第21話 アリクの苦悩
コーター三兄弟はストームバードが粉々に砕けたのを見て呆然としていた。
自分達の今しがた目撃したものを信じることができなかった。
「バカな。Aクラスのアーチャーがいるなんて。そんなの聞いてないぞ」
「どうすんだよ。こんなことギルド長にとてもじゃないけど報告できないぞ」
「どうするったって。そんなの……」
彼らは突然訪れた不測の事態に、ただただオロオロとするばかりであった。
モニカは自分の放った矢がストームバードを討ち果たしたのを見てその場にペタリと座り込んでしまった。
先ほどまでの悲壮感と緊張感が取り払われ、どっと疲れが押し寄せてくる。
彼女がそうしているとキラキラと光るものが自分の方に落ちてくるのが見えた。
ストームバードの羽がひと束になってまとまったものだった。
自らの発する風力によって、それはまるで主人の下に帰るかのようにモニカの膝に降りてきた。
モニカはストームバードの羽束を手のひらに包み込んで胸元に抱き寄せる。
(よかった。これでまだ部隊から外されずに済む)
ロランはユフィネに部隊の損害を確認するよう指示を出してから、モニカの下に駆け寄った。
「モニカ、大丈夫かい?」
「ロランさん。はい。私は大丈夫です」
モニカはようやくロランの自分にかける声が、以前のように優しくなったことにホッとしながら、彼の顔を見た。
「そうか。とにかくよくやった。これで君もAクラスのアーチャーだ」
「あ、そっか。ストームバードはAクラスのクエストでしたね」
「でしたねって。忘れてたのかい?」
「はい。とにかく部隊に残りたくて。ロランさんの下に居たくて。それだけで精一杯だったので」
「君は……本当に……。まあ何にしてもこれからだ。Aクラスにはなるのも難しいけれど維持するのも大変だからね」
「はい」
「大丈夫か? 少し休むかい?」
ロランはいつまでも座り込んでいるモニカを見て、心配そうに声をかけた。
「いえっ。大丈夫です」
モニカはそういうやいなやすぐに立ち上がった。
(せっかくロランさんに評価してもらえたのに。ここでだらしなくして、また心象を悪くしては元も子もないわ)
「よし。それじゃポーションを飲んで。すぐに走るよ」
「ロランさん。部隊の損害状況ですが……」
折良くユフィネが駆け寄ってきて報告する。
「よし。全員、『アースクラフト』とポーションの使用を許可する。装備と体力を回復後、走るぞ」
ロランの部隊は『アースクラフト』で装備を修復したり、ポーションを飲んだりして回復した後、全速力でその場を離脱した。
コーター三兄弟は慌ただしく今後のことについて協議することを迫られた。
「おいっ。どうすんだよ」
「どうするも何もギルド長の命令はあいつらのクラスアップを妨害することだ。アーチャーの奴はAクラスになっちまったが、支援魔導師と治癒師についてはまだ間に合う。あいつらだけでも阻止するぞ」
三兄弟の部隊はストームバードによってボロボロにされた部隊をどうにかこうにかまとめ、体力の回復すらままならないまま、ロラン達の後を追尾するのであった。
ロラン達がストームバードを討伐した頃、『金色の鷹』ではダンジョンから帰還した主力部隊の隊長達によって再度攻略会議が開かれていた。
『金色の鷹』主力部隊の隊長達には、ダンジョンが現れてから2週間以内に10階層まで到達するのがノルマとして課されていた。
隊長達は今回も首尾よく10階層まで2週間以内に到達したが、そこからは以前とは比べ物にならないくらいモンスターが多様になり、強度も上がるため、より強力で適切な編成を必要とした。
そこで大組織特有の予算と人員の奪い合いが起こった。
それぞれの隊長は馬鹿正直に必要な予算を申告しても、十中八九その通りに通らないことを知っていたため、過剰に必要分を申告した。
全ての部隊長の要求を飲んでいてはギルドのキャパシティを超えてしまうため、やむなくルキウスは攻略会議を開き、部隊長と班長を招集した。
部隊間の要望を調整するためにダンジョン攻略会議を開くのは、『金色の鷹』では一種の恒例行事となっていた。
そして会議で揉めて、拗れるのもまた恒例行事となっていた。
会議では互いに自分達の部隊の直面している困難がいかに他の部隊よりも大きいものか、またそれに対して自分達の部隊が他の部隊よりもいかに努力し犠牲を払っているか、そしてさらには自分達の部隊がいかに補給や配備の観点から他の部隊に比べて不遇をかこっているか、これらを大げさに主張し合うことになった。
まずはジルとドーウィンの配置について争いあった。
この二人は未だBクラス冒険者とはいえ、非常に使い勝手が良いため、どの部隊も欲しがった。
