第152話 遠い記憶
ロラン達が地面に倒れたりうずくまったりしている『白狼』の盗賊達を拘束していると、ジルが帰ってきた。
その肩にはザインと『竜頭の籠手』が背負われている。
それを見て、『精霊同盟』の冒険者達は歓声を上げた。
「うおお。すげぇ」
「ついに『白狼』の『竜頭の籠手』使いを仕留めたのか」
ジルはそのままロランの前まで来て、ザインと『竜頭の籠手』を投げ捨てる。
「『竜頭の籠手』の使い手を仕留めてきました」
「よくやったジル。これで探索の安全はぐんと増すことになる。君のダメージを厭わない突撃のおかげだ」
「はい。ありがとうございます」
ジルは爽やかな笑顔で応じた。
しかし、その後すぐにほっぺをほんのり赤くしてモジモジし始める。
「それで、その……ロランさん」
「ん?」
「こうして成果を上げたことですし、そろそろポーションをいただけますでしょうか?」
(まあ、そりゃそうだよな。あれだけの働きをしたんだ。体力を消耗してもおかしくない)
レオンはそう思って、自分の持っていたポーションを差し出そうとする。
しかし、ロランは見逃さなかった。
ジルの上目遣い。
その瞳の奥に潜む卑屈な期待。
それは彼女がいじめられるのを期待している時の仕草だった。
「何を言ってるんだいジル?」
「えっ?」
「僕は装備の適合率を上げろと言ったはずだよ。全然目標を達成していないじゃないか」
「あ、う……それは……」
(……いや、装備外せって言ったのお前じゃん)
レオンは心の中で突っ込んだ。
「さぁ、ぐずぐずしているヒマはないよ。『巨大な火竜』と遭遇するまで時間がないんだ。今すぐ、装備を身に着け探索再開するんだ」
「は、はいっ」
ジルはビクッと震えると、慌てて剣と盾を装備しなおすと、先へと進んでいった。
「なあ、ロラン。今のは流石にねえんじゃねぇか? せっかく『竜頭の籠手』使いを仕留めてくれたのに対して」
「うん。僕もそう思う。ただ、ジルに対してはあれでいいんだ。理不尽な要求はジルの大好物だからね」
「お、おう」
「さ、レオン。部隊を進めるよ。各員のコンディションに注意を払って、なるべく負担がかからないよう、互いにフォローしながら探索を進めるんだ」
レオンは頭を抱えた。
「もう分からーん! ジルの監督はロラン、お前が全部やってくれ! 頭がおかしくなりそうだ」
その後、ロラン達はダンジョン探索を進め2日経ったが、『白狼』の襲撃に遭うことはなかった。
ジルの攻撃で打撃を受けたのか、あるいは『竜頭の籠手』を鹵獲されて手詰まりになったのか。
いずれにしてもこのままのペースで進んでいけば、『白狼』の追撃を撒くことができるだろう。
(『白狼』が攻撃してこないのなら、育成を進めるチャンスだな)
【アイク・ベルフォードのステータス】
腕力パワー:60(↘︎10)-100
【リズ・レーウィルのステータス】
俊敏アジリティ:60(↘︎10)-100
【アーチー・シェティのステータス】
腕力パワー:60(↘︎10)-100
(まだ、適合しているとはいい難い。だが、最低値の低下率はかなり低くなっている)
2日前は3人とも最低値が30ポイント下がっていたが、今日は10ポイントの低下にとどまっている。
(徐々にステータス調整が進んでいる証拠だ。このまま順調にいけば彼らの育成も次の段階へと進めることができるだろう)
偵察から帰ってきたリズはフラフラと覚束ない足取りで本隊に合流した。
「もうダメ。足が動かない。ムリ……」
「何言ってんの。これくらいでへばってるんじゃないわよ。さぁ、急いで」
アリスがフラフラしているリズを容赦なく急かす。
「そんなこと言ったってぇ」
「やあリズ、調子はどう?」
「えっ? ロランさん?」
リズはロランがいることに気づき、慌てて背筋を伸ばした。
「ふむ。ステータスを見る限り、いい感じに伸びてきているね」
「本当ですか?」
リズは驚く。
自分では成長している実感がまったくといっていいほどなかった。
「ああ。あと少しでAクラスだ。頑張って」
「は、はいっ」
(ようし。ロランさんもああ言ってるし、もうひと頑張りしよう)
リズはすっかり元気を取り戻して再び走り出す。
