第18話 支援魔導師と鎧
チアルは『森の工房』で熱心に作業していた。
目の前には『鉄破弓』の設計図が置かれている。
「ぐぬぬ。さすがはドーウィンさん。物凄い設計ですね」
彼女は今、武器の開発に取り組んでいた。
『鉄破弓』を超える武器を開発しろというのが、今月のロランからの課題だった。
チアルは設計図に線を入れては消し、線を入れては消しを繰り返して、何度も何度も書き直していた。
「けれどもきっと超えて見せます。でも難しいよぉ。うがあああ」
チアルは片手で頭を抑えながら、鉛筆で線を引き続ける。
先ほどから知恵熱でどうにかなりそうであった。
とはいえ、彼女の作業はゆっくりではあるが、少しずつ着実に進んでいた。
転移魔法陣を潜ったロラン達は4階層に辿り着いていた。
景色は遺跡の街路から、木がまばらに点在する森へと戻っている。
ロランは部隊をシャクマ中心の編成にするべく彼女と打ち合わせしていた。
「じゃあまずは基本的なことから。支援魔導師の役割は?」
「はい。支援魔導師の役割、それは部隊の消耗を最小限に抑えることです」
ロランは思いの外、的確な答えが返って来て驚いた。
それは支援魔導師の本質を言い表すものだった。
(思っていたよりも賢い子だな。でも、それなら、ここまで分かっていてなぜ支援魔導師として失格の烙印を押されたんだ?)
「いいだろう。合格だ。それじゃあまずは戦い方を見せてくれ。部隊を君の自由に指揮していいから」
「はい」
ロランは一度シャクマの戦い方を観察してみることにした。
彼女はスキル的にもステータス的にも大きな問題は見当たらない。
そのほかの部分に致命的な問題があるとすれば、実際の戦闘で確かめるしかなかった。
ロラン達は弓兵を最前列にした通常の隊形で、三列になり、ダンジョンを進んだ。
しばらく進んでいると大気をつんざくような咆哮が森の奥深くから聞こえてきた。
大鬼の鳴き声だった。
4階層からは小鬼の何倍もの背丈と腕力を持つ大鬼も出て来る。
ロラン達が緊張の面持ちで待ち構えていると、すぐにワラワラとどこからともなくモンスターが現れてきて、ロラン達に襲いかかって来る。
今回は、大鬼5匹に武装した小鬼25匹という構成だった。
大鬼は斧を持っており、武装した小鬼は弓矢や棍棒、剣など様々な兵装であった。
しかし、ロランにとってはシャクマの実力を測る絶好の相手だった。
(いろんな兵装のモンスター。支援魔導師の判断力を試すにはおあつらえ向きの相手だ。君の支援魔導師としての資質見せてもらうぞシャクマ!)
支援魔導師には適切に戦況を把握する戦術眼が必要だった。
現在、隊列の先頭には弓兵がいる。
このまま、弓兵で敵兵力を削減するか、盾部隊を展開して防御に回るか、突撃して白兵戦を仕掛けるか。
シャクマは敵の構成と隊形を素早く確認した。
敵部隊は、大鬼を中央に固めて、両翼をゴブリンで固め、突撃して来ていた。
そのことから、シャクマは敵がただ力任せに中央突破する気だと見抜いた。
「弓兵部隊の皆さん、右側にシフトしてください。代わりに盾隊の皆さん。展開して、敵の大鬼を止めてください。行きますよ。『防御付与』!」
シャクマが『防御付与』を唱えると、盾隊の者達は青い光に纏われ、防御力が上昇した。
大鬼はその巨体と腕力に任せて盾部隊に突っ込んで来る。
巨大な重量物が金属に衝突する音が響き渡った。
大鬼達は自分よりも小柄な人間など一撃で楽に吹き飛ばせると考えていたが、盾部隊は大鬼の突撃を傷一つ負わずしっかりと受け止めていた。
続いて振り下ろされた斧も楽々受け止めて見せる。
『防御付与』の効果だった。
続いて敵の両翼、武装した小鬼が盾部隊に両脇から襲いかかろうとしたが、それには白兵戦部隊が当たって対応した。
その際、右翼側には弓兵部隊がいたので、少しだけ敵の戦力を削ぐことができた。
こうして大鬼と盾部隊の衝突を中心に戦いは横へと伸びていって、道いっぱいに戦線が形成される。
シャクマは後衛で戦列に目を光らせ続けた。
『攻撃付与』を白兵戦部隊にして側面の突破を狙うか、盾部隊の『防御付与』が切れるのに備えてもう一度『防御付与』をかける準備をするか。
事実、盾部隊は予断を許さぬ状態だった。
一度は攻撃を持ちこたえたかに見えた盾部隊だったが、その後も大鬼達は執拗に体当たりと斧攻撃を繰り返した。
盾部隊を纏う青い光は徐々に薄まっていって、このままいけばやがて大鬼に突破されてしまいそうであった。
両翼ではいまだ互角の戦いが繰り広げられており、『攻撃付与』を与えたからと言って、すぐさま打開できるとは限らない。
「攻撃魔導師の皆さん、大鬼を攻撃してください」
シャクマはとりあえず盾部隊の後ろに攻撃魔導師を配置して火魔法で大鬼に攻撃させることにした。
攻撃魔導師は味方越しに敵を攻撃することができる。
