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追放されたS級鑑定士は最強のギルドを創る  作者: 瀬戸夏樹
第一章、冒険者の街編
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第26話 Sクラス冒険者

 背中に翼をつけた黄金の馬、天馬ペガサスが部隊の上空からその蹄で冒険者達を踏みつけようとする。


 モニカは矢を放つが、放たれた矢はペガサスの魔法で燃え尽きてしまう。


 すかさず、モニカは銀製の特注の矢を放った。


 今度は燃やされることなく、足に突き刺さったが、一撃で仕留めるには至らない。


 ペガサスは森の茂みの中に逃げて行く。


 回復魔法を使えるので、傷が癒え次第、またすぐにやってくるだろう。


「ハアハア。くっ」


 モニカは肩で息をするが、休んでいる暇はなかった。


 すぐに視点を『ホークアイ』に切り替えて、次の敵に備える。


 すぐに右側の森からケンタウロスの一団が見える。


「敵襲! 右からケンタウロスの部隊が来ます。白兵戦部隊の人達は急いで備えてください」


「なに!? まだ来るのか?」


「こっちは前の敵に対処するので精一杯だっつーの!」


 白兵戦部隊の者達から悪態が飛んで来る。


 彼らは前方のキマイラの群れに対処するので精一杯だった。


(くっ、どうすれば)


「モニカ。新手には後衛だけで対処しましょう。撃退するのは無理だとしても、足止めくらいはできるはず」


「っ、分かった」


 モニカとシャクマは弓使い(アーチャー)と攻撃魔導師の部隊を引き連れて側面の敵を牽制に向かった。


 幸い、今回は敵がこちらの接近に気づく前に爆炎魔法と矢を浴びせられたので、ケンタウロスの一団は前進をやめた。


 しかし、完全に退却したりはせず、木や茂みの影に隠れて攻撃のチャンスを伺ってくる。


(牽制には成功。でも撤退はしてくれないか……)


 モニカは『ホークアイ』で白兵戦部隊の方を見る。


 幸い、白兵戦部隊の方はキマイラをもう少しで片付けることができそうだった。


「シャクマ、白兵戦部隊の方はもう少しで終わるみたい。もう牽制の必要はなさそう」


 モニカがシャクマに耳打ちした。


「分かりました。では前衛部隊と合流しましょう」


 シャクマが『幻影魔法』で霧を発生させ、ケンタウロスの行く手を阻んだ後、一同は急いで前衛部隊と合流した。


 そうこうしているうちに、モニカの『ホークアイ』がまた新手を捉えた。


「! シャクマ、また新手が来てる。今度は部隊の後ろから!」


「くっ、次々に新手が来ますね」


 シャクマ達は前衛部隊と合流するや否や、すぐに出発する命令を出した。


 部隊は息つく暇もなく新手の敵をかわすべく走り出した。


(これが16階層『神域』。一瞬たりとも油断できない)


 モニカはこれまでと一味違うレベルの敵に唇を噛み締める。


 先程から、モンスターをほとんど倒すことができず、凌ぐだけで精一杯だった。


 苦戦の原因は、『神域』のモンスターの強さだけではない。


 モニカ達はロランの抜けた穴の大きさを身にしみて感じていた。


 戦闘員としては役に立たなくとも、素早い判断と指示、気の利いたフォロー、一歩目の動き、大局観、士気の維持、そして何よりも経験値の高さに裏打ちされた安心感、要するに精神的支柱としての意義は絶大だった。


 これらが無くなった今、部隊は何をするにも一瞬の迷いが生じ、判断力と連携の精度は鈍くなる一方だった。


「流石に『神域』ともなると敵の強靭さも桁違いですね」


 シャクマが言った。


「ねぇ。それにしてもさっきから妙に圧迫感を感じない?」


 ユフィネが怪訝そうに言った。


「それは『神域』だからじゃ……」


 モニカが言った。


「それにしてもエンカウト率が高すぎると思うの」


「言われてみれば確かに。倒しても倒してもモンスターが現れますね」


「ねぇ、もしかして私達、攻略の先頭にきちゃったんじゃないの?」


「えっ? それじゃあ……」


「このまま進めば、『金色の鷹』よりも先にこのダンジョンの最深部に到達しちゃうかも」


 その時、モニカの『ホークアイ』が、自分達の後ろ数キロメートルを別の部隊が行進しているのを捉えた。


(前衛から後衛まで全ての人間が鎧兜を装備した重武装の部隊。あれは……『金色の鷹』第二の主力部隊、セバスタ隊!?)


