第159話 見捨てられし者達
『白狼』は玉砕覚悟で『精霊同盟』に攻撃を仕掛けるべく、ダンジョンを進んでいた。
しかし、この肝心な時にあたってギルバートはいない。
セバスタとウィリクは落ち着かない心地だった。
「おい、ギルバートはどうした? この肝心な時に一体どこに行ってしまったんだ?」
「おかしいですねぇ。ダンジョンに入った後で合流すると話していたのですが」
「合流するもなにも、もう『メタル・ライン』を越えてしまったではないか。これでは合流しようにも……」
「……ギルバートのロランへの憎しみは本物です。彼を信じましょう」
一方、『竜の熾火』の職員達はクレーム対応に追われていた。
エドガーのせいでメチャクチャになった組織は、事務的な連絡ミスや不良品の大量発生を連発しており、冒険者ギルドや商店から苦情が相次いでいた。
ギルド内では諍いや余計な雑務が蔓延り、職員の士気はすっかり下がって、欠勤や労災、職務規定違反の数は急上昇し、上級職員はその後始末に奔走する羽目に陥っていた。
これまで聖域扱いされていたラウルでさえ、自分の仕事を中断して、クレーム処理に回らざるを得なくなる。
「ラウルさん。セピア商会からクレームです」
「またクレームか」
「納品した鎧に不良品が大量に混ざっていたらしくて……」
「チッ。分かった俺が対応する」
(エドガーの奴、こんな時にギルドを留守にしやがって)
ラウルはついつい心の中で恨み言を呟いてしまう。
エドガーは数日前急遽出張に出かけると言って、後の事をラウルとシャルルに託し出かけてしまった。
(ギルドがこんなに大変だってのに。出張なんてしてる場合かよ)
そうしてラウルがクレーム処理に忙殺していると、また下級職員が駆け込んできた。
「ラウルさん。大変です!」
「今度はなんだ?」
「前ギルド長が工房に侵入して騒いでいます。エドガーを出せとか言いながら」
「はぁ? メデスが?」
(あいつ収監されてるんじゃなかったのかよ)
「アイツはもう関係者じゃねぇだろ。つまみ出せ」
「ダメです。受付を突破されました」
すぐに受付の方から悲鳴と何かの備品が倒れる音が聞こえてきた。
メデスが暴れている音だ。
ラウルは頭を抱えずにはいられなかった。
「エドガー! どこにいるエドガー。ワシをハメおったな。許さんぞエドガー」
「おやめ下さい。ここは関係者以外立ち入り禁止です」
「るせぇ!」
「きゃあっ」
メデスは止めに入った女性職員を突き飛ばした。
そうして残った男性職員に詰め寄る。
「ひぃっ」
「おい、貴様。エドガーはどうした。奴は一体どこにいる?」
「ギルド長は出張されています」
「何? 出張だと? こんな時に出張とはどういうつもりだ! ギルド長の仕事をなめとんのか!」
メデスは職員を一喝した。
職員はタジタジになってしまう。
すでに法的にギルド長の役職を解かれたとはいえ、元々は自分を雇っていた人間だ。
怒鳴られれば、習性でつい畏まってしまう。
(ええい。あの裏切り者が。まあいい。それよりも例の資金を速く回収せねば)
『竜の熾火』の金庫には、メデスが反社時代に稼いだ闇資金が隠されていた。
捜査当局にこれが見つかれば、彼の罪状は重くなる上に、資産を差し押さえられてしまう。
その前に、資金洗浄して資産だけでも守らなければ。
(もはやムショにぶち込まれるのは避けられん。だが、あの資金。苦労して稼いだあの資金だけはどうにか守らねば。エドガーがいないのは予想外だったが、まあいい。むしろ資産の移動には好都合というものよ。どうにか仮釈放を勝ち取った今のうちに……)
メデスは念のために持っていた合鍵でギルド長室の金庫を開け、中にある金塊を取り出そうとした。
しかし、金庫の中身は空っぽだった。
(あ、あれ? ワシの、ワシの金塊は?)
