第2話 新ギルド設立
(はあーあ。やっぱ大手ギルドに所属していないとクエストの受注もままならないのかな)
ロランがため息をつきながらトボトボとクエスト受付所の廊下を歩いていると背の高い魔導師に声をかけられる。
「あら? ロランさん? もしかしてあなたはロランさんじゃありませんか?」
「あ、リリアンヌさん」
「お久しぶりです。ロランさん」
彼女は丁寧にスカートをチョイとつまんで、お辞儀した。
リリアンヌはギルド『魔法樹の守人』に所属している上級メンバーだった。
ギルド『魔法樹の守人』はギルド『金色の鷹』に次ぐ大手ギルドだ。
「先日は本当にお世話になりました。おかげさまで先月は冒険者ランクAに上がることができました。それもこれもあなたが私のユニークスキル『浮遊』を見出してくださったおかげです」
リリアンヌは深々とお辞儀をした。
実際、彼女はロランのおかげで出世できたと思っていた。
彼女とロランが知り合ったのは、『金色の鷹』と『魔法樹の守人』が共同でクエストを行った時だ。
当時から、彼女は魔力の強さと火力では街中でも屈指の実力だったが、肝心の命中率が低く後衛としては使い物にならなかった。
そんな時、彼女のスキル『浮遊』を見出したのがロランだった。
どういうわけか、彼女は下方向に魔法を放つ場合、命中率が格段にアップした。
元々の火力にスキル『浮遊』を手に入れた彼女は鬼に金棒で瞬く間にAランク冒険者の地位を獲得したというわけだった
「そんな。大したことはしていませんよ。Aランクになったのは、リリアンヌさんの実力です」
ロランはリリアンヌの態度にホッとした。
彼女は本当に分け隔てのない人で、誰に対しても身分の貴賎にかかわりなく丁重な態度で接した。
「それはそうと、どうしてあなたがクエスト受付所に? 『金色の鷹』の幹部ともあろう方がわざわざ自分でクエストを受注するなんて」
彼女はなぜかロランが『金色の鷹』の幹部だと思っていた。
実際には、ただの平社員に過ぎないのに何度言っても彼女は信じてくれないのであった。
「いや、実はもう私は『金色の鷹』には所属していないんです」
「あら、では独立されたというわけですか? ロランさんほどの実力であれば、独立した方が有利に稼げそうですものね」
「いや、その実は……ギルドを追い出されてしまって」
「追い出された? あなたほどの人が?」
リリアンヌはショックを受けたような顔をした。
「それは……なんと言えばいいか」
彼女はしばらく呆然としていたが、首を振って気を取り直すと、ふっと優しげな笑みを浮かべた。
「丁度お昼時です。良ければどこか落ち着いた場所でゆっくりお話ししませんか?」
二人は建物を出て、昼食屋さんに入った。
「ずっとロランさんにお礼をしたいと思っていたのです。なのについつい忙しさにかまけて無沙汰にしてしまい申し訳有りません」
「いえ、そんな。忙しかったのですから仕方ありませんよ」
「ささやかながらお礼の印です。ここの料金は私の方で持たせて下さい」
「そんな……大丈夫ですよ」
「けれども、今、お仕事ない状態なんでしょう?」
「うっ、それはまあ」
「ここはどうか私に恩返しさせてくださいませんか?」
リリアンヌは懇願するように上目遣いになった。
とにかくなんでもいいからロランのために何かしたい。
そんな雰囲気だった。
ロランは苦笑した。
どうにもこの人には逆らえない。
「それではお言葉に甘えて」
「それにしても一体どうしてあなたが。あのギルドはてっきりあなたが支えているものかと。あなたが『金色の鷹』にいる限り、決して私達のギルド『魔法樹の守人』は『金色の鷹』に敵わないと、私ずっとそう思っていましたのに。最近、すごく活躍してらっしゃるジルさんだって、元はと言えばあなたのスキル鑑定のおかげでしょう?」
「そんなことはありませんよ。特にここ最近、僕は足を引っ張ってばかりで……」
「そんな。何か事情があったのでしょう?」
「ええ、確かに団長のルキウスと上手く行っていなかったのはあります。ただ、やっぱりスキル鑑定だけでは冒険者として限界があったのかな、とも思いますね」
「けれども、あなたのスキル鑑定はギルドを躍進させた原動力ではありませんか。いくら冒険者適性がないからと言って、こんなふうに追放するなんてあんまりじゃありません?」
「そうですね。私もルキウスは自分のことを評価してくれていると思って、自分のことよりも彼とギルドの事情を優先してきました。彼のこと親友だと思ってましたから。けれどもルキウスにとって、私はたくさんいる部下の一人に過ぎなかったようです」
ロランは机の上のティーカップに目を落としながら沈んだ声で言った。
リリアンヌは気の毒そうにロランを見つめた後、気を取り直したようにパンッと手を叩いた。
ロランはキョトンとする。
リリアンヌはニッコリと微笑んだ。
「そう気落ちしないでください。冒険者に向いてないのなら、また別のお仕事をすればいいではありませんか」
「はあ。別のお仕事……」
「そうです。例えば冒険に出ない生産系の職業とか。そうだわ。どうせなら錬金術師ギルドなんてどうです?」
「錬金術師ギルド?」
「ええ、私の所属しているギルド『魔法樹の守人』は丁度、大量の『アースクラフト』を受注していただける錬金術ギルドを探していたところなのです」
「はあ……」
(それでクエスト受付所に居たのか。錬金術師にクエストを発注するために)
「ロランさん。良ければ私の依頼受けていただけませんか? 『魔法樹の守人』も生産系スキルで『金色の鷹』を上回りたいと思っているのですが、やっぱりどうしても既存の錬金術師ギルドは、より大手のギルドからの注文を優先してしまうでしょう? 我々もどうにか『金色の鷹』に対して優位に立つために対抗手段が欲しいのです」
「リリアンヌさんの依頼を受けたいのは山々ですが、僕には錬金術スキルなんてありませんよ」
「大丈夫です。自分にスキルがないならスキルを持っている人を雇えば良いのです。あなたには『スキル鑑定』があるではありませんか。それで、錬金術師スキルの才能がある人を発掘して、ギルドの職員として雇えばよいのです」
「なるほど。でも僕にできるかな。人の上に立つ仕事なんて」
「大丈夫です。あなたならきっとできますよ。私を信じて下さい」
リリアンヌはロランの手を握って、一心に見つめてきた。
(不思議だな。彼女に言われれば本当にできそうな気がしてくる)
「分かりました。リリアンヌさん。やってみましょう」
「やっていただけますか?」
「ええ、僕もこのままで終わるのは納得がいかないと思っていたところです。一緒にルキウスのヤツに一泡ふかせましょう」
「ええ、ええ。是非ともそうしましょう」
二人はお互いの手を固く握り合って、共闘を誓い合った。
翌日、ロランは新しい錬金術師ギルド設立の届けを役所に申請し、ギルドメンバーを募集した。
ギルド名は『精霊の工廠』。
大手ギルド『魔法樹の守人』にお墨付きのギルドということもあって、翌日には応募者が殺到した。