その後、他のBクラス冒険者の配備、装備の分配、アイテムの分配、予算の分配といった風に順次決められて行き、ようやく会議が終わったかと思いきや、とある部隊長が「それならジルとドーウィンの配置をうちに譲ってくれ」と言い始めて、またそれまでの議論を振り出しに戻してしまうのであった。
さらには過去の事例まで引っ張り出して、以前はどの部隊が優遇されたとか、以前は自分の部隊が便宜を図ってやったとか、貸し借りの押し付け合いまでして、裁定が決まりそうになればひっくり返し、あれが決まれがこれが覆り、これが決まればどれが覆りといったことが繰り返された。
まさに会議は踊る、されど進まずといった有様だった。
アリクは苦々しい顔をしながら会議に参加していた。
彼はこのように嘘をついてまで大げさに自分の苦境を訴えたり、被害者ぶったりするようなことを言ったり、といった行為が非常に苦手だった。
(全く。こいつらは毎度毎度よくもまあこれだけ時間を無駄にできるものだな。少しはお互いに協力すればこんな無駄な会議をしなくても済むっていうのに)
とはいえ彼とて予算と人員を回してもらわないとダンジョンの攻略に差し支えるし、ひいてはギルド内での立場、冒険者クラスの査定にまで関わるので無駄な会議と分かりつつも本気で挑まなければならなかった。
アリクはジルによってCクラス冒険者を育成する時間を稼いでもらったにもかかわらず、Bクラス冒険者を育てることはできていなかった。
このままの編成で、しかもリリアンヌの部隊と競争しながら、10階層以降に挑戦すれば、苦戦することは目に見えていた。
(しかしどうにかならないものか……。ん? 待てよ)
アリクに名案が閃いた。
「そうだ。みんな。こういうのはどうだろう。鑑定士ロランの力を借りるというのは」
会議に参加しているものが新たな提案の登場に不可解そうな顔をする。
アリクはルキウスの眉が一瞬不愉快そうにピクリと動いたことに気づかなかった。
「鑑定士ロランの力を? なんでまたそんなことを……」
部隊長のセバスタが不審気に眉を顰めながら言った。
「彼ならその冒険者の現在のスキルやステータス、さらには潜在能力まで見抜いて、どのクエストに誰を当てがうか、適切な配置ができるはずだ。この会議の趣旨にピッタリだと思わないか?」
アリクのさも名案を思いついたと言わんばかりの様子にディアンナは悩ましげにおでこを押さえながら、ため息をついた。
「アリク。鑑定士ロランはもう『金色の鷹』には在籍していないわ」
「なんだって!?」
アリクはショックを受けたように言った。
「ロランが……いない? そんな……。一体なぜ?」
「彼は追放されたのよ」
「追放!? ロランが? そんな、一体どうして……」
「さあね。とにかく追放前のロランの成績は酷いものだったわ。何か故あってわざと『金色の鷹』の足を引っ張っていたのかもしれないわね」
「そう……か。そんなことが。いや、それは何というか……残念だ」
アリクは動揺したように呆然とした表情になった。
彼は魔導師として壁に当たっていた時、ロランにアドバイスをもらった過去があった。
ロランがいなくともやがてはAクラス冒険者になっていたという自負はあるが、それでも今よりずっと出世は遅くなっていただろう。
そいういうわけで、アリクはロランに感謝していたし、ロランのことを評価もしていた。
「なぁに。鑑定士の一人や二人居なくなったところで何の問題がある。鑑定士に頼らなければならない冒険者など所詮は二流よ」
ルキウスが不機嫌になったのを機敏に見て取った部隊長のセバスタは、早速ポイントを稼ぐと同時に、アリクに対してマウントを取り始めた。
実際のところは彼もロランの指導の恩恵を多大に、それもアリクよりもはるかに世話になっていたし、Aクラス冒険者になることができたのはほとんどロランのおかげだったのだが、彼はすっかり現在の地位まで辿り着けたのは全て自分の実力の賜物だと思い込んでいた。
とはいえ彼のこの発言はルキウスを満足させた。
「うむ。セバスタの言う通りだ。アリク。お前も『金色の鷹』に属するAクラス冒険者ならば、鑑定士に頼るなどという軟弱な発想はやめるのだな。一流の人間は誰にどうこう言われるまでもなく自分の能力くらい自分で把握できるものだ。それとも何かね? 君は鑑定士の力が無いとダンジョンの攻略一つもままならないとでも言いたいのかね?」
「……っ。別に俺はそんなことを言っているわけじゃ……、ただBクラスのアーチャーと支援魔導師、治癒師が不足しているから、新たに育てなきゃいけないし……。そもそも人員の不足はお前がBクラスのアーチャーや支援魔導師を主力部隊から外しているからじゃないか。彼らを動員しなければならない特別な任務というのはいつ終わるんだ」
