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第153話 ヘイトコントロール

「ジルの……後ろに?」


 カルラは聞き返した。


「そうだ。これまでのジルの戦い方を見て分かったと思うが、彼女は1人で全てをこなせる。一撃で敵を仕留める攻撃力、あらゆる攻撃に耐えうる防御力、逃げ惑う敵を追い詰める俊敏(アジリティ)、そして1人でダンジョンを踏破する体力(スタミナ)。だから仲間と連携して戦う必要がない。むしろ中途半端な連携を組もうものならかえって彼女の強さを消してしまうことになりかねない。だが、唯一ジルの足を引っ張らずに連携を取れる可能性のある冒険者が1人だけいる。それが君だ、カルラ」


「……」


「君は腕力(パワー)耐久(タフネス)においてはせいぜいCクラスだが、俊敏(アジリティ)に関してはSクラスに匹敵するポテンシャルを秘めている。ジルの後ろにつくことで、ジルの攻撃力に更なる厚みを加えられる。もちろん生半可なことじゃない。ただでさえ速いジルの動きについていくだけでなく、それを上回る動きをしなければならない」




 ロランはカルラを伴ってジルの下に訪れた。


「ジル、ちょっといいかい?」


「はい。何でしょう」


 ジルは昨日あれだけの戦闘と強行軍をこなしたにもかかわらず涼しい顔で応じた。


 まったく底なしの体力(スタミナ)である。


「今日からは彼女、カルラと一緒に探索して欲しいんだ」


 そう言うと、ジルは困ったような笑みを浮かべた。


「えっと、ロランさん。お言葉ですが、私のスタイルは独特ですし……、その、彼女も無理に私に合わせては力を発揮できないのでは?」


「安心してくれ。君はいつも通り探索してくれるだけでいい。カルラの方で君に合わせるから」


「はぁ」


 ロランはカルラのスタイルについて簡単に説明すると、後は2人に任せた。


『精霊同盟』はAクラスモンスター蠢く『不毛地帯』へと突入する。




『不毛地帯』に入っても、戦術はそれほど変わらない。


 ジルが先頭を務めて敵を倒していき、それに部隊がついていく。


 ただ一つ違うのはジルのすぐ後ろにカルラがいることだった。


 ジルはカルラの方をチラリと振り返る。


(ふむ。ちゃんとついてきているな。俊敏(アジリティ)体力(スタミナ)に関しては問題ないようだ。流石、ロランさんに鍛えられているだけのことはある)


 ジルはホッとした。


 そこまで足手まといになるということはなさそうだった。


 Aクラスモンスターがわんさか出てくるここから先は流石のジルといえど味方をフォローしている余裕はない。


 特にここ最近のジルは一人で戦うことに慣れ切っており、連携には自信がなかった。


(ロランさんは大丈夫って言ってたけど。自信ないなぁ。カルラか。優秀な盗賊(シーフ)のようだけど、上手く合わせられるかなぁ)




 レオンはロランと緊密に連絡を取りながら、部隊を指揮していた。


「ロラン、カルラがジルの後ろについたようだが、エリオやハンスは今のままの配置でいいのか?」


「ああ。カルラ以外のAクラスはこのまま本隊に配置してくれ。ジルの動きについていけるのはカルラだけだ」




 やがて2人の連携が試される時が来た。


 ジルがダンジョンを進んでいると、突然大地の揺れとともに崖が動いた。


「っ」


 ジルは足を止めて臨戦態勢になる。


 崖だと思っていたものは『山のような巨鬼(マウンテン・オーガ)』だった。


山のような巨鬼(マウンテン・オーガ)』は起き上がると、その長くゴツゴツした腕で殴ってきた。


 ジルは咄嗟に飛び退いてかわす。


 そして、即座に反撃したが、ジルの刃が岩で隆起した胴体を貫く前に、『山のような巨鬼(マウンテン・オーガ)』は後ろに下がってかわす。


俊敏(アジリティ)はそこまで速くない。が、リーチが長い)


 敵の攻撃を紙一重でかわし、一気に距離を詰めなければ攻撃できない。


 ジルはそう判断し、『山のような巨鬼(マウンテン・オーガ)』からの次の攻撃を待った。


山のような巨鬼(マウンテン・オーガ)』が拳を繰り出してきた。


(来た!)


