第154話 火竜側の思惑
エリオは『幻影を見せるトカゲの戦士』に遭遇していた。
『幻影を見せるトカゲの戦士』は『トカゲの戦士』の上位種だ。
そのあまりに素早い動きから、残像が幻影のように見えるためにこのような名称がつけられた。
間合いを詰めて、『盾突撃』の機会をうかがうエリオを見て、『幻影を見せるトカゲの戦士』はほくそ笑んだ。
防御力は高そうだが、俊敏では明らかに自分の方が上だ。
突進を軽くいなして、ダメージを与えた上で持久戦に持ち込もう。
『幻影を見せるトカゲの戦士』がそのように考えてエリオの突撃をかわす準備をしたところ、急にエリオの斜め後ろにカルラが現れる。
「!?」
その姿が現れたのは一瞬のことで、カルラはまたすぐに消える。
あまりのことに『幻影を見せるトカゲの戦士』は一瞬目を疑い、それが自身の動きを静止させてしまうことに繋がった。
(今だ!)
『幻影を見せるトカゲの戦士』が体を固くしたのを見て、エリオは『盾突撃』した。
『幻影を見せるトカゲの戦士』の持つ剣ごと体を盾で押さえ込み、そのまま腕力でもって『幻影を見せるトカゲの戦士』を持ち上げ、足を浮かせて動けなくしてしまう。
『幻影を見せるトカゲの戦士』はどうにか自分の自由を奪うエリオの盾から逃れようと足をバタつかせたが、カルラの『影打ち』が放たれる方が速かった。
『幻影を見せるトカゲの戦士』は胸を貫かれてあっさりと絶命してしまう。
(本当に『幻影を見せるトカゲの戦士』を倒せた)
エリオはカルラの俊敏の効果に驚く。
これまで『幻影を見せるトカゲの戦士』はエリオにとって天敵だった。
前方への一瞬の推進力を発揮できる『盾突撃』なら、大抵の敵に接敵したうえで、押し込むことができるが、『幻影を見せるトカゲの戦士』だけはどうしても捕まえることができなかった。
だが、今のカルラの俊敏なら、ヘイトコントロールで『幻影を見せるトカゲの戦士』の動きをも止めることができる。
ロランからそう聞いた時には半信半疑だったが、こうして実際に『幻影を見せるトカゲの戦士』を制圧することができたのを見ると、認めざるを得ない。
「凄いよカルラ。『幻影を見せるトカゲの戦士』を惑わすことができるなんて」
「ああ、そうだな」
カルラは浮かない顔で答えた。
ロランとの会話を思い出す。
「何!? 『回天剣舞』の説明欄に『竜葬の舞』が追加された!?」
「ああ。どうやら『回天剣舞』と『竜葬の舞』には密接な関連があるようだ」
「それじゃあ……」
「うん。もしかしたら『回天剣舞』を極めることで、君の望む『竜葬の儀式』に近づくことができるかもしれない」
カルラは突然、目の前が開けたような気分になった。
まさかこんな形で彼女の悲願を達成する方法が見出されようとは。
「カルラ。ここからはまたエリオと組んでくれ」
「えっ? エリオと?」
「俊敏を上げるという目的は達した。ここからは『回天剣舞』を可能な限り試して欲しい。『巨大な火竜』との戦いにおいて切り札になるかもしれないから」
「カルラ? どうかしたのかい?」
エリオはあまり喜んでいないカルラに心配そうに声をかける。
「いや、エリオ。次に行こう。なるべく『回天剣舞』を試せるような強い竜族のモンスターがいいな」
「? ああ、分かった」
ジルも別の場所で『幻影を見せるトカゲの戦士』と戦っていた。
ジルの俊敏が100を超えているといえども、『火山のダンジョン』の中でも屈指の俊敏の持ち主『幻影を見せるトカゲの戦士』相手となると、なかなか敵を捕まえることもできない。
「はああっ」
ジルは剣を突き出したが、『幻影を見せるトカゲの戦士』はヒラリとかわしてくる。
(かわされた。敵の攻撃来るか?)
ジルはわざと隙を見せる。
敵が攻撃してきたところを高速回避し敵の体勢を崩すか、あるいは攻撃をわざと受けてカウンターを叩き込む腹づもりだった。
だが、『幻影を見せるトカゲの戦士』はジルの意図を見透かしてか、剣で一撃加えるとすぐに身を引いて、ジルのカウンターをかわす。
(ちっ。ダメか)
ロランはジルの戦いぶりを注意深く見ていた。
【銀毒剣のステータス】
適合率:80%
(適合率80%。いい感じだが、あともう一歩というところだな。腕力と耐久を使った戦い方にはすでに適応している。あとは俊敏を使った戦い方だけだが……)
ジルは剣を握り直した。
(普通にやっていては『幻影を見せるトカゲの戦士』を捉えられない。『幻影を見せるトカゲの戦士』にこの剣を当てるには……)
ジルは剣を突き出した。
『幻影を見せるトカゲの戦士』はすれすれで避ける。
ジルはさらに剣で突く。
『幻影を見せるトカゲの戦士』はまた避ける。
ジルはさらに剣で突き、さらにさらに剣で突き、さらにさらにさらに剣で突いた。
ジルの突きの往復速度はどんどん増していき、乱れ突きになっていく。
『幻影を見せるトカゲの戦士』は徐々に青ざめていく。
致命傷にはならないものの、剣は着実にかすり傷を増やしていく。
時間が経つほどに、ジルの連続突きの回数は増えていき、精度はますます上がっていった。
出血も見過ごせないものになっていく。
少しでも近づけば突きが雨霰のように降り注ぐので、反撃しようにもできなかった。
『幻影を見せるトカゲの戦士』はついに足に深めの傷を負うことになり、よろけたところを肩、頬、膝、腹部、など体の複数箇所に傷を受けてしまい、力尽きる。
ロランはその様子を見て満足した。
(そうだよジル。その剣は手数の多さを想定して作られた剣。俊敏の高い敵には手数の多さでもって対応する。それが答えだ)
【銀毒剣のステータス】
適合率:100%
(よし。装備の調整もできた)
ジルとカルラだけでなく、他の冒険者達の調整も順調に進んでいた。
【リズ・レーウィルのステータス】
俊敏:90(↑20)-100
【アーチー・シェティのステータス】
腕力:90(↑20)-100
【アイク・ベルフォードのステータス】
腕力:90(↑20)-100
リズは『不毛地帯』に入ってから軽快に飛ばしていた。
(体が軽い。こんなに速く動いているのに全然疲れない。これがステータス調整の効果……)
すぐに彼女の成長した俊敏を試す機会はやってきた。
リズが部隊の周りを警戒していると、首輪を付けた『火竜』が現れる。
首輪には魔法文字が刻まれている。
(あれは! 『障壁を張る竜』!?)
