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第151話 『白狼』の抵抗

 レオンはロランと一緒に部隊の損害をチェックしていた。


火竜(ファフニール)』と『岩肌の大鬼(ロック・オーガ)』の攻撃を受け、部隊に混乱が見られたにもかかわらず、損害は軽微だった。


 ジルの活躍のおかげだ。


(ジル・アーウィンの戦いぶりは流石だったな。腕力(パワー)耐久(タフネス)俊敏(アジリティ)いずれも桁違いだ。流石はSクラスといったところか)


 少々無駄にダメージを負いすぎではないかと思うところもあったが、それを除けばレオンが今まで見た中でも最強の冒険者だった。


 そうして部隊のチェックをしていると、突然、ジルがロランの前に進み出た。


「ロランさん!」


 彼女は肩を手で押さえ、顔をしかめて、呼吸は荒くいかにも苦しげな様子だった。


「ジル、どうしたんだい?」


「先程の戦いでダメージを受けてしまいました。少し休ませていただけませんか?」


(確かに『火竜(ファフニール)』と『岩肌の大鬼(ロック・オーガ)』からあれだけ攻撃を受ければ、いくらSクラスといえども厳しいか)


 レオンはそう思った。


「よし。分かった。それじゃあ、部隊の配置を変えよう。ジルには後ろに下がってもらって……」


「待てレオン」


 ロランが妙に冷たい声で言った。


「ロラン?」


「ジル、言ったはずだよ。装備を適合させろと。まだ全然、適合率が上がっていないのに休みたいとはどういうことだい?」


 ジルはビクッと震えた。


 叱られて萎縮したにしては痙攣したような妙な震え方だった。


「後ろに下がるのは許さない。最前線で戦い続けるんだ」


「くっ……」


 ジルは唇を結んでキッとロランを恨めしそうに睨んだ。


 しかし、ロランは厳しい顔付きを崩そうとしない。


 ジルはぎゅっと目を瞑った。


「……わかりました。隊長の命令は絶対。ロランさんの言う通りにします」


 そう言ったかと思うと、ジルはダンジョンの先へ向かって走り出した。


(くぅっ。『火竜(ファフニール)』の『火の息(ブレス)』、『岩肌の大鬼(ロック・オーガ)』の棍棒を受けて、傷つき消耗した私を戦わせ続けるなんて。ロランさん、あなたと言う人は……、最高ですっ)


 ジルが先へと進むのを見届けたロランは、レオンの方を振り返る。


「レオン。予定通りスピードアップだ。振り落とされないように気を付けて」


「えっ? お、おう」


「僕は後ろについて外部ギルドをフォローする」


「わかった」


 レオンはロランの指示を受けながら釈然としなかった。


(冒険者が消耗と疲弊を訴えていたら、後ろに下げて休ませる。普通そうだよな? 俺は何か間違っているのか?)


 レオンはここ最近になって、ようやくつきかけていた自信が揺らぎつつあるのを感じるのであった。




 レオン達がジルとの連携に苦労している頃、『白狼』の盗賊(シーフ)達は『精霊同盟』がやって来るのを先回りして待ち構えていた。


『竜の熾火』から支給された強化装備は期待外れもいいところだった。


 ほとんどが既存の装備と大して変わりなく、エドガーのイチ押しする『黒弓・改』に至っては装備者のことを何も考えておらず話にならなかった。


(使えない奴らだな。エドガーはともかくラウルまでこの体たらくとは。所詮は組織の援護がないと力を発揮できない人間か)


『竜の熾火』の援護は受けられない。


 そう判断したジャミルは、自分達の力でどうにかすることに決めた。


(とにかく最優先課題は『精霊同盟』の力を削ぐことだ)


 ジャミルの脳裏にあるのは、『三日月の騎士』ユガンの苛立っていた様子。


 Sクラス冒険者とはいえ、自分よりランクの低い冒険者と足並みを合わせるのは難しい。


 むしろ、周りのレベルの低さにフラストレーションを溜めることの方が多いだろう。


 一方で、周囲はというとなんとかSクラスに合わせようと無理をしてすっかり疲弊してしまう。


 Sクラス冒険者とそれ以外の連携はまだ拙い。


 地元と外部の間にもまだ完全な信頼関係も築けていない。


 そこを突けば、ジルを仕留めるとまではいかなくとも、『巨大な火竜(グラン・ファフニール)』討伐失敗くらいには持ち込めるかもしれない。


 そうなれば、『精霊同盟』は大いに威信を落とすことになり、外部ギルドもまた『竜の熾火』に援助を求めるようになるだろう。


 ジルをステータス鑑定したジャミルは、彼女が自分達が束になっても敵わないのはもちろん、後ろから追いかけても捕捉することすら叶わない俊敏(アジリティ)の持ち主であることが分かった。


