第158話 エドガーの出張
『巨大な火竜』の巨体が膝をつき、そのまま地面に横たわる。
倒れる直前に、ジルは刃を抜いてその場から離れた。
カルラはその様を少し離れた場所から見ていた。
(やった……のか?)
戦っている際は夢中だったものの、実際に倒したとなると半信半疑な気分だった。
しかし、『巨大な火竜』の死体が痙攣して口元から何かを吐き出したのを見ると、信じないわけにもいかなかった。
ジルとカルラは『巨大な火竜』の吐き出した紅い珠の元に駆けつける。
「ジル。それは?」
「『巨大な火竜』の竜核みたいだな」
ジルが紅い珠を拾いながら言った。
「どうした? 浮かない顔だな」
ジルがカルラの顔を見ながら言った。
「うん。その……」
(『巨大な火竜』を倒したとして、『竜葬の儀式』は……)
カルラがそんなことを考えていると、ガヤガヤと大勢の足音が近づいてくるのが聞こえてきた。
「ジル! カルラ!」
「あっ、ロランさん」
ジルはパッと顔を明るくさせて、ロランの下に駆けつける。
「『巨大な火竜』は……倒せたか。流石だね」
「はい! ロランさんが丁寧に地均して下さったおかげでさほど苦労せず倒すことができました。あと彼女、カルラも頑張ってアシストしてくれました」
「そうか。カルラ。君もよく頑張ったね」
「えっと。その……」
「ふむ。どうやら、『竜葬の舞』も成功したようだね」
「えっ? 本当に?」
「うん。竜核をアイテム鑑定してみたら、『竜葬の舞』の効果が付与されているよ」
「……」
「だから、あとは儀式を完遂させるだけだ。『巨大な火竜』の身体の一部を火口に投げ入れて、竜核を街の祠に捧げれば、君の悲願である『竜葬の儀式』復活も……」
「うっ。ロランっ」
カルラは感極まってロランに抱きついてしまった。
「えっ? カルラ?」
「ロラン。ありがとう。本当に……」
カルラはロランの胸で泣きじゃぐった。
ロランはカルラの頭に手を置いて落ち着かせる。
「カルラ。儀式を完遂させるには山頂に行く必要がある」
「……うん」
「みんなで行こう。山頂へ」
『精霊同盟』が『巨大な火竜』を倒した頃、街では『白狼』が『精霊同盟』に最後の攻撃を仕掛けようと、『竜の熾火』に掛け合っていた。
火山が噴火した。
これは『精霊同盟』が『巨大な火竜』に敗北したために違いない。
下山してくる『精霊同盟』を待ち伏せすれば確実に勝てる。
『竜の熾火』は我々を支援して欲しい。
この要請を受けて、ラウルは早速動き出した。
『精霊同盟』を倒すための装備案を再度エドガーに提出する。
『竜の熾火』では打倒『精霊同盟』の機運が再び高まった。
だが、このような雰囲気にあって、当のエドガーはというと醒めた気分でいた。
今もギルバートからの報告に耳を傾けながら、しきりに頷いているところだ。
「ふーむ。そうか。ダンジョン内でそんなことが……」
「そうなんすよ。見てくださいこれ」
ギルバートはジルの攻撃を受けてひしゃげた鎧を机に載せる。
「これはジルの攻撃を受けてこうなったんですけど……」
「ああ。なるほど。こりゃ酷いな」
腐ってもAクラス錬金術師であるエドガーは、その破損した鎧を見てすぐにどのような戦闘があったのか察した。
この破損具合からして、力の差は歴然だった。
「いや、ありがとう。君の報告がなければうっかりジャミル達の報告を鵜呑みにしてしまうところだったよ」
「でものは相談なんだけどよ……」
ギルバートはエドガーの側にそそくさと寄って耳元で囁き始めた。
その様子は商談相手に対するものから、気の置けない友人へのそれにすっかり成り代わっている。
「俺の考えではもうあいつらは……、『白狼』は終わりだと思うんだよね」
「ふーむ」
「いわば切り時ってやつだ。そう思わねぇか? あんたも経営者なんだからさ。身の振り方を考えて、冷静な経営判断って奴をやんないとだな。というわけで、例の計画、考えてくれてもいいんじゃねぇかな?」
ロラン達は『巨大な火竜』の牙、翼、鱗、骨格、体皮、角などを切り取り、アイテム化して、『竜葬の儀式』を完成させるべく山頂へと進んだ。
今回はとりあえず牙を火口に放り込んでみる。
すると火口から邪気が祓われ、清らかな空気が流れたかと思うと、山頂付近の灰色の土に僅かに緑が芽吹き始めた。
街からはより幻想的な光景が見えていた。
火山の頂上に光のカーテンがかかり、まるでオーロラが降りているかのようだった。
年配の島民は目を丸くしてその光景に見入った。
10数年前に途絶えて以来、執り行われることのなかった『竜葬の儀式』がまた見れるとは思いも寄らなかったのだ。
ウェインとパトはクエスト受付所からの帰り道、人々に捕まっては質問攻めにあっていた。
火山の頂上にかかったあの光のカーテンは何だ?
