第20話 真の才能
『金色の鷹』主力部隊を率いるアリクは『鉱山のダンジョン』で10階層を目指してひたすら先を急いでいた。
「急げ!『魔法樹の守人』に遅れをとるな!」
アリクは苛立たしげに檄を飛ばしながら、部隊を指揮していた。
普段からBクラス以上の人間だけで構成された部隊を指揮している彼は、慣れないCクラスとの混成部隊を率いて苦戦していた。
「モタモタするな。モンスターを全て倒す必要はない。突破口だけ開いて後は放置しておけ。多少のダメージなら後で回復すればいい」
「隊長! 3班が遅れています」
「チィ。またか」
アリクは苛立たしげに振り返った。
3班はCクラス冒険者を一固めにした班だった。
なるべくクラスを統一した方が連携が取りやすいと踏んでの判断だったが、今のところそれは裏目に出ていた。
Cクラス冒険者達はダンジョンの先に進むよりもクラスの向上を望んでいるため、しばしば部隊内での不和、衝突の原因となっていた。
いわんや厳しいノルマを求められる『金色の鷹』において、彼らは部隊の都合よりも自分達の都合を優先したがった。
彼らからすれば例えダンジョンを攻略しても、ノルマを果たせなければ評価が上がることはない。
『金色の鷹』の行きすぎた成果主義は部隊の運用レベルですら支障を来していた。
(クソッ。ルキウスの奴。育てながらダンジョンを攻略しろだなんて無理難題を押し付けやがって。リリアンヌの部隊は全てBクラスで構成されているんだぞ。モタモタしていては先を越されるに決まってるじゃないか)
アリクは足を引っ張るCクラスの冒険者達を忌々しげに見ながらも、彼らを見捨てるわけにもいかず、遅々として進まないダンジョン探索に歯噛みしながらも指揮をとり続けるのであった。
アリクが遅れている3班の救援を指示していると、前方に激しい落雷を確認してハッとする。
(あれはリリアンヌの雷魔法! クソッ。完全に遅れを取ったか)
「隊長、あれはリリアンヌの……」
「分かっている! 3班の救援を急げ。救援後は何をおいてもスピードを最優先だ。必ず巻き返すぞ!」
(とはいえ一体どうすれば……)
アリクは攻撃魔法、支援魔法、治癒魔法全てにおいてAクラスのスキルを持つ万能魔導師だったが、リリアンヌほどの火力を持たなかった。
一撃で10体以上の敵を蹴散らせる彼女を前にしてはどうしても遅れを取ってしまう。
アリクは自分の部隊が隊員同士の不和によって足止めされている間、リリアンヌがどんどん先に進んでいくのを座して見ているほかなかった。
その時、アリクの部隊からジルが飛び出して、単騎で先へと進み始める。
「ジル!? 一体何を……」
「自分はこれより単騎でダンジョンの10階層まで進み、ショートカットの指輪を取得します。隊長はCクラス隊員の育成とアイテムの取得を優先してください。ダンジョンを再探索する準備を整えたのち、48時間後ダンジョンの入り口で再び会いましょう」
それだけ言うとジルは単騎でダンジョンを進んで行った。
「くっ。確かにCクラスの冒険者を抱えながらダンジョンを攻略するにはそれ以外にないか」
「よろしいのですか隊長。彼女一人にダンジョンの探索を任せっきりにして」
「やむを得ない。今から24時間の間はCクラス冒険者の育成に専念して、その後街に戻り休息を取り、ジルと合流する」
部隊の介護から解き放たれたジルは猛スピードでダンジョンを突き進んでいく。
立ちはだかるオークやミニゴーレムさえも押し退けて、進んでいく。
自分達を無視していく重装騎士に対して、モンスター達は槍や矢、投石、攻撃魔法を浴びせるがそれらは彼女に傷一つ負わせることはできなかった。
ジルは数時間走り抜けて、瞬く間にはるか遠くにいたリリアンヌの部隊に接近する。
