第24話 セクショナリズムの弊害
12階層は再び森の中だった。
平野部なので広く平坦な道が続いているが、両脇は木立の立ち並ぶ森林になっている。
ユフィネの覚醒を受けて、部隊の編成を変えることを迫られたロランは、再び戦術を見直すことにした。
『回復魔法の戦列』を使えば、大抵の敵に勝つことができるが、戦闘中常に魔法を発動し続けるのは、過剰に魔力を消費する戦い方でもあった。
いくらユフィネの魔力量が多いからといって、毎回使うわけにはいかない。
魔力を回復するアイテムも調達する必要がある。
幸い、モニカが『ホークアイ』を使うことで、この階層内の『マジックチェリー』(口に含めば魔力を回復できるサクランボ)が群生している場所をすぐに見つけてくれたので、ロランはその場所を第一目標に定めた。
陣容は以下のように定めた。
モニカには引き続き、『ホークアイ』によって奇襲してくる敵への対処をしてもらう。
ユフィネには巨大な鬼のような攻撃力の高い敵が出た時のみ、『回復魔法の戦列』を使ってもらう。
それ以外の場面では全てシャクマが支援魔法により、部隊の消耗を最小限にしつつ、最短時間で戦闘を切り抜ける。
(問題はシャクマだな。もう一段階レベルアップするには今までのやり方ではダメだ。となれば……)
「シャクマ、ここからは君が指揮も担当してくれるかい?」
「私が!? いいんですか? 確かに支援魔導師が部隊の指揮を担当することは珍しくありませんが……」
「ああ、この部隊で全体のことについて目を配れるのは君しかいない。やってくれるかい?」
「はい。是非ともやらせてください。やってみせます」
「君ならそう言ってくれると思っていたよ」
ロランはシャクマが責任と権限を与えれば与えるほどやる気を出し、力を発揮するタイプだと見抜いていた。
このように部署すると、ロランはクエスト受付所から支給されたクエスト情報を確認した。
(すでにこの部隊には『金色の鷹』の主力部隊と競争するだけの実力は十分にある。でもまだだ。まだこの部隊は成長できる。来たる『金色の鷹』との決戦に向けて、今月中にシャクマとユフィネを最低でもBクラスに昇格させる!)
クエスト情報によると、13階層には支援魔導師用のクエスト、『召喚魔法を使う狐』の討伐クエストが、14階層には治癒師用のBクラスクエスト、『吹雪を吐くカバ』の討伐クエストがあった。
どちらも達成すればBクラスの認定が受けられる。
新しい配置を与えられた3人は互いの役割を確認し、部隊運営の約束事について話し合うと、目標に向かって全速力で進軍し始めた。
「! 右から敵が来ます! 『トカゲの戦士』5体! 援護お願いします」
『ホークアイ』で敵を捉えたモニカが鋭く叫んだ。
彼女はいち早く部隊から離れて、予想されうる射撃ポジションへと走り出す。
すぐにロランの目にも林の中を走る『トカゲの戦士』の姿が見えた。
部隊の進軍に対して並走している。
『リザードマン』は盾と剣の軽装備をしたモンスターだった。
鋭い剣と分厚い体皮を持ち、高い攻撃力と防御力を誇るだけでなく、素早さも高いという厄介なモンスターだった。
シャクマは『リザードマン』を目の端で捉えながら考えをまとめようとする。
(『リザードマン』か……アジリティの高い敵に対してどう部隊を展開させるかがポイントですね。使う支援魔法は……)
「遅い!」
ロランが怒鳴った。
シャクマはビクッとする。
「支援魔導師は判断力の早さが全てだ。考える前に部隊を動かせ!」
「は、はい。白兵戦部隊の皆さん、敵に攻撃をかけて下さい」
シャクマは慌てて指示を出したが、白兵戦部隊が攻撃を仕掛ける前に、敵の頭を押さえんと射撃ポジションに立っていたモニカが矢を放っていた。
矢は『リザードマン』を仕留めるには至らなかったが、彼らの持っている丸い盾に突き刺さる。
敵わないと察した『リザードマン』は、白兵戦に移行する前に撤退して行った。
(ぐっ、逃げられましたか)
「シャクマ、戦闘中にも言ったが、判断が遅い。ただでさえモニカが敵の種類と数を伝えてくれたっていうのに、敵影が見えてから考え始めるようでは遅すぎる」
「う、すみません」
(ロランさんからの圧力が厳しくなってきた。このままではダメということか)
ロランは、シャクマに厳しい指摘を与える一方で、モニカのことは褒めておいた。
「モニカ。さっきの動きよかったよ」
「はい。ありがとうございます」
(やっぱりモニカは優等生だな。壁さえ越えれば優秀そのものだ)
「君はあの戦い方でいい。敵よりも先に射撃ポイントを押さえるんだ。次もよろしく頼むよ」
「はいっ」
モニカはロランに褒められて心がウキウキと沸き立つのを抑えることができなかった。
それは一種の深読みにすら繋がった。
(ロランさん、さっきからシャクマや他のみんなには厳しいけど、私にだけ優しいような?)