「……特別任務についてはお前に教える必要はないし、お前が口出しすることでもない。お前はダンジョンを攻略することだけ考えていればいい」
「そんなこと言ったって……いや何でもない。お前のいう通りだ。会議を続けよう」
アリクは言いかけた言葉を飲み込んで、喉の奥にしまい込んだ。
これ以上言い訳を重ねても自分の立場を悪くするだけだと悟ったためだ。
結局、会議はセバスタ優位のまま終わった。
部隊の配置や予算、アイテムの分配はセバスタの要望が優遇され、アリクの要望は後回しにされるよう、ルキウスによって手心が加えられた。
『金色の鷹』で攻略会議が開かれている頃、ロラン達は10階層に到達しつつあった。
9階層の聖域に転移魔法陣を発動させて次の階層への扉を開く。
転移魔法陣は普段のものとは明らかに違う複雑な紋様を示していた。
その紋様は、この先にセーブポイントと階層の守護者がいることを示していた。
(やはり、10階層には今回も階層の守護者が待ち受けているか)
ダンジョンの10階層にある休憩地点でガーディアンが冒険者を待ち構えているのは、最近現れるダンジョンにおいては恒例のことだった。
例えここまでは運良くモンスターに遭遇せず辿り着けたとしても、10階層では避けられない強敵との戦いが待っていた。
この10階層を超えられるかどうかが、通常Bクラスになれるかどうかの分岐点とも言われていた。
「よし。みんな。これからガーディアンとの戦いになる。気を引き締めて行くぞ」
ロランがそう言うとモニカ、シャクマ、ユフィネの三人は一様に自信なさげに俯いた。
「? どうした?」
「いやぁ。我々いつもここまではどうにかこうにか辿り着くことが出来るんですよ。でもここから先ガーディアンはどうしても倒すことができなくて」
シャクマが照れ臭そうに話し始めた。
「部隊も消耗していますし、まずは私とシャクマがCクラスのクエストを攻略してからの方が良いのでは?」
普段は感情を表に出さないユフィネも不安な気持ちを表に出しながら進言した。
ロランは笑ってしまった。
Aクラスのアーチャー、Bクラスのスキルを持つ支援魔導師と治癒師が揃って10階層のガーディアン如きに恐れを抱くとは。
白兵戦部隊もダンジョンに潜った時とは比べ物にならないくらい強力になっている。
ロランからすれば負ける要素など何一つとして無かった。
経験からくるコンプレックスとは恐ろしいものだな、と改めてロランは思った。
「大丈夫だよ。心配しなくても今の君達なら10階層のガーディアンくらい余裕で倒せる」
三人はキョトンとした。
「さ、論より証拠だ。行ってみよう」
部隊の者達は指揮官の自信に戸惑いながらも、背中を押されるようにして10階層へと続く魔法陣の中へと潜って行った。
遅ればせながらこの場所に辿り着いたコーター三兄弟は、ロランの部隊が10階層に向かうのを見て仰天した。
「な、バカな。上からの報告ではあいつらは10階層にいけないはずじゃあ」
「バカ。今のあいつらにはAクラスのアーチャーが付いているんだぞ。10階層に行くくらい何でもないよ」
コーター三兄弟の部隊はやきもきしながらロラン達の部隊がガーディアンに挑戦するのを見届けなければならなかった。
10階層の広く長い回廊でロラン達を待ち受けていたのは戦象だった。
槍のように尖った象牙、怪力を発揮する長鼻、そして何トンにも及ぶ巨体。
それらを鎧と武具で纏って、長い回廊の奥から十分な助走をつけて、部隊に襲いかかってくる。
後ろにはアーマードウルフやアーマードオークらが控えている。
モニカは一撃で戦象を仕留めた。
彼女の放った矢は戦象の纏う重厚な鎧を易々と貫通して、急所を撃ち抜く。
戦象の巨体とその装備は部隊に触れることもできずに回廊の真ん中で倒れた。
その後は勝手知ったる部隊戦だった。
シャクマの支援魔法の下、白兵戦部隊が戦い慣れたアーマードウルフやアーマードオークを一匹ずつ倒して行く。
モニカも戦象の上に乗って高所からモンスターに矢を浴びせた。
モンスター達は最後の力を振り絞って突撃したが、結局ロラン達の盾隊を破ることはできず敗退した。
三人は戦闘の呆気なさに拍子抜けした。
「どうしたことでしょう。今回は随分手応えのないガーディアンですね」
シャクマが釈然としない表情で言った。
「私、何もしなかったし」
戦いの間、一度も魔法を使わなかったユフィネが退屈そうに言った。
「それだけみんな強くなったということだよ」
ロランはそう言って笑った。
回廊の奥には泉と、二つの転移魔法陣、ショートカットの指輪が備えられている棚が設置されていた。
一行はアイテムを補給し、来たる10階層以降への探索に備えるため、一旦街へと帰還した。