すれ違う瞬間、ジルとリリアンヌは目が合った。
(リリアンヌ。ロランさんを引き抜いた魔女)
ジルは悔しげにリリアンヌの方を見やる。
こいつさえいなければ、とそう思わなくもない。
ジルは彼女を一瞥しただけで通り過ぎて行く。
(今は、ダンジョンを攻略することが最優先だ)
ジルは瞬く間にリリアンヌの部隊を追い抜いて、引き離して行く。
「くそっ。なんて奴だ。たった一人でモンスターの群れを蹴散らして行きやがる。もうあんなところまで……」
リリアンヌの部隊に所属する戦士の一人が忌々しげに毒づいた。
「落ち着きましょう。今は仕方ありません。彼女とて10階層以上を一人で進むことは難しいはず。巻き返すとしたらその時です」
(とはいえ、ここまでコツコツ稼いできたリードをこんな風に巻き返されるのは、精神的にくるものがありますね)
リリアンヌは複雑な気持ちでジルの方を見やった。
(ジル。単独でダンジョンを攻略する潜在能力、すなわちSクラス冒険者の資質の持ち主。おそらくロランさんが育てた冒険者の中でも最高傑作……)
リリアンヌは一瞬唇をかみしめてから、すぐに気を取り直して再び部隊の指揮に集中するのであった。
ところを変えて、ダンジョンに戻ったロラン達は背後にルキウスの特別部隊を抱えながら、ダンジョンを進んでいた。
ロラン達が狙っているクエストを事前に知ることができなくなった彼らは、部隊の背後にぴったりとついて行くことで、クエスト攻略を妨害しようとしていた。
このように二つの部隊が密着して進むものだから、しばしば小競り合いが起こるが、双方それ以上の問題は起こせなかった。
冒険者同士で互いの探索を露骨に邪魔すれば、それは営業妨害となり冒険者の掟に抵触する恐れがあった。
それでも苛立ちを抑えきれないシャクマが苦情を言いにいく場面もあった。
「ちょっとあなた達! いい加減にしてくださいよ。これ見よがしにこっちの後ろにぴったりとくっ付いて。人の邪魔をするより自分達の技量を伸ばしたらどうですか?」
「そう、カリカリすんなよ。お嬢さん」
コーター三兄弟の一人がニヤニヤ笑いながら言った。
「そうそう。せっかくの可愛いらしい顔が台無しだぜ」
「俺達は何もあんたらの邪魔をしているわけじゃない。たまたまあんたらと行く先が同じなだけだ。まあ仲良くしようぜ」
「後ろから来る敵は俺達が倒してやるからよ」
その後もシャクマは彼らに対して苦情を言いつづけたが、一向に相手にされなかった。
「くうう。あいつらいけしゃあしゃあと。クエストを目前にしたら横取りする気満々のくせに」
シャクマは悔しげに呻いた。
「我慢しな。あいつらに文句言っても時間の無駄よ。気にしないの」
ユフィネが落ち着き払った態度で言った。
(とはいえ……)
ユフィネはチラリと彼らの兵装を見やる。
(弓使い、支援魔導師、治癒師を中心にした部隊。しかも全員Bクラス以上。明らかにこちらの育成戦略妨害を念頭に置いた編成。こりゃちょっと厄介かもね)
ロランの部隊は『金色の鷹』を背後に抱えるプレッシャーに晒されながら、ダンジョンを進んだ。
進むこと数時間、一行は『ハガネワシ』の巣に辿り着いた。
以前出ていたクエストとは違う新しいハガネワシだ。
ハガネワシの巣は高くそびえ立つ大木の頂上にあって、その周囲には石造りの建物が乱立している。
朽ち果てた建物をろくに加工していない岩と木で補強した不恰好なものだ。
おそらく中にはオークを始めとしたモンスターが潜んでいるだろう。
ハガネワシはたいてい周囲のモンスターと共生関係にあり、ハガネワシ討伐クエストを受ける者はその周りのモンスター達と戦いながらハガネワシを狙わなければならない。
