかとも思ったがやめておいた。
そんなことをしても彼の機嫌を損ねてしまうだけだ。
(まあいっか。どうせこの街の錬金術ギルドを支配しているんだし。別に言わなくていいでしょ)
彼女はそれだけ考えると億劫そうな様子で目の前の仕事を始めるのであった。
ロランはギルド『精霊の工廠』の会員に応募してきた者を面接していた。
実際にこうして人を選ぶ立場になると、なるほどこれは気分のいいものだなと思った。
職にあぶれいてる者達は誰もが必死に自分に雇ってもらおうと助けを求めてくる。
少しでも印象を良くしようと自分の能力を盛ってアピールしようとする。
謙虚に振舞って、面接官やギルドのことを少しでも持ち上げようとする。
今、ロランが面接している錬金術師の女の子もロランに好印象を与えようと頑張っていた。
「『魔法樹の守人』と繋がっていて、すごい将来性があるなって思って、やっぱりどうせならそんな将来性のあるギルドや職員の皆さんと立派な仕事をしたいと思うじゃないですか。私もそんな素晴らしいギルドで、ロランさんの指揮のもとで使っていただければな、と思いまして応募しました」
彼女は媚びを売るように上目遣いではにかんできた。
彼女は錬金術師らしく作業用のつなぎを着て、ハンマーを始めとした錬成道具を持っていたが、一方で女性らしさも演出していた。
大人しそうな女の子で、そのようなことをするのが苦手であろうに、普段は括っているその艶やかなブラウンの髪を流して、外見でアピールしようとしている。
あわよくば見た目を気に入ってもらおうと。
こんな風に人にチヤホヤされれば、ルキウスのように増長してしまうのも仕方がないな、とロランは思った。
能力よりも好き嫌いで人選したくもなるだろう。
(けれども。僕にはスキル『鑑定』がある)
ロランはスキル鑑定を使って今、面接している錬金術師の現在のスキルを発動させた。
面接者、錬金術師アーリエの錬金術関連のスキルが、彼女の周囲の空間に文字となって表示される。
鉱石採掘:E→D
鉱石精錬:E→A
金属成形:D→C
金細工:E→D
ロランは質問してみることにした。
「志望する担当職務はありますか?」
「はい。私は『金属細工』を担当したいと思っています。金属細工が最も得意なので」
ロランは内心で笑ってしまった。
金属細工は彼女のスキル構成の中で、現在の実力、将来性、両面において最低だった。
おそらく金属細工は花形で給与も高いため、担当したいのだろう。
「『鉱石精錬』はいかがですか? 現在、当ギルドには『鉱石精錬』の担当者が不足しているのですが」
ロランが聞くと彼女はちょっと困ったように笑った。
「『鉱石精錬』……ですか。ちょっと苦手なので私は『金細工』の方がいいと思うのですが……。あっ、でももちろん、雇っていただけるならもちろんやらせていただきますよ」
アーリエは心証が悪くなることを危惧し、慌てて言い直した。
ロランは手元の紙に『アーリエ 鉱石精錬E→A』と記しておく。
「分かりました。では、来週までに自宅の方に面接結果の方を伝えさせていただきます」
アーリエはしょんぼりとした様子で帰っていく。
(面接、合格なんだけれどな)
ロランは彼女が意気消沈したままではまずいと思い、すぐ様、彼女の住所へと合格通知を出すことにした。