『障壁を張る竜』は弓使い向けAクラスモンスターである。
障壁を張ることによって敵からの攻撃を防御すると共に、『火の息』で攻撃してくるため、倒すには火炎をかわす俊敏と障壁の発生しない一瞬の隙を狙って矢を撃ち込む正確な射撃技術を必要とする。
(ロランさんによると、私の俊敏はすでにAクラス。それなら『障壁を張る竜』も倒せるはず)
リズは戦いを挑んでみることにした。
リズが『弓射撃』を放つと、『障壁を張る竜』は首輪を光らせて魔法の障壁を出現させた。
リズの放った矢は障壁によってあっさりと阻まれてしまう。
『障壁を張る竜』は魔法障壁を消すと、『火の息』を放つ。
リズはその卓越した俊敏で回避した。
その後はしばらくこの応酬が続いた。
『障壁を張る竜』が魔法障壁でリズの『弓射撃』を防ぐ。
リズが俊敏でもって『障壁を張る竜』の攻撃を回避する。
10回ほど同じことを繰り返した頃、ようやく変化が訪れる。
(『障壁を張る竜』の魔法障壁を掻い潜るには、もっと鋭く、正確に!)
リズは敵の『火の息』を最小限の動きでかわした上、遠くからの正確な射撃で『障壁を張る竜』の首輪を破壊する。
(よし!)
その後は普通の『火竜』を『弓射撃』で仕留めるだけであった。
アーチーは『山のような巨鬼』の攻撃を盾で防御し続けていた。
(重すぎる盾だと思っていたけれど、今となってはむしろ使いやすいな)
ずっとアーチーを殴り続けていた『山のような巨鬼』だが、やがて力尽きてその場に崩れ落ちる。
身に纏っていたゴツい岩は立ち所に崩れていく。
(よし。時間はかかったけど、倒せたぞ)
【アーチー・シェティのスキル】
『盾防御』:A(↑1)
アイクは『盾に隠れる竜』と相対していた。
(重かったAクラス『火槍』だったが、このダンジョンの探索中に体に馴染んできた)
アイクは『盾に隠れる竜』の大きな盾にも臆さず、側面に回り込む。
『盾に隠れる竜』は盾で体を隠す。
アイクの『火槍』は『盾に隠れる竜』の盾を貫くだけでなく、溶かして『盾に隠れる竜』の姿をあらわにする。
『盾に隠れる竜』は目に見えて狼狽した。
『盾に隠れる竜』には盾に開けられた穴から自分の姿を見られるのを恐れる習性があるのだ。
「もらった!」
アイクは盾の穴から『盾に隠れる竜』がどこにいるのか推定し、隠れていると思しき場所へ『火槍』を突き立てた。
『火槍』は見事に『盾に隠れる竜』の胴体を貫く。
(このAクラスの称号はあなたに捧げますよ。リゼッタ)
【アイク・ベルフォードのスキル】
『槍術』:A(↑1)
こうして『精霊同盟』は順調に力を付けながら、山を登っていった。
『巨大な火竜』のいる火山の頂上まであと少しである。
火山の頂上、火口の付近では、『巨大な火竜』が、配下の『飛竜』から報告を受けていた。
配下から警告されるまでもなく、強い力が近づいてきているのを感じる。
以前、この山頂付近までたどり着いた黒衣のSクラス剣士と同等か、あるいはそれ以上の力を持つ重装騎士。
しかも黒衣の騎士と違って、強力な仲間達と連携を取りながら近付いてくる。
『巨大な火竜』にとって気になるのはジルだけではなかった。
盗賊とも剣士ともつかぬ格好をした少女、カルラ。
我が竜族の力を減退させる忌まわしい一族の末裔。
しばらく力が衰えていたが、いつの間にか冒険者として腕を上げ、ついにSクラス冒険者まで引き連れて、近づいてきた。
『巨大な火竜』はしばらく考えたあと、意を決したように目を開いた。
このままここで待ち構えているだけでは到底撃退できない。
かくなる上はこちらから出向いて、冒険者どもを脅かす必要があるだろう。
『巨大な火竜』はそのように結論すると、その重い腰を上げて、火口の出口へと向かった。