第17話 ホークアイ
ダンジョンを進み戦闘を重ねていくうちに、白兵戦部隊の一人が提案した。
横一列に展開せず、両翼を盛り上げるような形でV字型に展開してはどうかと。
モニカをV字の底に置いて、敵からの距離を遠くし、もし敵がV字の中に入ってきたら両翼から挟撃するのだ。
そうすれば、中央に入ってくる敵を牽制できて、横一列の時よりモニカの射撃時間は長くなる。
なるべくモニカの『弓射撃』のスキルを伸ばしたいロランは、すぐにその案を取り入れた。
10匹のゴブリンが現れたのはその直後だった。
部隊は示し合わせた通り、両翼が前進して、中央部を凹ませるV字型の陣形、要するに鶴翼の陣になった。
それを見たゴブリンは、いくら知能が低いとはいえ、流石にガムシャラに突っ込むのを躊躇った。
下手に中央に飛び込めば、両翼によって包囲されてしまう。
しかしそれはロラン達の思うツボだった。
足を止めたゴブリン達はモニカの格好の餌食だった。
瞬く間にゴブリンは弓矢によって倒されていく。
ゴブリン達は慌てて、両翼の先端に攻撃を仕掛ける。
しかし、両翼は適当に剣を重ねると退却を繰り返す。
そこにモニカの弓矢が浴びせられる。
結局、10匹全てのゴブリンに矢が刺さった。
白兵戦部隊は、射撃され死に体となったゴブリンにトドメを刺すだけで戦闘は終わった。
ロランはこれを理想形の一つとして採用することにした。
(チンタラしてちゃ間に合わない。部隊の編成は進みながら決めていく)
ロランがモニカのスキルを鑑定すると、彼女の弓射撃はCにまで上がっていた。
戦闘が終わった後、ロランはモニカの撃った矢をモンスターの死体から抜き取って、まだ使えるものについては回収した。
この点でも、ロランは彼女に射撃以外のことをさせないということで徹底していた。
モニカは少し可笑しそうにしながら、ロランの回収した矢を受け取る。
(本当に変な人。私なんかのためにここまでやってくれるなんて)
「ロランさん。少し来てください」
白兵戦部隊の者がロランを呼びにやった。
どうやら先ほどの戦闘で装備を著しく損耗した者が出たようだ。
ロランは損耗者の元に駆けつけて、状態を確認した。
現在、ロラン達の部隊構成は以下の通り。
全員で30名。
モニカ、シャクマ、ユフィネに、白兵戦部隊が20人(うち5人は盾役)、弓兵が3人、攻撃魔法使いが3人。
ステータスの低いロランは、最低限の防具を身につけているだけの軽装備で部隊を率いていた。
負担の多い白兵戦部隊は、10人ずつ二組に分かれて、戦闘を終える度に前衛と後衛を交代で担っていた。
ロランが白兵戦部隊の状態をチェックしているうちに、モニカも自身の装備の状態を確認してみることにした。
矢をつがえないまま弦を引いてみると、『鉄破弓』が軋む音がした。
軽微の損耗だった。
モニカはため息を吐いた。
(もうかれこれ100本以上撃ったかな? 流石にガタがくるか)
部隊がダンジョンに入ってから24時間が経とうとしていた。
ダンジョン自体は昼と夜の区別がないため、スタミナが続く限り、眠気に襲われることなく、一日中でも行動することができたが、武器の磨耗は防ぐことができない。
モニカがロランに相談しようとすると、ロランは彼女の方から喋り出すまでもなく意図を悟って『アースクラフト』を手渡した。
「これを使って」
「えっ、いいんですか?」
モニカはついつい部隊の方をちらりと見る。
部隊には彼女よりもはるかに武器を消耗しているメンバーがいた。
『魔法樹の守人』は薬品系のギルドとゆかりが深いため、スタミナを回復できるポーションならいくらでもタダ同然で支給を受けることができたが、『アースクラフト』のような鉱物から生成されるアイテムは貴重なはずだった。