 ジルは今度は後ろに飛び退()かず、前に踏み出した。


 そして、突き出された『山のような巨鬼(マウンテン・オーガ)』の腕をかわし、懐に入り込もうとする。


 しかし、『山のような巨鬼(マウンテン・オーガ)』はそれを読んでいたのかもう片方の手で払い除けようとする。


(チッ)


 ジルは前進をやめ、背後に飛び退こうとする。


 これをかわせば、『山のような巨鬼(マウンテン・オーガ)』は体勢を崩す。


 そうなれば絶好のチャンスだ。


 だが、背中に何かが当たるのを感じた。


「うぶっ」


「えっ? カルラ?」


 ジルがカルラにぶつかっているうちに『山のような巨鬼(マウンテン・オーガ)』の拳が迫ってきた。


 仕方なく、ジルは防御する。


 背中のカルラを庇いながら吹き飛ばされる器用な身のこなしだった。


 2人はある程度吹き飛ばされた後で着地する。


(驚いた。ずっと私の背中に引っ付いていたのか)


 ジルはチャンスを邪魔されて怒るよりも、カルラがずっと自分の背中にピッタリと付いていたことに感心してしまった。


 てっきり、隅っこに逃げて難を逃れてでもいるのだろうと思っていたのだ。


(結構、無茶苦茶な動きをしていたつもりだが、しっかりついてきている。俊敏(アジリティ)が高いだけでなく、読みも鋭いのか?)


 一方で、カルラはかつてないほど後ろに付くのが難しい相手を前に必死であった。


(くっ。こいつ、後ろに下がるのも無茶苦茶速い。速いし、予測しづらいし。ロランの奴、ジルと連携しろとか、簡単に言いやがって)


「すまないカルラ。大丈夫か?」


「いや、今のは私が悪かった。次は気を付ける」


 ジルはチラリとロランの方を見る。


 ロランは戦いを続けるようジェスチャーした。


(カルラは問題ないってことですね。分かりました)


 ジルはカルラのことを意識の外に置いて、再び『山のような巨鬼(マウンテン・オーガ)』に向かっていく。


 カルラも急いでジルの後ろについていく。


(エリオよりもはるかに素早く、予測しづらい。ジルの邪魔をせず後ろについて行くには……)


 カルラはいつもより距離を空けて、ジルの後ろについた。


(ここ、この距離だ)


(……遠いな)


 レオンは同じ後衛型剣士として、カルラの位置どりを興味深げに見た(彼はジルが戦闘を開始したという知らせを受け、部隊を所定の位置まで率いようやく追いついたところだった)。


 カルラの位置は後衛型盗賊(シーフ)としては余りにも離れた距離だった。


(俺が盾使いの後ろに付く場合、もっと引っ付いていないと不安だが……。ジルの後ろにつくにはあの距離が適切、そう判断したわけか)


「大丈夫だよ。レオン」


「ロラン?」


「カルラが肌感覚であの距離を選んだんだ。おそらくあの距離感が適切なんだろう」


「ふっ。まあ、そうだろうな」


 レオンもなんだかんだいって、カルラのセンスを認めていた。


 盾使いの後ろからチャンスを伺う作業をやらせれば彼女の右に出る者は見たことがない。


【カルラ・グラツィアのステータス】

 腕力(パワー):40(↗︎10)ー50

 耐久(タフネス):30(↗︎10)ー40

 俊敏(アジリティ):90(↗︎30)ー100

 体力(スタミナ):110(↗︎30)ー130


(カルラのステータスが復調しつつある。本来の自分の役割に集中して、雑念が振り払われたんだ。やはり後衛型盗賊(シーフ)こそ彼女の天職)