攻撃魔導師達は、大鬼に火魔法を浴びせた。
大鬼の足元に魔法陣が展開して、そこから火が噴き出す。
火炎に晒された大鬼達は目に見えて勢いが弱くなった。
まだDクラスそこそこの攻撃魔導師達の出す火炎は、大鬼の厚い肌を焼き切り、瀕死のダメージを与えるまではいかないものの、攻撃を妨害するには十分だった。
いくら怪力を誇る大鬼と言えども攻撃中に足元から突然炎を出されては、振り上げた斧を一旦下げて、後退せざるを得なかった。
それを見たシャクマは盾部隊が持ちこたえられると確信し、右翼の白兵戦部隊に『攻撃付与』を与える。
『攻撃付与』の与えられた白兵戦部隊5人は、赤く光り輝き、先ほどまでは互角だった敵を一撃で吹き飛ばし、先ほどまでは斬れなかった敵の鎧を斬ることができるようになり、敵を蹴散らして行った。
(いいセンスだ。大鬼の突破を『防御付与』した盾部隊で止められると読み、兵力削減や突破よりも戦列形成を選択。敵の腕力が強い部分を『防御付与』した盾隊と攻撃魔導師で食い止め、敵の弱い部分を弓兵と『攻撃付与』した白兵戦部隊の突撃で突破を狙う。堅実な戦闘指揮だ。ここまでは支援魔導師として及第点どころか、優秀に見えるけど……)
右翼の白兵戦部隊は敵を撃破しつつあった。
武装した小鬼の部隊を白兵戦部隊が突破し、大鬼の側面、そして背後へと回り込めば敵を全滅させることができる。
中央と左翼では敵が攻めあぐねている。
このままロラン達に勝利が転がり込んでくるかに見えた。
しかし……
「うおおおおおおおおおおお」
勝利を目前にしたかに見えたその時、突如としてシャクマが前線に突っ込んでいった。
先ほどまで彼女の瞳に宿っていた理性の光は完全に失われ、爛々と輝いている目は獣のようだった。
右翼の戦線に加わったシャクマはゴブリンの1人に杖で殴りかかるとそのまま、戦列も気にせずにどんどん前へと出て行って、しまいには敵のただ中、奥深くにまで侵入していく。
すぐに彼女は武装した小鬼に取り囲まれ、頭部をしたたか殴られ気絶してしまう。
慌てたのは近くで戦っていた白兵戦部隊だった。
このままではシャクマは袋叩きにされてしまう。
彼らは隊列を組み突撃して、シャクマを救出し、気絶している彼女を抱えて、後列まで運び込まなければならなかった。
すんなり終わりそうだった戦いは思いの外長引いてしまい、どうにか敵を撃退することには成功したものの、部隊は必要以上に消耗してしまった。
(なるほど。これは少し厄介だな)
ロランは気絶して目を回しているシャクマを見下ろしながら苦笑した。
「大丈夫かい? シャクマ」
「うう、申し訳ありません」
ユフィネの『単体回復魔法』を受けて、昏倒から回復したシャクマだったが、普段の明るさはどこへやら、すっかりしょげこんだ様子でうなだれていた。
「また悪いクセが出てしまいました。戦いの音を聞いているとどうしても気分が高まってしまって……。直さなければ支援魔導師として失格だというのは分かっているのですが……」
「なに。気にすることはない。克服するいい方法があるよ」
「本当ですか?」
シャクマは沈んでいた顔をパッと明るくさせてロランの方を見つめてきた。
どうやら立ち直りは早い方らしかった。
「ああ、いい装備があるんだ」
ロランは攻撃魔導師の1人に声をかけて(彼は『アイテム保有』のスキルも持っていた)、鎧を取り出させた。
「これは?」
「重装騎士の鎧だ」
それはジルが装着している鎧と同じモデルの重装騎士用の鎧だった。
「今度戦闘が始まったら、支援魔法を使う前にこの鎧を装備するんだ」
「なるほど。この鎧を着れば敵陣に突っ込んで行っても安心ですね。でも戦闘が始まってから? 通常の行軍時は装備しないのですか?」
「ああ、だから戦闘が始まった時、すぐに装備できるよう、常にアイテム保有士をそばに置いておくように」
「? はあ。分かりました」
シャクマは釈然としない顔をしながらも素直にロランの言うことに従った。
再び、ロラン達は探索に戻った。
盾部隊を先頭にして、モンスターの襲撃があればすぐさま展開できるように、隊列を組んで進行した。
また、モンスターが現れる。
先ほどと同様の構成で、大鬼5体に武装した小鬼25体の構成だった。
敵の作戦も全く同じで、大鬼による中央突破、武装した小鬼による側面支援での白兵戦だった。
大盾部隊はすぐさま大鬼を抑えようと展開する。
その他の白兵戦部隊も広がって戦線を形成する。
今回は、左側の敵が少し遠かったので、左翼側に弓兵をシフトした。
そして今回も弓兵は敵戦力を少しだけ削るにとどめて後ろに下がった。
シャクマは重装騎士の鎧を着込んだ。
「さあ。今度こそ行きますよ。『防御付与』!」
シャクマが呪文を唱えて、大盾部隊が青色の光に包まれる。
(よし。次は『攻撃付与』を左翼に。……!?)