「ああ、今は君のスキル『弓射撃』を伸ばすことが最優先だ」
「……はい」
(いいのかな。ここまで特別扱いを受けちゃって)
モニカはこのように集中的に鍛えられたことはなかったので、未だ慣れないエース扱いをむず痒く感じ、恐縮しながら『アースクラフト』を使った。
ロランは彼女の装備を万全にした後、白兵戦部隊の損耗者については後衛に移すなど、部隊を再編成して、再びダンジョンを進んだ。
一方で、ロランはモニカの様子を注意深く観察して、彼女にプレッシャーを与えるタイミングを見定めていた。
彼はこの短い時間の間に、彼女が真面目な一方で、疑り深く、自己評価の低い一面があることを見抜いていた。
(いずれはプレッシャーをかける。けれどもそれは今じゃない。慎重に時期を見極めないとな)
ロランはいましばらく彼女の観察を続けることにした。
その後も部隊は陣形を使った戦闘を洗練させて行き、破竹の勢いでダンジョンを進んで行った。
そうこうしているうちに一行は一つ目の転移拠点に辿り着く。
この転移拠点とは神殿など各階層に必ずあるモンスターの出現しない神聖な一角のことである。
冒険者達はアイテムを使うことでこの場所に転移魔法陣を出現させることができる。
この転移魔法陣を潜ることで冒険者達は、次の階層へ進むことができるのだ。
ロラン達は転移魔法陣を潜って第2階層へと進んでいった。
第2階層では多種多様なモンスターが出現してきて、モンスター達の身につける装備も第1階層よりはるかに充実したものになっている。
森を進むロラン達はすぐにモンスターの群れに遭遇した。
その陣容は武装したゴブリン5匹、爪の大きなオオカミ4匹、くちばしの鋭い鳩1匹という構成だった。
ロランの部隊は今までと違う敵に緊張して身構えつつも V字陣形を展開する。
俊敏性の高い、爪の大きなオオカミ4匹はすかさず左右に分かれて、側面に回り込もうとする。
モニカは迷う事なく、側面のオオカミを無視して、前方の武装したゴブリンに向けて矢を放った。
『鉄破弓』はゴブリン共の身につける鉄製の鎧もものともせず突き破り、ダメージを与える。
弓矢を装備したゴブリン2匹を先に攻撃して片付けた所で、くちばしの鋭い鳩の飛び立つのが見えたので、モニカは一歩後ろに下がり、撃ち落とした後で、またゴブリン達への射撃を再開する。
モニカは両脇で白兵戦部隊が慌ただしく移動するのを感じた。
ロランが両翼の戦列を縦に伸ばして、爪の大きなオオカミに回り込まれないように対処しているのだろう、とモニカは思った。
この時点でモニカのロランへの信頼は一方ならぬものへとなっていた。
(私は前方の敵だけ撃ち続けていればいい。後はロランさんがなんとかしてくれる)
彼女は引き続き、前方の敵を射撃した。
側面ではロランがモニカの想像通り、爪の大きなオオカミへの対処をつつがなく行なっていた。
後列の補充要員を投入して、戦列を縦横に伸ばし、側面に回り込まれないように対処する。
ロランは部隊に指示を出しながらも、中央で射撃し続けるモニカを観察していた。
(だいぶ射撃に集中できるようになってきたな)
モニカは武装したゴブリンの最後の一匹に向かって矢を放とうとするが、武装したゴブリンの体に光の点が灯っていることに気づいた。
(何? あの光は……)
モニカは目を細めて不審に思いながらも光の点に向かって矢を放つ。
矢は見事光の点に命中した。
すると、武装したゴブリンの体が破裂する。
モニカはギョッとした。
「えっ!? な、なに?」
「スキル『一撃必殺』だよ」
いつの間にか彼女の側に来ていたロランが説明した。