 後ろから追いかけていては到底追い付けない。


 ならば、先回りして待ち伏せするしかない。


 案の定、ロラン達がジャミル達の潜む崖の下に辿り着いた時には、すでに先を行くジルと後追いするその他凡百の冒険者達の間で、ギャップが生まれていた。


 自分の勘が当たっていたのを確認したジャミルは、ほくそ笑む。


(あとは同盟の最も弱い部分を突くだけだが……)


 幸い、それはすぐに見つかった。


【アイク・ベルフォードのステータス】

 腕力(パワー):40(↘︎30)-100


【リズ・レーウィルのステータス】

 俊敏(アジリティ):40(↘︎30)-100


【アーチー・シェティのステータス】

 腕力(パワー):40(↘︎30)-100


 3人の共通点。


 それは自分の腕力(パワー)最低値を超える装備を身に付けたり、俊敏(アジリティ)最低値を超える素早さで動いていることだ。


(最低値の向上を目指しているといったところか。おそらく、あの3人はAクラスの育成候補。だが、今の時点では明白な弱点。クク。S級鑑定士の育成主義が仇になったな)


「射撃をあの3人に向かって浴びせろ。その後、フォローに入った敵に対して、『竜頭の籠手(ドラグーン)』だ」


 ジャミルの指示を受けた盗賊(シーフ)達はすぐ様行動に移った。


『弓射撃』をアイク、リズ、アーチーの3人に向けて放ち、それをカバーしようとした部隊に対し、『竜頭の籠手(ドラグーン)』で砲撃した。


 たちまち部隊は混乱に見舞われる。




「敵襲! 『白狼』だ」


(来たか!)


 ロランは後ろから聞こえる声に反応して、すぐに敵の攻撃意図を察知し、部隊に配置につくよう命じた。


 まだロランのやり方に慣れていない外部冒険者達もいたので、いつもより手間がかかってしまった。


 その間にも2発、3発と『竜頭の籠手(ドラグーン)』が撃ち込まれる。


 地元冒険者達は外部冒険者らの手際の悪さにイライラする。


 今となっては地元と外部の立場は逆転していた。


(下山中ではなく、登りで仕掛けてきた。鉱石は奪えないと見て、『巨大な火竜(グラン・ファフニール)』討伐を阻止してきたか。そして、ステータス調整中のアイク達をピンポイントで狙ってきた。柔軟に作戦を変えてくるところといい、弱点を的確に突いてくるところといい、流石だな。だが、今、こっちにはジルがいる!)


 ロランが前線の方に目を向けると、命じるまでもなくジルが『白狼』目掛けて急勾配の崖を駆け上がっていた。


「うおおおおっ」


(あれが悪名高い『火竜(ファフニール)の島』の盗賊集団か。そして、魔法の攻撃を強力にする『竜頭の籠手(ドラグーン)』。なんて素晴らしい、いや、なんて恐ろしい組み合わせなんだ。ここは私が先陣を切っていくしかない!)


 崖の上にいる盗賊(シーフ)達もジルの存在に気付いた。


「ジル・アーウィンが来るぞ」


「よし。手筈通りにしろ」


(来るか!?)


 いよいよジルが崖の上に駆け上り、『白狼』の最前線に到達したその時……。


 盗賊(シーフ)達は背を向けて、逃げ始めた。


(……は?)


 激しい集中攻撃に晒されると予想していたジルはポカンとする。


(あっ、マズい)


 ロランはこの時になってようやく自身のミスに気付いた。


「ジル。何をやっているんだ。早く敵にトドメを刺さないと」


「えっ? あ、はい」


 ジルは慌てて逃げていく『白狼』を追いかけるが、追い付かれた盗賊(シーフ)達はあっさりと降伏していく。


(なんだぁこいつら?)


 ジルは呆気に取られる。


 結局、ジルは『白狼』の盗賊(シーフ)数名を捕虜にしただけで終わる。


(最悪だ)


 ロランは青ざめる。


 ジルのモチベーションはダメージを受けることなので、逃げていく敵に対しては士気が下がってしまう。


 そのため『白狼』はジルにとってある意味で最も相性の悪い相手だった。


 その後も『白狼』からの攻撃を受ける度にジルがすかさず反応するが、すぐに撤退する敵に肩透かしをくらい続ける。


 ジャミルも異変に気付いた。


(なんだ? Sクラス重装騎士の追撃がヌルい?)