「モニカ、どうしたの?」


「セバスタ隊が……後ろに……」


「セバスタ隊!?」


「『金色の鷹』の主力部隊じゃないですか!」


「じゃあ、やっぱり。私達、今、先頭なんだわ」


「どうします? 我々の目的はダンジョン攻略ではありませんよ」


「さっきからエンカウトが多過ぎるし、出来ることなら先頭を譲りたいところだけれど……そうも言ってられないようね」


 ユフィネがチラリと森の茂みの方を見る。


 森からはまたもやケンタウロスの一団が出て来た。


「進み続けるしかないわ」


 モニカ達は『金色の鷹』に追われるプレッシャーを感じながら、ダンジョンの探索を進めることになった。


(さっきから、決して暑くないのに汗が止まらない。決して寒くないのに鳥肌が止まらない。これが攻略先頭組のプレッシャーなの?)


 モニカは唇を噛み締めた。


 心臓の鼓動はかつてないほど速くなっていた。


 襲いかかってくる神獣達も手強かったが、それよりも後ろからひしひしと迫り来るセバスタ隊のプレッシャーの方がはるかに強かった。


 後ろから追いかけられることが、こんなにも恐いことだったとは。


 それに気のせいだろうか。


 モニカは背後から殺気のようなものを感じていた。


 気にし過ぎかもしれないが、それくらいセバスタ達の進み方は荒々しかった。


 モニカは進みながら頻繁に『ホークアイ』でセバスタ達の位置をチェックした。


(また、少し近づいてきてる……)


 モニカは心臓がキュッと締め付けられたような、そんな気持ちになった。


「モニカ。分かれ道が見えます。どちらに進めばいいのでしょう?」


 シャクマが聞いてきた。


「……右に行きましょう」


 モニカはついつい目的地に向かうよりも、障害の少ない道を選んでしまった。


(速く。もっと速く前に進まないと)


「急いで進みましょう。皆さん走って下さい」


 部隊は彼女の指示に忠実に、その行軍スピードを速めて進んだ。


 その様子からモニカは、自分以外の者も同じように感じていることを悟った。


 背後から嫌な予感が近づいてきている。


 しかし、17階層をある程度進んでいると、突然モンスターの気配がピタリと止む。


(なに? 今度は一体なんなの?)


 モニカは昂ぶっているにもかかわらず奇妙に醒めている頭で考えた。


『ホークアイ』で周辺を探ってみるが、辺りはもやに包まれたようにかすんでいてはっきりしない。


「これは……?」


「敵の気配が消えましたね」


 モニカに遅れること数十秒、シャクマとユフィネも異常事態に気づいたようだった。


「ねぇ。モニカ。『ホークアイ』で何か見えないの?」


「分からない。見えないの。何も見えないのよ!」


 モニカは少しパニックになりながら言った。


 先ほどから緊張で張り詰め過ぎていて、ギリギリの精神状態だった。


「ほぉ。『魔法樹の守人』か。珍しいこともあるもんだな」


 モニカ達は突然聞こえてきた男の声にギクリとした。


 振り向くとそこには黒装束に長剣を一本だけ背負った男が座っていた。


「てっきり今回も『金色の鷹』が攻略一番手だと思っていたが。珍しいこともあるもんだな」


 モニカは狐につままれたような気持ちで男を見た。


(何この人。人間? たった一人でどうやって『神域』まで……)


「あの、あなたは……」


「俺はギルド『三日月の騎士』に所属する剣士、ユガンだ」


「ユガン!? ユガンっていうと、まさかあのユガンさんですか?」


「シャクマ、知ってるの?」


「知っているも何も、この人はSクラス冒険者のユガンさんですよ」


「Sクラス!?」


「その通り。いかにも俺はSクラス冒険者のユガンだ」


 男はニッと不敵な笑みを浮かべながら、立ち上がってモニカ達に近づいて来る。


(この人がSクラス冒険者。ソロプレイでダンジョンの最深部まで到達できる人。私達は三十人で編成に多大な工夫をしてようやくここまで来たっていうのに……、この人は剣一本でここまで来たんだ)