どうやら爪の大きなオオカミへの対処は終わったらしい。
「『一撃必殺』……ですか?」
「敵の急所に攻撃が当たれば一撃で死に至らせることができるスキルだ」
(敵の急所。じゃあ、さっきのゴブリンの体に浮かんでいた光の点は敵の急所を示すものだったんだ)
「『弓射撃』のスキル向上に伴って自然と『一撃必殺』も開花したようだね」
ロランは彼女のスキルを鑑定する。
既に『弓射撃』はBに、『一撃必殺』はCになっている。
(これなら次の段階に行っても問題ないかもしれない。彼女のユニークスキル『鷹の目』を使用する段階に)
2階層の難敵である爪の大きなオオカミと武装した小鬼についてもやすやすと攻略法を編み出したロラン達は、2階層のダンジョンも難無く進み続け、やがて転移拠点へとたどり着き、3階層へと進んだ。
3階層は森の中に広がった遺跡のダンジョンだった。
そこには古代の人間が住んでいたと思しき石造りの家や建造物が密集している。
あらゆる建物には蔦や木の根っこが這い回っている。
やがては森に飲み込まれる運命の滅びた文明だった。
しかし、モンスターにとっては人間を待ち受ける上で絶好の場所である。
(うう。ついに来てしまった。遺跡のステージ。苦手なんだよね)
モニカは不安そうに胸元に手をやる。
既に滅びた文明とはいえ、その建物は健在だった。
建物の中には広い空間を含んでいるものもあり、そのような建物では徒党を組んだモンスター達が集団で生活しており、狩りに行く際も大人数で行動するので、一回の戦闘で遭遇するモンスターの数は前2階層と比べ物にならないくらい多かった。
また建物はえてして密集しており、その間の道路は先ほどまでいた開けた土地とは比べ物にならないほど狭く、横一列になって進める人間の数は4、5人程度だった。
おまけにそこかしこに塔や鐘楼など高層の建物が見られ、建物と建物の間には空中回廊が橋渡しのように渡されている。
このように、立体的な建物が複雑に入り乱れているため、高所から射撃できるポイントが無数にあり、部隊は高所からの射撃に自身を晒しながらダンジョンを探索しなければならなかった。
ゆえに弓使いには敵よりも先に有利な射撃ポジションを取ることが求められた。
敵に有利なポジションを取られて、一方的に射撃されようものなら、部隊の消耗を招き、一歩間違えれば壊滅することになる。
要するにモニカにとって鬼門とも言えるステージだった。
(いつもここでみんなの足を引っ張っちゃうんだよなぁ。)
モニカは遺跡の建物と、その間の狭い道を見ているだけで目眩がしてきた。
(もう私をエースにするのは諦めた方がいいと思うんだけれど。ロランさんどうする気なんだろ)
彼女はすがるようにロランの方を見る。
そんなモニカにロランは優しく微笑む。
「大丈夫だよモニカ。対策は考えてあるから」
「本当ですか?」
「ああ、モニカ。ここからはスキル『鷹の目』を使うよ」
「『鷹の目』……ですか?」
モニカはキョトンとする。
自分にそんなスキルが宿っているなどとはつゆとも思わない。
ロランは苦笑した。
知らないのも無理はない。
ユニークスキルはSクラスの鑑定士にしか見つけることができない。
「モニカ。『鷹の目』はステージを上空から見下ろしたように、俯瞰した視点でダンジョンを見ることができるスキルだ。自分の姿を上から見下ろしたように見ることができる、そんな経験はない?」
「ええ。瞬きをするのを止めて、目の焦点を外せばそんな視点になることがありますが……。でも、それがどうかしたんですか?」
ロランはまたもや苦笑いしそうになる。
自分ではなんでもないと思って行っている行為や能力が、とんでもないスキルというのはしばしばあることだった。