「う、うぐっ。こ、これは?」
シャクマは異変に気付いて呻き声を上げた。
動けない。
正確に言えば、俊敏生が著しく損なわれていた。
重装騎士の装備は彼女の腕力では重過ぎて、亀のようにゆっくりとしか移動することができなかった。
「こ、これは重過ぎますよロランさん。身動きが取れません」
(ま、まさかこれが対策? 確かにこれだと最前線に突っ込むことはありませんが……、しかしこれでは……)
彼女は左翼までの距離を見た。
白兵戦部隊に『攻撃付与』の魔法をかけたかったが、魔法の射程に入るまでに距離が遠過ぎた。
シャクマは必死で左翼側に行こうとしたが、その速度はあまりにも遅かった。
とうとうモンスターとの接敵が始まって、戦闘が始まってしまう。
剣と盾、斧と鎧、籠手と棍棒がぶつかり合う音が響き渡り、人々の叫び声がこだまして聞こえてくる。
いつもならこのタイミングで正気を失って、突撃してしまうシャクマだったが、今はただただ緩慢に移動することしかできなかった。
(うぐぅ。これでは状況に応じて、臨機応変に対応できませんよロランさん)
ロランは苦笑しながら彼女がノロノロ動いているのを見ていた。
(確かに理想的とは言い難いけど、それでも部隊が無意味に消耗するよりはマシだ。支援魔導師の第1の使命は部隊の消耗を防ぐことだからね)
彼女はすり足で、目的の場所まで近づき、戦闘が始まってからゆうに10分近くは経ってからようやく、左翼側の後ろにたどり着き、『攻撃付与』を行なった。
左翼の白兵戦部隊が赤い輝きに包まれると、それまでほぼ互角の戦いをしていたのが、すぐに押せ押せの状態になって、敵を蹴散らし、中央の大鬼部隊の側面に回り込んで、敵の戦線を崩壊させた。
敵が敗走すると、攻撃魔導師と弓使いも攻撃に加わって、追撃し1匹残らず狩り取る。
その後も同じように戦って、シャクマの支援魔法による援護の下、部隊は最小限の消耗でこの階層の転移拠点へと辿り着く。
その頃にはシャクマの『攻撃付与』、『防御付与』は共にBになっていた。
ロラン達は転移魔法陣を潜り抜けて5階層に到達した。
そこはこれまでのような森の迷宮ではなく、どこかの建物の中だった。
この階層はダンジョンの中になぜか必ずいくつかある休憩地点だった。
壁一面には象形文字と壁画が描かれている。
神殿のように列柱の並び立つ長方形の空間で、部屋の奥にはまるで祭壇のように水場が設置されている。
水場には水が一杯に湛えられており、その両隣には一つずつ転移魔法陣が設置されていた。
1つは次の階層へ行くための転移魔法陣、もう1つは街へ戻るための転移魔法陣だった。
噴水の奥、棚にある祭壇には指輪が置かれている。
それは次にこのダンジョンに潜った時、入り口からこの場所までショートカットするためのアイテムだった。
30人までならこのアイテムを使うことにより、この場所まで転移することができる。
ロランは部隊の消耗具合を確認することにした。
各班毎に損耗度を報告させたところ、白兵戦部隊は装備をあちこち欠損していたし、ポーションを始めとするアイテムも残り少なかった。
そこでロランは指輪を手に取って一端帰還することにした。
部隊の育成という目的はある程度達したし、ダンジョンの攻略に関してもセーブポイントまでたどり着くことができて、切りが良いと思ったためである。
ロランは指輪を手に嵌めて、帰還用の転移魔法陣をくぐる。
街に戻って、時間を確認したところ、ダンジョンに入ってから72時間が経過していた。
昼と夜のある通常空間に戻ったため、途端に一行は強烈な睡魔に襲われた。
ロランは部隊のメンバーに次回のダンジョン探索の予定日を伝え、それまでに装備を修理し、アイテムを揃えておくよう指示すると、部隊を解散させた。
その後、ロランは自宅に戻ると、ベッドの上に崩れ落ちて、底なし沼に沈むような深い眠りについた。