 モニカは先ほどのパニック寸前状態も忘れて、目の前のSクラス冒険者をマジマジと観察した。


 なるほど確かに一見細身だが、その挙動には一切スキがなく、身につけている装束と長剣からは、途轍もない魔力を感じる。


 モニカは、自分がどれだけ努力しても彼を超えることはできないだろう、と感じた。


「Sクラス冒険者がなぜこんなところに?」


 シャクマが聞いた。


「このダンジョンで甲羅を着た竜(タートル・ドラゴン)が出るっていう噂を聞いてな。確かな筋の情報なんではるばるこの街までやってきたが、噂に間違いはなかったようだ」


 ユガンは道の先にある小高い丘、白いもやで包まれて見えない場所、を親指で示してみせる。


「この先にいたぜ。ダンジョンのボスとしてな」


「ダンジョンのボス!?」


「じゃあ、ここはダンジョンの最深部ということですか?」


 部隊の人間達がざわめいた。


 いよいよ自分達はボスのいる場所まで辿り着いてしまったのだ。


(私達、いつの間にか最深部までたどり着いちゃったんだ)


 モニカはこの事実をどう受け止めて良いか分からず、しばし呆然とした。


「本来なら自分一人で攻略するんだが……」


 ユガンは苦々しい顔をした。


「一緒にいる戦象バトル・エレファントが邪魔でな。一人で攻略するにはちと厳しい。そこで提案なんだが、ここは手を組まないか?」


「手を組む?」


「お前達の部隊に入ってやるよ」


「!?」


「共同戦線を組んで、この先にいるボスを一緒に倒すんだ。ダンジョンの経営権はお前ら『魔法樹の守人』に譲ってやる。その代わりモンスターからドロップされたアイテムは全て俺がもらう。どうだ? 悪い話じゃないと思うんだがな」


 モニカ達は互いに顔を見合わせた。


 その表情にははっきりと困惑の色が浮かんでいる。


 ユガンはモニカ達の部隊に目を走らせる。


「お前らのパーティーを見る限り……、お、ちょうど29人じゃん。部隊の最大人数である30人にちょうど一人足りない。こりゃあいい。揉める必要がなくて好都合だぜ」


 ユガンはそう言いながら、モニカ達の部隊の編成を見て内心首を傾げた。


(なんだ? こいつらの部隊。やたら盾持ちが多いな。後衛が攻撃の中心なんだろうが、それにしても偏りすぎだろ。それにこいつらの顔ぶれ。『魔法樹の守人』って言うから、てっきりリリアンヌの部隊かと思ったが……、見ない顔ばかりじゃねぇか。新規に設立された部隊か?)


 ユガンは訝しむもののニッと不敵な笑みを浮かべる。


(ま、俺にとってはかえって好都合か)


 モニカ達はお互いに顔を見合わせた。


 3人の顔からは迷いの感情が見て取れる。


「言っとくけどボスは手強いぜ。Sクラス冒険者の俺でも単体での攻略はちと厳しい。見たところ、お前らの部隊も盾隊が多くて防御力は高そうだが、攻撃には不安があるんじゃないのか? ボスに挑むなら俺をメンバーに加えた方が得策だと思うけどな」


「あの、実は私達ダンジョン攻略が目的ではないんです」


「あん? なんだそりゃ」


「私達は自分達のスキルと冒険者ランクを上げることが目的で……この階層ではそれぞれ冒険者ランクを上げるためのクエストに挑戦しようと思っていたところなんです」


「はぁ? なんだよそれ。ここまで来て冒険者のクラスを上げることが目的だぁ?」


「はい。私達を指導している人の指示で……、鑑定士の方なのですが……」


「鑑定士って、お前……」


 ユガンは呆れ返ったように言った。


(こいつらマジかよ。ダンジョンの最深部まで来た奴らが鑑定士の言うことを素直に聞くとか。よくここまで来れたなこいつら。ペーペーの新人でもあるまいし。いや……新人……なのか?)