「じゃあ、とにかく『鷹の目』を発動させてみよっか」
「は、はい」
モニカは瞬きを止めて、目の焦点を外した。
彼女の瞳が金色に輝き始める。
彼女の前には、ゲームでカメラを切り替えた時のように、真上から見下ろす視点が広がった。
彼女には今、上空写真のように自身と部隊のメンバー、建物と道を俯瞰して見ることができていた。
「モニカ。聞こえるかい?」
「……はい」
「じゃあそのまま、視点を移して、遺跡の方へ」
「っ」
モニカは少し苦しそうに顔をしかめながらも視点を移していった。
このように意識的に視点をずらしたのは初めてだった。
まさかこんなことができるとは思ってもいなかった。
「この辺り一帯で一番高い建物はどれだい?」
「……あの建物です」
「じゃあ、あの建物の最上階に敵がいたとしよう。敵は窓から、あの道を通る部隊を狙っているとする。君が敵を攻撃できるポジションは?」
「えっと……」
「『鉄破弓』の射程は把握しているよね? 弓使いとしての感覚も戻っているはずだ。敵の位置から逆算して、遮蔽物と高低差による射程の変化も計算に入れて、どこからなら敵を射撃できる?」
モニカは震えながらとある建物を指差す。
「……あそこです」
「よし。オーケー。鷹の目を解除していいよ」
「……っ」
モニカは膝からガクリと崩れ落ちる。
おでこに手を当てて頭痛を抑えている。
「大丈夫かい?」
ロランはモニカにポーションを手渡す。
「すみません。ありがとうございます」
「十分だ。この速さなら実戦でも十分に使える」
「これを……実戦で使うんですか?」
「ああ、もし敵に高所から攻撃された場合、何を差し置いても一旦下がって『鷹の目』を発動させること。そして敵の射撃部隊を君が倒す」
ロランは白兵戦部隊の中から最優秀の者を2人選抜して、彼女の護衛に当てた。
部隊を再編して、遺跡のダンジョンを進んで行く。
モニカは不安に思いながら廃墟の道を進んでいた。
(本当に大丈夫なのかな。こんなスキルを頼りに遺跡のステージを進むなんて……)
部隊は依然としてモニカとその両脇の盾役を先頭にして遺跡のステージを進んでいた。
すると、突然、モニカの隣の盾役の戦士の兜に矢が当たる。
被弾した男は頭を押さえてうずくまる。
(来た。敵からの先制攻撃!)
モニカに緊張が走った。
部隊にも緊張が走る。
モニカは矢が飛んで来た方向を見る。
建物の高い場所には弓矢を装備した武装したゴブリンが見える。
「左だ。弓矢部隊と盾部隊は左に展開!」
ロランが叫ぶと、モニカ以外の弓使いが部隊の左側に盾部隊と共に展開する。
同時に前方の突き当たりから、爪の大きなオオカミと武装したゴブリンの混成部隊が現れて、襲いかかって来る。
弓兵部隊は敵の弓兵部隊に向かって弓矢を放って牽制した。
武装したゴブリン達は建物の陰に隠れて、矢をやり過ごし、再び矢を放って来る。
盾部隊は大盾を上空にかざすが、全ての矢を防ぎきることはできず、何名か被弾した。
前方の敵には白兵戦部隊が当たった。
敵は突き当たりから突然出現して来たので、モニカは弓矢を射る間も無く後ろに下がらなければならなかったし、白兵戦部隊も普段なら敵部隊の第一撃を防いでくれる盾部隊が左に展開しており、また敵に高所を取られて弓矢も降って来たため、ついつい遅れを取ってしまった。
今回の探索でロランの部隊が陥った始めての苦戦だった。
敵からの攻勢にさらされた部隊はジリジリと後退せざるを得ない。
「モニカ。『鷹の目』だ。さっき教えた通りにね」
「は、はい」
モニカは『鷹の目』を発動して、周囲を俯瞰して見てみる。
(敵の弓矢部隊と白兵戦部隊の両方を狙撃できるポジションは……。あった!)