ロランは他の調整中の冒険者にも声をかけて回り士気を高めていった。
(さて、調整中の冒険者にはこれでいい。問題は……)
ロランはカルラの方を見遣る。
今回のダンジョン中、彼女は一貫して精彩を欠いていた。
そして彼女の視線の先には常にジルがいる。
【カルラ・グラツィアのステータス】
腕力:30(↘︎10)ー50
耐久:20(↘︎10)ー40
俊敏:60(↘︎30)ー100
体力:80(↘︎30)ー130]
(カルラがジルの強さに動揺しているのは間違いない。やはり、いざ『巨大な火竜』が討伐されるかもしれないとなると、気持ちがついていかないか)
カルラと話し合ったあの後、ロランも彼女と一緒になって『竜葬の儀式』について調べてみた。
儀式の概要についてはほぼほぼ把握できた。
1、ダンジョン内にいる最も強大な『火竜』、すなわち『巨大な火竜』を討伐し、その身体の一部を火口に投げ入れて山の神に捧げる。
2、『竜葬の舞』と呼ばれる特殊な舞を踊る。
3、竜核は街へと持ち帰り、祠に奉納する(クエスト受付所でランク認定された後でもよい)。
これが『竜葬の儀式』の概要である。
1と3についてはそのまま実行すればよい。
問題は2の『竜葬の舞』である。
ロランもカルラと一緒に古い文献などを漁ってみたが、その詳細については分からなかった。
カルラの父親の代までは確かに継承されていた舞踊なのだが、カルラの両親は彼女が幼い時分にすでに亡くなっていた。
(結局、『竜葬の舞』については分からないまま、ここまで来てしまった。どうする? このままではカルラは足手纏いになるかもしれない)
そればかりか何かの拍子に態度を豹変させて、敵になるかもしれない。
ロランはかぶりをふった。
(いや、迷うな。僕にできるのは彼女のスキル・ステータスを高めることだけ)
【カルラ・グラツィアのスキル・ステータス】
『影打ち』 :B→A
『回天剣舞』:B→S
俊敏:60ー100→120-130
体力:80ー130→120-130
(なんとか、『巨大な火竜』に到達するまでに彼女のスキルとステータスを仕上げる!)
カルラは動揺しながら、探索を進めていた。
(ジル・アーウィン。なんて奴だ。ユガンですら持て余した『白狼』の連中を一撃で……。強過ぎる。本当に『巨大な火竜』を討伐してしまうかも)
カルラは目の前の景色が揺れるのを感じた。
「……ルラ」
(……父さん)
周りの声もよく聞こえない。
「カルラ!」
(ロランのことを信じて付いて来たけど。本当によかったのかな)
「カルラ! 危ない!」
カルラは鋭い声に反応してハッとした。
モンスターが放ってきたと思われる岩石がすぐそこに迫っている。
いつもならあっさりかわせる攻撃だったが、注意力の欠如とステータスの不調のため、かわしきれず頭をしたたか打ってしまう。
「カルラ!」
誰かが声をかけながら近寄って来る。
カルラは目の前が真っ暗になっていくのを感じた。
カルラは起きているのか、眠っているのか分からない朧げな意識の中で昔のことを思い出していた。
剣を背負って、『火山のダンジョン』へと毎日出掛けていく父親の姿。
毎日、母と2人、玄関に立って見送っていた。
何歳の頃からこの見送りの儀式をカルラと母がやっていたのかは定かではない。
ただ、彼女が覚えている1番昔の記憶は、やはり火山に向かっていく父を家の玄関で見送っているところだった。
つまりこの父を送り出す記憶はカルラの原体験だった。
「行ってらっしゃい、あなた」
「おお。今日こそは1番強い『火竜』を狩ってくるぜ」
そう言って父は破顔していつも通り出かけて行くのであった。
正直なところ、父の顔がどんなだったかきちんと覚えているわけではない。
ただ、頭を撫でてくれた掌がとても大きかったこと、振り返りながら見せていたくしゃっとした笑顔が印象的だったのを覚えている。
しかし、徐々に父の笑顔にも翳りが出始める。
カルラが物心ついた頃には、すでに両親が深刻そうな顔で話し合っているのを見ることが多くなっていた。
カルラがこっそり耳を澄ませると2人の話している内容が漏れ聞こえてくる。
『火竜』は年々強力になっている。
また、外部からやって来る冒険者も年々増えて来て、ダンジョン内の競争で遅れを取るようになってきた。