『精霊同盟』は『巨大な火竜』を倒したのか?
ロラン・ギルの計らいで『竜葬の一族』が復興されたと聞いたが、その話は真か?
「分からねーっつの。まだロランも帰って来てないってのに」
しつこく聞いてくる街の人達をあしらいながら、ウェインは苛立たしげに言った。
「はは。そう怒るなよ、ウェイン。もう10年以上倒せなかった『巨大な火竜』を討伐したのかもしれないんだ。地元の人間として事の顛末が気になるのは仕方ないよ」
「そうは言ってもよぉ。何人目だよ聞いてくんの」
「まあまあ。全てはロランさんが帰って来ればハッキリするよ。君がロランさんに見せたいって言ってた例の魔石も、もうすぐ量産化の目処が立ちそうなんだろう?」
パトはブツクサと止めどなく文句を言うウェインの矛先を変えるべく、話題の転換をはかった。
「へっ。まあな。見ろよこれ」
ウェインはポケットから深紅の魔石を取り出してピンと弾いて、手でキャッチする。
「『マグマの魔石』。この魔石の力を引き出せば、炎系魔導師の攻撃力を大幅に上げることができる」
「炎系魔導師か……。となれば、北の大陸への販路を開けるかもしれないね」
北の大陸では炎魔法に対する需要が高いにもかかわらず、慢性的に優秀な魔導師が足りないと言われていた。
島内では『竜の熾火』のシェアを奪いつつある『精霊の工廠』だったが、島外への輸出に関してはまだ弱い。
ウェインの魔石は島の外へ足掛かりを作る上でもってこいの品物と言えた。
「島の外へ販路を築くことができれば、アイナさんの『外装強化』装備や僕の『調律』を施した楽器も売ることができるし……」
「もっと手広く商売することも可能ってわけだ。そして何よりも! 『竜の熾火』の島外の顧客を奪うことにつながるぜ。そうすりゃエドガーの野郎にも吠え面かかせてやることができる」
「……まだエドガーへの報復に拘ってるの?」
「たりめーだろ。エドガーはまだギルド長の地位にいるんだぞ。あいつだけは絶対にぶっこまねーと。見てろよ。俺のこの魔石であの野郎をギルド長の椅子から転げ落としてやるからな」
「ハハ」
(こういうとこは本当ブレないな。ともあれウェインもようやく魔石の専門家らしくなってきた。それもこれもロランさんのおかげ……ん?)
パトは港に停泊している船とそこに出来ている人集りを見て足を止めた。
「パト? どうしたんだよ?」
「いや、あの船……」
「あん? 貨物船か」
それは島で作られた品物を外へ輸出するために特別にあつらえられた貨物船だった。
この島で外に向かって輸出できる品物など限られている。
島由来の高級な嗜好品と特産品。
そのほとんどは『竜の熾火』で造られた装備だ。
「ちっ。忌々しいな。だが、それがどうした? 貨物船が『竜の熾火』の装備を載せるなんていつものことだろ?」
「うん。けれどもおかしいよ。貨物船はいつもなら月の終わりに出港するはずなのに。あの様子、まるで明日にでも出港するかのようだ」
「ん? 確かに。言われてみれば妙だな」
ウェインは今日の日付を思い出しながら呟いた。
「何かあったのか?」
「聞いてみよう。あの、すみません」
パトは積荷の運搬を指示している船員に尋ねてみた。
「ん? なんだい?」
「一体どうしたんですかこの騒ぎは? まるで明日にでも出港するかのようですね」
「ああ。明日急遽出港することになったんだよ」
「へえ。そりゃまたどうして?」
「なんでも『竜の熾火』ギルド長のために急遽予定が変更されたそうですよ」
「エドガーのために?」
「ええ。なんでも急に島の外の取引先と商談する必要に駆られたとかで。出張なさるそうです」
「出張……」
「まあ、『竜の熾火』は島の外にも装備を輸出してるから、外に仕事が出来てもそう不思議ではないけれど。それにしても急な話だな」
パトはやや納得できなさそうに言った。
ウェインも不審げに眉を顰めた。
(エドガーが出張? このタイミングで?)
彼独特の嗅覚が悪事の匂いを嗅ぎつける。
第5巻、本日発売です!
5巻特典情報についても活動報告に掲載しました。
よければチェックしてあげてください。