 ユガンが見たところ、白兵戦部隊の者達の中にはベテランの者も混じっているが、モニカとユフィネはよく見るとまだ十代特有の初々しさが残っていた。


 シャクマに至っては養成所の生徒(現代の中学生に相当)に見えた。


(とはいえ、俺としてはどうにかこうにかこいつらを説得して、ボスに挑ませる気を起こさせなきゃいけないわけだが……、難儀なもんだな)


 ユガンは思わぬ難題に顔をしかめる。


 彼はここ数年ずっとソロプレイヤーとしてやってきたので、交渉ならともかく、このようにコンセンサスを得る作業は得意ではなかった。


 その時、突然、背後から怒声と雄叫び、金属の打ち鳴らす戦闘の音が聞こえた。


「今度は何?」


 ユフィネが後ろを向くと、人面ライオン(スフィンクス)の群れと戦っているセバスタ隊が見えた。


 見るも荒々しくこっちに向かって来ている。


 その様子から怒り狂っているのは誰の目にも明らかだった。


「あれは! セバスタ隊!」


「あの……、なんかあの人達怒っていませんか?」


 シャクマが目を細めながら言った。


「あーあ。あいつら手柄を横取りされたと思って怒り狂ってんぜ」


 ユガンが他人事のように言った。


「横取り?」


「自分達の狙っていたダンジョン攻略、まんまと先を越された思ってるんだよ。このままじゃ、戦闘になるかもな」


「そんな。私達は別にそんなつもりじゃ……」


「戦闘って……。いくらダンジョンの中だからと言って、冒険者同士の刃傷沙汰は御法度ですよ」


 シャクマが仰天して言った。


「あいつらにそれが通じりゃあいいんだけどな」


 ユガンは両腕を頭の後ろにやってやれやれという態度をとった。


「セバスタは筋金入りの脳筋単細胞で有名だぜ。こっちの姿を見た途端、攻撃してくることまであり得る」


 セバスタ達もモニカ達の存在を認めた。


「隊長! あそこに我々以外の部隊が!」


「見えている! 突撃隊形をとれ! 敵の準備が整う前に先制攻撃を仕掛けるのだ」


 モニカ達に動揺が走る。


「ちょっとどうすんのよ。あいつら突撃隊形になってるわよ」


 ユフィネが狼狽えたように言った。


「あいつらと戦うか。ボスと戦うか。二つに一つだな」


 ユガンが愉快そうに言った。


「なんだぁ。あいつら。やるってのか。上等だ!」


「来るなら来い! 相手になってやる」


 戦士ウォーリアーの二人が血気盛んに言った。


 何人かが同調する気配を見せる。


「おいおい、お前らここでやる気か? 勘弁してくれよ。面倒ごとはゴメンだぜ」


 ユガンが面倒くさそうに言った。


「ねえ。もうダンジョンを攻略しちゃいましょうよ」


 ユフィネが言った。


「あいつら戦う気満々のようだし。仮に法廷の場で勝ったとしても、重傷を負うようじゃ割に合わないわ。そんならいっそ、ダンジョンをクリアして、経営権取得して、あいつらをここから追い出しましょうよ」


「確かに。それが最善策のように思えますね」


 シャクマが同意した。


 二人はモニカの方を見る。


「う、分かったわ。二人がそう言うなら……」


 モニカはユガンの方に向き直る。


「ユガンさん。私達と契約を結んでいただけませんか?」


「そうこなくっちゃな」


 ユガンは破顔一笑した。


「ボスを倒したことで得られるドロップアイテムは俺がいただく……、ということでいいんだな?」


「はい。代わりに私達は経営権をいただきます」


「オーケー。契約成立だ」


 モニカとユガンはお互いの衣服に付いているギルドの紋章を交換した。


 冒険者同士で結ぶ略式の契約様式である。


「ボスはこの靄の先だ。俺について来い!」


 ユガンは靄に向かって駆け出した。


 モニカ達も慌ててユガンのあとについて行く。


(クク。ボス戦に入ればこっちのもんだ。契約なんざ後でいくらでも変えられるさ)