同業者のうちで『竜葬の一族』は次々に廃業している。
地元の冒険者も盗賊の仲間になったり、外部との同盟に活路を見出す者が増えてきた。
後援してくれる団体もどんどん減っていき、資金的にもキツくなっていく。
「父さん、そんなに『火竜』に手こずっているのなら、私が手伝おうか?」
カルラがそう言うと、父はぎょっとしながらも苦笑して、彼女の頭を撫でるのであった。
「心配しなくても大丈夫だ。『火竜』くらい父さんの力でどうとでもなる。まあ、でもそうだな。カルラが大きくなったら、『竜葬の舞』を覚えて、父さんの仕事を手伝ってもらおうかな」
しかしその約束が果たされることはなかった。
ある日、父は帰らぬ人となる。
同行していた冒険者の証言によると、『火山のダンジョン』で仲間の制止も聞かず、大きめの『火竜』を追いかけていったそうだ。
折悪く発生した火砕流に巻き込まれて埋まってしまった。
そのため遺体を回収することもできなかった。
父は山に還ったのだ。
母はそう言った。
そしてそれは『竜葬の一族』に生まれた男として誇らしいことであるとも。
やがて、母もそれまでの心労がたたって、父の後を追うように亡くなってしまう。
カルラは親戚の家に厄介になることになった。
その後、カルラは地元の冒険者ギルドへと入った。
(父さん。母さん。私が後を継ぐよ。『竜葬の一族』の末裔として、きっと役目を果たしてみせる)
カルラは母の墓前で父の遺した刀を手に、そう誓うのであった。
しかし、その後も外部冒険者は止めどなく港からやって来た。
ダンジョンには『巨大な火竜』が出現した。
これまでも何度も『巨大な火竜』が出現することはあったが、歴代においても例を見ない強大さだともっぱらの噂だった。
カルラは憎んだ。
外から来た冒険者達を。
父の墓場を何も知らず踏み荒らす、恥知らずな彼らを。
カルラは誰かに背負われているのを感じた。
意識が覚醒していく。
(……父さん?)
だが、父にしては痩せ型の背中だ。
(違う。ロラン!?)
「カルラ。起きたのかい?」
ロランが首だけ後ろに向けて、声をかけてくる。
「くっ。ロラン、お前一体何をして。部隊の指揮はどうした」
「部隊の指揮はレオンに任せている。僕はジルの調整に専念することにしたよ」
「なら尚更私を背負っている場合じゃないだろ。おろせ。くっ」
カルラはロランの背中から飛び降りようとしたが、寝覚めのため上手く体に力が入らなかった。
「どの道、もうすぐ今日の野営地だ。そこまで行ったら、おろすよ」
「……」
やがて『精霊同盟』は今日の野営地にたどり着く。
ロランとカルラは2人で腰を下ろしながら、レオンが指揮するのを見ていた。
「いいのか? レオンに任せっきりで」
「ああ。レオンはやがてこの『精霊同盟』を背負って立つ器だ。今のうちに外部との調整についても覚えておいてもらいたい。君こそ大丈夫?」
「……」
「君らしくない動きだった。あの程度の攻撃、普段なら余裕でかわせたはずだ。それにひどいステータス。気もそぞろで周りが見えていない」
「……」
「ただ、ちょうどよかったかもしれない。そろそろ君には話そうと思っていたところなんだ」
「話? 何を……」
「もうすぐ、『不毛地帯』に入る。そしてそこで選別することになるだろう。『巨大な火竜』に挑戦するメンバーを」
「なんだって!?」
「今の君を『巨大な火竜』討伐クエストに連れて行くわけにはいかない。でも、君が動揺する気持ちも分かる」
「……」
「僕は指揮官として決断しなければならない。君を連れて行っても安全かどうか。君を連れて行くとなると、もう一段階成長してもらう必要がある」
カルラはぎゅっと地面の土を握った。
「どうする?」
「行くよ。私は行かなきゃならない」
「ジルが『巨大な火竜』を討伐するかもしれない。君は冷静でいられるのかい?」
「どの道、私は見届けなければならない。『竜葬の一族』として。『竜葬の舞』についても何か分かるかもしれないし……」
「分かった。それじゃあ、最後のテストだ」
ロランはカルラに向き合った。
「ジルの後ろについてもらう。そのためにも俊敏を極限まで上げてもらうよ」