ロランはきっちり自分の注文に応えたモニカを褒めたに過ぎないが、そんなことはお構いなしに、モニカの中に生まれた淡い期待は膨らんでいく一方だった。
(ロランさん、どうしてそんなに私に優しくしてくれるんですか? 何か理由があるんですか? ねぇ、ロランさん、もっとこっちを見てくださいよぅ)
モニカはロランの横顔をこっそり、そして熱っぽく見つめるが、ダンジョンの先を見つめる彼の黒い瞳は何も教えてくれない。
ロラン達は『マジックチェリー』がたくさん生えている場所に辿り着くと、取れるだけ取って13階層へと急行した。
13階層は再び遺跡のステージだった。
1階層分、シャクマに対してビシバシプレッシャーを与えた甲斐もあって、彼女の判断力は否応なく研ぎ澄まされていった。
アジリティの高いモンスターが現れれば、早めに展開して追撃態勢を取る、風向きがこちらに有利なら、あらかじめ『幻影魔法』で霧を発生させる、高さを作りたいなら、『地殻魔法』で堡塁を作る、といった具合に。
ロランは小まめにシャクマのスキルを鑑定して、その成長度合いをチェックしていた。
そうして機は熟したと判断した頃、『召喚魔法を使う狐』の討伐に向かう。
ロラン達は、マップ全体を見渡すことができるようになったモニカの『ホークアイ』のおかげで、道中を最小限のエンカウトで済ませて『ウィザード・フォックス』の下まで辿り着くことができた。
『ウィザード・フォックス』は魔導師の格好をして杖も持っている二足歩行の狐だった。
召喚魔法で次々にモンスターを召喚してくるため、素早い判断能力を持つ支援魔導師でなければ倒せないモンスターだった。
体力と防御力は低いため、Bクラス以上のウォーリアーなら一撃で倒せるモンスターだったが、狡猾で逃げ足が速いため、捕まえづらいのが難点であった。
『ウィザード・フォックス』は戦闘を仕掛けようとするロラン達に対して、建物と建物の間の細い道、細い隙間を逃げ回りながら、召喚した『レッドオーク』(『攻撃支援魔法』を受けたものでなければダメージを与えられないオーク)と『ブルーオーク』(『防御支援魔法』を受けたものでなければダメージを与えられないオーク)を繰り出してきた。
ロラン達はシャクマの『攻撃付与魔法』や『防御付与魔法』を与えた白兵戦部隊で対応しながら、モニカの『ホークアイ』を頼りに『ウィザード・フォックス』を追跡して、やがてダンジョン内の広場に追い詰めた(ダンジョン内の遺跡は正しく追いかければいずれは敵を袋小路に追い詰められるようになっている)。
そこは四方を背の高い建物に囲まれた場所で、ロラン達が通って来た道以外に逃げ場のない場所だった。
「やっと追い詰めたか」
「手間かけさせやがって」
白兵戦部隊の二人が肩で息を切らせながら言った。
広場の奥に待ち構える『ウィザード・フォックス』はロラン達を見ると不敵な笑みを浮かべた。
おもむろに杖を掲げて魔法陣を展開する。
逃げ場のない場所に『ウィザード・フォックス』を追い詰めたロラン達だが、『ウィザード・フォックス』にとってもこの広い空間はたくさんの魔法陣を展開して、冒険者達を屠るのに格好の場所だった。
やがて『ウィザード・フォックス』の展開した魔法陣から『レッドオーク』と『ブルーオーク』が姿を表す。
モニカは『ウィザード・フォックス』に向かって矢を放つが、『レッドオーク』が立ち塞がってあっさりと受け止める。
『レッドオーク』には『攻撃支援魔法』がかけられていなければいかなる攻撃も通用しない。
『レッドオーク』の腕に当たった矢は、跳ね返って地面に転がった。
シャクマは素早く判断した。
敵の陣容、地形と風向き、こちらの陣容、使用するべき支援魔法。
(敵は『レッドオーク』が5体と『ブルーオーク』が5体。風向きは右から左。風向きがイーブンな以上、一手目に『幻影魔法』はない。それなら白兵戦部隊に『攻撃支援魔法』と『防御支援魔法』をかけてオークを倒すか? それとも『地殻魔法』で高さを作るか?)