(ハガネワシを撃ち落とすには射撃ポジションを確保することが重要だ。『ホークアイ』を使えば、難なくハガネワシを撃ち落とすポジションを確保できる。問題は……)
ロランはモニカの方をチラリと見る。
(彼女が『金色の鷹』からのプレッシャーに耐えられるかどうかだな)
モニカは先程から唇をぎゅっと結んで不安そうに俯いている。
ロラン達のクエスト攻略が始まった。
最も射程の長いモニカの矢が『ハガネワシ』の大木を襲う。
『銀製鉄破弓』から放たれた矢はその細さにも関わらず、大木の幹をえぐり、頂上にある巣を揺るがした。
コーター三兄弟は『銀製鉄破弓』の威力にざわめいた。
「なんだあの威力と射程は!?」
「『鉄破弓』!? いや、それとも違う。まさか専用のオリジナル装備か!?」
「チッ。あの女、Cクラスにもなっていないくせに生意気な!」
ロラン達の攻撃を皮切りに大木の周りの建物やら穴蔵やらからゾロゾロとモンスターが出て来て、雄叫びと共に襲いかかって来る。
すぐに白兵戦となり、剣と盾のぶつかりあう音が辺り一面に鳴り響く。
ロランは白兵戦をシャクマとユフィネに委ねて、モニカに射撃ポイントに入るよう指示した。
(チャンスはそう多くない。ハガネワシが巣を離れる瞬間。すなわちこちらを攻撃して来る時と巣から逃げ出す時。敵の地上戦力を全滅させてからでは遅いんだ)
「モニカ。『ホークアイ』だ。『ハガネワシ』の飛行・逃走ルートを計算に入れつつ、射撃ポイントを確保して!」
「は、はい」
モニカの瞳が金色に輝く。
視点が切り替わり、上空から見下ろす形になる。
(いる。巣の上にハガネワシ。巣の影に隠れながらこちらを伺っている。攻撃するタイミングを狙って?)
モニカはハガネワシの射程とこちらの位置、その際の飛行ルートをいくつか思い描き、その上で自分の射程と最適な射撃ポイントを導き出す。
(あった。あの建物。あそこが一番高い)
モニカは最適な射撃ポイントを見つけるとすぐ様走り出した。
その時、『金色の鷹』の部隊が動き出した。
ロラン達が戦っている白兵戦部隊の側面を突いて攻撃し始めたのだ。
(えっ!? なんで? どうして?)
モニカが動揺しているうちにも、彼らはアーマードオークやアーマードウルフを倒していく。
ロラン達はハガネワシが逃げないようにあえて防御重視の態勢で戦い、戦闘を長引かせていたが、彼らはそんなロラン達とは裏腹に勝負を早めに決めようとしていた。
ハガネワシを逃がそうという魂胆に違いなかった。
「あんた達っ……」
ユフィネがきっとコーター三兄弟のうちの治癒師を睨んだ。
「なんだ? お前らがチンタラやってるから手伝ってやってんだろーが」
「邪魔してるわけじゃない。むしろ支援だよ。ギルド同士で協力する(名目の下、獲物を横取りする)なんてよくあることだろ?」
彼らはニタニタ笑いながら平然と言ってのけた。
「くっ」
ユフィネは歯軋りするが確かに犯罪行為と言えるほどの行為でもないため、それ以上何も言うことはできない。
(それでも今のモニカなら、『銀製鉄破弓』とスキル『一撃必殺』なら一撃でハガネワシを仕留められるはず)
ロランはモニカの方を再び見やった。
モニカははやる心を抑えながら射撃ポイントへと急いでいた。
(速く。速く行かなきゃハガネワシが逃げちゃう)
必死で走るモニカの横を弓を装備したコーターを含む5人の弓使い達が通り抜けて行く。
(! 速い!)
彼らはいずれもモニカよりもはるかにアジリティの高い弓使いだった。
(正統派弓使い。私と違ってアジリティが高い……)
モニカの心の中で忘れかけていたコンプレックスが再び頭をもたげて襲いかかって来る。
彼らは近くの岩場に集まり、射撃準備を始める。
(えっ!? あんなところで?)