メデスの裏資金ばかりではない。
ギルドの共有資金まですっかりなくなっていた。
「あ、いたぞ。メデスだ」
「取り押さえろ」
ラウルが警備員を伴いやってくる。
「ぐあっ。な、何をする。は、はなせー」
誰もいない港で2人の男が物陰に隠れながら周囲の様子を窺っていた。
「どうだギルバート?」
「大丈夫誰もいねぇ。問題ないぜ」
「よし。それじゃ作業に移るか。よいしょっと」
物陰に隠れていた2人の男、エドガーとギルバートは『竜の熾火』の金庫から運んで来た金塊を明日積み込まれる予定の木箱の中に紛れ込ませる。
「あのジジイ。まさかこんなデカい金塊を隠し持っていやがったとはな」
ギルバートが金塊を見ながら言った。
「ククク。ギルドのバカ供め。俺達が金庫の中身を持ち出しているとも知らずに。今頃、必死でクレーム対応でもしてるんだろうなぁ。それはそうとギルバート。これから行く『裏宿の街』だっけ? そこでは出所不明の手形や資産も換金してくれる。あの話は本当だろうな?」
「ああ。間違いないぜ。俺も以前所属していたギルド(『金色の鷹』以前に所属していたギルド)からちょろまかした資産はそこで現金化したし」
「よし。ならいい」
「んじゃ。さっさと船に積み込んでトンズラしようぜ。この島の観光名所に寄れないのは名残惜しいが……」
「つーか。お前、仲間はいいの? セバスタとウィリクだっけ? 同じ街出身の奴らなんだろ?」
「あー。いいんだよ。最初から利用するつもりしかなかったし。あのバカ共にも愛想尽かしてたところだ」
「ククク。お主も悪よのぉ」
「いえいえ。お代官様ほどでは」
「「ハハハ」」
「誰がお代官様だ。この腐れ外道が」
「「!!」」
2人は突然降りかかった辛辣な声に振り返った。
見るとそこにはウェインとパトがいる。
「こんな事だろうと思ったぜ。何が出張だ。ただの横領じゃねーか」
ウェインはギンと激しくにらむ。
「ギルドの金をコソ泥するとは。いよいよ腐るとこまで腐っちまったみてぇだな。エドガーよぉ?」
「エドガーさん。そのお金はギルドの共有財産です。『竜の熾火』の立て直しと職員達の給与に充てられるべきものです。今なら間に合います。思いとどまって下さい」
パトもいつになく怒った口ぶりで言った。
「あん? ウェイン、パト。てめぇら、誰に向かって口聞いてんだ?」
「待て。エドガー。ここは穏便に事を運ぼう」
ギルバートが遮った。
「ウェインとパトだっけ? どうかな。ここはこの資産を4人で山分けするということで。なぁに資産の切り売りは任せたまえ。悪いようにはしない」
「誰がテメーらの口車になんざ乗るか! こちとら何度も同じ奴に騙されるほど、お人好しじゃねーんだよ!」
ウェインはそう言うと、2人に向かって殴りかかっていった。
『火山のダンジョン』では、『白狼』が『精霊同盟』に対して最後の攻撃を仕掛けていた。
セバスタはジルを見るなり突撃した。
「貴様、ジル・アーウィンだな? 新人のくせにワシを飛び越えて街一番の人気者になった恨み、忘れておらんぞ! ここで会ったが100年目だ。貴様を倒してワシはSクラスになる! ぐふぁっ」
鎧袖一触。
セバスタはジルに一撃であっさり吹き飛ばされて、戦場の彼方へと飛んで行った。
たまたまその場にいたウィリクはセバスタの下敷きになる。
(今何か当たったか? 聞き覚えのある声で私の名前を呼んでいた気がしたが……)
ジルは首を傾げるものの、声の主を思い出すことはできず、気を取り直して『白狼』の本隊へと突っ込む。
『巨大な火竜』との戦闘によって、『精霊同盟』が満身創痍になっていると見越した『白狼』だが、『精霊同盟』は彼らの期待したほど消耗していなかった。
むしろ、街を出た時よりもAクラス冒険者は増え、戦力増強されていた。
『白狼』は襲撃する度に手酷い反撃を喰らい、後退を余儀なくされた。
ロランはこの機会に決定的な優位を得るべく、『白狼』に痛撃を加えることにした。