シャクマは全てを考慮に入れて二手三手先まで読んだ上で、決断を下す。
(『攻撃支援魔法』や『防御支援魔法』を使っても、オークを撃破できる保証はない。それどころか後手に回り、『ウィザード・フォックス』を取り逃がしてしまうかもしれない。それなら、『地殻魔法』で高さを作り、アーチャースキルで仕留めるしかない! 重要なのは、時間を稼ぎつつ、敵に逃げられないこと!)
「盾隊の皆さん、敵のオークを食い止めてください。攻撃魔導師の皆さんは『ウィザード・フォックス』の退路をカバー! 弓隊は私について来てください」
シャクマは矢継ぎ早に指示しながら駆け出した。
(私は普通の支援魔導師と違って、頻繁に位置を変えることが出来ない。なら、全ての支援魔法をかけられる場所、そんな場所にいち早く陣取るしかない!)
シャクマは広場の中央に陣取ると『地殻魔法』を使って堡塁を建設した。
この上に乗れば、広場のどこにいる敵でも弓隊が打ち取れるはずである。
シャクマが堡塁を建設し始めると、オークの方も妨害せんとしてシャクマと堡塁に攻撃を仕掛けてくる。
盾隊が急いでオークを食い止め、シャクマと堡塁を守る。
着々と作り上げられる堡塁の左右でオークと盾隊のせめぎ合いが始まった。
盾隊の者達はオークにダメージは与えられないものの、盾で押さえつけて動きを止めることには成功する。
そのうちにシャクマは着々と堡塁を建設する。
『ウィザード・フォックス』はその様子を見ても決して焦らず、その狐顔に張り付いた不気味な笑みを崩さなかった。
まるで小娘の小賢しさを嘲笑うように。
ロラン達はシャクマと堡塁を守る都合上、これ以上迂闊に『ウィザード・フォックス』に向かって近寄れなかったし、オークも10体程度では盾隊を突破することはできなかった。
両陣営は互いに決め手を欠いたまま一時膠着する。
(チンタラやってたら消耗するだけだろうが)
痺れを切らした一人の攻撃魔導師が『ウィザード・フォックス』に向けて爆炎魔法を放った。
『ウィザード・フォックス』は目の前で爆炎が弾けても眉ひとつ動かさずに鎮座し続ける。
(チッ、目の前で爆炎が上がってるってのに顔色一つ変えやしねぇ。こっちの射程は完全に見切ってるってか)
攻撃魔導師は舌打ちした。
(後はウチの支援魔導師の読みが正しいことを信じるしかねぇな)
シャクマが堡塁を作っているうちに、『ウィザード・フォックス』はさらに魔法陣を作って10体のオークを追加する。
こうしてドンドンとオークを召喚して行って、オークに逃げ道をこじ開けさせ、敵がオークと戦っているうちに逃げ出してしまうのが、『ウィザード・フォックス』の常套手段だった。
しかし、その頃にはシャクマの『地殻魔法』も1階分の高さの堡塁を完成させていた。
「左翼の皆さん、10歩後退してください」
シャクマは指示すると同時に『幻影魔法』を発動した。
左翼の盾隊が後退すると、『レッドオーク』達が前進して追いかける。
そこにシャクマの杖の先から霧が吹き出して、横向きの微風に乗り、先ほどまで盾隊が陣取っていた場所、今は『レッドオーク』のいる場所を霧が覆い始める。
瞬く間に充満した霧は壁のように厚く、濃くなる。
『レッドオーク』は突然、敵を見失い、幻影に囚われて、同士討ちを始めた。
オークとの小競り合いから解放された左翼の白兵戦部隊は霧の壁を迂回して、『ウィザード・フォックス』の側面に回り込む。
弓隊は保塁の階段を登り、高所から『ウィザード・フォックス』を狙い撃つ。
ここに来て『ウィザード・フォックス』の表情に焦りが写り始める。
このままでは二つの方向から攻撃を受けてしまう。
『ウィザード・フォックス』は新たに召喚したオークを急いで自分の元に呼び戻す。
『攻撃支援魔法』を受けたモニカは堡塁の上に立つと『ウィザード・フォックス』に向けて矢を放った。
『ウィザード・フォックス』は『ブルーオーク』に受け止めさせる。
しかしすぐに『防御支援魔法』を受けて青い光を纏ったアーチャーが矢を番えて狙ってくる。
『ウィザード・フォックス』は『レッドオーク』に受け止めさせる。
いまや『ウィザード・フォックス』は目に見えて狼狽していた。