 ユガンは不敵な笑みを浮かべた。


 モニカ達の方からその表情は見えない。


 やがて部隊の人間は全て靄の中に入って行く。


 すると先程までモニカ達のいたところも、まるで扉が閉まるかのように、深い靄に包まれて、閉ざされる。


 その後、セバスタ達もモニカ達を追って靄の中に突っ込んだが、どういうわけか方向感覚が狂わされ、いくらまっすぐ靄の中を進んでも元いた場所に戻されてしまうのであった。




 靄に向かって進んだモニカ達は、いつの間にか列柱の立ち並ぶ広く長い回廊に立っていた。


 列柱の間から差し込む光は、血のように真っ赤な夕陽。


 天井はなく列柱は空に向かってどこまでも伸びている。


 列柱の隙間からはこれまで冒険してきたダンジョンのステージが垣間見える。


 ここから見ればダンジョンの各階層が重層的に成り立っているのが一目瞭然で、なるほどこういう構造になっていたのかと納得できる景色だった。


 しかしそのような景色に見とれている暇は無かった。


 回廊の奥には玉座があり、その手前には、玉座を守るかのように11の魔法陣が描かれている。


 背後には先ほど通り抜けた靄がかかっている。


 回廊の奥にある魔法陣が強い輝きを放つ。


 もうすぐボスが現れることを示していた。


「来るぞ!」


 ユガンが短く叫んだ。


 魔法陣がひときわ強く輝き、10頭のバトル・エレファントが召喚される。


 バトル・エレファントはすぐ様走り出した。


 鼻の両脇に付けた鋭い槍を冒険者達の方に向けて、突っ込んで来る。


 バトル・エレファントの背後、一際直径の長い魔法陣からは甲羅を着た竜(タートル・ドラゴン)が現れる。


 ユガンは駆け出した。


「ユガンさん!?」


「タートル・ドラゴンは俺がやる! お前らはバトル・エレファントを頼む」


(ま、大して期待してないけどな)


 バトル・エレファント達がモニカ達に引きつけられている隙にタートル・ドラゴンを倒す。


 そしてバトル・エレファントに手こずっているモニカ達を助けて、より多い報酬を引き出す、というのがユガンの目論見だった。


(アイテムもダンジョンの経営権もこの俺がいただくぜ!)


 ユガンは助走をつけ跳躍し、軽々とバトル・エレファントの頭上より高く跳んだ。


 跳び箱のようにバトル・エレファントの背中に手をついて、通り越していく。


 走り出すとなかなか止まれないバトル・エレファントは、そのままユガンをやり過ごし、モニカ達の方に突っ込んで行く。


 モニカ達は戦列を組んで対抗した。


 バトル・エレファントは戦列などものともせず、その重量にモノを言わせ盾隊の者達を吹き飛ばし、部隊を蹂躙していく。


 ユガンはタートル・ドラゴンに向かって駆けて行きながら、モニカ達の方を尻目に見ていた。


(あーあ。バトル・エレファントに対してバカ正直に戦列を組むなんて。なってねーな、戦い方がよ)


 ユガンはモニカ達の戦い方の拙さに、他人事ながら、目を覆いたくなる気分だった。


 モニカ達のいた場所からはもうもうと粉塵が立ち込めている。


 今頃、彼女らはバトル・エレファントによって一人ずつ踏み潰されているに違いなかった。


(こりゃチンタラしてる場合じゃねぇな。バトル・エレファントも俺が倒すとなれば、さっさとタートル・ドラゴンを倒しちまわねーと)


 そんなことを考えているうちに、ユガンに向かって刃物のついた尻尾が打ち下ろされる。


 タートル・ドラゴンの尻尾だった。


 ユガンは自身の何倍もの体重を誇るモンスターの一撃にもかかわらず、細い長剣であっさりと受け止め、そればかりか弾き返す。


 再び繰り出される、剣付き尻尾による攻撃もまるで通常の組み打ちのように捌いて、間合いに入り込み、タートルドラゴンの首に斬りかかった。


 タートル・ドラゴンは咄嗟に首を引っ込めて甲羅の中に収まる。


 ユガンの剣は甲羅をわずかに刻むだけに終わった。


 タートル・ドラゴンはそのまま回転して、至近距離に来たユガンを甲羅の重みと回転力で潰してしまおうとする。


 しかしそれすらもユガンはあっさりと剣で弾き飛ばした。


 タートル・ドラゴンは吹き飛んで、列柱の一つに激突した。


 列柱は崩れて、辺り一帯に砂煙が巻き起こる。


 しかしタートル・ドラゴン自体はひょこっと首を出して平気そうにしている。


 大したダメージは無いようだった。


(チッ。これだ。タートル・ドラゴンはこの防御力の高さが厄介なんだ。時間さえかければ間違いなく倒せるが、急がねーと。流石にこいつを相手しながらバトル・エレファントの突進に対応するのは骨が折れるぜ。あいつらの方はどうなってる?)


