第157話 アレンジ&コーディネイト
ジルは『巨大な火竜』と対峙していた。
追いかけること数時間。
どれだけ逃げても追いかけてくるジルを見て、『巨大な火竜』の方でもようやく観念したようだ。
翼をたたみ、地上に降り立って戦う構えを見せた。
「ようやく戦う気になったか。いくぞ!」
ジルは銀毒剣を突き出す。
『巨大な火竜』は飛びのいてジルの剣をかわす。
ジルは気にせずさらに踏み込んでいった。
『巨大な火竜』はさらに後ろにかわす。
ジルは思い切って『巨大な火竜』の胸元に飛び込み、乱れ突きを浴びせる。
『巨大な火竜』はジルが前がかりになったのを見て、グニャリと体を湾曲させ乱れ突き攻撃をかわした。
(うっ。なんて回避の仕方を……)
そしてそのままの体勢でジルを殴りつける。
「ぐっ……は」
ジルは吹っ飛び、木の幹に叩きつけられた。
(今のが……ロランさんの言ってた軟体)
『巨大な火竜』は深追いするようなことはせず、体をブルブル揺らしながらジルの様子をうかがった。
ジルはすぐさま立ち上がって剣を構える。
(一撃。一撃入れることさえできれば、猛毒が『巨大な火竜』を蝕み、動きを鈍らせるはず)
ジルは一旦鞘に剣を仕舞ってから、再び抜き取った(こうすることで鞘に仕込まれた猛毒を刀身に行き渡らせる仕組みだ)。
それを見て、『巨大な火竜』は警戒心を募らせる。
両者は再び走り出した。
互いの間合いを測りながら、細かいフェイントを入れて、不毛地帯を走り抜けていく。
どちらも相手を追い詰める手段を持たないため、相手の攻撃を待ち、一瞬の隙を突くカウンター狙いだった。
しばらく経った頃、『巨大な火竜』の行動パターンが変わった。
ジルに睨みを利かせながら、崖を尻尾で叩き始める。
(なんだ?)
ジルが訝しんでいると、崖が崩れ始めた。
礫が『巨大な火竜』の足下に転がり、その中にはかなり大粒の岩石もある。
『巨大な火竜』はその中の手頃なものを手に取ると盾のように構えた。
そしてジルに向かって突進してくる。
「っ」
ジルは慌てて盾で対応した。
今回の剣は刺突用。
いかにジルの並外れた腕力をもってしても、岩に深く突き刺すのがせいぜいで、両断したり砕いたりすることはできない。
そういうわけで盾で受け止めるしかなかった。
「んぐぐ」
『巨大な火竜』は毒剣を防ぐ手段を見つけたのをいいことに、そのまま岩に体重を乗せてジルを押し潰そうとした。
だが、ジルは腕力で強引に岩石をどかし、『巨大な火竜』の懐に潜り込んだ。
「はあっ」
銀毒剣を突き出す。
だが、やはり軟体でかわされる。
ジルも後ろに下がって、『巨大な火竜』の反撃をかわす。
両者はまた距離を取って睨み合った。
『巨大な火竜』はまた岩石を拾い上げた。
先程よりも大きめの岩石である。
(……まずいな)
『巨大な火竜』は銀毒剣を防御しつつ、こちらを削る手段を見出しつつある。
いきなりやられるわけではない。
が、ジルの方がもっても装備の方が先に削られてしまう。
『火弾の盾』が削られれば、『津波のような火の息』で受けるダメージもまた大きくなる。
先程までは互角だったが、このままいけばジルの方が不利だった。
ジルは『巨大な火竜』の知能の高さに舌を巻いた。
一方で、『巨大な火竜』もジルのステータスの高さに驚いていた。
『巨大な火竜』の体重を乗せた岩石を受け止めた上、どかせてしまう腕力。
一瞬で間合いを詰める俊敏。
そして、これほどタフな戦闘をこなしてなお余力を残すことができる耐久と体力。
一瞬でも気を抜けばやられる。
両者ともそう思い、これまで以上に慎重に間合いを取り合う。
そうして膠着するかに思えた戦いだが、変化は思わぬところからやってきた。
獰猛なモンスター達でも恐れをなして逃げ出すSクラスの戦場に、物凄いスピードで割り込んで来る者が1人。
「加勢しに来たぞ、ジル!」
「カルラ!?」
「ロランからの指示だ。2人で『巨大な火竜』に当たるようにって」
(ロランさんの指示……)
カルラを見て、『巨大な火竜』はむしろ喜んだ。
これはチャンスだ。
新たに駆けつけた盗賊、見たところ俊敏は高そうだが、耐久は低い。
耐久の突出した重装騎士と俊敏特化の盗賊。
上手く連携できるはずがない。
『火山のダンジョン』の主となって数十年。
『巨大な火竜』は幾度となく人間達がこのダンジョンに挑戦し、そして失敗するのを見てきた。
その多くは『巨大な火竜』が手を下したのではない。
自滅したのだ。
人間という生き物は群れで行動するにはあまりにも個々の価値観や利害に相違がありすぎる。
外部と地元が共同して探索しなければならないこの島では、冒険者達は常に足の引っ張り合いを演じてきた。
その争いに折り合いをつけられた人間は未だかつていない。
この島にも外から沢山の強者共が徒党を組んで、『巨大な火竜』を討伐せんとやってきたが、どんな強者達でも、いやむしろ強ければ強い者ほど激しく相克しあった。
故にこの2人もその戦闘スタイルのギャップをつけば、あっさりと仲間内の対立を表面化させるだろう。
『巨大な火竜』はそう思い、心の中でほくそ笑んだ。
まず、手始めに『津波のような火の息』を浴びせる。
広範囲に高火力を噴射する『津波のような火の息』となれば、この脆弱な盗賊には受け切れまい。
そうなれば、重装騎士が庇うことになる。
重装騎士は援護を受けるどころか、足手まといを抱えることになり、防御に回る時間が増え、イライラが募り、2人の間はギクシャクして、やがては崩壊するだろう。
『巨大な火竜』は持っていた岩を投げる素振りを見せてフェイントをかけた上で、『津波のような火の息』を放った。
(『津波のような火の息』!?)