モニカの『鷹の目』は絶好のポジションを捉えた。
敵の弓矢部隊よりも高所に位置して、敵の放つ矢が届かず、なおかつ『鉄破弓』の射程距離に敵をおさめられる、そんなポジションだった。
モニカは2、3人の護衛を連れて、敵のいない場所を迂回し、目的の建物まで走って行った。
モニカがポジションにつくまで他の者達は辛抱強く敵の攻撃に耐え続けた。
敵の弓に『鉄破弓』ほどの威力はないため、矢が鎧や兜を貫くことはなかったが、それでも当たれば鎧兜は損傷を受けてへこむし、その衝撃は打撃となって身体へのダメージとなる。
白兵戦部隊の人数はこちらの方が多かったが、戦場はあいにく隘路で、前衛に出れるのはせいぜい5人が限界ということもあって数的有利を活かすことはできなかった。
白兵戦部隊は前衛の人間が負傷するたびに入れ替わることで(前衛の人間が気絶した場合、後ろの人間が引きずって交代しなければならなかった)どうにか戦線を維持していたが、あいにく援護射撃の恩恵を受けられる敵の方が有利で、終始押されっぱなしだった。
数十分もした頃、部隊は目に見えて浮き足立ってくる。
しかし、ここで撤退すれば全てが水の泡となる。
ロランは部隊を鼓舞して、どうにか戦線を維持するように努めた。
部隊に疲労が見えるようになり、負傷していない兵士がいなくなって、いよいよダメかと思われたその時、敵の弓兵が悲鳴をあげた。
モニカが敵よりも高所から矢を放ったのだ。
形勢は逆転した。
敵の弓兵は下と上、前方と側面、その両側から射撃を受ける羽目になり、隠れられる場所もなく、為す術もなく矢弾にさらされる。
モニカは『弓射撃』と『一撃必殺』で敵の弓兵部隊を一掃すると、今度は敵の白兵戦部隊に向かって弓矢を浴びせた。
敵は目に見えて狼狽し、浮き足立って、逃げ腰になり始める。
その場にとどまればとどまるほど、モニカの『鉄破弓』と『一撃必殺』の餌食になるだけだった。
逆にロランの白兵戦部隊はにわかに勢い付き始めた。
それまで及び腰だった戦士達は勇気を取り戻し、喜び勇んで敵に斬りかかる。
ついに耐えきれなくなったモンスター部隊はロラン達に背を向けて、敗走を始めた。
ロラン達はモンスター部隊の背後から剣で襲い掛かり、剣が届かなくなると、弓兵が矢を射て敵を殺し、散々に追撃して敵を全滅させた。
モニカは弓使いとして初めて援護射撃に成功した。
(できた。援護射撃……。『鷹の目』を使えば、私でも援護射撃ができる……)
戦利品を回収した後、ロランはモニカと合流する。
「よくやったよ。モニカ。今のが『鷹の目』の使い方だ。例え、敵に先手を取られても有利なポジションを確保して最後には勝つ。これが君の部隊の戦い方だ」
「は、はい」
(これならいける。モニカをAクラスの弓使いにすることができる。そして彼女を中心にした編成を作ることも!)
ロランは確信に満ちた顔をした。
その後もロラン達は襲撃を受ける度にモニカの『鷹の目』を使って逆襲していった。
何度もやっているうちに部隊は自信をつけ、モニカは敵の攻撃を受けるや否やすぐに『鷹の目』を発動して対応した。
部隊も彼女を信じて戦線を維持するようになり、決して浮き足立つようなことはなくなった。
ある時、部隊が建物の入り組んだ地形に到達した時、モニカは立ち止まって直感した。
(いる。この先に敵が!)
「モニカ? 一体どうし……」
ロランは言いかけて口を止めた。
彼女が『鷹の目』を発動していることに気づいたからだ。
(モニカ。まさか敵を発見したのか?)
「ロランさん。私が走り出してから10分後に部隊を道に沿って進めてください。その先に敵がいます」
モニカは進む道を指差してそれだけ言うと、音もなく立ち去って行った。
ロランは彼女の指示通り、部隊の前進を一旦止めて、10分後に進み始めた。
モニカは射撃ポイントに到達した。
武装したゴブリンが見える。
弓矢を武装して隘路を通る部隊を待ち受けている。
(向こうには私が見えていない。私にしか見えない景色がある。これが『鷹の目』の力!)