モニカの計算によれば、彼らが今、弓を構えている場所は、『銀製鉄破弓』でも『ハガネワシ』に矢の届かない場所だった。
しかし今のモニカは相次ぐプレッシャーと彼らに機動力を見せられた動揺からすっかり自信をなくし、正常な判断ができなくなっていた。
(私の計測間違ってたかな? いえ、例え合っていたとしても私の速度じゃハガネワシが飛び立つのに間に合わないかも)
モニカは逡巡した末、結局彼らに追従することにした。
(自分を過信するのはやめよう。それに彼らはBクラスの弓使いで私より経験豊富だし)
彼らの登っている小岩の近くにある場所に自身も陣取り射撃体勢に入る。
一方、白兵戦部隊はモンスターの地上部隊を全滅させて、大木を切り倒す作業に移行しつつ合った。
『ハガネワシ』は翼を広げ、飛び立つ。
待ち構えていた弓使い達が一斉に矢を放った。
しかしどの矢も『ハガネワシ』には届かず直前で落下して行く。
ハガネワシは悠々と遠く彼方へと飛び去って行った。
(失敗……)
モニカは呆然と『ハガネワシ』の飛び去って行った方向を見る。
「やれやれ。撃ち漏らしちまったな」
「ま、目的は達成したことだし、良しとしようや」
『金色の鷹』特殊部隊の弓使い達は、肩の力を抜いて談笑し合った。
モニカはトボトボとロランの元に戻る。
「すみません。ロランさん」
「いや、いいんだ。それよりもモニカ。ポジションを取りに行く時、途中で行く先を変えたね? なぜ『ホークアイ』で導き出した答えに従わなかった?」
「う、それは……、彼らの方が素早くて……。それで、その、動揺しちゃって……」
「君はアジリティが低い代わりに精度の高さで勝負する。これまでの鍛錬はそのスタイルを築くためのものだったはずだ。肝心な所でスタイルを変えるようでは意味がない。そうだろ?」
「はい。……すみません」
「もし次のクエストに失敗すれば、君を部隊から外すことになる」
「!?」
「君はスキル的には既にBクラスの弓使いに匹敵するはず。にも関わらずハガネワシすら仕留められないとなれば、それはひとえに君の精神的な弱さが原因だ」
「……」
「これまで君のことは散々優遇してきた。それは君も分かっているはずだ。にも関わらず成果を出せないなら、僕もいつまでも見込みのない者に構っている暇はない。君が戦力として計算出来ないとなれば、他のAクラス候補者を育てなければならない」
「そんなっ……」
「モニカ。自分の才能を信じることができるかい?」
「うっ……」
「次、もし自分の戦い方を見失うようならそれまでだ」
「……」
「次のクエストは必ず成功させる。いいね?」
「はいっ」
モニカは目に涙をためながらもハッキリと答えた。
ロラン達は再びクエスト攻略を目指してダンジョンの中を進み続けた。
相変わらず、背後には『金色の鷹』の妨害部隊がピッタリと付いてきている。
ロランの部隊は不安に囚われていた。
このままダンジョンを彷徨っていても、彼らに付きまとわれていては一つもクエストを攻略できないまま徒労に終わるのではないか?
やはり自分達は永遠に『金色の鷹』には勝てないのではないか?
その空気を敏感に感じ取ったユフィネはロランの側まで行って進言した。
「ロランさん。戦力を考えると彼らに正面から対抗するのは不利です。一旦退却して対策を立て直した方がよいのでは?」
「不利じゃない!」
ロランは大声で怒鳴った。
ユフィネは思わぬ怒鳴り声にビクッとする。
「何が何でもクエストを攻略するんだ! 攻略するまでは帰れないと思え!」
部隊のメンバーは普段穏やかな指揮官のただならぬ様子に驚くと同時に、指揮官の決意が非常に固いことを理解した。
自然と隊員達の心は不安を恐れながらも、覚悟を固める方向へと動いていった。
ロランはモニカの方をチラリと見やる。
彼女は先程から悲壮な表情で行軍していた。