 ジルが加速した。


山のような巨鬼(マウンテン・オーガ)』の攻撃を潜り抜けながら、距離を詰めていく。


 カルラは『山のような巨鬼(マウンテン・オーガ)』の攻撃とその余波に巻き込まれないように気をつけつつ、ジルと一定の距離を保ちながらついていった。


(懐に入った。さっきはここから、急激なバックステップをしていたが……)


 カルラはジルの足下、重心の位置に意識を集中させる。


 そうすることで『山のような巨鬼(マウンテン・オーガ)』の動きすら把握できる。


 ジルの体が前のめりになる。


 だが、それはフェイント。


山のような巨鬼(マウンテン・オーガ)』の腕が空を切る音がする。


 ジルの体の軸が微かに揺れる。


(ここだ!)


 ジルとカルラは同時に後ろへ飛んだ。


 スピード、距離、タイミング。


 全てがまったく同じ一糸乱れぬ影のような動きだった。


 レオンは驚愕する。


(うおっ。あの体勢から後ろに飛べるのか!? なんつー動きしやがる。ジルも……、カルラも)


山のような巨鬼(マウンテン・オーガ)』の体勢が崩れた。


 それを見て、ジルは『山のような巨鬼(マウンテン・オーガ)』の胸元に飛び込む。


 銀の剣が『山のような巨鬼(マウンテン・オーガ)』の心臓部を貫いた。


 だが、微妙に浅く入ってしまう。


(ちっ。手元が狂ったか)


 ここまで俊敏(アジリティ)全開の動きをするのは久しぶりだった。


 故に、まだ完全に適合していない装備で多少狙いがブレるのは仕方のないことといえる。


 しかし、刺突用に特化した剣なので、このまま力任せに切り裂くわけにもいかず、一旦引き抜かなければならない。


 と思っていたその時、ジルは体を何かが通り過ぎる感覚に襲われた。


(えっ?)


 思わず、後ろを見る。


 カルラがジルの背中に剣を突き立てていた。


(今の感覚、『影打ち』か)


 カルラの影打ちが、ジルの突き立てた刃に乗って、『山のような巨鬼(マウンテン・オーガ)』の分厚い胸板を貫いた。


 心臓を貫かれた『山のような巨鬼(マウンテン・オーガ)』は足元から崩れていく。


【カルラ・グラツィアのスキル・ステータス】

『影打ち』:A(↑1)

 俊敏(アジリティ):100(↑10)-110(↑10)


【ジル・アーウィンのステータス】

 俊敏(アジリティ):100-105


(ここにきてカルラの俊敏(アジリティ)がジルの俊敏(アジリティ)を超えた。ジルの動きを見て学習したか。『影打ち』もスピードを乗せることでAクラスになっている。残る課題は……)


【カルラ・グラツィアのスキル・ステータス】

『回天剣舞』:B→S

 俊敏(アジリティ):100-105→120-130


(残る課題は『回天剣舞』と俊敏(アジリティ)120-130。ジルを超える動きを自力で導き出せるか?)




 ジルとカルラがさらに進むと、のっしのっしと歩いて来る二足歩行の竜に出会った。


 背中には大きな盾を背負っている。


盾に隠れる竜(シールド・ドラゴン)』だった。


盾に隠れる竜(シールド・ドラゴン)』はジルを見るや否や背中の盾を構え、突撃してきた。


「望むところだ!」


 ジルも盾を構えて、『盾に隠れる竜(シールド・ドラゴン)』にぶつかっていく。


 闘牛のようにぶつかり合った重装騎士と『盾に隠れる竜(シールド・ドラゴン)』は、その後鍔迫り合いするように盾と盾で押し合った。


 ジルは剣で敵の盾を突き刺してみる。


 剣は盾を貫いたが、『盾に隠れる竜(シールド・ドラゴン)』には当たらない。


 大きな盾に隠れている竜を剣で突き当てるのは至難の技だった。


(外したか。だが、それならカルラの『影打ち』で……。うっ)