モニカは弦の軋む音すら彼らに聞こえないよう静かに矢をつがえた。
弓矢を装備した武装したゴブリンは部隊が隘路に入ってくるのを建物の上方から見てしめしめと笑った。
彼らからすればロラン達の部隊は飛んで火に入る夏の虫だった。
武装したゴブリンは弓に矢をつがえて、部隊に向かって狙いを定めようとする。
しかしその時、彼の頭に矢が突き刺さり、彼の頭は破裂した。
側にいた他の武装したゴブリン達はギョッとして、矢の飛んできた方向を見るとモニカが『鉄破弓』を構えていた。
怒ったゴブリン達は彼女に向かって矢を放つものの彼女の方が有利な位置にいた。
あえなくゴブリン達は一掃される。
同じ頃、隘路でも戦闘が開始された。
弓矢部隊の援護を受けられると期待していたモンスター達は、敵に矢が降りかかるどころか自分達に矢が降りかかってきて動揺し、あっけなく崩壊した。
(や、やった。できた。敵に先制攻撃を受ける前に、敵よりも有利なポジションにつくことが……)
モニカは自分のやったことに呆然としながらロラン達と合流した。
「よくやったよモニカ」
「ロ、ロランさん……、私……」
「今のを繰り返していけば、君はAクラスの弓使いになれる」
(私が……Aクラスの弓使いになれる? 本当に……)
ロランもロランで彼女の成長度合いを観察していた。
(いい感じだ。地形から敵が待ち受けていることを読み、先手を打った。『鷹の目』を応用した戦い方。しかも『抜き足』も並行して使用している。二つのスキルを組み合わせた隠密戦闘。なによりも今回彼女は誰に指示されるでもなく自主的に行動した)
ロランは不安げに慄いているモニカの方を見た。
彼女はまだ自分のしたことを信じられずにいるようだった。
(プレッシャーのギアを一段階上げるか?)
ロランがそう考えてモニカに声をかけようとすると、彼女は突然目眩に襲われてうずくまった。
「っ」
ロランは慌てて彼女の手を掴み肩を抱いて支える。
「モニカ? どうしたの?」
「すみません。ちょっと立ちくらみしちゃって」
ロランが彼女のステータスを鑑定してみると彼女のスタミナは著しく消耗していた。
「大丈夫です。すぐにポーションで回復します」
モニカはポーションを飲もうとしたが、ロランに止められた。
ポーションを飲めば、いくらでもスタミナを即座に回復できるので冒険者達は何時間でも何日でも行動し続けることができるのだが、飲み過ぎは体に悪かった。
単純に胃腸の中に水分がたまって、まともに戦うことができなくなる。
なのでポーションを飲んだら、数時間は次のポーションを飲まない方がいい。
モニカは先ほどポーションを飲んだばかりだった。
ロランはため息を吐いた。
(まだプレッシャーを与えるのは早いな)
スタミナの欠乏した状態で無理をさせればそれこそ大事に至る。
(彼女が『鷹の目』を一階層連続して使い続けられるようになってから。プレッシャーをかけるのはその時だ)
ロランはそう判断した。
「モニカ。一旦ここまでだ。よくやったよ。少し休んでいて」
「ロランさん。でも……」
折角、何かが掴めそうなのに。
彼女の瞳はそう訴えかけているようだった。
今までずっと足手まとい扱いされてきた彼女にとって、今回は名誉挽回する千載一遇のチャンスだった。
「モニカ。これは命令だ。休め」
「……はい」
ロランが厳しい調子で言うと、彼女はシュンとしながらも引き下がった。
ちょうど転移門も見つけて、遺跡のステージも終わりに近づいており、頃合いも良かった。
「シャクマ。出番だ」
ロランは部隊の後方を振り返って言った。
「待っていました」
支援魔導師の装いをしたシャクマが待ちきれないといった様子で、部隊の前の方に躍り出て来る。
先ほどまで、シャクマとユフィネは部隊の後方に配置して戦闘に参加させないようにしていた。
前に出て来たシャクマの代わりにモニカを後ろに下げる。
「今後は君を部隊の中心にして進んでいくよ」
「はい。味方の戦いを支援し、敵の戦いを妨害する、支援魔法の威力をお見せしましょう!」