第155話 火竜の襲撃
レオンは誇らしい気分で自部隊を顧みた。
(アイクとリズ、アーチーもAクラスになった。Sクラス1名にAクラス7名。すげぇ部隊になったもんだな)
かつてないほど頼もしい仲間、しかもこの島特有の内輪揉めの気配すらまるでない。
これだけの大部隊にもかかわらず、粛々とダンジョンを進んでいる。
(これなら『巨大な火竜』だって倒せるかもしれねぇ。それもこれもロラン。お前のおかげだぜ。よくもまああの状態からここまで俺達を強くしたもんだ)
レオンは改めてロランに感謝の気持ちを抱くと共に誇らしい気分になるのであった。
その時、地面が揺れるのを感じた。
「ん? なんだ?」
異変は瞬く間に部隊全体に伝わる。
「なんだ? この揺れは?」
「まさか!」
レオンは火山の頂上を見上げた。
案の定火口からマグマが噴火しようとしている。
(おいおい、マジかよ!)
「レオン! 急いで退避だ」
少し先に進んでいたロランが、急いで戻ってきながら言った。
「おう。分かってる。分かってはいるが、この突然の噴火。こりゃまさか……」
「おそらく『巨大な火竜』の仕業だ」
「だよな!」
「避難を最優先に。そのあとは……戦闘準備だ!」
『精霊同盟』は慌ただしく避難を開始した。
幸い、『精霊同盟』には火山の災害に慣れている地元冒険者が多数所属していたため、外部冒険者達を先導して速やかに避難することができた。
山の地形と風向きを考えて、マグマと噴煙の流れそうな場所を予測する。
飛来してくる噴石から身を守るため、岩陰や盾で上部を守りながら移動する。
また、噴火に伴い発生するガスや煙を避けるため、谷沿いや窪地に留まるのは避ける。
そうしてマグマと火砕流が『不毛地帯』を通り過ぎる頃には、全部隊どうにか安全な場所へと避難することができた。
ただし、避難を最優先にしたために部隊がそれぞれバラバラになるのは避けられなかった。
レオンは赤く輝くマグマの川と重く垂れ込める黒い煙が街へと向かっていくのを見て、ゲンナリする。
(また災害が起こっちまった。これで『巨大な火竜』を討伐できなかったら、街では大顰蹙だろうな)
レオンがそんなことを考えていると、部隊の端で悲鳴と怒号が起こった。
「今度はなんだ!?」
レオンが声のする方を見ると、孤立した部隊が竜の鱗と狼の牙を持ったモンスターに襲われている。
(あれは『ファング・ドラゴン』。『巨大な火竜』の僕……)
レオンはすでに『巨大な火竜』がモンスターを生み出す能力を有していること、そして『ファング・ドラゴン』が『巨大な火竜』の作り出したモンスターであることをロランから聞いていた。
『ファング・ドラゴン』はモニカに対してしていたように、その神速の俊敏で冒険者達を刻んでは離れ、離れては刻むという攻撃を仕掛けていた。
(ちっ。バラバラになったところを狙われたか)
「カルラ。ちょっとあいつらを助けてやってくれ。うっ……」
レオンが指示を出そうとしたところ、地面に無数の影がさした。
『火竜』達が空を覆わんばかりに群れ、飛び交っている。
そして部隊全てを覆いこむような巨大な影がレオンに覆い被さる。
「『巨大な火竜』……」
レオンはその威容に呆然とした。
その翼は空を覆い隠してしまいそうなほど広く、そのアゴはゾウも飲み込めそうなほど大きかった。
爬虫類を思わせる眼球運動はセインと戦った時のままだったが、脱皮したばかりのヘビのようだったキラキラした肌はすっかり外気に晒されて、巌のようにゴツゴツとしていた。
『巨大な火竜』はしばらくの間、冒険者達を空から睥睨していたかと思うと、不意に『津波のような火の息』を放った。
地上は火の海に飲み込まれる。
地上の冒険者達全てが炎に包まれたのを確認すると、『巨大な火竜』はようやく息を吹きかけるのをやめた。
これでほとんどの冒険者は戦闘不能に陥っただろう。
『巨大な火竜』にとって有象無象の冒険者達が大挙してやってきてくれるのはありがたいことだった。
このように大部隊でやってきてくれれば、構成員のどこかに必ず脆弱な部分が生じる。
すると『津波のような火の息』のような全体攻撃で簡単に揺さぶることができる。
『津波のような火の息』でほとんどの冒険者は瀕死の状態だろうし、Sクラス重装騎士も無傷では済まないだろう。
あとは配下の『火竜』達に雑魚冒険者達を追い立てさせて、自分はSクラスほか数名の上位冒険者さえ仕留めれば……。
『巨大な火竜』がそう思いかけていたところ、地上をのたうち回っていた火炎が風にかき消されてゆく。
炎を切り裂くようにして現れた光景は、『巨大な火竜』にとって予想だにしえないものだった。
『火弾の盾』の下に2、3人の冒険者が寄り固まって、猛火に耐えている。
そんな光景がそこかしこに広がっていた。
盾使いは率先して皆の前に立ち、弓使いや盗賊、剣士といった防御力の弱い者達を背後に隠して守っている。
弓使いや盗賊、剣士など防御力の弱い者達も、盾使いを信じて微動だにすることなく盾の内側でじっと耐えている。
熱風や酸欠に脅かされないよう対処しておくのも忘れなかった。
熱のこもりやすい場所や、空気の澱む場所は避けて、風通しのいい場所を選んで防御体制を取る。
それだけのことをあの一瞬のうちに部隊全体で滞りなくやりのけたのだ。
パニックになって逃げ惑ったり、足の引っ張り合いをしたり、ダメージに悶え苦しんだりしている冒険者もいない。
ダンジョン探索を通して、ロランは徹底して『火竜』の『火の息』対策を行なってきた。
その結果、今や『精霊同盟』に所属している冒険者はどれだけステータスの低い者でも、『火の息』に耐える方法を習得し、慌てず対処できるようになっていた。
それはたとえ吹きかけられるのが『津波のような火の息』になったとしても変わらない。
『巨大な火竜』は驚かずにはいられなかった。
自分の前に現れた冒険者達がこれほど団結し、勇敢に連携し合うことがいまだかつてあっただろうか?
そうして『巨大な火竜』が自らの目を疑い、ついつい硬直しているのを見計らうかのように、まだ火炎渦巻く場所から赤い影が飛び出して、斬りかかってきた。
Sクラス重装騎士ジル・アーウィンからの攻撃である。
『巨大な火竜』はそのあまりの速さにかろうじて翼で剣先を遮るのが精一杯だった。
一撃目の刺突はどうにか弾くが、二撃目の刺突は翼に深々と入ってしまう。
三撃目を喰らいそうなところで『巨大な火竜』は、ようやくジルを叩き落とすのに成功した。
ジルは地面に真っ逆さまに落ちてゆく。
だが、目的はすでに果たしていた。
(よし。もらった!)
ジルが剣で貫いた部位、『巨大な火竜』の翼の穴の空いた部分は急激に紫に変色したかと思うと、ぶくぶくと水膨れのように腫れ上がって、そのまま疱瘡は傷口を起点に翼全体に広がり、心臓に向かって伝わっていこうとする。