【ジル・アーウィンのステータス】

 腕力(パワー):85(↘︎20)-110

 耐久(タフネス):95(↘︎20)-120

 俊敏(アジリティ):80(↘︎20)-105

 体力(スタミナ):175(↘︎20)-200


(これは!? ジル・アーウィンのステータスが不調を来している?)


 ジャミルは思案した。


 自分達が逃げ出したことに対する彼女のリアクション。


 キョトンとするとともに何か戸惑っているようでもあった。


(理由は分からないが、俺達のヒット&アウェイ戦法が有効に働いている? それなら……あえてジルのいる場所を狙ってみるのも手か?)




 ロランの方でもジルのステータス低下に気付いていた。


(ジルのステータスが下がっている。あまりに手応えのない相手に調子が狂うと共にやる気を無くしているんだ。何か対策を考えないと)


 レオンもジルの様子がおかしいことに気付いた。


(なんだ? ジル・アーウィンの様子がおかしい?)


 かと言って、通常よりも行軍速度を速くしているこの現状ではジル以外の人間に『白狼』への攻撃を担当させる余裕はない。


「おい、ロラン。ジルはどうしちまったんだ?」


「……」


「もし、調子が悪いようなら今のジル中心の作戦を変えた方がいいんじゃないか?」


「作戦はこのままだ。ジル中心でいく」


 そうこうしているうちにまた『白狼』が奇襲してきた。


 ジルはついに『白狼』に攻撃することすらやめてしまう。


「ジル、何やってるんだ。反撃しないと!」


「はーい。やってますよ〜」


 ジルはいかにも義務的に『白狼』の方に走っていく。


(はぁ。なんだよコイツら。戦いもせずに逃げるとか。しょうもな。ロランさんもロランさんだよ。私が求めているのはこんなのじゃないって分かっているでしょうに)


(よし。ここだ)


 ジャミルはジルのいる方に向けて、部隊内で最も弱い者達を差し向けた。


 ロランは青ざめた。


(なっ、おい、やめろよ)


(うーわー。また弱そうなのが来た)


 ジルはいかにも面倒くさそうに敵を倒していく。


 そのせいで『白狼』の攻撃時間は長くなってしまう。


 ハンスやエリオが回り込んでどうにか『白狼』を追い払った時には部隊は無駄なダメージを受け、すっかり消耗してしまった。


 同盟全体でジルへの不信感が強まる。


 ジルの状態はさらに悪かった。


【ジル・アーウィンのステータス】

 腕力(パワー):75(↘︎30)-110

 耐久(タフネス):85(↘︎30)-120

 俊敏(アジリティ):70(↘︎30)-105

 体力(スタミナ):165(↘︎30)-200


(ぐっ。またジルのステータスが……)


 ロランは悩んだ。


(せっかく調整してきたジルのステータスがこんなことで崩れるなんて。どうする? レオンの言う通り作戦を変更するか? いやしかし、それだと『巨大な火竜(グラン・ファフニール)』に辿り着くまでに余計彼女のモチベーションが下がってしまうことにもなりかねない)


「お、おいロラン……」


 レオンが声に不安を滲ませながら話しかけてくる。


 ロランはジルの方に向かっていった。


「ジル、ちょっといいかい?」


「なんですか?」


 ジルは珍しくロランに不満気な顔を向ける。


(ロランさんに怒られるかな? でも、しょうがないじゃないか。いくら怒られても、やる気が出ないものは出ないし……)


「今から君に新たな命令を与える」


「新たな命令?」


「縛りプレイだ」


「なっ!? し、縛りプレイ?」


 ジルの心臓がドキリと飛び跳ねる。


 縛りプレイという言葉に不覚にもときめいてしまったのだ。


 それまで明らかに白けていたジルの顔色が変わり、頬が朱に染まる。


「今後、『白狼』と戦う時は剣も盾も外して突撃すること。さらに『竜頭の籠手(ドラグーン)』を第一攻撃目標とすること」


 その命令を聞いたレオンは呆気に取られた。


(士気の下がっている奴に武器を外した上で『竜頭の籠手(ドラグーン)』に突っ込ませるの!?)