ロドは空から『精霊同盟』に攻撃を加えるべく、『火竜』へと指令を出した。
しかし、『精霊同盟』の方でも『火竜』を繰り出して対抗してくる。
それも普通の『火竜』ではない。
『障壁を張る竜』である。
通常の『火の息』だけでなく、障壁を張る能力も持ち合わせた『障壁を張る竜』に普通の『火竜』が敵うはずもなく、ロドの操る竜達は一方的にやられた。
(そんな……。俺の竜が……)
パトの『調律』が向上し、『不毛地帯』で場数を踏んだこともあって、吟遊詩人のニコラはAクラスの竜族でも操れるようになっていた。
たまらずロドは撤退を指示する。
ロランはその隙を見逃さなかった。
「レイ。『鬼音』と『狼音』の演奏頼めるかい?」
「うむ。任せてくれ」
外部ギルド『紅砂の奏者』隊長のレイは、待ってましたとばかりに仲間達に指示を出す。
「ようやく俺達の出番か」
「待ちくたびれたぜまったく」
『紅砂の奏者』の吟遊詩人達はパトによって『調律』された竪琴や笛、弦楽器で演奏を始める。
すぐに周囲の林や岩陰が騒めき始め、鬼族や狼族が飛び出して、逃げ惑う『白狼』を追撃し始める。
いかにヒット&アウェイで鍛えられた『白狼』の盗賊達といえども、狼族を相手に逃げ切ることはできず、回り込まれてしまう。
そしてすぐに『精霊同盟』の戦士達に後ろから迫られた。
「いたぞ。『竜笛』の使い手だ」
「取り囲め!」
「う……ぐっ」
ロドはもはや抵抗もここまでと悟り、大人しく投降した。
残るはジャミル率いる本隊だけである。
ロランは弓使いと盗賊による索敵網を広げ、ジャミルのいる『白狼』本隊の位置を捜索させた。
なるべく素早く下山しながら、索敵を行なっていると、ついに敵本隊の位置をリズが掴んだ。
ロランはすぐに『精霊同盟』の最強部隊を差し向ける。
ジャミルは周囲を警戒しながら、あらかじめ約束していたロドとの合流地点で待ちあぐねていた。
(ロドが帰ってこない? まさか『精霊同盟』にやられたのか?)
そうこうしているうちに周囲を哨戒していた盗賊が帰ってくる。
「隊長。『精霊同盟』がこちらに向かって来ます。どうやら見つかってしまったようです」
「隊長。回り込まれました。退路も塞がれています」
(チィ)
「戦闘準備だ。急げ」
追い詰められたジャミルは雌雄を決するべく、『精霊同盟』の最強部隊を待ち受けた。
しかし、無駄なことだった。
Aクラスとなったアーチーの防御力とアイクの攻撃力の前に前衛は削られ、ダメ押しとばかりにきたジルの突撃で、ものの1時間も経たないうちに部隊は壊滅した。
ジャミルは1人でその場から逃れることを余儀なくされる。
持ち前の素早さと判断力でどうにか森まで逃げられそうだったジャミルだが、すんでのところで1人の盗賊に行く手を阻まれる。
カルラだった。
「チィ。どけ!」
ジャミルはカルラに斬りつけるが、余りにも速い俊敏の前に余裕でかわされ、むしろ反撃を受ける。
(な……に……)
肩を斬りつけられ、うずくまってしまう。
その拍子に眼帯もずれ落ちた。
「もう無駄な抵抗はやめろ。お前達はここまでだ。大人しく投降しろ」
ジャミルは斬りつけられた腕を庇いながらも不気味に笑った。
「ククク。できない相談だな」
「バカな。もう趨勢は決したことが分からないのか? 一体なぜそこまでして……」
「どれだけ追い詰められようが、関係ない。もはや後戻りはできないんだ。俺もお前と同じ。島から見捨てられた人間だからな!」
「うっ。お前は……」
ジャミルの眼帯が完全に落ちて、その素顔が露わになる。
カルラはここに来てようやく彼の顔を思い出した。
よく彼女の生家にも遊びに来ていた親族の少年。
ジャミルもまた『竜葬の一族』の末裔だった。
ジャミルはカルラが怯んだ一瞬の隙を突いて最後の力を振り絞り斬りかかってくる。
「くっ」
カルラは何かを振り払うようにかぶりを振った後、ジャミルを一刀の下斬り伏せた。