オーク達を移動させるか、新たにオークを召喚するか迷っているうちに、射程内に入った攻撃魔導師が爆炎魔法を放ち、『ウィザード・フォックス』は跡形もなく消し飛んだ。
『ウィザード・フォックス』の持っていた杖は粉々に割れ、杖の先に嵌め込まれていた『オークの召喚石』だけが地面にコロコロと転がった。
オーク達は雲散霧消したように消えてしまう。
ロランは『オークの召喚石』を拾い上げる。
(よし。これでシャクマもBクラスだ)
こうしてロラン達が着々とクエストをクリアしている間、コーター達はというと悲惨だった。
ロラン達に遅れること10時間後、コーター達もどうにか13階層に到達したのだが、そこでついに巨大な鬼に出くわしてしまった。
彼らは治癒魔法と防御支援魔法で奮戦したものの、脆弱な前衛部隊ではオーガの攻撃に耐えきれず、あえなく撤退することになった。
このダンジョンを探索していたセバスタの部隊が、遠くから彼らを見つけたのは、丁度その時である。
誰よりも早く15階層に到達したセバスタ達は、我々に敵うギルドなしと決め込み、ダンジョン攻略を後回しにして、13階層にある大金を獲得できるクエストに取り掛かろうとしていたところだった。
セバスタはコーター達がいるのを見て眉をしかめた。
「おい、あれはコーター達ではないか?」
セバスタは傍の副官に対して問い掛けた。
「本当だ。一体こんなところで何をしているんでしょうね」
「おい、お前。あいつらが何をしているのか聞いてこい」
セバスタの命令を受けて副官はコーター達の元に向かった。
セバスタの副官が来たのを受けて、コーター達は憔悴から一転、欣喜雀躍した。
セバスタの援助を受けられれば、ロランを追撃することができる。
彼らは自分達の窮状について正直に話した。
自分達はとある特別な任務のためにこの階層までやって来たのだが、部隊の脆弱さと補給の貧弱さのため巨大な鬼を突破できずに困っている。
どうか、セバスタ部隊の方で我々を援助してはくれまいか、と。
これを聞いたセバスタは激怒した。
「我々以外の部隊が任務でこのダンジョンをうろついているだと!? このダンジョンは我々セバスタ隊の管轄ではなかったのか。特別任務!? ふざけるな! 俺はそんなこと聞いていないぞ」
セバスタは縄張り意識の強い人間だった。
彼からすれば自分達以外の部隊が自分達の与り知らぬ理由で、同じダンジョン内をウロウロしているなどというのは言語道断、我慢のならないことだった。
セバスタはコーターの部隊を救援するどころか、むしろ彼らに所持しているアイテムを引き渡すよう要求した。
この通達を受けたコーター達は驚き困惑して釈明した。
自分達にセバスタの手柄を横取りするつもりなど毛頭ない。
自分達は『魔法樹の守人』の部隊を妨害するために派遣されたのだ。
そのように言って弁明したが、セバスタは一切聞き入れなかった。
「バカな事を言うな。『魔法樹の守人』の活動を妨害するのなら、我々がダンジョンを攻略するだけで事足りるだろうが! 同じギルドから二つの部隊が連携も取らずに同じダンジョンで活動するなど聞いた事もない。第一、他のギルドの活動を妨害しては違法行為となり、冒険者の掟に反するではないか! お前達の言っていることは何から何まで矛盾ばかりだ。我々を欺いて手柄を横取りしようとしているとしか思えない。もしこれ以上戯言をぬかすなら、即刻攻撃を加える! 同じギルドに所属しているからといって、容赦しないと思え!」
ロランとウィリクのギルド内の主導権争いや、現場の窮状を理解しないルキウスの無茶振りなど全く知りもしないセバスタには、『魔法樹の守人』と『金色の鷹』を巡る複雑な陰謀など思いもつかぬことであった。
結局、コーター達は助けてもらうどころか、帰還するのに必要なポーションだけ残されて、身ぐるみ剥がれ、その場に放置されてしまうのであった。
こうして『金色の鷹』が仲間内でゴタゴタしている間に、ロラン達は14階層へとたどり着いた。
部隊間の順位は入れ替わり、ロラン達はダンジョン攻略の先頭に立つことになった。
そのことに誰も気づかないまま。