(済まないモニカ。本当はこんな形でプレッシャーをかけるつもりじゃなかったんだ。できることならもっとゆっくり君を育てたかった。でもプレッシャーをかけるとしたらここしかない。ここで、『金色の鷹』と正面から戦うことを逃げていては、この先もずっと『金色の鷹』から逃げ続けることになってしまう。それでは意味がないんだ)
ロランはモニカの横顔を歯痒そうに見つめる。
(スキル的にも、ステータス的にも、装備的にも君はあの連中にもはや見劣りしない。後は自分との戦いだ。それは君も分かっているはずだよ)
ロラン達の一行は不安と戦いながら、弓使い用クエスト、『嵐を纏う怪鳥』討伐に向けて、その巣へと進んで行った。
コーター三兄弟はロラン達の部隊に付いて行きながら、不審に思っていた。
先ほどから進めど進めど、クエストに遭遇する気配がない。
一体、何のクエストに挑戦しようとしているのか。
「おい。なんか風が強くなってないか?」
「まさか。あいつら『嵐を纏う怪鳥』の巣に向かっているんじゃ?」
「なっ。『嵐を纏う怪鳥』だと!? Aクラス弓使い用のクエストじゃねーか」
「ヤロウ。舐めやがって」
『嵐を纏う怪鳥』はその名の通り、羽ばたくだけで嵐を引き起こすことのできる鳥族のモンスターだ。
その羽は何もしなくても風を纏い、魔導師がアイテムとして使えば天候をも自在に操ることができる。
『嵐を纏う怪鳥』の羽は現在市場で取引されているアイテムの中でも最も高価な部類の一つだ。
『嵐を纏う怪鳥』は鳥獣系モンスターの中でも最強の部類に属し、討伐経験のある冒険者は数える程もいない。
(この低階層にBクラスの弓使いでも討伐できないモンスターがいたのは不幸中の幸いだな。これならいくら彼らといえども簡単に邪魔することはできまい。あとは……)
ロランはモニカの方をチラリと見る。
(あとはモニカがAクラスのクエストを攻略できるかどうかだな)
二つの部隊は進むにつれてますます激しい風に晒された。
踏ん張って腰を低くして進まなければ、紙のように吹き飛ばされてしまいかねないほどだった。
先程から瓦礫や木の枝が引っ切り無しに飛んで来ている。
部隊は盾隊の影に隠れなければ前に進めないほどであった。
それは『嵐を纏う怪鳥』があと少しの所まで来ていることを意味した。
やがて両部隊の前に『嵐を纏う怪鳥』の巣が見えて来る。
幾重にも絡みついた大木が天高く聳えている。
近づくと地上の穴蔵からアーマードオークやアーマードウルフが這い出てきて、冒険者達に襲いかかって来る。
おそらく『嵐を纏う怪鳥』の手下のモンスター達だろう。
冒険者達は防戦一方を強いられた。
敵は『嵐を纏う怪鳥』の強風のおかげで矢の射程は伸び、素早く前進することもできて、白兵戦にも勢いがついた。
一方で冒険者達の矢は射程も威力も減退し、白兵戦においても不利を強いられた。
この状況で唯一活躍できそうなのは『銀製鉄破弓』を装備しているモニカくらいだが、彼女には『嵐を纏う怪鳥』を撃ち落とすという役割があるため、後方に待機していた。
冒険者達は苦戦を強いられたが、それでもジリジリと『嵐を纏う怪鳥』の巣に近づいて行き、もうすぐ巣を射程距離に捉えられるところまできた。
その様を見て後方で待機していた『金色の鷹』の部隊も黙って見ているわけにはいかず戦闘に参加してくる。
それはロランの思惑通りだった。
彼らに戦闘を手伝わせることができれば、Aクラスのモンスターと戦っても、しばらくは持ちこたえられるだろう。
ジリジリと近づいてくる冒険者達にしびれを切らした『嵐を纏う怪鳥』は、巣から飛び立って冒険者達に襲いかかってきた。
ロランは盾の影から『嵐を纏う怪鳥』の姿をチラリと見る。
(あれが『嵐を纏う怪鳥』か)
それは水色の羽をまとった美しい鳥だった。
翼の周囲には常に白い旋風が巻き起こっている。
部隊の上空から攻撃を仕掛けてきた『嵐を纏う怪鳥』だが、それは弓使い達にとっても討伐する千載一遇のチャンスだった。
すぐ様両部隊の弓使い達は盾隊の援護を受けながら、射撃に有利なポジションへと移動する。