 ジルは横っ腹を何かに殴られるのを感じた。


 それは『盾に隠れる竜(シールド・ドラゴン)』の尻尾だった。


盾に隠れる竜(シールド・ドラゴン)』の尻尾の先には槍が付いている。


 ジルは咄嗟に剣を引き抜いたが、横に吹き飛ばされて、『影打ち』のチャンスは逸してしまう。


 カルラは慌てて、ジルの後ろ側に回った。


「ジル。大丈夫か?」


「ああ。問題ない」


(狙いを外させる大きな盾と、その大きな盾を迂回して攻撃できる長くしなやかな尻尾。それなら……)


俊敏(アジリティ)で盾のない方に回り込むまでだ」


 ジルはフェイントを入れて、左右に揺さぶりをかけた上で、回り込もうとする。


 だが、『盾に隠れる竜(シールド・ドラゴン)』に動きを読まれて、盾を構えられる。


(回り込めない!? こいつ、鈍足に見えて意外と賢いな)


盾に隠れる竜(シールド・ドラゴン)』はジリジリと間合いを測った上で、再び突進して来る。


 仕方なくジルは受け止める。


 そして、尻尾を避けるためすぐに離れる。


(避けれるけど、寄せきれない。このままだと消耗戦になってしまうな。どうする? カルラを使うか?)


 ジルがそうして色々考えていると、『盾に隠れる竜(シールド・ドラゴン)』が耳もつんざくような鳴き声を上げた。


 すると周りの岩陰がにわかに騒がしくなり、『火竜(ファフニール)』や『トカゲの戦士(リザードマン)』といった竜族がわらわらと現れ始める。


(しまった。仲間を呼ばれたか)


盾に隠れる竜(シールド・ドラゴン)』の盾を突破できない以上、仲間を呼ばれればさらに側面からの攻勢が強まる可能性がある。


(どうする? どうしますかロランさん?)


 ジルはまたチラリとロランの方を見る。


「ジル。俊敏(アジリティ)を上げて対応だ。カルラ、ジルとの距離をもっと詰めて」


(なっ)


(何ぃ!?)


 ジルもカルラも仰天する。


「ロ、ロランさん。『盾に隠れる竜(シールド・ドラゴン)』の盾を突破できず、新手が集まって来ている状態でそれは流石に……」


「うん。だから『盾に隠れる竜(シールド・ドラゴン)』は後回しでいい。側面に回り込んでプレッシャーをかけるだけにとどめて、周りの雑魚から片付けていくんだ」


「な、なるほど。それなら……」


「いや、ちょっと待てよ!」


カルラが抗議の声を上げた。


「私はどうなるんだ。ジルの俊敏(アジリティ)はSクラスなんだぞ。これ以上近づいたら……」


「カルラ。君の俊敏(アジリティ)は今の時点でジルの俊敏(アジリティ)を超えた」


「えっ?」


(私の俊敏(アジリティ)がジルを超えた?)


「今の君ならジルともっと距離を詰めても対応できるはずだ」


「で、でも、敵がわんさか集まってきてるんだぞ。ジルの耐久(タフネス)ならともかく、私の耐久(タフネス)じゃ周囲からの攻撃に耐え切れないじゃないか」


「うん。だから君はジルの後ろにつきながら、俊敏(アジリティ)で周囲の敵も翻弄するんだ」


(ジルの後ろにつきながら、敵を翻弄?)