「くっ、ロランさん。あなたはなんて酷い命令を。でも、わかりました。やります!」




『白狼』が再度奇襲を仕掛けてきた。


『精霊同盟』は『弓射撃』の後、『竜頭の籠手(ドラグーン)』の砲撃に晒される。


 ジャミルはジルの位置を確認した後、最弱部隊を壁にするべく差し向ける。


「やれやれ。また俺達は『殴られ役』か」


 最弱部隊の1人は大儀そうに言った。


「とはいえ仕方ねぇべ。これも仕事仕事」


「だな。まあ、俺達の犠牲でギルド全体が助かってると考えれば……」


「まあ、やるしかないよな」


 彼らは自らの立場に苦笑しながらも戦場に向かっていく。


「おっ、早速来たぜ。(うるわ)しの重装騎士様が……、ん? 剣と盾を身に付けていない?」


 ジルは猪のように最弱部隊に突っ込んだかと思うと、10人ほどまとめて吹っ飛ばした。


 その後も千切るように人の壁を払い除け、『白狼』の本隊へと迫っていく。


「ぎゃああああ」


「ぐふっ。ごふぁっ」


『白狼』の最弱部隊は突如自分達を襲う人知を超えた災害にただただ一方的に蹂躙されるほかなかった。


「ちょっ、待っ……」


「降参! 降参だぁ!」


「うぎゃあああ」


 ダンジョン内でのPK行為においても、降伏する敵に対して過剰な追い討ちをすることは禁じられている。


 だが、徒手空拳の範囲で相手を気絶させたり、自由を奪う程度なら許されていた。


 そのため、彼らは降伏してもジルによって一方的に嬲られるのであった。




 ジャミルは異変に気付いた。


(なんだ!?)


【ジル・アーウィンのステータス】

 腕力(パワー):95(↗︎20)-110

 耐久(タフネス):105(↗︎20)-120

 俊敏(アジリティ):90(↗︎20)-105

 体力(スタミナ):185(↗︎20)-200


(なにっ!? ステータスが復調しているだと!?)


「チィ。全軍撤退だ。今すぐ指定地点までバラバラに逃げろ!」


『白狼』は蜘蛛の子散らしたように逃げ惑う。


 しかし、ジルは追撃の手を緩めることなく、逃げ惑う盗賊(シーフ)達を無差別に殴り倒していった。


(『竜頭の籠手(ドラグーン)』の使い手はどこだ? せっかくロランさんが素晴らしい命令を下さったというのに。それにしても縛りプレイなんて。ハァハァ。新感覚だ。ロランさん、あなたは天才ですか?)




 ザインはどうにか戦域から離脱して一息ついていた。


(ふぅ。ここまで来れば安全だ。どうにか逃げ切れたな。しかし、あのSクラスの女。とんでもねぇバケモンだ)


「とはいえ。離脱してしまえばどんな腕力(パワー)も怖くない。結局、このダンジョンでは逃げるが勝ち……」


 その時、付近の林から悲鳴が聞こえた。


 ザインはギョッとする。


 すぐにジルが茂みを突き破って姿を表す。


「見つけたぞ『竜頭の籠手(ドラグーン)』の使い手!」


「なっ、う、うわあああ」


 ザインは至近距離からジルに向かって『竜頭の籠手(ドラグーン)』を放った。


 炎弾はジルに直撃する。


(や、やったか?)


 煙がもうもうと立ち込める。


 しかし、その煙を掻き切るようにして、涼しい顔のジルが現れた。


「ひっ、ヒイッ」


「これが『竜頭の籠手(ドラグーン)』か。なかなかいい一撃だった。ありがとう」


 ジルはザインの腹を殴った。


 ザインは吹き飛び、木の幹に体を叩きつけられ、血を吐いて、その場に崩折れた。

S級鑑定士第5巻7月25日に発売です。

よければ買ってあげてくださいませ。

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文庫第6巻が3月25日(金)に発売です!
ふーろさんが丹精込めてイラスト描いてくださりました。
可愛いピンクのツインテールが目印です。
よければチェックしてあげてください。
i632441
― 新着の感想 ―
[良い点] ジルの縛りプレイ最高でした(笑)
[一言] さすが、MのSクラスw ジルが出てくるとシリアス回もギャグっぽくて好きw
[一言] あー…ね。 ドMだもんね。 縛りプレイはね。燃えるよね。 欲に忠実で何より(笑) ロラン、レオンのフォロー頑張ってw
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