 ユガンはタートル・ドラゴンから注意をそらさないようにしつつ、横目でモニカ達の方向を見て、目を見張った。


 そこには信じられない光景が広がっていた。


 バトル・エレファントを倒すまでには至らなくともせめて時間稼ぎくらいはして欲しいと期待していたユガンだが、彼の目に映ったのは、無傷で戦い続けている部隊の姿と、倒れている二頭のバトル・エレファントだった。


(バカな……。バトル・エレファントの突進を受けて無傷!? それどころかこの短時間でバトル・エレファントを二頭も仕留めただと? 一体どうやって……?)


 ユガンは降りかかって来るタートル・ドラゴンの刃物付き尻尾をいなしながらモニカ達の観察を続ける。


 バトル・エレファント達は再び隊列を組んで突撃をかけようとしていた。


 盾隊の者達も密集してブロックを組む。


 縦に長いブロックで一頭に対し、複数で当たれるようにしていた。


「ユフィネを守れ! 彼女さえ守れば、どれだけダメージを受けようとも、我々は何度でも立ち上がれる!」


 盾隊の男の一人がそう叫んだ。


 盾隊はバトル・エレファントの突撃を受け、吹き飛ばされながらもユフィネの方に行かないようにバトル・エレファントの進行方向を変えることには成功する。


(今の私は、魔法陣を自在に動かすことができる!)


 ユフィネは杖を操って魔法陣を動かす。


 すでに回復魔法は発動されていた。


 ユフィネの操作の下、吹き飛ばされた者の下にあった魔法陣は、吹き飛ばされた者を追いかけて、回復させる。


(移動する魔法陣……だと!?)


 ユガンは驚愕に目を見開く。


 バトル・エレファントは回廊の端まで行くと、再び回頭して、突撃しようとする。


 彼らは攻撃力・防御力・体力が高い代わりにこのようにワンパターンな攻撃を続ける以外に能がなかった。


「もらった!」


 体の方向を転換しているその隙だらけの好機に、攻撃魔導師が爆炎を撃ち込んだ。


 一匹のバトル・エレファントが悲鳴を上げながら、足踏みする。


 その隙にモニカが『一撃必殺』でまた一匹仕留める。


 バトル・エレファント達は再び突っ込んで来るが、またも盾隊の巧みなブロックによっていなされて、その牙を後衛にまで食い込ませることができない。


 そうこうしているうちにシャクマはバトル・エレファントの被害にさらされず、かつ回廊全体を射程に捉えられる絶好の射撃ポイントを見つけた。


(あそこだ!)


 シャクマは列柱の間、そして倒れたバトル・エレファントの後ろにある空間に潜り込み、『地殻魔法』で堡塁を築いた。


 みるみるうちに高台が形作られていく。


「モニカ! オーケーですよ」


 シャクマがそう言うと、モニカは階段を駆け上がって、高台の上に立つ。


 モニカは高台の上から回廊を見渡してみた。


(回廊全体を隈なく見渡せる。さすがシャクマ。絶好の射撃ポイントを作ってくれた)


 回廊全体を射程に捉えたモニカはバトル・エレファントを一匹ずつ仕留めて行く。


 すでにシャクマによって『攻撃付与魔法』を与えられていたモニカは、一撃でバトル・エレファントを仕留めることができるようになっていた。


 バトル・エレファントの最後の一匹が、最後の力を振り絞って盾隊のブロックに突進する。


 バトル・エレファントの槍と戦士ウォーリアーの盾が激しくぶつかって、槍は折れ、宙を飛んだ。


 その槍は折り悪くシャクマの方に飛んで行き鎧に命中してしまった。


 シャクマは衝撃で吹き飛ばされ、地面に転がり、その弾みで鎧が体からずり落ちてしまう。


「シャクマ!」


 ユフィネは青ざめた。


(マズイ。今、シャクマに暴走されたら……)