「ジルのバックステップを思い出すんだ。あれと同じ効果を横の動きにも取り入れれば、自ずと答えは見つかるはずだよ」


 そうこうしているうちに竜族達は近づいてきた。


盾に隠れる竜(シールド・ドラゴン)』も圧迫してくる。


トカゲの戦士(リザードマン)』が盾の脇から、『火竜(ファフニール)』が盾の上側から来る。


「カルラ。行くぞ」


「ぐっ。やるしかないのか」


 2人は走り出した。


盾に隠れる竜(シールド・ドラゴン)』の突進に対して、横にかわす。


 すると『盾に隠れる竜(シールド・ドラゴン)』はすぐに立ち止まり、盾を向けてくる。


盾に隠れる竜(シールド・ドラゴン)』の足が止まった。


 その一瞬の隙に……。


 一閃。


 ジルは盾の横から来ていた『トカゲの戦士(リザードマン)』の首を()ねる。


 首を根こそぎ刈り取ってしまう神速の突きに、『トカゲの戦士(リザードマン)』は何がなんだか分からないうちに絶命してしまう。


 だが、竜族の方も負けてはいない。


盾に隠れる竜(シールド・ドラゴン)』の尻尾が『トカゲの戦士(リザードマン)』の反対側から、『火竜(ファフニール)』は背後に回り込み、『火の息(ブレス)』を吐きかける動作をしている。


 尻尾も『火竜(ファフニール)』の口先もカルラに向かっていた。


(狙いは……私か!)


 カルラはジルと『盾に隠れる竜(シールド・ドラゴン)』、『火竜(ファフニール)』3つの方向に同時に対処しなければならなかった。


 だが、この追い詰められた状況がカルラの新しい力を覚醒させ、最適解を選ばせる。


 カルラは反射的にジルと反対方向に行く素振りを見せた。


 竜達はその動きに釣られる。


 そして、攻撃が放たれた直後、カルラは反対方向に急加速して竜族の視野から消えると共にジルの後ろに付く。


 モンスター達は一瞬何が起こったか分からず静止してしまう。


 その隙にジルはもう1匹『トカゲの戦士(リザードマン)』を倒した。


 モンスター達は気を取り直して、もう一度カルラを攻撃するが、またも『火の息(ブレス)』と槍の尻尾は空振りする。




 レオンは戦況の変化に眉を顰めた。


「なんだ? さっきからモンスターが明後日の方向に攻撃しているように見えるが、何やってんだ?」


「ヘイトコントロールだ」


「ヘイトコントロール?」


「カルラの動きをよく見て。わざと複数モンスターの焦点に入った後、敵が攻撃の予備動作に入るタイミングに、微かな仕草で攻撃方向を誘導している。視線、重心の置き方、体の向き。それだけで敵の攻撃を誘発し、高速回避する。俊敏(アジリティ)100を超えた者にのみできる高等技術だ」


「何? そんなことが?」


 レオンが目を凝らしてよく見ると、確かにカルラが敵の予備動作に合わせて、一瞬止まり体を微妙に揺らしているのが見えた。


 ついつい攻撃したくなる、よく見なければフェイントと分からない微妙な動きだった。


「うおっ。確かに」


「ジルもよく敵の懐に入った後、急速にバックステップして相手の体勢を崩す動きをするけれど、カルラがしているのはその応用版。横に揺れる僅かな動きで敵の攻撃を誘っている」


「マジかよ。ジルの動きについていきながら、四方八方から来るモンスターのヘイトコントロールをする。そんな離れ業が……」


ジル(Sクラス)の動きを間近で見て、触発されたか。ここに来てカルラが戦闘スタイルの幅を広げようとしている。このままいけばあと少しで……)




 ジルも薄々異変に気づきつつあった。


(なんだ? 急にモンスターからの圧力が弱まったような。カルラが何かしているのか? まあ、何にしても……)


「これで最後だ」


 ジルは飛び上がったかと思うと、最後の『火竜(ファフニール)』を串刺しにする。


「あとは……お前だけだ」


 ジルは『火竜(ファフニール)』が絶命したのを確認すると、墜落するのを待つことなく、『火竜(ファフニール)』の死体を踏み台に『盾に隠れる竜(シールド・ドラゴン)』の方へ飛んでいく。