(カルラの耐久の低さを狙って!?)
辺りは業火に包まれた。
「カルラ。私の盾に隠れろ!」
「くっ」
ジルは盾を構えながら急いでカルラと合流する。
『巨大な火竜』は早速自分の思惑通りになってほくそ笑んだ。
あとは一方的に攻撃するだけ。
だが、思い通りにはいかなかった。
「はあああっ」
ジルは盾で炎を防ぎながら前進していた。
後ろにいるカルラは盾が炎を弾くことで作り出す僅かな安全地帯、ジルの後ろ1メートルにピッタリとつきながら、ジルのスピードに合わせて一歩も狂うことなくついていく。
『巨大な火竜』は驚愕した。
バカな。
怖くないのか?
この炎の川を前に、少しでも2人の移動スピードがズレれば、後ろにいるカルラは炎に飲み込まれてしまうだろう。
互いに深い信頼がなければ成り立たない芸当だ。
『巨大な火竜』は慌てて『津波のような火の息』をやめて、岩を手に取った。
炎がダメなら岩で押し潰すまで。
『巨大な火竜』は殊更カルラの怖がるように勢いよく岩をジルに押し付けた。
そのままジルの後ろにいれば巻き込まれるぞ、と言わんばかりに。
だが、カルラはジルの後ろに付き続けた。
ジルも無理に岩をどけようとせず、受け止めることに専念する。
(私が攻撃する必要はない。なぜなら……)
『巨大な火竜』は突如として謎の斬撃に襲われた。
カルラの『影打ち』である。
人物、盾、そして岩石越しに伝わってくる斬撃に『巨大な火竜』も流石に泡を食って、後ろに下がる。
すかさずジルとカルラは『巨大な火竜』を追撃する。
カルラはジルの後ろから残像を見せて、『巨大な火竜』を翻弄することも忘れない。
(ロランが教えてくれた。強力な盾使いの後ろ、ここが私の戦う場所だ!)
『巨大な火竜』は2人の高度な連携にただただ驚く他ない。
これまで見てきたどの冒険者達も強ければ強いほど、互いに個性を主張し、反目してきた。
しかし、彼らは、この部隊は……。
『巨大な火竜』はまだ知らない。
どれだけ強い個性同士でも、組み合わせと微調整により、高度に連携させながらも強烈な個性をより強烈に輝かせることができる存在、S級鑑定士がいることを!
ジルは『巨大な火竜』の懐に入り込んだ。
銀毒剣を突き出す。
『巨大な火竜』は軟体でかわす。
しかし、ジルに気を取られてカルラが密かに側面へと回り込んだのは見落としてしまう。
「はああっ」
カルラは『回天剣舞』を放った。
剣の間合いの遥か先まで斬撃が伸びる『回天剣舞』は軟体でもかわしきれなかった。
致命傷はどうにか避けるものの、『巨大な火竜』は体が重くなるのを感じた。
『回天剣舞』Sに付与される特殊効果『竜葬の舞』によって竜族の弱体化を受けていた。
ジルは『巨大な火竜』の動きが鈍ったのを見逃さず、銀毒剣でその大きな心臓を貫く。
猛毒は立ち所に巨竜の心筋に行き渡り、息の根を止めてしまう。
第5巻発売までいよいよあと一週間を切りました。
5巻特典情報についても活動報告に掲載しました。
よければチェックしてあげてください。