モニカは『ホークアイ』で最も適切な射撃ポジションを割り出した。
この付近で最も高さのある場所。
しかしそこは既に『金色の鷹』の弓使い達によって占拠されていた。
(どうする? どうすれば……)
『嵐を纏う怪鳥』が攻撃を繰り出して来る。
翼を羽ばたかせて、上空から部隊に風圧を浴びせる。
密度の高い空気の塊はまるで弾丸のようになって部隊の上に降り注いだ。
盾や鎧は破壊され、盾で受け止めた者達はあっさりと吹き飛ばされた。
すかさず敵の地上部隊が襲いかかってくる。
両部隊は動けるもので固まって、全ての力を振り絞り、どうにか敵の攻撃を跳ね返した。
しかしもはや戦線の維持が限界に近づいていることは誰の目にも明らかであった。
そうしている間にも、弓使い達は矢を射続けていたが、それらは全て『嵐を纏う怪鳥』の纏う風によってあっさりと跳ね返されてしまう。
「ダメだ。通用しない」
「撤退しよう。このままじゃ、全滅するぞ」
『金色の鷹』の部隊が撤退論に傾き始める。
モニカは焦った。
『金色の鷹』が撤退すれば『魔法樹の守人』は単独で『嵐を纏う怪鳥』及び地上部隊と戦わなくてはならない。
それはクエストの失敗を意味した。
モニカは『ホークアイ』を使って必死に手がかりを探した。
(お願い『ホークアイ』。まだ辞めたくない。まだみんなと一緒に冒険を続けていたいの。もう二度と自分の戦い方を見失ったりしない。だからどうかもう一度、何かチャンスを見せて)
周囲の風が逆巻き、『嵐を纏う怪鳥』の鳴き声が響き渡った。
次の攻撃に移るようだった。
おそらく『嵐を纏う怪鳥』を仕留める最後のチャンスとなるだろう。
もう一度風の弾丸をまともに受けた後、戦いを続ける余力は部隊に残っていない。
モニカは祈るような気持ちで手がかりを探し続けた。
その時、彼女の景色に突然、青色の川の流れのようなものが写り込んで来た。
その川は絨毯のように空に覆い被さっている。
川といっても、透明で、その流れは水面よりも繊細に捉えることができ、まるで無数の糸が紡がれて一つの流れを形成しているかのようだった。
その川は『嵐を纏う怪鳥』の周囲で逆巻いている。
(これは……風!?)
モニカの『ホークアイ』は風の流れを可視化して捉えられるようになっていた。
(これが『ホークアイ』の本当の力)
彼女はまさに空を飛ぶ鷹の景色を見ていた。
風の流れが分かる。
どうすればより高く、力強く飛べるのかも。
遠くから赤い激流がやってくるのが見える。
(突風だ!)
赤い激流は『嵐を纏う怪鳥』の作り出す青い流れに衝突しようとしている。
モニカは弓を引き突風に備えた。
(自分の才能なんて信じていない。それでもっ)
二つの風が混じり合い一瞬無風状態が訪れる。
(ロランさんの言うことなら……信じられる)
ロランは自分に言ってくれた。
自分にAクラスの弓使いになる才能があると。
モニカの放った矢は突風に乗って少しも勢いをあますことなく、『嵐を纏う怪鳥』の片翼に突き刺さる。
それまでどんな暴風をまとっても決して姿勢を揺らすことのなかった『嵐を纏う怪鳥』は初めて空の上でぐらつく。
モニカの瞳が『嵐を纏う怪鳥』の体に灯る一撃必殺の光点を捉えた。
すかさず次の矢をつがえる。
彼女はこの場にいるどの弓使いよりも素早く矢をつがえることができた。
ロランは『金色の鷹』の弓使い達をスキル鑑定した。
(全員『弓射撃』BにアジリティもB。なるほど確かに弓使いとして必要十分なスキルとステータスだ。しかし所詮は優等生止まり)
ロランは次いでモニカのスキルを鑑定した。
彼女の『ホークアイ』はSクラスになっていた。
(どんな思惑も、陰謀も、圧力も……)
ロランはモニカの方を確信を持って見据える。
(真の才能を曇らせることは決してできないんだ!)
モニカの放った矢は寸分違わず『嵐を纏う怪鳥』の急所を貫いた。
『嵐を纏う怪鳥』は破裂して、あたり一面にキラキラと光る水色の羽が飛び散った。