「誰か。シャクマを取り押さえて!」


「大丈夫です。ユフィネ」


 シャクマは杖を頼りに立ち上がりながら、ユフィネの方に手を向けて制止する。


「シャクマ?」


「ロランさんは私に教えてくれました。支援魔導師の本当の役割を……。今の私はもう自分を見失って、役割を放棄したりすることはありません」


 鎧の重みから解放されたシャクマは、昂ぶる感情を抑えるようにぎゅっと目を瞑ると、堡塁の階段を一目散に駆け上がって行く。


 モニカは最後の一匹であるバトル・エレファントを仕留める。


「これで最後!」


「あとはタートル・ドラゴンだけですね」


 モニカの隣に来たシャクマがいまだユガンと互角に渡り合っているタートル・ドラゴンの方を見据える。


 そして『幻影魔法』を唱える。


(チッ。あいつらもうバトル・エレファントを倒しやがったのか。完全に立場が逆じゃねーか。利用した上で恩を売るつもりだったのに、逆に俺が時間稼ぎに回らされている)


 ユガンはタートル・ドラゴンと対峙しながら辺りに霧が立ち込めて来ているのを感じた。


(これは『幻影魔法』? あの支援魔導師のチビがやっているのか!?)


 モニカはタートル・ドラゴンに向かって一撃必殺を放とうとしていた。


(ダメだ。光点が浮かび上がらない。まだダメージの蓄積が足りないということか。でもシャクマの幻影魔法がかかりさえすれば……)


 かくして霧が濃くなり、タートル・ドラゴンは錯乱状態に陥った。


  列柱に向かって自ら頭を打ち付け始める。


 ユガンはもどかしげに霧の向こうに見えるタートル・ドラゴンを見据える。


(タートル・ドラゴンを仕留めるチャンス……だが、霧を濃くし過ぎだ。これじゃ近づくことも弓矢で狙うこともできねーだろ)


(それでも……、私には『ホークアイ』がある)


 モニカは視点を『ホークアイ』に切り替えた。


 霧はタートル・ドラゴンの姿を四方からは完全に遮断していたが、上空からであればよく見えた。


 モニカの放った矢がタートル・ドラゴンの首に命中する。


 タートル・ドラゴンが苦痛に喘いだ。


(出た。『一撃必殺』の光点)


(あの女。霧に向かって矢を放っている。この濃い霧の中にいる敵の姿が見えてるってのか?)


 ユガンは驚愕に顔を歪ませた。


(なんなんだこいつら。偏った編成と特異な戦術、類い稀な練度の高さ。何よりもAクラス相当のスキルを持つアーチャー、支援魔導師に治癒師。なぜこんな部隊が今まで無名だったんだ? いや、待てよ)


 モニカが矢を放った。


 矢は寸分の狂いもなくタートル・ドラゴンの急所を撃ち抜く。


(聞いたことがある。『魔法樹の守人』のリリアンヌが短期間のうちにAクラスとなった裏には、凄腕の育成者の存在が、Sクラス鑑定士の存在があったと。まさかこいつらも……)


 タートル・ドラゴンは力尽きて崩折れた。


 回廊の景色は一変した。


 夕焼けだった空の色は変わり、白い光と共に朝が訪れる。


 玉座は姿を消して、代わりに隠れていた宝箱が出現する。


 奥の壁には新しく紋章が浮かび上がった。


『魔法樹の守人』と『三日月の騎士』の紋章だった。


 天空からは勝者を称える鐘の音が高らかに鳴り響いた。


 同時に列柱の間から見えるダンジョンにも変化が現れていた。


 ダンジョン内のすべての場所には攻略されたしるしが現れていた。


 中でも『神域』における変化は劇的だった。


 靄は吹き払われ、木々や果実から光沢は溶けるように消えて、瑞々しさが取り戻される。


 虫の鳴き声、鳥のさえずりが聞こえ始め、野花や木々は生気に満ち満ちていた。


 不滅は去り、生と死が訪れる。


 不変は去り、循環が訪れる。


 ダンジョンの主が倒れたことを知った『神域』に住むモンスター達は皆、どこへともなく退散し、ダンジョンから立ち去っていった。


 彼らがこのダンジョンを訪れることは二度とない。


 世界は、新たな支配者の誕生を朗らかに祝福していた。

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よければチェックしてあげてください。
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― 新着の感想 ―
[気になる点] 〉ダンジョンの主が倒れたことを知った『神域』に住むモンスター達は皆、どこへともなく退散し、ダンジョンから立ち去っていった。 第6話にて 〉これよりこのダンジョンが消滅する1ヶ月の間、…
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