 だが、『盾に隠れる竜(シールド・ドラゴン)』もなかなか譲らなかった。


 あくまでジルに後ろを取られることはせず、盾に身を隠しながら、ジルの方に相対する。


 カルラはジルの後ろにつきながら、『盾に隠れる竜(シールド・ドラゴン)』のヘイトにも意識を向けていた。


 先ほどまで、カルラにも向けられていた『盾に隠れる竜(シールド・ドラゴン)』の意識が、ジルの方へ比重が増していく。


 カルラはすでにジルの動きの癖も掴んでいた。


 ジルの体の軸が揺れる。


 次の瞬間、右に加速するだろう。


(ここで……逆に行けば!)


 カルラの予測通りジルは右に加速した。


盾に隠れる竜(シールド・ドラゴン)』はその動きにつられて、反対側に加速したカルラの動きを見落としてしまう。


 カルラはするりと盾の内側に入り込んだ。


盾に隠れる竜(シールド・ドラゴン)』はいつの間にか懐に入り込んだカルラにギョッとしつつも咄嗟に盾を手放して、斬撃を回避する。


(くっ、外した。だが……)


 反対側からジルが詰める。


「おおおおっ」


盾に隠れる竜(シールド・ドラゴン)』は尻尾でジルの斬撃を遮る。


 そのまま、トカゲの尻尾切りでジルに尻尾を押しつけて、逃げ出す。


「うぶっ。しまった」


 ジルが尻尾に当たってもたついている隙に、背後の崖から飛び降りて事なきを得ようとする。


(逃げられる。いや、あともう少し……)


 カルラはかつてないほど、地面を踏み込んだ。


(速さがあれば!)


 カルラは一瞬で『盾に隠れる竜(シールド・ドラゴン)』の背中に詰め寄ると、俊敏(アジリティ)を十分に乗せた『回天剣舞』を放つ!


『回天剣舞』の斬撃は『盾に隠れる竜(シールド・ドラゴン)』の背中を滅多切りにした。


 これまでと比べて明らかに間合いが伸び、攻撃範囲の広くなった斬撃は、カルラの奥底に眠っていた記憶を呼び覚ました。


(これは……父さんのやっていた……)


「決して入ってくるなよ」という言いつけを無視して、カルラは一度だけ父が秘密の儀式を行なっている稽古場に忍び込み、彼のやっていることをこっそり見ていた。


 そこで見たのは、居合の間合いを遥かに超えた蝋燭が斬れる不思議な光景。


 カルラは父の執り行う神秘の剣舞にしばし見惚れた。


 その光景が今しがた自身の手で繰り出した斬撃のイメージと被る。


 ジルもカルラの俊敏(アジリティ)に驚いた。


(なんて速さだ。俊敏(アジリティ)だけならユガンにも匹敵するかも……)


【カルラ・グラツィアのステータス】

 俊敏(アジリティ):120(↑20)-130(↑20)

『回天剣舞』:S(↑2)


(カルラはついにジルを超える俊敏(アジリティ)を手に入れた。『回天剣舞』も……ん?)


 ロランは『回天剣舞』の説明に目を通して、異変に気づいた。


【『回天剣舞』Sの説明】

 回転しながら剣技を放つことで、間合いと威力を伸ばす。

 クラスが上がれば広範囲に斬撃を浴びせることができる。

(NEW)竜族の力を弱める『竜葬の舞』が付与される。

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文庫第6巻が3月25日(金)に発売です!
ふーろさんが丹精込めてイラスト描いてくださりました。
可愛いピンクのツインテールが目印です。
よければチェックしてあげてください。
i632441
― 新着の感想 ―
[一言] カルラもS級になりますかね?
[気になる点] ん?つまり回転剣舞の究極形態が龍葬の舞だったってことすか? カルラの焦りが成長の妨げになってたんですねえ
[一言] カルラは力を手に入れたら、鑑定士にもう用は無いと言わんばかりに調子に乗りそう。
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